21話 勇者ガイは給料を貰う
勇者ガイ。この名前を知らぬ人々はこのスラム街でモグリである。人々は勇者ガイの熱い戦いを見て勇気をもらい、明日を生きる元気を貰うのであった。ありがとう勇者ガイ。いつも俺たちを守ってくれてありがとう。
そういった声援を受けて、肩で風を切りながら勇者ガイはブイブイと言わせながら、得意げにのっしのっしと歩いていた。少し妄想が入っていたかも。
若い女性の黄色い声援であれば良かったが、若すぎる女性は困ると思いながら。
なぜならば
「ねー、勇者ガイ、干し肉ほしー」
「遊んで〜」
「髭もじゃ〜」
キャッキャッと、身体に子供たちがしがみついて、楽しそうに笑っているのだ。こら、髭を引っ張るな。
「おかしい……こんな筈じゃないんだが……」
若い女性はどこに? 周りを見るとクスクス笑っているおばさんたちはいるが、若い女性はいない。
なぜだ? いや、理由はわかっている。ダツシリーズにまとわりついているのだ。平凡で素朴な、そして真面目なように見える若い男性たち。ギュンターの配下でもあり将来性もありそうな奴ら。
おのれ、あいつらは魂がないはずなのに、なぜモテるんだ。あっしに新たな身体をくれた銀の女神様。話が違いますぜ〜。キャッキャッと若い女性に囲まれるでしょう、良かったですねと笑顔で送り出してくれたのに、若すぎる女性じゃねえか。
どうも子供たちには好かれる模様。この歳の子に好かれてもなぁ。
「兄貴〜、良いところに。飲みに行きませんか〜」
虎人のケインたちが爽やかな笑顔で手をぶんぶんと振って近寄ってきていた。
年頃の若い女性は来ないのに、こんな奴らには懐かれるし。くぅ、泣きたいぜ。
「駄目だ、駄目だ。あっしは給料を貰って……貰って?」
懐からウォードボアの干し肉を取り出して、仲良く食べるんだぞと子供たちに手渡しながら、ハッと気づく。コイツラ、今なんと言った? 飲みに行こうぜ?
「お前ら、金があるのか? 飲みに行く金が?」
「ん? さっきアイ様が俺たちに銀貨5枚くれたんだ。今月の給料だって」
「まじか! 親分は部下に給料を払う人だったのか!」
スラム街を支配してから1ヶ月経過しているが、まさか給料を支払う優しさを持っていたとは!
「おら、子供たち、降りろ降りろ。あっしも給料を貰ってくる!」
「あとで遊んで〜」
「お話〜」
「またね〜」
「おう、今度は浦島太郎を話してやる。それじゃな!」
「兄貴、給料を貰ったら飲みに行こうぜ〜」
子供たちが手を振り、ケインたちが見送る中で、ステータスの高さを活かして道を駆け抜ける。
自我があるゲームキャラのガイ。その魂は創造の銀の女神に創られてアイの元へと送られるということになっている。絶対忠誠をもって仕えなさいと笑いながら言われている。
親分に忠誠誓うのは、まぁ、その条件でこの世界に送られてきたのだから当たり前だ。裏切ってもまったくペナルティがないのが送ってきた女神様らしいが裏切らないと確信しているのだ、ちくしょうめ。だが友好度は違う。親分の非道さにはそろそろ文句を言わなければと思っていたのだ。昔からあの人は人を扱き使いすぎる。
そこに給料の話が出てきた。給料をあっしも欲しい。その場合は文句を言うのを延期にしても良い。というか、あっしの給料あるよな?
