217話 精霊使いと黒幕幼女
へぇ〜と、アイはアイスココアを倉庫から取り出してクピリと飲む。で、どうなったのかな? 逃げたにしては……変だ。隠れ住んでいる人数が多すぎる。
幼女らしからぬ深き思慮を思わせる目つきをしながら答えを待つ。
「燃やしたわ」
「燃やしちゃいまちたか」
「えぇ、乙女の部屋にいきなり入ってきたのよ? それも夜中に」
大袈裟に手を振りながらプンスコ怒るヴィヴィアン。たしかにそのとおりかもしれないが、燃やしたのか。
山賊がこのエルフ怖えと、距離を開ける小物っぷりを見せていたがどうでもよい。
「私、烈火の精霊使いとして有名なのよ」
「エルフなのに」
「偏見いくない。エルフって、なんで炎嫌いで、肉嫌いとか他の種族に思われているのかしら。狩りで手に入る肉が食糧の基本だし」
コテンと首を傾げて不満そうにヴィヴィアンは疑問を口にする。
エルフの幻想が打ち砕かれた。幻想を砕くには特殊な右手がなくてもできるとわかる。そうなんだ。肉ばっかの暮らしなのね。
「あ〜。わかってきやしたよ。他都市に行ったら、野菜をたくさん食べるでしょ? ここらへんじゃ田畑を造るスペースがないから貴重だと思って」
勇者がポンと手を打ち、なぜエルフが野菜好きなのかを推察するが、なるほどねぇ、たしかに言うとおりだ。肉ばっかで野菜となれば、山菜、キノコ中心なら、他都市に行った時にキャベツとか田畑でできる野菜を好んで食べるだろう。たとえまずい野菜でも。希少だから。
観光に行った時に、普段は食べないキノコや山菜が地元特産と言われて、喜んで食べる観光客みたいなものだ。
芸術品のような美しいエルフだから、幻想が生まれちゃったか。肉は食べないで野菜好きな種族だと思われたか。
「そういうことじゃな。ヴィヴィアンは焼いたが、儂らの下に現れた奴も同じように倒した」
「倒した後に気づいたんだけど、身体が焼けたあとにバラバラに解けたのよ。身体が蔓で出来ていたの。かなり巧妙な擬態で倒さないとわからないレベルね」
フムと頷く。シードマーネという奴かな? 擬態するというか能力をコピーする魔物。あれはコピーされると厄介だ。俺たちの能力もコピーできるんかな? それだとランカをコピーされるとヤバい。
「ハイシードマーネじゃ。シードマーネの高位種だ。敵の能力を完全に模倣できる恐ろしい魔物じゃ」
「あたしたちの能力は模倣できないけどな。セキュリティは完璧だぜ。模倣とは即ちクラッキングされているということだぜ」
「………」
長老が重々しい声音で告げてくるのに、あっさりと否定する空気を読まない妖精がここにいた。長老が可哀想だろ。だが、なるほどねぇ。解析されるということは、相手にプログラムの全部を知られているということ。だからクラッキングされる可能性があるわけだ。なるほど、俺たちは女神様のセキュリティソフトがインストールされているわけね。
「ふむ……ディアボロス様の仰るとおり、新たなる神の使徒は強力極まりないのですな」
「ディアボロスって、なんでつか?」
「ディアボロス様は夢の精霊王ですじゃ。いち早くこの世界のあれでこれが起きたことを感知しました。詳しくは秘密にするように、女神様からは言われておりますのでご容赦ください」
口籠る長老。あれでそれでとか怪しすぎるセリフである。
「そこまで言うと秘密にしていないと思いまつが……それでもわからないことがありまつか」
神々が滅んだことに気づいた精霊王がいたのか。まぁ、そりゃ気づくよな。ん? と、なると生命の精霊王セフィロトのあの態度とティターニア女王が簡単に俺たちをマグ・メルに入国させたことも関係あるのか……。助かったから別にいっか。
「で、なんで逃げてきたんでつか? 倒したなら問題ないはずでは?」
「そうはいかなかったの。私たちが魔物が入り込んだと騒いだ時には、ユグドラシル王が私たちを魔物を操りクーデターを起こそうとする反乱者だと国民に告げて軍を起こしたの」
ヴィヴィアンは首を横に振って、疲れたように顔を歪めて苦々しく語る。
「ハイシードマーネは人にそっくりに擬態できる。だが、我らは精霊の動きを見れる。その者が持つ魔力も。じゃから、いくら上手く擬態していても正体がわかる」
「私たちは精霊使いの派閥なの。その精霊使いの派閥全体を反乱者だと王は認定してきたのよ。ハイシードマーネがエルフたちに紛れ込んでいるのがバレるのを恐れたのね」
長老が話を補完してくるので納得するところもあるが……。と、すると王様はもしかして?
