216話 隠れ里の黒幕幼女
ずずんと馬車が地上に降り立つ。森林に開かれた小さな拠点に降り立ついくつもの鉄製装甲馬車。その巨大な車体と全てを結晶魔鉄で作られた今まで見たことがない威容を誇る馬車に、エルフたちは慌てて戦える者は武器を持ち、戦えない者たちは一際大きな小屋へと避難をしていく。
「何者だぁっ? ヒエエッ!」
周囲を囲もうとしていたエルフの戦士たちは、しかし森から現れた漆黒の騎士団を見て、驚き恐怖して動きを止めてしまう。
なにしろ一人一人が強力な力を持っているとわかったのだ。そして、怪訝な表情になってしまう。なにしろ漆黒の騎士たちは気づいていないようだが、少し離れてシルフたちが集まって様子を見ていることに気づいたからだ。いや、よくよく見れば馬車を眺めているシルフたちもいた。
以前はたくさんいたシルフだが、最近はめっきりと見なくなったはずなのに、嬉しさと期待が精霊と対話を得意とするエルフたちにはわかった。
逃げていた者たちもその様子を見て、足を止めて馬車を窺う。迷いの森を越えてきた怪しげな軍団だが、精霊に好かれる様子から悪者ではないのではと考えたからだ。
そんな人々の注目を受けて、馬車のドアがガションと開き
「イエーイ! 月光商会がきまちたよ〜!」
「イエーイだぜ。あたしの華麗な踊りを見ろぉ〜」
「イエーイ、見てみて〜」
「ふぉぉ〜っ! リンも踊る!」
ドンドコドンドコとハミングしながら幼女たち一行が踊りながら降りてきた。艷やかな黒髪をおさげにまとめて、ちょっとキツめな感じだが、それがヤンチャな感じを見せる黒目、形の整った鼻に、小さなピンク色の唇を持つ可愛らしい幼女である。
無邪気な笑顔を浮かべて、手足を懸命に振って身体をぶんぶんとくねらせて踊るその姿は可愛らしく、よく踊れましたと頭を撫でて褒めたくなる幼女だ。
それに伝説の存在の妖精。手のひらサイズの妖精は邪悪なるなにかを喚び出そうとしているような下手くそな踊りを踊っており、止めろと止めたくなる。
そして美しい金糸のような髪をたなびかせる勝ち気そうな少女と、同じく銀糸を束ねたような美しい髪をたなびかせる少女。二人とも狐耳と狐の尻尾を持つ絶世の美少女である。その二人も幼女に合わせて踊っていた。
学芸会が突如として始まっていた。その踊りの力は抜群で緊張感は空気に消えていき、シリアスは分解された。
エルフたちはそのダンスを見て思う。
あぁ、なんだ、アホの人たちなんだなと。
あっという間に無害認定をされてしまった幼女の軍団であった。それを見ながらヴィヴィアンたちも馬車から降りてくる。
なぜか死んだような目をしながら。幼女たちへとその目を向けながら。このアホなダンスをみれば、なぜかではないかもしれない。
驚きがおさまり、皆が警戒心を無くして集まってくるのをアイは笑顔で出迎えるのであった。なぜか訪れたアイが。
アイは警戒心をなくしたエルフたちを見ながら、懸命に踊っていたのでかいた汗を拭う。
掴みはオッケーだねと、隠れ里とやらを眺める。森林の中に開かれた拠点はログハウス調の小屋がいくつも建っており、多少古さを感じさせる。エルフは老若男女集まっているが……。
「皆、普通の人たちではない。優れた魔力を感じまつ」
魔力看破の瞳にて見つめてみて気づく。皆は上級騎士並みの力を持っているのだ。こんな強そうな人たちが隠れ住んでいるのかよ?