道を駆け抜けると、スラム街の連中が和気あいあいと話しながら洗濯をしていた。ボロ切れのような服を着替えて、麻の服を着ていて血色も良い。すべて親分がスキルで作った。
毎日炊き出しをしているのだ。それを1か月。外の平民たちと健康度は同じぐらいになっているかもしれない。
ただ、食っちゃ寝をされると困るので、道のゴミを綺麗にして、藁で草鞋を編んでいる。なんと言うか、親分はこういう知識を大量に持っているので感心する。
草鞋は月光内でしか出回らないが、どうだろう。簡単にできる靴なので靴職人が注目してもおかしくないが……。まだ今のところは出回っていない。
しかし、そろそろ仕事をこの連中にも見つけなければならないだろう。そこは親分も考えているはずだが。
それでも1か月前は死んだような眼をしていた奴らだ。それがこのような生き生きとした眼をするようになっているのを見て、あっしも嬉しく思う。
子供たちだってそうだ。警戒心なくあっしに纏わりつくようになったのも最近だ。それまでは遊ぶ元気もなく、ただ虚ろな目でお腹を空かしていた。
この生活を守らなければと、強く思う。なんだかんだ言って親分は優しいからだ。あっしには酷いが。不死の存在をこき使って良いと言う法律はないはず。ないよな? ないと祈る。
気を取り直して、親分の家へと辿り着く。数人のダツが立って警戒をしている。庭の前で。
「おう、お前ら。親分はどこに?」
「あぁ、ガイか。庭に姫はいるぞ」
まるで自我があるかのように話すダツ。その出来に感心しちまうが、それより気になることがある。
「なぁ、お前らは給料貰ったか?」
「ん? あぁ、貰ったぞ、金貨3枚。金が無いと不便なこともあると言われて」
ジャラリと金貨を懐から取り出して見せるダツ。お前ら、使いみちねーだろ。いや、あるのか? 金を使う行動パターンも普通にありそうだ。
「そうか。それじゃ、あっしも貰いに行くか」
給料日との話を聞いていないけどな。親分酷い。いつもどおりの扱いとも言えるが。
庭へと進むと、幼女が肩に妖精を乗せながら、手慣れた様子で稲を収穫していた。親分の力も含めると、なぜか2日で収穫できる女神製の稲だ。ていっと、掛け声をあげて稲穂が重たげに見える稲へと手を掲げる。
仄かな光が稲穂を包み、そのまま消え去る。加工からの食糧倉庫への移動をしているのだ。器用なものである。すっかりスキルを使いこなしていた。
他にも様々な野菜が生えており、どんどん収穫していた。じゃが芋にトマト、レタスにキュウリ、菜種も。少しずつではあるが収穫していた。
これと肉は狩っているおかげであっしらは助かっている。異世界の飯は食えん。親分とマコト、ギュンターの爺さんとダツシリーズにあっしらだけが、地球の野菜などを使われた飯を食っているのだ。
むむ、それを考えるとあっしは厚遇を受けているのだろうか。
それはとにかく給料は欲しい。なにに使うかと言われれば……うん、使い道はないけどな。働いた対価が欲しいのだ。
「親分〜。今日は給料日だったとか」
あっしの声に気づいた親分が、汗を裾で拭いながら顔を向ける。
「なんだ、ガイじゃないでつか。どうして給料を取りに来なかったんでつか?」
「いや、あっしは今日給料日だと、聞いていないんですが」
コテンと可愛らしく小首を傾げて、頬に指をつけて考え込む幼女。なんと言うか、幼女は得だとなんとなく思う愛らしい姿だった。
「言ってなかったっけ? そうだっけ……。まぁ、なんでも良いでつ。部下に給料を出さないと、好感度だだ下がりでつからね、ほい、給料」
「ありがとうございやす! って、金貨50枚ですかい?」
小さい麻袋をリュックから取り出して、受け渡してくるので、驚く。マジか、こんなにくれるのか。あっしの忠誠度はうなぎのぼりですぜ。
「なんだかんだ言って、一番目の部下でつからね。これからもよろしくでつ、ガイ」
「儂は金貨30枚だ。良かったな、ガイ」
いつの間にか後ろにいたギュンターの爺さんのセリフに二度驚く。まさかギュンターの爺さんよりも厚遇だとは。
「ありがとうございやす。親分、あっしは……あっしは感動しています。これから先も忠誠を誓いやす! あと、あっしに新型の身体も欲しいんで、二枚目の男キャラを作ってくだせえ」
あっしは感動で涙が浮かぶ。あと本音も伝えておく。新型に乗り換えないと、一番の部下とは言えないと思うんだ。
「ガイは調子にのると、どこまでも調子に乗るな。まるであたしみたいだぜ」
「姫、こやつの首を斬る許可を頂けませんか?」
マコトが苦笑して、ギュンターの爺さんが剣を抜こうとするので、慌てて下がる。
「まぁ、ガイの調子の良さは今に始まったことではないでつ。で、ここからは商売の時間でつね」
不穏なことを言う親分。商売って? どんな意味?
