210話 幼女は観察日記をつける
カリカリと幼女はノートに今日の出来事を書いていた。自分の学習机に座って、カリカリと日課の日記を書いていた。
「え〜と、今日は孤児院に行きまちた。お腹が空いて痩せている子供たちがいたので、補助金を横領していた院長は処刑ちて、子供たちにたくさんご飯をあげまちた。皆、ありがとうと笑顔で言ってくれてうれちかったでつ」
んしょんしょ、カキカキと絵も書いたりしちゃう。絵日記をつけているのだ。
「今日もたのちかったでつ。おわり」
書き終わると、ふぃ〜と息を吐いて満足そうに椅子に凭れかかる。毎日楽しくて幸せだと足をプラプラご機嫌に振る。少しだけ日記の内容が物騒な感じがしたが、気のせいにしておこう。
「ご飯ができまちたよ〜」
部屋の向こうから声が聞こえてくるので、ご飯だと顔を輝かせて、椅子から降りる。サラッと銀色の髪が顔にかかるのでかき分ける。
「そろそろ髪を切らないと駄目でつね。パパしゃんにやって貰おうっと」
パパしゃんのお膝の上に乗って切って貰うのだと、テヘヘと可愛く微笑み、てこてことリビングに向かう。
「手を洗ってくるのでつよ」
「うん。浄化〜」
台所から料理を乗せた大皿を運んでいたこれまた幼女が注意してくるので、力をちびっと使う。シャワワと両手が泡に包まれて綺麗になる。
「もぉ〜、簡単な事で超能力を使うんでつから」
呆れた表情で注意をしてくるママしゃんみたいな幼女に、テヘヘと舌を出して椅子に座る。
「お、今日は唐揚げか?」
「美味しそうですわね」
「早く食べよ〜」
新たに幼女が3人入ってきて、唐揚げだ〜と喜ぶ。皆、唐揚げ大好きなのだ。
「今日は良い鶏を貰ったのでつ。牧畜もだいぶ軌道にのったって、牧場主が言ってまちたよ」
「日本地区はもう自給自足率がかなりあがったよな〜」
ご飯担当の幼女がエプロンを外しながら椅子に座る。皆の分のご飯をお茶碗によそいながら、ポニーテールの元気っ娘が感心し座る。
「今はヨーロッパ方面に基本的な食料品は輸出してますものね。日本地区は手に入りにくい物がメインに移り変わりましたし」
「そうでつね。パパしゃんは慎重に地球の管理をしてまつからね。皆は自立していまつ」
縦ロールの幼女とショートヘアの幼女がうんうんと頷く。
「こら、ご飯中は玩具は仕舞いなさい」
バイクの玩具を片手に持ってご飯を食べようとしていたショートヘアの幼女が怒られて、は〜いと亜空間ポーチに仕舞いながらこちらを見てくる。
「そっちはどうなんでつか? 順調なんでつか?」
唐揚げにマヨネーズをつけようか、そのまま食べようかと迷っていた幼女、異世界ではスノーと名乗っている娘はうんと頷く。
「結構順調だよ。この間も傘下にエルフの人たちが入れてくれって言ってきたし」
「おぉ〜、エルフってふぁんたじ〜でつね。良いな〜。今度アバター変わってくれましぇんか? 千冬たん」
「駄目だよ〜、お仕事だし」
スノーはやっぱりそのまま食べようと決めて、唐揚げに齧りつく。さくっとカラッと揚がっており、にんにく醤油がよく染みていて美味しい。
「あたちはマコトのアバターが良いでつ。また、次は変わってもらって、ぶっぶーで遊びまつ」
「またマコトに怒られますわよ? それで、エルフはどんな感じでちた?」
「んとね〜」
食べながら、先日の話をスノーは語りだす。なかなか面白かった体験を。
サンライトシティ。南部地域にて陽光帝国の首都として建設され始めた街だ。センジンの里、その先にある妖精の国マグ・メルへの道を塞ぐように建設されている。
100万人が住める街を目指しているため、城壁は広大で数重に渡り作られている。都市内の道路も滑らかであり頑丈な結晶セメントにて碁盤のように伸びており、平安京とか古代の首都のような形だ。周囲には開拓された広大な田畑が広がり、農民たちが既に移り住んでいる。
