218話 蛇の国へと潜入する黒幕幼女
森の木陰をササッと移動する人影があった。ちっこい体躯の人影はササッと木陰から木陰へと素早く移動して周囲を見渡す。
「こちら幼女、こちら幼女。大佐、潜入に成功しまちた」
「ここからが本番だ。気をつけるんだぜ、幼女」
コードネーム幼女。言わずとしれた幼女である。しかも可愛らしい幼女だ。中にはなにかが潜んでいるという噂だが、最近はますます毒が侵食してくるので、いなくなる日も近いとか。
「あのね……。物凄い目立つからやめてくれないかしら?」
木陰から顔を突き出し、キョロキョロと周囲を見渡す幼女へと近寄ってきたエルフ娘が腰に手をあてながら言ってくる。
「油断できないでつよ。どこにスパイがいるかわかりましぇん」
「索敵の達成度は難しいだな。ダイスにマイナス2がつくぜ。2Dで、5以上なら成功だ」
「わかりまちた。ダイスを振りまつ」
今日は紙のゲームの気分な幼女と妖精らしい。素早く懐からサイコロを取り出して、ポイッと放り投げる。コロンコロンと転がり出目は12。
「さすがあたち。誰にも気づかれない大成功」
ムフンと息を吐いてドヤ顔になり平坦な胸を張っちゃう。
「なんだか456しか出目がないサイコロのような……」
「気のせいでつ」
妖精がサイコロをマジマジと見ようとするので、サッと取り上げて懐にしまいこむ。地下チンチロリン用のサイコロじゃないよ。
「というわけで、大成功。誰にも気づかれましぇんでちた」
「もぉ〜、怒らないと駄目じゃない?」
エルフ娘が周りへと問いかけるが
「蛇ごっこ遊びをするアイたん可愛いよ〜」
「目線をこちらに向けてほしいだんちょー」
変態ケモ娘ズしか反応しないので諦めるのであった。
「まぁ、宿屋の裏庭なんだからいいんじゃないですかね?」
幼女の周りに、私も遊ぶ〜とこっそり覗いていた子供たちが集まってきているのを眺めながら山賊が言う。ほのぼのとした空気が辺りには存在した。
「目立つって、今更だろ。俺たちは注目の的だからな」
護衛任務についているザーンが肩をすくめながら話に加わるが、そのとおりである。
月光商会はユグドラシル国に入国。現在は高級宿屋に宿泊しているのである。堂々と正面から入国した月光商会の馬車群と騎士団に、人々は物珍しいと集まってきていた。即ち物凄い目立っていた。
「お銀しゃん。あんまり怒ると幸せが逃げまつよ。リラックスリラックス」
子供たちに囲まれながらアイは手を振ってニコリと微笑む。
「……はぁ〜。まぁ、幼いし仕方ないか。なんでこんな子供を連れてきているのか神経を疑うけど」
お銀と呼ばれたエルフ娘は嘆息する。髪の毛は美しい銀髪で目の色も顔立ちも変わっているがヴィヴィアンである。変装をしているのだ。
星2変装カードをカードキャプターザーンが使ったのである。ダブリがありすぎて消費に困っているらしい。変装カードは変装ができる使い捨てカードだ。効果は1日か、正体を見抜かれるまで。体格は変わらないし、癖や身のこなしからバレるパターンもある。
「お爺さんは砂糖とかを商人に売るべく取引中でつが、エルフと言っても商人のやることはあまり変わらないのでつね」
モニターをつけっぱなしにして、先程から念話でギュンターに取引内容を指示しまくっているので忙しい。遊ぶこともしなくちゃだし。マルチタスクな幼女なのである。
「街の外観はさすがエルフの国という感想を持ちましたけど」
ユグドラシル精霊国は植物が多かった。家には必ず木が庭に生えているし、家々の間にもたくさん木々がある。アイアンツリーの城壁を持ち、木の家々に踏み固められた土の道。他国とは違う、なんというか南国にある高級リゾート地をもっと植物を多くしたような美しい光景の街であった。
宿泊した宿屋にも立派な木々が生えており、木漏れ日がキラキラと木の葉の間から輝いており、緑薫る空気が美味しい。
「そりゃ、ユグドラシルの加護を受けし街ですもの。他国とは違うの。凄いに決まっているわ」
古典的エルフは残念極まる胸を張りながら、ドヤ顔になる。たしかに誇りに思い得意気になるのも無理はない。それだけユグドラシル国は美しかった。
「ユグドラシル国の素晴らしさはわかりまちた。では、とりあえず……」
「とりあえず?」
真剣な表情になるアイに、ヴィヴィアンもなにか重要なことを言うのかしらも言葉を待つが
「かくれんぼしましょー」
「するー」
「わたしも〜」
「見つからないから」
周りに集まってきた子供たちは、わーいと同意して、かくれんぼを始めるのであった。幼女はかくれんぼが大好きなのだ。