「王様は精霊使いじゃないんでつか?」
「えぇ、王様は魔法使いよ。だから私たちのように敵の正体はわからない。……けど、それなら私たちの話を聞けば納得するはずよ。でも私たちの話をまったく聞いてはくれなかったわ」
「額になにか異様な精霊力を感じた……。周りにいる将軍の何人かや近衛たちからも同じようにな。じゃから我らは精霊を喚び出し対抗しつつ逃げたのじゃ。この拠点に」
「ここは精霊使いが訓練をする拠点なのよ。儀式魔法も使える設備もあって、敵も私たちがいるとわかっても近づけない拠点」
ふむふむ、だからこれだけの人たちがいたのか。
「額に違和感って、それって肉の」
「人を操る種でも埋め込まれたんでしょー」
ドゲシと山賊に幼女キックを入れて、話を続ける。それ以上は言わない方が良いだろう。
「そのとおりですじゃ。だが奴らは狡猾でしての。種が埋め込まれたのは王様を含めて上層部の一部。他国から見て違和感を感じられない程に少数です」
「頭が良いな。他国にも精霊使いはいるはずだ。露見することを恐れたのか……。儂らを襲って来たのは……。ふむ、儂らは少し有名になりすぎましたか」
顎を擦りながらお爺さんが予想するがたしかに有名になりすぎたかも。ギュンターの名は南部地域に轟いている。山賊は子供たちに有名かな。
「英雄級のお爺さんか、スノーしゃんが操れれば、かなり楽になるでしょうしね。世界支配」
たぶん世界支配が目的だろ。違ってもこのユグドラシル周辺を支配する目的なのは間違いない。
俺が世界支配するのだ。蛇如きには負けないぞ。
世界支配を企む秘密結社月光なのだ。幼女に支配された方が世界も嬉しいだろ。
プンプンと怒って、手を振る幼女がここにいた。世界支配を企む幼女なのだ。
「英雄級、ね。冗談と言うわけではないのね」
ちらりとお爺さんへと視線を向けてヴィヴィアンは肩をすくめる。圧倒的な能力を感じ取った模様。隠蔽能力が必要かもしれないが、お爺さんは隠さなくても良いか。威圧することに意味があるし。山賊はデフォルトで隠蔽されているからな。
「で、この拠点の側には綺麗で小さな泉があって、そこに住む湖水の精霊ヴィヴィアンになにが起こったのかを尋ねに行ったの。その際にこの剣と共に事情を教えてもらったのよ」
「その時は既にディアボロス様は召喚に応じてくれることもなくなりましたしな」
ヴィヴィアン……。かっこよいイベントがあったんだろうなぁ。俺もかっこよいイベントと共に聖剣を授かりたいかも。
「ヴィヴィアン様はユグドラシルの運命を私に頼んで、自身は手伝えないと仰ったわ」
「力を失っていたからでつね?」
「ううん。なんかこれから就活しないといけないからとか話してくれたわ。就活ってなんなのかしら? 履歴書にはなんて書こうかしらとか言ってたけど、履歴書ってなぁに?」
就活かよ。
「うむ……恐らくは神様に会うための儀式だと思うぞ」
ヴィヴィアンと長老は顔を見合わせて、厳かな雰囲気を出して頷きあう。うん、女神様に会いには行っているんだろうな。
就活……。就活か。忙しない世の中だな。精霊たちも大変だ。
「あ〜。新しい精霊として就職しないとだからな。大変なんだろ」
マコトが後ろ手にぷかぷか浮きながら言う。リクルートスーツを着て就活を頑張る精霊王……。エルフたちには内緒にしておこうね。可哀想だから。
