211話 天才少女と陽光帝国
アウラ・ハヤは陽光帝国の謁見の間にいた。玉座に座る皇帝陛下の前で跪いていた。
黄金と宝石で作られた豪華な玉座に座る皇帝陛下は自分よりも幼げに見えるにもかかわらず、その強大な威圧感を感じさせる。アウラは歯を食いしばり身体が震えてしまうのを懸命に抑えていた。
跪き、床を眺めてこの床はどのような素材でできているのかと疑問に思う。石ではないのは明らかだ。いくつもの建物が建てられて組み合わされているような城であるが、皇帝が住まう中心の城は格が違う。
蒼き色の素材でできており、水晶で全てが作られているのかと思う程だ。だが、その感触は優しい手触りで表面は柔らかく感じる。されど強く押すと硬い感触に変わる。不思議な素材であった。
信じられないことに広大なこの城の謁見の間は全て毛の長い絨毯で敷き詰められており、その意匠から安いものではない。いや、安いどころか、なかなか手に入るまい高価な物だ。廊下も中心には絨毯が敷かれており、調度品が並べられている。
自身は裕福だと考えていたが、その自信を木っ端微塵にするほどの調度品が廊下に飾られているのだ。
謁見の間は調度品は少ないが、陽光帝国の紋章が刺繍された黄金糸や銀糸で織られた旗が壁にかけられている。
そして、壁際には漆黒の鎧を着込んだ騎士が並んでいるが、その武具は全て強力な魔法の力を感じさせる。その騎士たちもひとりひとりが一騎当千の騎士である強者の空気を纏っていた。
自身も高い身体能力を持ち、剣も魔法もかなりの腕だと自負しているが、恐らくは一対一でも負けるのではなかろうか。
立ち並ぶ騎士たち全員が将軍級なのだ。そして、それらを配下に持つ皇帝陛下。見ただけで畏怖をしてしまう神器と思わしき宝石で作られたような杖を持ち、その力に負けない強者の空気を纏う少女である。
絶対強者とはこの少女を言うのではなかろうかと思うが、今は姿を見ないが、名高い神聖騎士ギュンターという英雄級の老騎士もこの国にはいるのだ。
世界は広いと強く感じてしまう。このような者たちが外の世界にはいるのだ。財力、武力、技術、そして文化においても全てが劣っているとアウラは思う。今まで都市連合の中で渡り合っていたと自信を持っていたが、そんな小さな地域で活動していた自身のちっぽけさに笑ってしまう。
この城の謁見の間にいると、そのことを強く感じさせる。それが目的で設計されているのだろう。
実際はこの中心の城は星5水晶城マコトサンダーというガチャの品であるのだが。
マコトサンダー。どこかのゲームの城タイプ召喚獣を真似て、アホな妖精が女神様に借金をして創ってもらったガチャの目玉商品だ。変形機能をつけたかったが、どうやっても中にいる人を潰すので、泣く泣く諦めて隠し武器を搭載させただけにした城である。
この城を欲しくて、きっと皆はガチャしまくりだなと、マコトは自信を持って排出率を0.00000001%にして、ほくそ笑んでいた。夜店でくじ引きを売るおっさんみたいなことをする妖精である。
実装して速攻スノーが引いていたけど。何気にスノーは超強運なのである。大体欲しいものは簡単に手に入れる娘なのだ。どこかの幼女なら排出率99%でも引けないと思われるが。
マコトはもんどりうって悔しがり、すぐに立ち直り、星5マコトの肩たたき券とか、星5マコトのダンス券とか、お金のかからないアイテムを実装していたが。電子のゲームと違い本物のアイテムなので、お金がないと良いアイテムを実装できないのである。
そんなしょぼいアイテムばかりで、サービス停止にならないか不安なガチャサービスであった。それでも少しだけまともなアイテムもあるので、それがある間は大丈夫だと信じたい。
そんなことは知らないアウラは、恐縮しきりであった。強気な外見に見えるが、仕方ないことなのかもしれない。
「頭を上げることを許しますアウラさん」
「ハハッ」
スノーがのんびりとした口調で告げると、アウラは頭を上げて皇帝陛下を見る。緊張していますねと、内心で苦笑をしながらスノーは口を開く。
「この度の戦果お見事でした、アウラさん。敵の側面を突き奮戦したその姿を私は嬉しく思います。それに追撃戦にてジュエンの都市を落としたこと、千金の価値があるでしょう」
「いえ、既に陛下のお力とギュンター様の活躍により、敵の軍はもはや死に体でした。我らは苦労なくジュエンの都市を落とせたのはそのおかげです。本当はジュエンを倒したかったのですが、逃げられたのが悔やまれます」
アウラの軍は中央連合の軍を撃破したあとに、素早い行軍でジュエンの軍を追撃した。その途上にある各都市を陥落させて、ジュエンの首都まで制圧したのだ。ジュエンには逃げられたようだが、素晴らしい戦果である。
「その戦果の褒美として、金板1000枚、ジュエンの元領土の衛星都市を1つと伯爵の爵位を授けます」
騎士が金板の詰まった箱を持ってきて、アウラへと渡す。
「有難き幸せです」
「では、これからの活躍を期待します。これからささやかですが祝勝会をしますので楽しんでくださいね」
ニコリと誰もが見惚れる微笑みをスノーが浮かべて謁見は終了した。
祝勝会もマコトサンダーの広間で行われる。正直、この城の名前を変えたいところだが、その場合は適当女神か銀の女神が決めるのでもっと酷くなることは確実だ。なので、この城はこの名前でいくだろう。