「痩せて疲れているみたいだけどな」
「隠れ住んでいるのでつから、仕方ないでつよ」
マコトの言葉に同意する。周りの人々はエルフにしても、痩せすぎだ。子供たちも頬が痩けており手足も細すぎて痛々しい。
「ヴィヴィアンしゃんが長老とやらに説明しに行ったので、帰ってくるまでに商売をしときまつか」
ムフンと息を吐いて口元を微かに笑みに変える。食べ物を売るのは俺の得意とするところだからね。
ざわめき、こちらを窺うエルフたちは、それでも話しかけてはこずに遠巻きにしてきていた。長老とやらの許可待ちなんだろうけど、俺には関係ない。
一番近くでこちらを見ている小さなエルフの少女へとてこてこと歩み寄って幼女スマイル。
「こんにちは。あたちはアイでつ。貴女は?」
「わ、私の名前はドリーだよ」
急に近づいてきた幼女に、少し警戒心を見せるドリーというエルフ娘にニコニコとちっこいおててを見せてグーパーする。
「あたちのおててには、今は何もないでつね?」
「うん。何もないよ?」
不思議そうにコテンと首を傾げるドリーのおててを掴んで、ぎゅうと握りしめて言う。
「なら、これは貴女のパンでつね。あたちはなにも持っていませんでちたし」
いつの間にか握られた手にはフカフカの白パンがあり、ドリーは驚きで目を見張る。その様子をフフッと微笑みを見せて、アイは離れる。
「良いの? これ……? 貰って良いの?」
躊躇いがちに言いながらも、その目はパンから離れないドリー。
「もちろんでつよ。あたちはなにも持っていなかったので、それはドリーが最初から持っていたんだしょ? さぁ、食べてくだしゃい」
「う、うん。ありがとう! パグッ……美味しー! こんな柔らかいパンあたし初めて!」
痩けた頬を頬張ったパンでいっぱいに膨らませて、満面の笑顔で喜ぶドリー。優しげな様子でアイは他の人たちへと言う。
「あたちと握手をしましぇんか? 握手会でーつ。今ならタダでつよ。握手券はいりましぇん」
舌足らずな言葉に、お腹を空かせていたエルフたちは、ワッと取り囲む。
「握手。私にも握手を」
「私にも」
「握手お願い!」
「月光商会は悪竜を倒した有名な商会だぞ」
人々が殺到して握手を求めてくるので、嫌な顔一つせずにアイは握手兼パン配布をする。なぜか焼き立てで熱々のフカフカふんわり白パンに皆は奇跡を見たように感動しながら食べる。中には涙を流して食べている者もいた。よほどこの隠れ里の暮らしがきつかったのだろう。
その様子を優しい笑みで眺めながら、ガイたちはお互いの顔を見合わせる。飢餓にある拠点では商売度外視でいつもこんなことをするのだからと。とはいえ、常に金を稼ぐ流れにも変えていく団長であるが。
「それじゃ、ガイ原の豚汁セットも始めますぜ!」
「ホットケーキーを焼いちゃうよ〜」
「あたしは加護の踊りを踊っておくぜ」
最後の発言者な妖精は制止をして、ガイやランカが手慣れた様子でご飯を作り始めた。リンやギュンターも幼女が取り出したご飯を握りおにぎりにしていく。
ジュースやお酒も出しちゃって、一気に宴会の様子を見せる隠れ里。
「美味し〜」
「豚汁おかわり!」
「それあまーい!」
エルフたちが大騒ぎで出されたご飯を食べまくり、それぞれの表情に笑顔が浮かぶ。ほのぼのとした空気となり、ゆったりと寛ぎ始めてしまう。
幸せな笑顔が周囲に広がり、やっぱりお腹いっぱいにならないとねと、幼女はご満悦となる。子供たちがお腹を空かせて飢えているのを見るのは耐えきれないのだ。
ふぃーと、パンを配り終えて、ニコニコ笑顔の子供たちを見てご機嫌な幼女。
「えぇ〜っ! なにこれ?」
「おかえりなさい、ヴィヴィアンしゃん」
警戒するどころか、宴会へと変貌している仲間たちを見て、驚きの声をあげるヴィヴィアン。ようやく長老の所から戻った模様。
ワハハと酔っているエルフもいるので無理もない。というか、やはりエルフたちも普通に肉食うのね。
「さすがでございます。神の使徒様。絶望に包まれしこの里を来てそうそうに幸せに満ちた里へと変えるとは」
