215話 エルフの国の黒幕幼女
「かっこよいシーンを台無しにしたら駄目でつよ、ガイ」
「そうだぜ。あれはNGシーンに入れておいてやるぜ」
「へぇ……反省しております」
幼女に怒られて、項垂れるおっさんがそこにはいた。森の中で正座をして説教を受けていた。
ここぞとばかりにエルフのピンチに颯爽と現れたおっさんだったが、颯爽と通り過ぎていったので無理もない。常にボケないと死んじゃうのかなと、幼女と妖精に責められていたりする。
駄目じゃん、駄目駄目じゃんと幼女たちがおっさんを責める様子に、ヴィヴィアンが声をかけてよいか迷う。
「ちょっとラッキースケベな展開になるかと期待して……。いや、なんでもねえです。ちょっとミスっただけでさ」
思わず本音を言ってしまうおっさんは慌てて口を塞ぐが最早遅かった。ランカとリンも冷たい視線を向けていた。
「やっぱりそうだったんだね〜。顔がにやけていたもん」
「ん、鼻息も荒かった」
容赦なく責め立てるケモ娘たちの言葉に、やめてくれえと地面をのたうち回るおっさんであった。
「あ〜。そろそろ良いかしら?」
いつまでもコントを続ける集団に当初の驚きは鳴りを潜めてジト目で声をかけるヴィヴィアンに、ようやくアイたちは顔を向ける。
「こんにちは、エルフしゃん。あたちは月光商会商会主。アイ・月読でつ」
ペコリと頭を下げて、アイはご挨拶をする。幼女はご挨拶ができる良い子なのだ。
幼女がなぜこんなところにと、エルフの娘は戸惑いながらも口を開く。
「私の名前はヴィヴィアンよ。よろしくね。……え〜と、アイちゃん」
「よろちくね、ヴィヴィアンしゃん。ところでその剣、神器ではないみたいでつね?」
幼女的にヴィヴィアンの持つ大剣が気になるのだ。エルフなら弓やレイピアじゃない? というか力のある大剣だが……。
薄緑色の魔力の籠もった金属製の大剣。重そうにしている様子はないので、軽くなる魔法が付与されているのだろう。
「説明してやるぞ。精霊剣カリバーン。湖の精霊ヴィヴィアンが鍛えし大剣だ。精霊の力を付与させて戦えるかなりの名剣だな」
横あいからザーンが口を挟み説明をしてくる。戦闘に入っていないのでマコトが説明できないのを良いことに。
「がーん。何やってるのお前? それはあたしの役目だろ!」
「使い道がねーんだよ、このカード。なに、俺様はカードキャプターザーンをやれば良いのかよっ? 見ろよ、この使い捨てカードの数。いったい品物鑑定のカードを何枚ガチャに入れてるんだこの似非妖精めっ! しかも雑な解析しかできないじゃん!」
「星5アバター出しただろ! あれ、あたしの目玉商品だったのに! お前ら姉妹はなんであたしの金持ちライフを邪魔するわけっ?」
ザーンが品物鑑定のカードを使って説明役をマコトから奪ったので、ショックを受けて文句を言うマコト。ザーンもガチャの仕様に文句があるので口を尖らせて文句を言う。お互いが罵り合う醜い争いを見せる。見た目は可愛らしい妖精と元気っ娘な少女なのに、実に残念な光景である。
なにか気になることも言ってきたけど……。ザーンちゃん? なんで性別が少女になったのか理解したよ……。仕方ないなぁ。
ヴィヴィアンは口をパクパクさせて何も言えない模様。月光商会のコント第二弾に完全に混乱していた。
「カリバーン……。ヴィヴィアンが与えたのはエクスカリバーではないのか?」
ギュンター爺さんが歩み寄ってきて言う。お爺さんも知っている伝説。湖の精霊ヴィヴィアンがアーサー王にエクスカリバーを与える御伽話だ。
「は? エクスカリバーってなに? なんの話?」
いきなりの話になんなのと戸惑うヴィヴィアン。まぁ、無理もない、地球の話だからなぁ。
