209話 世界の真実と黒幕幼女
月光街に建てられた喫茶店。中世初期のような異世界。石造りの家々が建ち並び、簡素な服装の人々が歩き、馬車が闊歩する、そんな街並みに合わない店である。
出窓には大きな一枚ガラスが嵌め込んであり、お洒落なレンガ作りのお店である。店内は電灯代わりの永続光の魔道具が天井につけられて、真っ白なテーブルクロスが敷かれたテーブルに、センスの良い可愛らしいチェアが設置されており、冷風の魔道具がそよそよと涼しい風を吹かせていた。
月光商会が作りし、気合の入った新店舗。それがこの喫茶店、月光軒である。看板メニューはもりそば。
鰹節が手に入ったので、遂に蕎麦を売り出すことにしたのだ。ツユは土たんぽに入れて一週間とかなんとか、湯煎してとかちゃんとやって作りました。美味しくできました。
幼女が手をかざして作ったなんてあるわけない。
蕎麦屋にすれば良いじゃんと、地球人なら言うかもだけど、鰹節の味わいって凄い薄味なので、調味料に慣れていないとわかりにくいと思うのだ。なので、喫茶店にしてホットドッグやハンバーガー、サンドイッチにケーキやパフェと一緒に売り出すことにした幼女である。
売り上げは……まぁ、売り始めたばかりだしねと、ノーコメントにしておこう。料理チートが全部異世界でウケる訳はないとだけ言っておこう。
そんな喫茶店は宴会もできるようなレベルの広さを持っている。そして、本日は貸し切りとドアに看板がかけられていた。
店内には大勢の男女が集まっていて楽しげにお喋りをしていた。
その様子を厨房からちらりと覗き、コックたちが懸命に料理を作っていた。
「あいよ、ローストビーフ出来上がり!」
「お好み焼きできました!」
「チャーハン並べとけ!」
テキパキと料理を作るコック。ヘッドシェフの髭もじゃのおっさんを中心に和洋中関係なしに料理を作っていく。相変わらずこき使われているおっさんである。その名はガイ。今はコックとだけわかればよいだろう。
「コーホー、チョコケーキできまちた!」
「コーホー、あんみつあがり」
「コーホー、胡麻団子も持っていってくだしゃい」
可愛らしい小鳥のような声音だか、少しくぐもってもいる声の持ち主が、じゃんじゃんデザートを作っていく。高ステータスを利用して、料理バトル漫画のキャラクターのような高速の動きで。
ガションガションと金属音をたてながら。コーホーコーホーと息を吐きながら。
「親分……。その装備じゃないと駄目なんですかい?」
さすがにツッコむ髭もじゃ勇者。珍しくジト目となっていたりもしたり。
だって目の前には、小柄な幼女がいるのだが……。
半透明の青いフルプレートメイルを装備していたりするので。
兜も被っており、肌が見えない。小型ロボットのような姿だ。
「ガイ、あたちは理解したのでつ。真夏でも暑くない方法を。それがこのアイスフルアーマーでつ! 氷属性のフルプレートメイルを着込めば暑くないんでつよ! 革命的発明!」
ふふふと笑いながら、完全装備の幼女はガションガションと金属音をたてて胸を張る。自分の行動に疑問を欠片も持たない模様。
「見てるこっちが暑苦しいんですが……」
「あたちは涼しいので大丈夫!」
言い切る幼女に、仕方ないかと苦笑する。真夏でも行動できるだけマシだろうと気を取り直して、皿をウェイターに手渡す。
「あとは特製水晶米大吟醸酒を持っていけば終わりでつね」
ご機嫌幼女はガションガションとステップを踏み、店内へと行く。和気藹々とお喋りをしていた人々がアイを笑顔で出迎える。
「今日は皆さんが魂を持った記念でつ! 飲んで食べて楽しんでくだしゃいね!」
「たくさん食べるであります」
「飲むぞぉ〜」
「甘い物を食べるわ〜」
「たっぷり食べるんだぜ」
「キャンッ」
