22話 黒幕幼女はスラム街を支配する
スラム街の寂れた道路。なにか危険な匂いがするのを感じたのか住人の気配はない静かな通路をコツンコツンと歩く、顔までローブを羽織る集団がいた。全員が武装をしており、お喋りをすることもなく、静かに進む。それは訓練された兵士たちにも見えた。
「なぁ、爺さん。やっぱり親分に操作して貰った方が良いんじゃないか? ほら、ステータス3倍になるし。あっしが操作されてもいいですぜ?」
いや、お喋りをしていた。こっそりと念話にて。もちろん誰がというと、小悪党な雰囲気が似合う勇者ガイである。いつもは操作されると、酷い目にあうのでお断りしたいガイであるが、危険があると知ると保身を考えて操作してほしいのであった。
「ガイよ。情けないことを言うのではない。そろそろ自立することも考えよ。そなたもかなりの強さを誇るのだぞ?」
「う〜ん、そうですかね? 今まで強敵とばかり戦ってきたので、いまいち実感できないんですが」
「ガイ、死んだら駄目でつよ?」
念話越しに親分の声が聞こえるので、ガイはウルッときちゃう。ついに敬愛……はノーコメントな親分が優しくなったのかと。
「この1か月、ろくなスキルを手に入れることができませんでちた。ガイまぁくすりーは、やっぱり新スキルがほちいでつよね?」
「新型ロボットを作る感じですよね、親分? あっしはロボットではないですぜ! なので、次は二枚目にお願いします。小悪党の呪いが解けたという設定で!」
「旧型でも、白い悪魔は戦えると思うんだぜ」
やっぱり優しさはなかった。新型は強力にしたいというゲーマーがいただけだった。なので、ガイはきっぱりと抗議した。二枚目が良いですと。ただし、イケメンに限るという言葉があるのだと。若い女性にチヤホヤされたいと。
なので呪いという設定を考えたガイである。呪いなら不自然ではないよなと。小悪党の呪い……これだけしょぼい呪いもないに違いない。そんな呪いをかけさせられる相手が可哀相だ。
そしてマコトはガイを1年戦争のロボットに見立てていたり。と、するとギュンターはマークツー? なら、俺は戦闘機に変身する機能がつくのかと、ちょっぴりわくわくするガイであった。小悪党Z……すぐに打ち切りになりそうなアニメだ。
「ガイ、そろそろお喋りをやめろ。姫、敵陣に到着しました」
生真面目なお祖父ちゃんが報告してくるので、アイは真面目な表情になり頷く。
「お土産期待しているでつよ、お祖父ちゃん」
「お任せを。吉報をお待ちくだされ」
生真面目な表情をして、ギュンターも頷く。姫と忠実なる騎士の姿がそこにはあった。
「あっしもその役をやりたいんですが? 爺さん、次はあっしね? あっしがやるから」
なんだかアホになっているかもしれないガイである。もしや、女神の加護がガイにも影響し始めたのだろうか。
「はぁ〜。そろそろ入るぞ」
ギュンター爺さんは、さすがに呆れたのか嘆息するが、すぐにキリリと真剣な表情になり、スラム街の奥深く、古めかしい屋敷を眺める。到着したその場所は既に数十人を超える武装した人間がいると気配察知が教えてくれている。
家にゲーム筐体を置いて、ベッドに寝っ転がりながら、幼女はパタパタと足を振りながら、モニターを見て呟く。
「さて、なにが待ち受けているんでしょーか」
「敵がたむろしているんだ。ここで決戦とかだと思うぜ?」
肩に乗る妖精へと、アイはかぶりを振る。
「それなら呼び出してきたりはしないと思いまつが。まぁ、期待をしないで観戦しまつか」
「戦うことは決定なんだぜ」
そうして、二人は屋敷の中に入るガイたちを眺めるのであった。
