219話 大安売りだよと売りまくる黒幕幼女
ユグドラシル国は新たに来た遠方からの商会が開いた露天に群がっていた。ワイワイガヤガヤと騒々しい。
「久しぶりに来た商会だよ」
「私は蜂蜜1瓶頂戴!」
「砂糖っていうのは薬なのかい?」
「モヤシって、どんな野菜なの?」
ユグドラシル国の住民、エルフたちは久しぶりの大商会の商隊が入国してきたので、何を持って来たのかしらと興味津々で集まってきていた。
月光商会が露店に広げた砂糖や蜂蜜、その他多数の珍しい商品を見て、喝采をあげて嬉しそうに買っていった。
老若男女が集まり、屈託ない笑顔で買うその姿はエルフの高貴なる雰囲気を感じさせない。他の国と同じ普通の人たちだ。
「ん、魔法の粉ベーキングパウダーを使ったパンはいかが? 今までのパンとは柔らかさが違いますよ」
「モヤシは全ての料理にあいますよ〜。お腹もいっぱいになります」
「お餅を焼きまちた。砂糖醤油をつけて食べてみてくだしゃい。きな粉餅もお試しを〜」
売り子たちも負けてはいない。幼女を中心に笑顔で声を張り上げて売り込みをかける。リンもランカも頑張っている。
「髭もじゃが飴とかいうのくれるよ〜」
「髭もじゃの腰に下げた袋にいっぱいある」
「この箱に食べ物が入ってるよ」
「こら、それはあっしのお弁当だって! 駄目だ、食うんじゃねえ」
なぜかガイだけ子供たちに群がられて、飴や昼ごはんのお弁当を略奪されていた。子供たちは容赦なくおにぎりにぱくつき、卵焼きの甘さに頬を緩め、ミートボールの甘辛い美味しさにびっくりしていたりした。山賊がどれだけ強面の表情を見せても笑顔で群がっていた。さすがは勇者、人気者である。ガイは大人だから昼ごはんがなくても大丈夫だろう。
どんどん商品が売れてゆく。この国の人たち全員が集まっているのではと思うほど集まってきたので、離れた場所に数か所の露店を新たに開いたりもした。
今回は食べ物中心で売っている。さぁ、どんと買っていってくれ。大安売りだよ〜。
アイは充実感を感じて、んしょんしょと荷物を倉庫から取り出して商品を補充してゆく。やっぱり行商サイコー。
久しぶりに行商をしてご機嫌な幼女である。やっぱり行商人が1番楽しいなと、ニコニコと微笑んで、その可愛らしい様子に周りの人たちは癒やされる。
周りの人々を観察しながら、アイは思う。
あまり寄生されたエルフたちはいなさそうだと。解析はできなくとも、その身のこなしからある程度予想はつく。強化された人間は動きが違う。高ステータスとなっているために、力強さを感じとれるのだ。
+20のステータス強化は、隠れて寄生する能力を無意味にしていると推測する。なにしろ上級騎士級は人口の0.5%ぐらいだ。それを上回るステータスを持つ敵なのですぐに判断できる。気配察知もあるしね。
周りの住民全てが高ステータスならヤバいと思ったが、普通の人々だ。さり気なくタッチをしてマコトに解析もさせているが問題はなかった。
ヨルムンガンドはバレないように慎重に行動しているのだろう。恐らくは本人的には慎重に行動しているつもりなのだ。穴だらけのスカスカな戦略だけど。所詮は蛇か。
敵の数が少ないとわかれば問題はない。寄生の恐ろしさはその数と隠蔽能力、そして治癒できないところだが、その全てをヨルムンガンドは潰していた。幼女がチートであるとも言うかもしれない。
「こちらアイ。皆の様子はどうでつか?」
モニターを表示させて尋ねると、ギュンターたちが映されて頷く。
「こちらは問題ありませんぞ。敵の数は少数ですな」
「俺の方も問題ないな。監視をしている奴らがいるけど」
都市の中にバラけて露店を開いていた仲間が次々と報告をしてくる。問題なさそうだな。それじゃ、次の行動に移りますか。
「ランカ、手品のお時間でつよ」
「はいはーい」