都市の中心には、既に巨大な城が築かれている。美しい水晶のような壁で作られた神秘的な和洋折衷の城だ。丘が築かれており、段々に各建物が建築されており、城を見る者に感動を与えるような、まるで空中に建物が建てられているような美しい配置となっている。
莫大な資源と資金を使い建てられた城を見れば、訪問者はそれだけでこの国の力を理解する。そんな城だ。
貴族街とは決めていないが、貴族たちが城のそばの土地を買って屋敷を建てている。目端の聞く商人たちも貴族街でなければ私たちもと、一等地を買って屋敷を建て始めていた。
各所には水の魔道具。街灯の魔道具。汚水浄化用のクリアウォーターの魔道具と上下水道も灯りも完備されており、他国の神器付き都市と遜色ない。
最近は工作魔法を手に入れたので、恐ろしく早いスピードで首都建設が進んでいる。移民たちも家々を手に入れて、様々な仕事を開始している。サンライトシティはたった数カ月で都市の機能を持ち始めていた。
そのような奇跡のような速さで建築している都市の城内。謁見の間にて、スノーは金糸が縫い付けられて、刺繍が施されている豪奢なトーガのような服を着て、謁見を申し出る人たちと会っていた。
「では、そなたの都市も傘下に入ると?」
玉座にスノーは座り、目の前に跪く男へと声をかける。その視線を受けて、体を震わせながらも男は笑みを崩さずに答える。
「はい、陛下。南部地域を統一するお方が偉大なる神器と共に訪れたならば、平和を愛する私は麾下に加えて頂きたい所存です。是非にお願いいたします」
「そうですか。ですが戦いの趨勢を見たあとでは信用できませんね。所領と財貨の半分を没収。爵位は子爵とします。この話を受けないのであれば、領地に戻って兵を揃えなさい」
冷酷に告げるスノー。その冷たい視線を受けて、男は平伏して了承する。戦えば負けるのは明らかであるし、所領が残るだけでも幸運なのだと考えていた。
「私は裏切りを許さないので、覚えておいてくださいね」
その一言を聞いた男は多少青褪めながら下がっていく。
それを見ながら冷酷なる視線を向けていた皇帝は、口をふわぁと大きくあける。
「ふわぁ、眠いです。あと何人に会えばよいのですか?」
スノーはあくびで流れた涙を拭いながら尋ねる。もう何人に会ったか覚えがない。私はそろそろおうちに帰りたいなぁと、嫌そうな表情を浮かべちゃう。だって、皆言うことが同じなんだもん。せめて、なにか面白いことをやってくれれば良いのに。
「えっとですね……。次が最後でありますよ。大物であります。なんと南部地域の東部を支配するユグドラシル王国の外交官ですから」
隣に立ち、補佐をしてくれるルーラさんが手に持った紙束をペラペラと捲りながら教えてくれる。ユグドラシル? それってたしか……。
「エルフの国? たしかエルフたちの国ですよね?」
「そうであります。この世界のエルフですね。でもイメーネとは違うでありますよ?」
その言葉で目を輝かす。森に住むエルフというのはみたことない。そろそろ古典ふぁんたじ〜の始まりかな? 少女はソワソワとしながら待つ。スラムにいたエルフとは違うのだろうと思いながら。
やっぱり緑系のチェニックとか着てたり、上品で美しいのだろうと期待をして待つ。
「ユグドラシル王国大使、カリルヤン様〜」
扉から声が響き、エルフがスタスタ入ってくる。その姿を見て、ぽかんと口を開けてスノーは驚いちゃう。
「普通のエルフですね」
「たしかに普通のエルフでありますね」
何言ってんの? と不思議そうなルーラの表情に口を噤む。
エルフは緑色のチェニックを着込んでおり、美しい絵画のような顔立ちで耳が短剣のように長く尖っていた。その歩く姿も優雅さを感じる。
そう、誰もがエルフと聞いたら思いつく者。それが目の前のエルフである。
「いえ、なにかサプライズ的しょうもなさを見せるエルフだと予測していたので」