屋敷、南東スラム街のちょうど中心に存在し、立派な石造りの邸宅ではあるが、既に荒廃して見る影もない。
荒れ果てた広い庭は雑草が生い茂り、なにかの彫像があったと思われるが、既に砕けて足しかない。
窓も木窓はとうの昔に壊れ、雨風が入り込み部屋内が傷んでいるのが丸わかりだ。
だが、このスラム街の1番の勢力が確保している屋敷である。
少し前に会いたいとの使者が来て、会談を求めてきたのだ。無論、罠の可能性はあり幼女はガイとギュンターに任せることに決めたのだ。これこそ黒幕プレイだよねと、嬉しそうに微笑みながら。足をパタパタと振ってもいた。可愛らしい幼女である。
屋敷の前にいた数人の門番がこちらに気づき、頭を丁寧に下げてくる。うらぶれた者たちであるが、腕っぷしには自信があるのだろう。平民にしてはだが。
僅かにこちらへと恐怖を見せているので、たいした脅威にはなるまい。門番でこの程度ならば、屋内も察しがつくとギュンターは判断する。
「ギュ、ギュンター様たちでございますね。皆様方がお待ちです」
「おう、ガイ様が来てやったぜ。ガイ様御一行がな」
相手が弱気なら強気にでる特性小悪党を発動させて、ガイが胸を張る。さすがはガイ。そんな姿に痺れるし、憧れる人もいるかもしれない。チンピラ軍団はそんなガイの姿を見て、兄貴兄貴と懐くのだ。
「よい、案内せよ」
ガイを見てどうしようかと戸惑う門番だが、ギュンターの冷静な言葉に安堵して、こちらですと案内される。
屋敷のドアも傾いており、無理矢理直したのだとわかる。大扉は拙い技術で直したのか、両扉なのに片方しか開かない。
一行が中へ入ると、なるほど、元は大邸宅であったのだとわかる。ボロボロの穴や破れて見る影もない汚れきった絨毯の上を歩きながら進むと、広間らしき場所に到着する。
「こちらで皆様方がお待ちです」
ドアがギシギシと音をたてて、その扉の先には50人程度の人間が待ち受けていたのだった。
気配察知にて既にわかっていた一行はゆっくりと中に入る。どこかの旧型にはレーダーが搭載されていないので、ギュンターの後ろにこっそりとつくという判断をしていたが。
人種は様々だ。エルフもいるし、ドワーフもいる。獣人が数名威嚇するように前に出てきて唸っている。
「月光のタイタン支部ナンバースリーのガイだ。なんのようか教えてもらおうか」
ギュンターの影に隠れて、堂々と名乗りをあげるガイ。さすがは勇気あるものである。勇者の名前は伊達ではない。
「よく来てくれました。歓迎できるほどのものはないが、来て下さり感謝を」
奥にいる強面のおっさんが声をかけてくるので、ギュンターは鷹揚に頷く。
「で、なんのようか? 我らをここに呼び寄せた理由とは?」
「うむ……噂通りの者たちと確認したかったのでな。本当に騎士殿であったか。ならば、我らの決心も決まった」
不穏なことを言うなと、ガイはパイルダーアイと念話でアイへと伝えてくるので、ガイがアイをなんだと思っているのかがわかる。お仕置きでつね。
決心とは戦いのことかと、ギュンターも剣に手を伸ばそうとして、次の瞬間、目を見張ってしまう。
床へと膝をつけて、相手が頭を下げてきたのだ。
「礼儀がこれかは無学な俺たちはわからねぇが……俺たちスラム街を支配していた者たちは月光に降る。どうか俺たちも助けてくだせえ」
ほとんど皆が頭を下げて、降伏の意を示す。獣人が7人、驚きで頭を下げる者たちを見て声を荒げる。
「おいおい、こいつらはたった7人だぜ! ここで片付ければ良いじゃねぇか! 話と違うぜ」
「当初の話では騎士様が相手でなければ、だ。本物の騎士様には逆らえねぇ」
ふむ、とギュンターはその光景に推察する。姫の威光がどうやら届き始めたかと。