ヴィヴィアンの後ろから真っ白な髭をはやした皺だらけのお爺さんが表れて感動したように声音を震わせて言ってきた。
使徒? と不思議に思いながらもマコトなら知っているかもと俺は顔を向けるが
「やめろって、こら、遊ぶなよ!」
謎のおどろおどろしい踊りで空間の裂け目から召喚されたちっこいおててに、つつかれてからかわれていた。頼りにならなそうである。
「申し訳ありません。自己紹介が遅れました。私は精霊王の一人、夢の精霊ディアボロス様の加護を得ているボロスと申します」
ディアボロスって、なんだよとアイは思うが、内心を面に出さずにニコリと微笑みで返す。こういったよくわからない状況は、ニコニコと微笑んでおけばだいたい大丈夫。
あんまり大丈夫ではない解決策を選択しながら、ドサッとパンの山を置いておき、聞く。
「いったいなにが起こっているのか教えてもらいいでつか?」
ついでにディアボロスの件も含めてと、内心で思いながら。
「では私の家にてお話しましょう。こちらへ」
恭しくエルフの長老が案内をしてくれるので、は〜いと元気なご挨拶を返して幼女はぽてぽてとついていくのであった。
長老の家は普通の家だった。特に神秘的な感じもせずに、刺繍の入った絨毯とかがある様子もない。火のついていない暖炉があり、土で剥き出しの床。いかにも異世界という雰囲気だ。
「さて、このようなことになった事態を説明したいのですが私は砂糖とやらを多めでお願いします」
「私も砂糖を山ほどお願い」
お茶請けにコーヒーとパンケーキを出したら遠慮なく砂糖をコーヒーに入れる長老とヴィヴィアン。この砂糖というやつは初めて食べる味わいだと喜ぶ長老。パンケーキには蜂蜜とバターをたっぷりとかけてもいたので。
「で、なにが起こったのですか?」
唯一シリアスな一線を保つお爺さんが尋ねてくれる。問いかけられた長老はゆっくりと語りだす。口元に蜂蜜をつけながら。
「そもそもの始まりは去年ディーアが攻めてきたことでした。かの国の軍は精強であり、森林戦を得意とする我らでも敗北が必至な戦況だったのです」
「で、対抗するためになにか使ったんでつね?」
戦争で負けないために、なにか対抗策を考えるのは当たり前だが、異世界だから禁忌の方法でもとったのかな?
「そのとおりです。我らはとってはいけない方法をとってしまいました。それはミストルティンの槍にて過去に神により封じられユグドラシルの根元で眠りし蛇ヨルムンガンドの開放をしたのです。開放する代わりにディーアの軍を倒す手伝いをせよと交換条件を出して」
「神に封じられしヨルムンガンドを使役なんて無理じゃないんでつか?」
普通に考えると、暴走するのは火を見るより明らかだ。エルフはアホなのかな?
俺の問いかけに苦笑して首を横に振る長老。
「実は過去にも何度かこの方法はとられていたのです。その際には役目を終えたらミストルティンを使用して再度封印を施しておりました。ヨルムンガンドもそのことは理解しており、開放されている最中は捧げ物を食べて満足して眠ることを繰り返していたのです」
「今回は違ったと。心当たりはあるけどね〜」
のんびりとした口調でランカが言うが、何気に酷いことを繰り返すエルフに冷たい視線を向けていてもいた。俺も同意見だ。封印前提で解放するとは酷いことをする。
だが、今回は違ったのだろう。ヨルムンガンドは新たなる力を得たに違いない。
「ディーアの軍を撃破した夜に奇妙な男が現れたのよ」
ため息をつき、ヴィヴィアンが口を挟む。その表情には恐怖の色が見えた。
「気づいたら、窓に座っていたの……」
ゴクリと息を呑み込み告げてくる。アイもその表情を見て、ゴクリとパンケーキを呑み込む。ふわふわ小麦で作ったパンケーキサイコー。
「君は一際精霊を操る力が強いらしいね。しかも炎の精霊を。どうだろう僕と友だちにならないかい? って」
敵は時を止める吸血鬼かなと、黒幕幼女はパンケーキのおかわりをするのであった。