「むふーっ。カリバーンはエクスカリバーの前身。エクスカリバーは儀礼剣であり、魔法使いマーリンが改造したのが」
「はいはい。その話は後で聞きまつ。で、ヴィヴィアンしゃんは精霊の名前を受け継いでいるのでつね」
厨二病の狐娘がここぞとばかりに蘊蓄を語ろうとするが制止して確認する。バッカスと同じく宣伝戦略なんだろうなぁ。
「えぇ。ヴィヴィアンは私にユグドラシルの皆を助けるための力として、このカリバーンを渡してくれたわ。そのお礼に私はヴィヴィアンの名を受け継いだの……」
悲しげに表情を暗くするヴィヴィアン。その重い空気に言い争いをしていたアホ二人と、正座をしていたおっさんをからかって魔法少女も真面目な表情になりヴィヴィアンへと向きなおる。
「ユグドラシルの皆を助ける? でつか」
なんとなくわかるような感じがするけど一応尋ねておく。なんか天ぷらの可能性があるけど。ジュージューと揚がっている感じがする天ぷらだけど。
だが、ヴィヴィアンは話を始めることはせずに、周りの様子を窺う。警戒心を呼び戻した模様。アホなコントを延々と見せられて緩んでいたが、気を取り直したのだろう。
「ここは危険なの。悪いけど話は後でね。生き残りは貴方たちだけ?」
「生き残り? あぁ、逃げていたわけではないでつよ。敵を倒しまくっていたんでつ」
「素材に木38、木魔法3を複数手に入れたしなっ」
コテンと首を傾げて疑問に思ったが、ヴィヴィアンが勘違いをしていることに気づく。魔物に襲われて、もっというと怪しさ爆発の軍みたいな魔物に襲われて壊滅したのだとも思ったのだろう。たしかにあのレベルの敵は一般的な騎士たちでは壊滅するよな。マコトの言うとおり美味しい敵だったけど。木魔法ゲットだぜ。
「逃げてきたわけじゃないの?」
「あたちの部下は強い強いなのでつ。お爺さんを筆頭に」
フンスと息を吐いて、ドヤ顔になる幼女。幼女のドヤ顔は愛らしく頭を撫でたくなるほどだ。その言葉通り、街道方向から大勢の騎士たちが狼に乗って現れたのでヴィヴィアンは驚く。
「え? 貴方たちはいったい?」
よくよく見れば、老齢の騎士は恐ろしい力を持っていると悟る。なぜ気づかなかったのかと自分の迂闊さに舌打ちするレベルだ。カリバーンを持つ自分でも敵わないと瞬時に理解できる。精霊を感知できるヴィヴィアンは魔力の感知精度も高い。
狐人の少女たちも凄腕そうだし、馬車を伴い現れた騎士たちも自分と同レベルの力を感じとれる。信じられないことに。
デフォルトでどこかの勇者はハブられていたが、いつものことなので仕方ないだろう。それが勇者の宿命なのだ。おっさんの宿命かもしれない。
「あたちは越後のちりめん問屋、月光商会のアイでつよ。カッカッゲホッゲホッ」
むせちゃう幼女である。妖精が大丈夫かよと背中をさすってくれていた。最近の幼女はますます身体を蝕む毒が酷くなってきたのだ。その毒の名前を女神の加護と言う。
「よくわからないけど……。大丈夫そうだし……大丈夫なのかしら? 人格が大丈夫じゃないみたいだけど、私たちの住んでいるところまで案内するわ」
正確にアイたち一行の残念さを悟りつつ、ヴィヴィアンが真面目な表情で言うのであった。
迷いの森。ヴィヴィアンたちが隠れ住む拠点を守る絶対防衛網だ。その森に入る者はエルフの儀式魔法「迷いの森」により呪われて森から出ることも入ることもできなくなる……はずだった。
「なんで空から行くわけ? この魔法はフライ? それにしても馬車を浮かせる魔法なんか聞いたことないんだけど」
絶叫をするヴィヴィアン。あり得ないと叫んでいた。
