214話 木漏れ日の中のエルフ
ヴィヴィアン……ヴィヴィアン……ヴィヴィアンってば……。
誰かが呼ぶ声がして、意識を覚醒させ、目をゆっくりと開く。
「ヴィヴィアン、起きた? 目が醒めた?」
目の前にはエルフの少女がいた。親友の娘だ。焦った感じで私の肩をゆさゆさと揺らしてきていた。
「揺らしすぎ……気持ち悪い」
気持ち良く寝ていたのに起こされて、不機嫌そうにヴィヴィアンと呼ばれた少女は文句を言う。そんなヴィヴィアンを見ながら、相手は焦った口調で伝えてくる。
「森が騒がしいの! なにか外がおかしいのよ」
「外が? 誰かが魔物と戦っている? それともあいつらと? シルフには尋ねてみた?」
ベッドから降りながらヴィヴィアンは尋ねる。
「シルフは全然いなくて、尋ねることはできなかったわ」
「そう……。最近ほとんど見なくなったものね」
最近なぜか精霊たちはどんどん少なくなっている。それを知っているので、顔を悲しげに歪めて思う。この森は滅びに向かっているのかと。
「わかった。見てくるわ」
壁に立て掛けてある紐のついた鞘に入った大剣をとり、背中に担ぐ。
「気をつけてね? 奴らに見つからないようにね?」
恐怖を浮かべながら言う親友に肩をすくめて、気楽そうに言う。
「インビジブルを使うから大丈夫よ」
本当は全然大丈夫ではない。インビジブルが通用するのは視覚に頼った敵だけであるから。なので魔力の無駄なので使う予定は実はない。だが、努めてヴィヴィアンは平気そうな表情を作って答えるのであった。
外に出ると、木漏れ日の中、見かけだけは以前と変わらない風景が目の前にはあった。そよそよと気持ちの良い緑薫る風が自身の髪をたなびかせる。
そこには美しいエルフが立っていた。腰まで伸びているサラサラの金髪。笹のように長い耳を持つ、まるで作られた芸術品のような美しい顔立ちの少女だ。切れ長の目に、整った鼻、小さな口と、バランスがとれすぎた顔立ちである。ここまで整っていると、人間ならば不気味にも思ってしまうかもしれない。
小柄な体躯に緑のチェニックとズボンを着込んでおり、背中にはアンバランスさを感じさせる大剣を提げている。
幼女が見たら、まさしく古典的ふぁんたじ〜と、飛び上がって喜ぶだろう典型的なエルフ。その少女の名はヴィヴィアンと言った。
周りにはログハウス調の木の小屋が少ないながらも建っており、エルフたちがヴィヴィアンと同じように外に出て不安そうにしていた。
「……確かに騒がしいわね」
ヴィヴィアンは眉を顰めて不安そうに顔を歪める。
森がざわめいているのがわかる。精霊魔法に頼らずとも、なんとなく空気がざわめくのを感じるのだ。こんな時は必ずあいつらが動く時なのだ。
意識を強く集中させて、シルフの召喚に挑む。以前は簡単に召喚できたシルフも今はかなりの集中力が必要になった。精霊魔法使いとして、周囲のエルフたちよりも群を抜いてるヴィヴィアンでもそうなのだ。親友では召喚は難しいだろう。
そよ風を感じる中で、風の強い精霊力を感じた。だが、シルフではないとも感知する。
最近産まれ始めた意識なき、たんなる風の精霊力の塊であるだけの精霊だ。こちらの話は一切通じない。ただそこにあるだけの自然の塊であった。
さらにヴィヴィアンは集中する。どんどんと魔力を高めていくと、以前ならそこらじゅうにいた風の精霊シルフの意識をようやく感じ取れた。
「シルフ……聴こえる? エルフのヴィヴィアンの名において召喚するわ」
魔力を籠めた言葉により、ようやくシルフは反応してくれた。目の前につむじ風が起こり、手のひらサイズの小さな半透明の少女が現れた。
ようやくシルフを召喚できたと、疲れを微かに感じるヴィヴィアン。後ろで様子を見ていた親友はホッと安心した表情を浮かべていた。
自らも安堵しつつ、シルフへと質問をする。
「シルフよ。気高き風の精霊よ。エルフのヴィヴィアンが尋ねる。いったいなにが起こっているのかしら?」
その質問に、たどたどしくシルフは心に直接答えてきた。
「癒やし……元気な……来ている」
自我が薄いシルフから、意外なことに嬉しさを感じとり、ヴィヴィアンは驚く。最近はシルフは弱々しく元気がなくて、嬉しがることなんてなかったのに意外であった。
その言葉の中に嬉しさを感じとったヴィヴィアンは小首を傾げて不思議に思いながらもさらに問いかけを行う。いったいなにが来たのだろうか?