今までの経験から、きっとしょうもないオチが待っているのだろうと予測していたのだ。今までどれぐらいシリアスを破壊された覚えがあるというのだろう。地味に可哀相な少女であった。
玉座の前に移動したエルフは華麗にお辞儀をして挨拶をしてくる。
「ユグドラシル精霊国が大使、カリルヤンと申します。スノー陛下にお会いできて光栄の極みです」
本当に本物のエルフだねと、スノーは密かに写真をパシャパシャ撮る。きっとお友だちも驚くだろうと。まさに森の住人という感じなんだもん。
「えと、余もユグドりゃる……ゆぐだりゃる……。精霊国の大使と会えて光栄だ」
フッとニヒルに笑おうとして誤魔化そうとするスノー。ゆぐだりゃる精霊国って言い難いんだもん。私には無理だなぁ。
真面目な表情でいれば誤魔化せるよねと、しょうもなさを見せてもいた。きっと親に似ているのだろう。そっくりな誤魔化し方である。
「で。ユー精霊国は何用で来たのでしょうか?」
「え〜、ユグドラシル精霊国です、陛下。ユグドラシル精霊国のカリルヤンと申します」
ユグドラシルも言えないのかよと呆れるエルフ。でも人間苦手なものもあるんだよね。私は薄皮大福が苦手だよ。
「で、何用なんでしょうか?」
からかっているのだなと、カリルヤンは一瞬目を鋭くして睨むが、すぐに切れ長の目を元に戻す。そうして、再度お辞儀をしながら驚きの言葉を告げる。
「陛下へとお願いがあります。ユグドラシル精霊国はその周辺の都市も合わせて傘下に入ることを希望いたします」
驚きの言葉だろうとカリルヤンが口元を曲げて語る。そこには明らかな嘲笑が入っていた。
「マジでつか? こいつアホなんでつかね? いや、聞かなくてもわかりまつ。アホでつね」
実はモニター越しに様子を見ていたアイが呆れたと肩をすくめる。たしかにそうだと私も思う。端々にこちらを下に見る様子を見せながら傘下にとはエルフは馬鹿なんだろうなぁ。
「わかりました。それでは精霊国とその周辺の都市を迎え入れます。爵位は伯爵とします」
「は?」
「ん? なんでしょうか?」
驚くカリルヤン。あっさりとこちらが受け入れる宣言をしたのが意外なのだとわかる。
「いえ、あ、いや、簡単に受け入れて頂けましたので……」
「東部は未だに手つかず。攻めるにはディーアを落とさないといけませんから。渡りに船です。受け入れますよ?」
「さ、左様ですか……。本当に?」
口元を引つらせて言うカリルヤン。不思議かな? 明らかに蔑む様子を見せるエルフの外交官。信用できないと断ると思ったのだろう。優秀な外交官がそんなわかりやすい表情を浮かべる訳がない。
即ち……これは罠だ。断られるために演技をしたんだよね?
「では、傘下になったユー精霊国へと私の懇意にしている月光商会に依頼して、素晴らしい褒美を与えよう。近日中に精霊国へと商会が向かうので、待っていてください」
「は? し、しかし、条件などが、話し合う時間が……」
汗をかきはじめるカリルヤンへと、口元に微かに笑みを作り告げる。
「傘下になったのですから、これ以上の内容は余が決めることです。もう下がって良いですよ」
話をぶった切り、カリルヤンを無理矢理退室させる。エルフって、馬鹿なんだなぁ。
「え、と、きっと罠ばかりな予感がしますが行きます?」
「もちろんでつ。きっと楽しい観光となりまつよ。ようやく涼しくなってきまちたし」
モニター越しにアイへと聞くと、満面の笑みで答えてくるので、まぁ、そうだよねとスノーは微笑むのであった。
回想を語ると、ほうほうと皆は唐揚げを食べながら聞いていた。興味津々で。
「で、次はどうなったんだよ?」
「次はないよ。だって今ちょうどユー精霊国にアイさんたちは到着しているだろうし。エルフって凄い美形だったんだよ」
「なぁんだ。それじゃ続きはマコトさんの実況動画待ちですのね」
がっかりするが、私はアイさんのサポートなんだもん、重要イベントはやらないの。仕方ないでしょと、スノーは新たな唐揚げを頬張るのであった。