「なぜ降るか、その理由はなんなのだ?」
「へい。最近の月光の勢い。皆に服を配り飯を与えるそのやり方に、俺らは驚きました。ここまで慈悲深き方は初めてです。それに多くの者がその噂を聞き、月光の下へと行こうと考え始めました」
「なるほど、今降らねば、いずれ配下に殺されるか、月光に支配されると考えたか。良い判断だ、降伏を受け入れよう」
なるほど、なかなか判断力が優れている。この者たちは困窮するスラム街の住人を武力で抑えられないと考えたのだ。反対にクーデターを起こされて、自分の首を片手に月光へと降られても困ると。
「待てよ、こんな爺さんが騎士? きっと見た目だけだぜ! 俺らは降らねぇからな! この爺さんたちを殺せ! 月光のシマを奪い取るんだ」
獣人が怒気を纏わせて、武器を構えてこちらを睨む。どうやら自分の力に自信がある者たちらしい。ケインと同じく最近流れてきたという奴らなのだろう。ケインに話を聞けば、なぜ流れてきたか教えてくれるだろうが、アイはきっとクエストが始まるよねと話は聞いていない。とりあえず拠点をきっちりとしたいので。
「ならば……儂の力をみせるのにちょうど良いな」
ギュンターの気配が変わる。ガイがパイルダーアイが爺さんにと呟く。
キン、と涼やかな金属音が響き
「は?」
吠えていた獣人の首がゴトリと落ちた。ゆっくりと首をなくした胴体が床へと落ちる。
疾風の速さでギュンターが剣を振り抜いていた。いや、3倍のステータスとなったアイの操るギュンターが。
「試運転にはちょうど良い、か」
動揺してたじろぐ獣人共へと、ゆっくりと剣を構えながら冷酷な瞳を向けながら騎士アイが近づく。
「や、やろう!」
「死ねっ!」
2人の獣人が棍棒を振り上げて襲いかかり、それを見ても躱すこともなく騎士アイは受け止める。
ガスガスと肩と頭に棍棒が命中しても、その身体が揺らぐことも、押し下がることも、何より痛みも感じる様子はなく、騎士アイは無造作に剣を横薙ぎに左、右と斬り払う。
「そなたらのちからでは、儂に傷を与えることは不可能だな」
残りの獣人がその様子を見て、恐怖で怯み後退り、間合いを詰めてきたダツソードマンたちの振るう剣に袈裟斬りとされるのであった。
「素材は人2か。あとは何もなし。まぁ、こんなものだろうな」
自動修復と念じて血糊を消して鞘へとゆっくりと剣をしまう。モニターに映るギュンターもダメージはありませんでしたと言うので、聖騎士のぼうぎょにアイは性能通りだと満足するのであった。
「さすがは騎士様です。そのお力、我ら目に焼き付けました」
瞬く間に優れた身体能力を持つ獣人の戦士を倒したギュンターたちへと、残りの者たちは身体を震わせて平伏してくる。まさか傷もつかないとはと、その圧倒的な力を見て、やはり自分たちでは敵わぬと悟って。
「うむ。ではそなたらを姫に紹介する。礼儀正しくするのだな。さもなくば……言わなくてもわかるであろう」
「ハハッ! 我ら一同は月光に忠誠を!」
口々にそう答えてくるので、これで大丈夫だろうとアイは考えて、お家にいる蛇へと操作を移して、帰るのであった。コインを余計に1枚使うけど、この瞬間移動は便利すぎるのだ。
元に戻ったギュンターは、元スラム街のボスたちを連れて歩き出す。ぞろぞろと皆が歩いていく中で、ガイだけ呆然としていた。
1人佇み、呟く。
「あっしの活躍は? ねぇ、あっしの活躍は? ちょっとギュンターの爺さん? なぁ、あっしの活躍は〜」
そうしてバタバタとギュンターたちを追いかける勇者ガイであった。
なんにせよ、スラム街に来てから1か月。黒幕幼女は南東スラム街を完全に支配したのであった。