俺の側へとランカは狐のモフモフ尻尾を振りながら近寄ってくる。モフモフ尻尾におててをうずうずさせながら、我慢をして樽をドスンドスンと大量に倉庫から取り出す。
それを見てなんだろうと人々が眺めてくるので、両手を広げて皆に聞こえるように伝える。
「これから手品をみせまーつ。楽しかったら拍手をくださいね。では、ランカしゃんどーぞ!」
ランカへと手を差し出して、幼女は家の影に移動する。人々はなんだなんだとランカに注目をしていた。
その様子を覗き込みながらアイは頷き、ピンと手にある金色の硬貨を弾く。
「世界レベルの手品の時間でつ」
「ド派手にいこうぜ」
ウシシと幼女と妖精は顔を見合わせて悪戯そうに笑い合うのであった。
手品を見せると他国の幼女が叫んで、いかにも魔法使いといった鍔広の三角帽子を被った獣人の少女が前に出てくる。
娯楽があまりないエルフたちはどんな手品を見せてくれるのだろうと、期待でワクワクしながら見つめる。
最近はクーデター騒ぎや、行方不明者が増えていたりと、陰鬱な空気が街に広がっていたので尚更楽しそうなイベントに期待を持っていた。
「僕の名前はランカ。さて、今から僕の秘術をお見せしまーす。魅せちゃいまーす」
「おぉ〜」
杖を振り上げて、魔法使いの少女が宣言するので、拍手を皆はする。パチパチパチパチと期待感を表す拍手の大きさにランカは満面の笑みを浮かべて会釈してくる。
次の一瞬に雰囲気が変わり、圧倒的な力が吹き上がる。その力をなんとなく空気感から感じとり、皆はなんだんなんだとと戸惑う。
クルリンと杖を回転させると、うず高く積み上げられた樽へと近づくランカ。
「さてっと。ではこの樽の中身を操って見せます。上手くいくかな〜? 上手くいくかな〜?」
綺麗な瞳を楽しそうに光らせて、木の樽をコンコンと杖で叩く。木の樽の蓋が取れて、なみなみと水が入っているのが見えた。水精霊の木という砕くと純水になる不思議な樹水だ。女神産である。
そうして目を瞑り、魔力を集中させていく。
コックピットでアイは魔力を集中させていた。レバーを握り、緊張で汗を流す。珍しくアイは緊張していた。
「慎重にスロットを上げるんだぜ」
「パワーをぎりぎりまで上げていきまつ」
ロボットアニメの主人公みたいなことをして、楽しそうな表情もしている幼女と妖精であった。あんまり緊張していないのかもしれない。
パワーゲインが空気を読んでコンソールに表示されてグングンとパワーが上がっていく。レッドラインまでメーターが上がっていくのを見つめてアイは叫んじゃう。
「フルパワー!」
「やってやるぜ!」
ノリノリの叫び声をあげて、アイはランカぼでぃへと意識を同化させるのであった。
ランカぼでぃを操作する魔法使いアイはカッと目を見開く。
「幼魔法 魔法操作 魔力全消費 対象操作 敵特定 タイダルウェーブ」
ランカの水魔法レベルは8にアップしてある。新型にしたいけど特性連続魔が手に入らないので改修レベルにしてあるのだ。
魔力が渦巻き、魔法使いアイの金髪を吹き上げる。辺りにはアイを中心に魔力が吹き荒れて突風が見ている人々に当たる。
「おおっ!」
「これは凄い!」
「ふわぁ」
人々は目の前の光景に息を呑む。木の樽から水が間欠泉のように吹き出して、水の大蛇となり天へと登っていったのだ。
幻想的なその光景に人々が見惚れる中で、次々と木の樽から水が吹き出して水の大蛇へと集まっていく。
そうして、天に登った水の大蛇は巨大化して、ユグドラシルに巻きつくように動き街全体を覆う。
壮大なその光景に天を仰いで人々は言葉を失ってしまう。あまりにも強大な幻想的水の大蛇が空中を遊弋していた。
アイは汗をかきながら、杖を勢いよく振り下ろす。その瞬間、大蛇は爆発して、豪雨となって人々に降り注ぐのであった。
「キャッ」
「ちめたっ」
「あははは」
まだ残暑が残る中で一瞬の豪雨が降り注いだ人々は、見たことのない大魔法を見て歓声をあげる。このような威力の魔法は見たことがない。しばらくはこの魔法の話でもちきりであろう。