人々がアイの言葉に応えて、グラスを掲げて喜びの声をあげる。妖精のアバターがドサクサに紛れているが、まぁ別にいいか。
そうなのだ。今日は女神様に教えてもらったのだが、アイの作りしキャラが魂を持ったお祝いなのである。さすがに全員を集めるのは無理だったので、くじ引きで選抜しました。他の人たちは別の場所でお祝いをしています。
それに中央都市連合を倒したお祝いも一緒にしてある。本当は個別にしようといったのだが、中央都市連合ぐらいを倒したぐらいでは祝勝会はできないですとスノーたちが断るので仕方なく。一応現地民と首都では小さな祝勝会をやるらしい。
ゲームキャラとギュンター、ランカ、リン、ゼーちゃんに、トモもいる。モフモフ担当の子犬バージョンノルベエも。
ワイワイガヤガヤモフモフと皆が飲み食いをする。ギュンター爺さんは水晶米酒を気に入ったようで焼き鳥を肴にグビグビと。スノーはホールケーキを何個も確保してパクパクと。
「こう見ると、たしかに変わった感じがしまつね」
今まで魂を持たなかった量産型は無感動無感情無関心な者たちが多かったような気がした。ネームドのルーラたちは別として量産型はそこがロボットみたいなところであったが、今は活き活きとした表情を浮かべている。
個性豊かになり、感受性がアップしたような感じがするのだ。
「こんな時、どんな顔をすればいいか、わからないんだぜ」
「あんみつの中に入れば良いと思いまつよ」
早速アイの心を読んでボケる妖精の翅を摘んで、あんみつの中にぽちゃんと入れておく。甘いぜと、あんみつに齧りつくマコト。
「なんにせよ、魂が作られたのは良いことでつよね。これからもキャラを作るときは全部魂が入るんでつかね?」
そうなると使い捨ての突撃兵にはできないかもと思う。まぁ、やられたら次のキャラに入るだけとは聞いているが……それでも嫌な感じがしちゃう。
「え、と、不死性を甘く見てます。不死の者たちは余程酷い使い捨てキャラとして何度も使われなければ気にもしませんよ。カッコをつけるためだけにヘリから落ちて死んだ人もいましたが、失敗したなぁと苦笑するだけでしたし」
そんなことがあるのかよと、スノーの言葉にドン引きする。不死って、そこまで肉体を大事にしないのかぁ。そんな漫画とかあったな。
「それでも嫌なら、魂無きキャラとして創るのも可能だぜ。ゴブリンとか魂ありで創っても困るしな」
あんみつを食べ終えたマコトが皿から飛び出して口を挟む。なるほど、たしかにゴブリンとか困るよな。頭の良いゴブリンとか最悪だし。
「それなら人が魂持ちとなりまつか」
ほうほうと、その話を聞いて頷く。グラスバードや、ラングたちも狼たちも別にいいか。ゴブリン、オークは……すまない、おっさんは心が狭いのだ。万が一を考えると繁殖力の高い魔物に魂を入れるのはまずいと思うので。魂ありゴブリンを見習って知性の高いゴブリンたちが現れたりしたら人類滅亡するかもだし。作ったことないけどね。
「ま、人類を守るためにもそうした方が良いと思うんだぜ。魔物の方が基本性能は高いしな。似非生命体だから、設定を変えない限り大丈夫だとは思うけど」
「物凄く不安な予感がするのでそうしときまつ。ところで、ルーラから聞いた話で疑問がありまつ。ルーラ、ちょっと良いでつか?」
チキンにかぶりついていた狐娘がなんですかと近寄ってくるので、椅子にぽてんとお座りして真剣な表情になる。気になることがあるんだよ。
「ルーラ。ルーラから聞いた話では世界はひび割れているという話でちたね? 坩堝昇華の法って、なんだか聞いてきまちた?」
そういや、女神様からなんで世界が滅びるのか聞いたことなかったと思い出したのだ。神々がいなくなるとなんで世界が滅ぶわけ? 坩堝昇華の法って、なんじゃらほい?