「シルフよ。癒やしとは? 誰が来ているの?」
「癒やし……元気な……来ている」
ふわりと元気そうに周りを飛び始めて同じことを繰り返すシルフに嘆息して諦める。これ以上は知性の高い風の精霊王ジンでなければ駄目だ。高位精霊はもはやどんなに魔力を籠めて召喚しようとしても、最近は召喚できないから無理なのだが。
即ち、自身の目で見なければ駄目だ。
外に出るのは恐ろしい。が、仕方ないだろう。
「外に出て見てくるわ。長老には迷いの森は維持をしておいてと伝えておいて」
「わ、わかったわ。気をつけてね」
親友がその言葉に、緊張感を見せて頷く。外は危険なのだと今は誰しもが理解しているからだ。だが行かなければなるまい。
それに自分には精霊剣があるのだからと、背中にかけている大剣の重さに心を支えられて、ヴィヴィアンは様子を見に行くことに決めた。
森は相変わらず気持ちの良い風が吹いていて、以前のような空気を感じさせる。足を勢いよく踏み出し、柔らかな土の感触が返ってくるのを感じながら駆け抜けていく。
平和そうに見えるが、それは偽りだ。魔物が草むらに隠れてこちらの隙を狙っているし、もっと最悪なモノもこちらを監視しているかもしれない。ヴィヴィアンは自身の腕に自信はあったが、決して油断はしなかった。なんとなれば、自身と同じ程度の腕を持つ仲間が次々とやられていくのをみていたから。
森を危なげなく駆けてゆく。根っこがヴィヴィアンを転ばそうとしたり、積もった木の葉に隠れた窪みが足を捉えようとするし、張り出した枝葉が身体を傷つけようとする。
森に慣れていない者なら、確実に転ぶだろう自然の罠がたっぷりとある森だが、ヴィヴィアンは軽やかにそれらに引っかかることなく疾走していく。
狼や鹿などと同レベルの速さで駆け抜けていくヴィヴィアンは、途上で立ち止まり警戒を顕にする。
「なにか臭う……なにかが焦げた臭いね」
これは植物が燃えた臭いだと、木の影に素早く身を隠して前方を窺う。生木を燃やしたのだろうか。風に流れて真っ白な煙が漂ってきてくるので眉を顰めてしまう。
「炎を誰かが使ったのね……森の中で炎を使う……魔物に襲われたのかしら。それかアイツらに?」
たぶん戦闘があったのだ。しかも大規模な。そのことに多少なりとも困惑をしてしまう。アイツららしくない……。誰か街から逃げ出した? それにしては場所が変だ。ここはユグドラシルからまだ離れている。アイツらならこんなところまで逃げ出せる人材を放置しておかないと思うのだが……。
「それに癒やしって、どういう意味なのかしら」
シルフは喜びの感情を伝えてきていた。逃げ出した誰かではなく、外からなにかが来たのか? 情報が足りないが、見に行っても大丈夫か判断に迷う。
アイツらに襲われたのならば、既にやられている可能性は高い。それだけ敵は厄介なのだ。
迷う。ここは慎重に判断せねばなるまいと考えるヴィヴィアンであるが、隠れている木が僅かに揺れたことにハッと気づく。
「トレントッ!」
危険を察知して素早く離れようとするが、気づくのが遅かった。いつの間にか足元に根っこが近づいており、気づかれたとわかり、一気に絡みついてきた。
自分の腕ほどもある根っこが足に絡みつき、宙へと引っ張り上げてきた。逆さまになりぶら下げられてしまう。
「木キキキ。捕まえた。捕まえた〜」
木の幹が裂けて、口のようになる。いや、まさしく口であり、木をこすり合わせたようなザラッとした声音で木が楽しそうに不気味な哄笑をしてくる。