「だって、狭すぎて馬車が通れる道がないんでつもん。仕方ないでつよ。ちなみに鳥力でつ」
魔法じゃないよと幼女は笑顔で答える。馬車はゼーちゃんたちが持ち上げて運んでまつ。後で美味しいご飯を与えないとね。
「ピピッ」
「くるっぽー」
「くるっぽー」
力強い隼の鳴き声が聞こえてくる。頼もしいことこの上ない。
「本当だわ……。でも地上を行く騎士たちは危険よ?」
窓を開けて空を見上げて呻くエルフ娘。でかい鳥が馬車を運んでいたことに顔を歪めて口元を引つらせちゃう。
だが、馬車に乗らない騎士たちは大丈夫かとも心配してくれるが大丈夫だよ。
「そんじょそこらの呪いじゃ、魔導騎士団には通じないから大丈夫でつよ。真下を見ればわかりまつ」
シュタタと狼さんたちが馬車の真下をまったく迷わずについてくるので、ヴィヴィアンは頭を抱えてしまう。エルフ最高の防衛魔法のはずなんだけどと。
ごめん、そんじょそこらどころか、一切の呪い系統魔法は通じないのだ。
あっさりと森を通過してしまう月光軍団である。呪いの森のイベントはスキップしてしまうが、面倒くさいイベントはパスである。
「どうせ呪いの森を進むのに、ここをこう進むのとか、あたちから離れないでねと案内を受けて進むんでつけど、途中ではぐれちゃって、ピンチに陥るだけだと思いまつし」
「なんか凄い魔物とかいるかもだぜ? 呪いの森って、永遠に彷徨うんだろ?」
マコトの言葉になるほどとポムとちっこいオテテを叩く。それはあるかも。
「ガイ。ちょっと飛び降りてレアモンスターを探してくる気はないでつか? いちご大福50個あげまつ」
ニコニコと勇者へとお願いをするアイ。その無邪気な笑顔を見れば誰しも頷いてしまうだろうと思われたが、ガイはぶんぶん首を横に振って断ってきた。
幼女耐性がついたのかもしれないおっさんである。
「いやいや、そうしたら今回のイベント、あっしはまったく出番がなくなる予感がするんですけど? 美少女があっしを待っているんですから。それにこの間の大福はあっしの口には一個しか入りませんでしたし」
違った。まだ見ぬ美少女を期待していただけだった。見ても何もイベントは起きないと思われるが。
ちょっと落ちようよと、ランカたちが空を飛ぶ馬車から勇者を突き落とそうと腕を引っ張るが懸命に落ちないように踏ん張っていた。勇者なら落ちても大丈夫なのに。
なんだかなぁと、緊張状態が続かないことにヴィヴィアンはソファに凭れかかりその柔らかさにギョッと驚く。
「なにこの椅子の柔らかさ? なにこの食べ物? 凄い甘いんだけど!」
お茶菓子でつがと、ショートケーキを出せば、その美味しさと甘さに夢中になり、馬車の設備に驚いてもいたりした。忙しい娘である。これが普通の反応なんだろうけど。
しばらくヴィヴィアンの反応を楽しみながら、遠くに見える巨大なユグドラシルを眺めて進む。
遠目に見ても凄い大樹だ、天をつくとはまさしくあのような大樹を言うのだろう。なにしろ上の方は雲がかかっているし。
「ユグドラシルに向かうわけではないと。隠れ里に住んでいる理由を教えてもらいたいでつね」
多少目を細めてシリアスな雰囲気を醸し出すアイ。
「眠たいの? もう少しで着くわ」
眠たいんじゃないんだけどと、頬を膨らませてむくれちゃう。幼女だからやっぱりシリアル風味にしかならないみたい。
てか、俺の話を聞いてほしいんだけどと、ヴィヴィアンの様子を上から下まで眺める。いかにもなエルフだけど……。
手足が細すぎて、顔も痩けている。栄養が足りないから肌が白いというより、青白いと言ったほうが良い。
ユグドラシルの問題を解決するのは面倒そうだと、黒幕幼女もショートケーキを取り出して口に頬張るのであった。