子供たちもかくれんぼをすると笑顔になり、一緒に遊ぶ。鬼というか、この世界では魔物が鬼役なので、アイは率先して魔物役をやった。
隠れるより、探す方が好きなのだ。あくてぃぶ幼女なのだからして。
いーち、にー、と数える声を聞き、ワッと蜘蛛の子を散らすように子供たちは散開して木の影に隠れたり、納屋に隠れたり、段ボール箱に隠れたりする。
「フフフ、あたちはかくれんぼの達人でつ。皆、簡単に見つけちゃうから」
ふふふと、ちっこいお口に手をあてて笑う。ちょこまかと走って、草むらを覗き込みながら探す。
見つけちゃうからと走り回り、どんどん宿から離れていく。段々と人の気配がなくなり喧騒が聞こえなくなり静かになっていった。
少し皆から離れてしまい、人影が見えない薄暗い雑草が生い茂る空き地へと辿り着く。てこてこと笑顔で生えている木の一本に近づき木を指差す。
「怪しい男の人、みっけ!」
笑顔で木の上に声をかけると、枝葉が揺れて普通のチュニックを着た男たちが二人勢いよく降りてきた。人混みに紛れれば気づかなそうな平凡な格好だ。
「人のいない所に来るべきじゃなかったな、お嬢ちゃん」
厭らしそうに口元を曲げて、手慣れた様子で男の一人が手を横に振る。空中になにかがキラリと輝きアイへと向かう。
アイはトンと地を蹴り後ろに下がると、同じく手を横に振る。
「麻痺毒でつかね? あたちに効くレベルとは思いましぇんが」
クスリと笑うアイの手には箸があり、器用に細長い針を掴み取っていた。
「本当は手掴みでも良いのでつが、油断は禁物でつよね。おててがドロドロ溶けちゃうかもでつし」
時を止める幽霊使いにはならないよと、楽しげに笑う幼女を見て、二人の男たちはギョッと驚き動揺を見せる。
「気をつけろっ! このガキは普通じゃねぇ!」
「あぁ、わかってる! 投擲技 ファントムスローイングダガー」
警戒を顕に男の一人が今度は短剣を投げてくる。ギラリと光る短剣にはドロリとなにかが塗ってあるように見える。鋭い振りで投擲された短剣は僅かにその刃をボヤけさせて接近してくるが、アイは余裕の表情で待ち受けた。
手に持つ箸をクルリンと翻し、短剣を掴もうと突き出す。まるでキツツキの嘴のように鋭い突きをみせるが、短剣に迫るとその箸は通過してしまう。
「かかったな!」
ファントムスローイングダガーは、幻影を飛ばし本体はその影に隠れて敵へと突き刺さる。勝利の笑みを浮かべる男たちであったが
「よっ、と」
幻影の影に潜んだ短剣が幼女の胸元に迫るが、その懐から妖精が現れて受け止めてしまう。
ゴキンと痛そうな音がして、あらぬ方向に弾かれたので受け止めてはいないかもしれないが。
「むむっ、あたしの華麗なる白刃取りが失敗したぜ」
身体を覆う蒼い障壁にて短剣を弾いた妖精が唇を尖らせて不満そうに言う。そんなかっこよい姿をマコトは見せたことがないのだが。本人はかっこよく受け止めようとした模様。ワンモアワンモアとおかわりを希望するしょうもなさを見せていた。マコトへのおかわりはカレーだけで充分だろう。
「くそっ」
見かけと違う幼女だと舌打ちしながら、一気に間合いを詰めて、手を広げながら男たちは襲いかかってくる。捕まえようとしているのだろうが、甘すぎる。
寸前まで迫り、前傾姿勢となり覆いかぶさろうとする男を冷ややかに見てアイも対抗する。
両足を揃えて、ぴょんとジャンプをして、右足を振り上げるアイ。綺麗な振り上げを見せて、細っこい脚を勢いよく繰り出す。
「ぐはっ!」
メシャッと痛そうな砕ける音がして顎へと幼女ハイキックが決まり、血を吐きながら吹き飛ぶ男。アイはその場で浮遊にて足場を作り、もう一人の男へと身体を前回転させながら迫る。
「ちっ!」
「甘いでつ」
懐から取り出した短剣を素早く連続で突き出してくる男だが、トトトと空中でダンスをするように身体を揺らせ、その全てを身体が掠る寸前でぎりぎりで躱していく。
そうして、敵が動揺で顔を引きつらせるのを見ながら、目の前を通り過ぎる短剣を躱して懐に入り込み、身体を屈めて横へと脚を振るい頭を蹴る。
グラリと身体を揺らし、衝撃を頭に受けて気絶して倒れる男を横目に、フッとクールに笑い地に降り立つ。
決まったなと、アイはクールぶるが、背伸びをした微笑ましい幼女にしか見えなかった。幼女なんだけど。そんな姿も可愛らしいから良いだろう。
「こんなもんでつかね。もう怪しい人はいないみたいでつし」
「人払いの法が掛けられていたみたいだぜ」
マコトがふよふよと飛んできて、アイの頭の上に乗って伝えてくるがなるほど?