その中でアウラは豪華絢爛の祝勝会をワイングラスを片手に歩いていた。ロイヤルシルクを生地とした真っ赤なドレスを着込み、目処つ様に大粒の宝石を嵌めたネックレスをつけている。
「どこまで、その力を見せつけるんだろうね」
呆れながらワイングラスを口に傾ける。ゴクリと飲むとその芳醇な香りと、強いアルコールの濃い味わいが広がる。今まで飲んできたワインは何だったのだろうと、疑問に思ってしまう。これに比べたら色のついた水だ。
魔道具の灯りに照らされて、夜であるのに周りがはっきりと見える。その明るさは蠟燭をいくつ並べても敵うまい。今までならば、壁際は薄暗く密談をする貴族たちが利用していたりもしたのだが、そのようなことはなく隅々まで明るい。
テーブルに並ぶ色とりどりの料理を口にするが、どれもいつまでも食べたくなるほど美味い。焼き肉にもソースがかけられており、ムースとかいうのもあれば、内陸であるのに海産物も多数ある。海老やらカニやら魚の炒め物やら。
アウラは海産物をほとんど口にしたことはない。あっても塩辛い燻製の魚だ。なので、ついつい美味しくて食べてしまう。
ここは祝勝会という名の貴族たちの戦場だとは理解しているのだが。アウラもまだまだ年若い少女だ。食欲についつい負けてしまう。魚も美味しいがデザートも凄い。何種類ケーキがあるのか、他にもアイスクリームやら食べたことがない物だらけなのだから。
「おめでとうございます、アウラ伯爵」
戦場はここにあったんだと、片端から食べまくるアウラへと誰かが声をかけてくるので振り向くと冷笑を浮かべるエルフが立っていた。
「カリルヤンか。久しぶりだね、元気だったかい?」
カリルヤンとは都市連合の会談時に何度か顔を合わせているので、アウラは知り合いだ。
「えぇ、元気ですよ。私が元気でない理由がありますか? ユグドラシルの加護を受けた私たちに」
大げさに手振りを見せて、上から目線で言ってくるカリルヤンの姿に苦手な奴だとアウラは思う。いつも芝居っ気のあるこの男がアウラは苦手であった。
特に寒々しいその目つきが。
「それは良かったね。あんたたちも陽光帝国の傘下になるとは意外だったよ」
ユグドラシルのエルフは総じてプライドが高い。戦いもしないで傘下に入ろうとは意外であった。ディーアの侵攻を何度も防いできたのは伊達ではない。世界樹と称するユグドラシルの下ではエルフは無敵だとも豪語していたのだ。
「地形変化系の神器を持ち出されたら、私たちでも敵いません。それならばいち早く傘下に入った方が良いでしょう」
「ふ〜ん……まぁ、賢明な判断だとは思うね」
なんとなくだが、カリルヤンから苛つくような感じが見える。なにか想定と違った展開なのであろう。
「皇帝陛下は機微に敏感で軍才もあると聞きていましたが、いやいや、話し合いもなしにいきなり我らを受け入れて貰えるとは考えもしませんでした」
軽口を叩くカリルヤンに意外に思う。
「? 条件もなしにいきなり受け入れたのかい?」
あの皇帝陛下が? 未来を予知しているのではと思う程の陛下が?
「そのとおりです。こちらをどれほど下に見ているのか……。たしかに傘下にと願いましたが、無条件降伏ではないのですよ」
「そうだね……その後の話し合いが揉めるだろうし」
帝国側は傘下に入ったものとして強気の条件を出してくるだろう。それに対してユグドラシルは話し合いが終えてから傘下に入るつもりだ。と、すると話し合いは揉めるに違いない。
これは少しおかしいのではなかろうか? あの陛下がそのような話し合いをするようにする理由があるのだろうか?
話し合いが決裂すれば、ユグドラシルと戦争をすることになるのだが……。
「とりあえずは月光商会とかいうのが本国に来るらしいので、その者たちへ我が国の素晴らしさを見てもらってからになるでしょう。話によるとギュンター卿も来るらしいので、しっかりと我が国の価値を見てもらわないとなりませんね」
フフンと息を吐き、カリルヤンは話を終える。……なんとなくきな臭い感じがする。ギュンター卿を闇討ちにでもするつもりなのだろうか? 英雄級の強さを見誤っていると思うのだが。
中央都市連合との戦いで見せたギュンター卿の強さは格が違った。たとえユグドラシルでも敵わない。
「まぁ、せいぜい頑張るんだね。馬鹿な真似をして滅亡しても知らないよ?」
「ユグドラシルの加護を受ける我々が滅びることはありませんよ。きっとギュンター卿も月光商会とかいう者たちもそう思うでしょう」
余裕ありげなカリルヤンの姿に肩をすくめるだけにとどめる。言っても無駄であろうし。
「我らエルフはユグドラシルの加護を受ける選ばれし種族。今度、アウラ姫も我が国に訪問なさると良い」
「悪いけど忙しいんでね。新たな所領も見なくてはいけないし、圧政を陛下は許さないからね」
「それは残念です」
ニタリと笑うその気味悪い様子を見せるカリルヤンとの会話を終わりにしてアウラは新たな料理を食べに向かう。
「そういや、カリルヤンはこの美味な料理を食べる様子がなかったね?」
周りの人々は料理に夢中だ。話を求める者たちも皿にたくさん料理を乗せており、暇さえあれば口に運んでいたが、カリルヤンは皿どころかワイングラスも持っていなかった。
違和感を感じつつも、たまたまかとアウラは料理を口に運ぶのであった。