多少濡れたが、そこまでではない。洗濯物が濡れたと主婦が不満に思うかもしれないが、この大魔法を見たことでお釣りが出るぐらいだ。
豪雨が降り注いだ後には虹ができていた。
あはははと、皆は少しだけ濡れた髪の毛を掻き分けて、今のは凄かったとお喋りを興奮気味にする。
「おいおい、興奮して気絶したやつもいるぞ」
「今の魔法はそれだけ凄かったものな」
「仕方ないか」
大魔法を見て、興奮したのだろうか。あちこちで倒れている者たちがいたので笑ってしまう。興奮し過ぎだと。
心配げに近寄った人もいたが、すぐに頭を振りながら立ち上がってきたので安心して離れていく。
ワイワイガヤガヤと興奮が冷めることなく話し合う人々が拍手喝采を魔法使いアイに捧げてくる。
テヘヘと頭をかきながら照れくさそうに微笑みを返しながら、微かに口元を笑みに変えるのであった。
「上手くいったみたいでつね」
コックピットに意識を戻したアイは、ふぃ〜と疲れたように椅子に凭れかかって言う。想定どおりの威力となったみたいだ。
「あぁ、ステータスが寄生から正常に戻ったからな。もう大丈夫だぜ」
マコトの解析だけは信用できるとアイは安心する。倒れている人たちは問題ない模様。
タイダルウェーブ、敵特定はパラサイトシードだけにダメージを与えるように設定をしたのだ。たとえ水粒一つでも高レベル魔法の威力は凄まじい。減衰していても種ごときでは耐えられない。
しかも操った水にはたっぷりとハイヒール、アンチドーテ、キュアディジーズ、リムーブカースを付与させておいた。幼女が夜なべして魔力回復ポーションを飲みながら作ったのだ。夜ふかししちゃった悪い幼女である。
寄生されていた人たちは癒やされて、寄生から回復をした。これぞ魔法という威力だろう。強大な魔力を持つランカだからこそ、そして繊細で緻密な制御ができる幼女だからこそできた技だった。
ボスを倒して、皆を解放などはしない幼女である。ここは俺に任せて先に行け、とか大勢のパラサイトを防ぐイベントなどないのだ。どこかの勇者は心底安堵していたかもしれない。
「チートの真骨頂でつよね」
「ド派手なシーンだったしな。撮れ高も良いぜ」
気づかれないように、イベントをスキップしたチートな幼女と妖精は笑い合う。あの水で癒やされた一般人もいただろうけど、別に気にしなくて良いだろ。
「何気に気配察知した強者が集まっていた建物にもぶちかましましたけど……。これでだいたいは解放できまちたか」
扉をぶち壊して豪雨が洪水のように兵舎へと入り込んだ。というか入り込ませたんだけど。
かなり集中したので、少しだけ頭が痛い。無理しすぎたか。幼女はお昼寝の時間かな?
もうお布団に入ろうかなと迷うアイは、モニターにお銀ことヴィヴィアンが阿呆みたいに口をポカンと開けているのが映し出されているのを見て苦笑する。
「………なにこれ? 貴女は何者?」
震える声で尋ねてくるので、再度ランカぼでぃを操って、ウインクをパチリとして悪戯そうに微笑む。
「僕は諸国漫遊をするただの行商人だよ〜」
のんびりとした口調で飄々と伝えると、ヴィヴィアンが不満そうに頬を膨らませる。なにか聞きたいことがあるようだけど……。
「ちゃちゃっとヨルムンガンドを倒しにいこうよ〜、どうやら目を覚ました人たちもそのつもりらしいしね」
寄生を治された人たちが、なにが起こったのか理解したようで騒ぎ始めていた。気の早い者は武器を抜き放ちユグドラシルへと駆けてゆく。
「ちょ、ちょっと、それじゃ仲間を呼び集めないと!」
「残念ながら間に合いそうもないよ〜。でも月光商会には頼りになる仲間がいるので大丈夫」
事態を理解して焦るヴィヴィアンへと告げて、黒幕幼女は操作キャラを変えるボタンを押すのであった。
まだお昼寝はできそうにないな。