ゲーム筐体から、いくつかツボを取り出して、親分は人差し指をツボに向ける。すると、なみなみと液体が入り、プーンと良い香りが流れてくる。
「この匂いは…日本酒ですかい?」
匂いからツボの中身を看破するが、日本酒?!
「いつの間に日本酒を?」
「純米大吟醸でつ。最高の味でつよ。牡蠣にもあいまつ」
「はぁ……それで商売とは?」
なんとなく嫌な予感を感じさせる幼女はニコリと微笑む。
「ガイくん、息抜きは必要でつよ? この日本酒は1壺金貨10枚でつね」
これ、払った給料をすぐに回収する罠だと嘆息しながらも、あっしはなにがあるのか尋ねるのであった。
夕闇に覆われて暗闇が支配する中で、焚き火をしている山賊。もとい、ガイを見つけてケインたちは声をかけた。
「兄貴。給料は貰えたのか?」
「ん? あぁ、貰えたよ。今はその金で買ったもんを飲んでるんだ。おら、されされ、シッシッ」
あっしは手を振って追い払おうとするが、ケインたちはまったく話を聞かずに焚き火の周りに座る。なんというか、あっしには威厳がないな。
「俺たちも酒を買ってきたんだ。一緒に飲もうぜ」
小さな樽を見せてくるケイン。俺のは金額がちげーんだよ、金額が!
「くそっ、給料を払ってからすぐに酒や食いもんを売るなんて、親分は地下帝国の極悪班長か!」
あっしには地球の知識もあるのだ。その中で漫画にある借金で地下帝国に収容された主人公を思い出す。
「ちきしょー! 焼き鳥、ビール! ポテトチップス! これまでおやつや酒を一切出さなかったのはこれのためかぁ!」
まぁ、実際は幼女だから酒は必要なかったんだろう。まだ流通させる気もないから、あっしとギュンターの爺さんのために作ったとはわかるが……。釈然としねぇ〜。
グイグイと冷えたビールに熱々の焼き鳥、ポテトチップスを口に放り込む。作物の手による加工は優秀すぎだろ。冷たいビールを加工で作り出せるんだから。温度も自由自在らしい。
「この透明な酒、美味いな兄貴!」
「あ、こら、勝手に飲むんじゃない!」
「良いじゃねえか。今日は給料日だぜ、給料日」
「給料日の意味わかってねえだろ? 全部その日で使う日じゃねえからな!」
勝手に日本酒を飲むケインたちに注意をしながら、騒がしく夜は更けていったのだった。
グオオとイビキをかいて、大の字になり酔って寝ているケインたちを見て、ここはスラム街だぞと苦笑しちまう。コイツラ油断しすぎだろ。
それだけこの区画は治安が良くなったともいえるがよう。
「それにしても、もう残り金貨10枚か。酒の誘惑には勝てなかったぜ」
小さな麻袋を眺めながら嘆息する。初めてのマトモな酒だったからなぁ。地球の知識があるのが恨めしい。主人の話をすぐに理解するためには必要であると表向きはなっている。
「ん? なにか他にも入ってるな?」
袋の奥になにかが入っているのに気づき、引っ張り出すと長い平たい布だった。
何だこりゃと、訝しく思い布を見たあとに苦笑いをして、布を手に寝っ転がる。
「団長は昔から飴を与えるのがうめぇなぁ。まぁ、あっしは不死だから、この旅も付き合いますぜ」
苦笑が混じる中でも、嬉しそうに呟いて、ガイもイビキをかいて寝るのであった。
長い布が風でたなびき、なにかが書いてあるのがちらりと覗かせる。
「いつも大変な仕事をしてくれてありがとう。これからもよろしくでつ」
拙い幼女の書いた文字が見えて、満天の星の下でガイは幸せそうに眠るのであった。