というか、ユグドラシルを救うよりも、自身の職探し優先か……。仕方ないかぁ、就職しないと時代遅れの精霊になっちゃうしな。
「わかりまちた。ヨルムンガンドを倒せば良いのでつね。……とりあえずはユグドラシルに潜入しまつかぁ〜」
ここでの話は充分だ。次はユグドラシル国に潜入してヨルムンガンドを倒すだけだろ。ヨルムンガンドはどんな能力を持っているのかな? 期待に胸を膨らまちゃう。
「ドロップすればだけどな」
「そろそろドロップ率アップの課金を可能にしても良いんでつよ」
妖精へと舌をべーっと出して黒幕幼女は顔を顰めるのであった。
ユグドラシル。国をも覆う巨大な樹。その中は複数のウロからできる通路があり、その中でも天井が数十メートルはある広々とした空間があった。
樹の中いるにもかかわらず、その空間は明るく視界が暗闇で防がれることはない。そして、その中心には祭壇があり、10メートル程の大蛇がとぐろを巻いていた。
その鱗は銀色に輝いており、爬虫類の縦の瞳が薄く開いており、ギラリと黄金の輝きを宿している。
近づいただけで、背筋が寒くなるような、生命の危機を感じさせる大蛇ヨルムンガンドである。
「ヨルムンガンド様。月光商会の捕縛に失敗致しました。死者もおらず被害を与えることはできなかったようです」
「……英雄級とは真実なのでしょうか?」
大蛇の前に跪くエルフが伝える報告に、丁寧で嗄れた声音が応える。
「わかりません。噂によると将軍級を相手にしない強さだとか。ですが、その目で見た者が未だにおりませんので」
「カリルヤンはその者に会うことができなかったのですね……。彼らは忌々しい精霊使いたちの拠点に行ったと思いますか?」
「はっ! 間違いなく。数人の斥候を放ちましたが、訓練場までの足跡があると言っていました。馬車の轍が見つからなかったと言っていましたが、馬車は引き返したものと思われます」
陽光帝国の調査隊だ。商会が来ると言っていたが方便なのは明らかだ。危険を感じとり商会は逃げ出して兵士たちだけが残ったに違いない。
「英雄級……ですか。厄介ですが操ることができれば、動きやすくもなります。それに地形変化系神器を持つ者も現れた……。合わせて操れればこの地は私の物になることでしょう。運が向いてきました」
封印から解かれた時に、それに合わせて脱皮した時に、新たなる力を授かったヨルムンガンドは自身の幸運にほくそ笑む。
「きっと、陽光帝国の者たちはこのユグドラシル国に潜入しようとするはず。精霊使いもついてくるかもしれません。ふふふ、これはいっぺんに片付けることができますね」
嬉しさに胴体を動かして、ジャラジャラと鱗の擦れる音が部屋に響き渡る。エルフの傀儡は微動だにせずその様子を無感情な視線を向けていた。
「命じます。貴方たちは潜入してくる陽光帝国の者たちに、傀儡の種を植えるのです。一人も逃さないように。国境にはトレントを配置しておきます」
「畏まりました、ヨルムンガンド様。ではこれから向かいます」
そう答えてエルフは外に出ていった。あの者たちならば大丈夫だろう。しかし、それでも失敗したならば……。
「その場合は私が出るとしましょう」
英雄級でも自分には敵わないと呟いてヨルムンガンドは目を瞑り眠りに入るのであった。
大凶を引いたとはちっとも思わずに。