トレント。木の魔物であり、普段は木にしか見えないが獲物が近づくと捕えて殺し死体を栄養分として食う。
だいたいが大木であり、倒すのは炎を使用しないと困難である。植物だけに痛みに鈍いし、剣や弓では大木を倒すのは難しいので。
今はもっと危険でもある。なぜならば木の幹に蔦が絡みついており、真っ赤な種がくっついているのだ。その種は真ん中から裂けており、気持ちの悪い充血しているような目がギョロリと覗かせていた。
だが、ヴィヴィアンは焦らずにエルフに似合わない凶暴な笑みで手を背中の大剣にかける。
「隊長格なのは幸運ね。倒しておけば少しは安全になるかしら」
「木?」
恐怖して泣き叫ぶと想像していたトレントは恐れを見せないエルフを見て戸惑う。が、背中に下げた大剣を抜き放ちこちらへと向けてくるエルフにトレントは反対に恐れを抱く。
その大剣が真っ赤な炎を吹き出してきたからだ。高熱を伴う炎に顔を照らされながらヴィヴィアンは嗤う。
「精霊剣カリバーンの力を見せてあげ」
「危ないお嬢さんっ!」
突如として、横あいから駆けてきた髭もじゃの山賊が斧を投擲してきた。まるで矢のような速さを投擲された斧は見せて、ヴィヴィアンの足に絡みついていた根っこを切り落とす。
得意げに叫ぼうとしていたヴィヴィアンだが、根っこを切られて落ちてしまう。大剣を持ちながら落ちてしまうヴィヴィアンの真下にズササとスライディングで山賊が滑り込み受け止めようとしてくる。
ズサササササ
だが木の葉の滑りが思ったより良くて、そのままヴィヴィアンの下を通り過ぎていくのであった。
「ぶへっ」
「あいたっ」
木の幹に衝突して、痛みで呻く山賊。そしてそのまま地面に落とされてしまうヴィヴィアン。目の前に燃え盛る大剣が落ちてきて極めて危なかっしい。
「なんなのよ、こいつっ」
大剣を拾い文句を言いながらトレントへと向き構え直す。本当は根っこを切り払い華麗に身体を翻して地面へと降りる。そしてトレントを切り倒す予定であったのだ。
ドヤ顔でかっこよい姿を見せようとしたのに、謎のおっさんに阻まれたヴィヴィアンは多少恥ずかしさで赤面しながらカリバーンを横薙ぎに振るう。
纏う炎の高熱で大剣は赤熱している。その大剣は斧しか通用しなさそうなトレントの幹へとバターでも切るようにあっさりと食い込み切り払うのであった。
トレントは幹を切られて、倒れていく。幹についていた目玉のような種が目の前に倒れてヴィヴィアンは冷たい視線で大剣にて真っ二つにする。
「ふん、ざまあみなさい」
ドヤ顔でフンスと息を吐き胸を張る。精霊剣ならばこの程度楽勝なのだ。頭にコブができちまったと痛みで呻くおっさんの妨害がなければ。
「木の葉が積もると凄い滑るんでつね。驚きまちた」
「え? 誰?」
隣から可愛らしい小鳥の鳴くような幼女の声が聞こえてヴィヴィアンは驚き飛び跳ねる。気配がまったくしなかったのに、いつの間にと。
「その剣、凄い威力でつね。神器でつか?」
そこにはニコニコと癒やされてしまう可愛さの幼女が立っており、ヴィヴィアンの持つ大剣を興味深げにしげしげと眺めてきていた。
「う〜ん、これ、神器じゃないんだぜ」
「星2品物鑑定を使うぞ? 使い道ないから困っていたんだ。山ほどダブっているし」
手のひらサイズの妖精と、漆黒の鎧を着た者たちもいつの間にかいた。なぜか漆黒の騎士は嬉しそうにカードを取り出してもいた。
が、漆黒の騎士をヴィヴィアンは気にはしなかった。それよりも驚く者がいたので。
「よ、妖精っ! 本物?」
伝説の存在がいたことにヴィヴィアンは驚きの声をあげるのであった。