周りの様子を見ると、人の気配が感じられて、ざわめきが復活していることに気づく。そんな魔法が使われていたのか……。呪いの森といい、エルフはその系統の魔法が得意なのか。肌は褐色じゃないよね?
ダークエルフかなと思ったが、倒れているのは普通のエルフだ。まぁ、それは問題じゃないんだけどな。
「マコト、解析よろちく」
「任せときなっ! こいつらはエルフだな。パラサイトシードにより操られている。シードによりステータスが+20の強化もされているぜ、強化ステータスは平均53。特筆するスキルは呪術2だな」
「ステータス+20……かなりの強さでつね。でもそれほどコーディネートされた割には強くありませんでちた」
「スキルの差が圧倒的だからな。昔なら苦戦していたはずだぜ」
たしかにそのとおりかもと思いながら、男の額にかかっている髪の毛を払う。額には小さな花が生えて咲いていた。不気味な肉塊でできた血管がびっしりと花びらに走っている。
明らかにこれが人を操っている種だな。敵の正体をさっさと知りたかったから助かる。幼女が隙だらけで遊んでいたらちょっかいをかけてくると思ったけど。意外に早かった。
「パラサイトシード。パラサイトフラワーと呼んでも良いでつかね? これが敵の正体?」
「ヨルムンガンドは蛇のはずなんだがなぁ……」
「ちょっと攻略本を見てくれましぇんか?」
ヨルムンガンドの設定集とか女神様は持っていないかな?
「そんなもんはないぜ。あるかもしれないけどない」
きっぱりと断る妖精。残念ながらないらしい。あると思うんだけどなぁ。
「ま、自力でクリアを目指しまつか。このシードはどうやったら除去できまつ?」
やっぱり、オラァとか叫んで引き抜かないと駄目なのかな? それならガイを呼ばないと。引き抜きに失敗したら襲ってくるんだよね、この花? ガイなら襲われても大丈夫だろ。
「パラサイトシードの除去方法は力技じゃなくても大丈夫だぜ」
「マジでつか?」
学ランに服装を変えようかなとアイが迷う中であっさりと教えてくれるマコト。やっぱリこの妖精が1番チートだと思う今日この頃です。
「シードを除去するには、呪い、病気、毒、脳へのダメージを癒やすハイヒール。それとこの種を先に倒す単体魔法が必要なんだぜ」
「あぁ、かなり面倒くさい手順が必要でつか……。この場合、種を倒す魔法が問題でつね」
そっとおててを花に向けて魔力を集中。仄かにおててが輝き始め
「魔法操作 クリティカル ウォーターアロー」
極限まで凝縮された水の矢が針のような細さに変わり花にぶつかる。針が触れた箇所からダメージを受けた花びらは枯れていき力を失くし散っていった。
花が除去された途端に脳へとダメージと痛さで気絶していた男は釣り上げられた魚のように地面を飛び跳ねる。
「なんだよ、楽じゃん」
だが、アイもマコトもまったく気にしなかった。見かけと違い酷い二人である。
「ほむ……。最下級魔法でなんとかなるんでつね。リフレッシュ、リムーブカース」
連続で魔法を唱えて治癒をしておく。花がなくなり痛さで起きて、苦悶の表情でびたんびたんとマグロのように飛び跳ね始めた男は身体を癒やされてそのまま動きを止めて再び眠る。
リフレッシュは病気、毒も癒やす。実際に使う魔法は3つですみそうだ。でもかなり面倒くさい手順だ。
が、これを大量にとなると……。
「月光商会の力の見せどころでつか」
どのような対応をするかと考えながら、ニヤリと黒幕幼女は笑うのであった。