「えぇ〜! 内緒だって言ったじゃん! なんで言うんだよ!」
マコトが驚いて、口を尖らす。が、ルーラはケロリとした表情になる。
「閣下に内緒にするなどありえないのであります。自分が本当に黙っていると思ったのですか?」
「ぐぬぬ。そういうのは相応しいシーンであたしが語るつもりだったんだぜ。月明かりの下で、神秘的な雰囲気を出してさ。ほら、名女優だから。台本もあったんだぜ」
手振り身振りでマコトは語ろうとする。その手にちっこい台本を持って、苦情を言う妖精である。ちなみに、台本には、つきあかりのもと、なんかしんぴてきにかたる、としか書いていなかった。それだけでこの妖精が語れることなど、その日の夕食の味とかぐらいだと思うのだが。
「申し訳ありません。その法の内容は聞いていないのであります。魂をもらったあとに、自分のいた場所がお菓子の空間に変わったので、幼女の大群が現れて大混乱になったので」
幼女の大群って、なんじゃらほい? と首を傾げちゃう。が、まぁ、良いか。それよりも聞いていないのか、残念。
「スノーなら知ってまつよね」
物知りそうなスノーなら知っているだろと、矛先を変える。
「え、と、すいません。知らないんです」
「ここに偶然にも全力で作ったスーパーショートケーキがあるんでつが。砂糖苺やミルクの実、ふわふわ小麦を使って作りまちたケーキなんでつが」
テーブルの上に、ゴトンとケーキを置く。砂糖の霧がケーキの周りに漂う不思議なショートケーキである、
「坩堝昇華の法とは、錬金術です。錬金術はレベル8錬金、レベル9で坩堝、レベル10で神化とあります。坩堝昇華の法は坩堝と昇華を組み合わせた術ですね」
ちょーだいと、手を伸ばしてくる口が軽くなったスノー。ありがとうと渡しながら、話の続きを聞く。
「坩堝とは、術をかけたものの時間を速めるが如く、その物体を成長させます。通常はただの宝石を魔力が充満しているフラスコなどに入れて、坩堝を使います」
「なるほど、そうなると魔宝石に育つのでつね? 石炭ならダイヤモンドになる?」
「そのとおりでふ。このケーキおいひいです。おかわりあひます?」
早速もらったケーキを頬張るスノー。これはレベル2に匹敵すると呟いていた。
嬉しそうなスノーを見ながら考え込む。なるほど、坩堝……坩堝ね。融合とは違い中身を育てるのか……。わかってきたぞ……。
神々が支配をしていた世界から抜け出した理由。数万年経過していたことになっている世界。俺が自由に行動して良いと言った女神様。俺を連れさろうとしていた神。真実は言わなかったな、女神様。
「坩堝昇華の法。坩堝による成長と、昇華によりさらにその物を掛け合わせて質をあげる……。生命体にそれをしたらどうなりまつ?」
「美味しかった〜。え、と、坩堝の法は閉じられた物にかけないと成立しません。ですので」
ゴクリと最後の一欠片を飲み込んで、平然とした表情でスノーは告げてくる。
「死にます。栄養が足りずに」
小首を僅かに傾げて、ニコリと微笑む。
「なら、栄養をたっぷりと入れて生命体を入れるとどうなりまつ?」
「その答えは既に掴んでいるのでは? 滅菌されたフラスコの中で育ったホムンクルスは、外に出された途端に死んでしまうらしいですよ」
だろうなと、嘆息をする。予想された答えだ。神々が支配をやめたのは、その世界から抜け出したからだ。巻き込まれないためだろう。
坩堝昇華の法に。
世界をフラスコと見立てて、その中の生命体にかけたのだ。瘴気を消すためだか、瘴気を消せる存在を創るためだかは目的はわからないが。
坩堝昇華の法をかけたのだ。
だから、その世界は歪な時間が経過したのだろう。30年そこらを数万年の時間が経過したように。
だが、失敗したのだ。そりゃそうだ。人は死ぬ。その中に不死の存在がいなければ、ただ時間の経過だけを受けた人間たちはなにも変わらない。
せっかく神になっても信仰心とかの力が足りないから消えてゆくに違いない。その様子から失敗したことを悟り、なんとかしようとして駄目だったから、神々は俺を連れさろうとしたのだ。
それどころか、女神様の話から推測するに、人々の魂への栄養も足りなかったのでは? そして健全な魂ではなくなった。他の世界から健全な魂を持ってこなければ、その世界には魂に必要な栄養?が生まれない程に。
そして、まったく浄化されなかった瘴気が一気に坩堝昇華の法が終わった世界に流れ込んだのだろう。
「あたちがいるだけで、この世界は少しマシになるということでつね」
そりゃ、自由にして良いと言うはずだと、黒幕幼女はため息をつくのであった。
「また、どうでも良いシーンで世界の真実がバレたんだぜ」
マコトのセリフから、まだ秘密はありそうだが。