208話 信仰心
その世界はおかしな世界であった。地面は全て純白の雲で作られており、空は雲一つない青空であった。ただ、それだけしかない世界であった。
いや、その世界の中心にはポツンとパルテノン神殿のような建物が建っており、そこに大勢の男女が集まっていた。
神殿の中心には地面に届くほど長い白髪の髭を生やす小柄な体格の者がいた。ふしくれだった杖を持ち、白いトーガを着込んでいる。
その者を中心にして、多くの者たちが集まっていた。皆は中心に立つその者を注目していた。
注目されているその者はクワッと目を見開くと口を開く。
「暑いですね。それに髭とかちくちくして違和感があります。外しちゃいましょう」
ていっと、付け髭をとり、杖も邪魔だねと放り投げる。トーガもひらひらしすぎて着ている感じがしないやと、かき消して青いパーカーと可愛らしいスカートの服装に変わる。
そこには黒目黒髪のショートヘアでちっこい身体の幼気な美少女がいた。保護をしなくちゃと、その姿を見た人たちが保護欲を喚起されちゃう少女だ。
「ああっ、ご主人様! また早着替えの時に一瞬裸になるシステムを改変しましたね! チート、チートですっ! 運営は許しませんよ!」
隣に立つ銀髪のクールそうに見えるかもしれない美女メイドが口を尖らして文句をつけてくるが、慣れているので蹴飛ばすだけにする。一瞬といってもコンマレベルなのに撮影しようとするからだろ。
「はい、マスター。用意しておきました」
同じく隣に立つ金髪ツインテールの美少女がニコリと花咲くように微笑みながら、タスキを渡してくれる。
「ありがとう。やっぱりこっちの方が良いよね。わかりやすいし」
んせ、とタスキを肩にかけてお礼を言う。そのタスキには、「めがみさま」と書いてあった。極めてわかりやすい方法だ。さっきの神様風の服装よりも、人々はわかりやすいだろう。きっとめがみさまだとわかるはずだと、フンスと胸を張る。
きっとアホの娘だと思うはずなのだが、本人はこれが一番わかりやすいと信じていた。まぁ、元々アホの娘なので問題はないだろう。
さてと、と厳かに見えるように両手を伸ばして、周りに集まっている人々へと告げる。ラジオ体操をしているようにしか見えないが、本人的には厳かなつもり。
「え〜、お集まりの皆さん。今日はお日柄もよく晴天に恵まれて、青空が広がってます」
とりあえずは時候の挨拶からだよねと、天気の話ばかりする女神である。しかも全部同じ意味と言う残念さを見せていた。
「雲はふわふわで、眷属からは綿菓子にしようとお願いされています。どうですかね? やっぱり綿菓子にした方が良いですかね? その場合、この神殿は砂糖菓子にして、お菓子な世界になりますけど」
これは最高のジョークだと、自分で言っておいて、クスクス笑う女神である。まったく話が進まないことは間違いない。いつものことなのだが。
「おい、話が進まないから、ちゃんとしろよな」
他の人たちはニコニコとその可愛らしい少女の姿を見ているだけなので、仕方ないと妖精がツッコむ。
「だって、これだけのためにこの世界は作ったんです。モチーフは神秘的な空間ですが、次に使うのはいつになるかわからないので、お菓子な空間の方がよいと思うのですが。見た目と違い実は狭い空間ですし」
よくよく見ると、少し離れた場所は青空と白い雲が描かれた壁だったりした。コストがかかるので、見た目だけにしたセコい女神である。
「それはあとにしろよなっ! ほら、ハリーハリー」
急かす妖精に、仕方ないなぁとため息をついて、周囲の人々に話すのを再開する。仕方ないなぁとため息をつくのは妖精の方だと思うのだが。
「えっとですね。信仰心が少し貯まりました。それとマテリアルも。なので、貴方たちに祝福を与えたいと思います」
ニコリと微笑む女神に、はいと手をあげる少女。ピコピコと灰色の狐耳を震わせて、コテンと首を傾げる。
「はい、ルーラさん。なんでしょうか? やっぱり雲は綿菓子にしたいんですね。それとも生クリームにした方が良いとか?」
お菓子にこだわる女神である。
「いえ、祝福とは何なのでありますか? ステータスアップとか?」
その問いかけに、ふふっと優しげな微笑みを浮かべて告げる。
「祝福とは……貴女たちに魂を与えると言うことです。創られし貴女たちに小さな魂を与えます。これで貴女たちは本物の生命体となります」
おおっ、と周囲の人々はざわめく。ここにいる者たちはアイに創られし魂無き者たちだ。それが魂を持つことになるとなれば凄いことだ。
「結婚をした人がいるので、子供へとその魂の欠片を繋げる意味もあります。片親の魂だけだと歪みが生ずるかもしれませんし」
すうっと息を吸い真面目な表情へと女神は変える。
「あの人には内緒にしてありますが、貴女たちのいる世界は崩壊寸前です。馬鹿な神々の行った坩堝昇華の法により、世界はヒビ割れて無くなろうとしています。それを防ぐためにも貴女たちの健全な魂は世界を支えるカスガイとなるでしょう」
顔を見合わせて話していた人々は、口をつぐみ静かになる。
「あの人の活躍により、再び世界は修復を始めています。今は少しずつ、ほんの少しずつですが、歪みひび割れた世界は修復を始めています。貴女たちはこれからもあの人の下で頑張ってください」
「わかりました。これからも閣下のもとで頑張っていきます!」
ルーラを中心に皆が手を掲げて、アイのために頑張ると叫ぶ。その様子を優しげに見ながら、女神はうんうんと頷く。
「ちなみに世界を支える神としては二人候補がいるのですが、今まで通りでよいですかね? 今まで支えていた人で」
叫んでいた人々が、ん? と首を傾げる。誰なのだろうか?
「まずは銀の女神。今までも実は信仰心を集めたりは金の女神と銀の女神がやっていました。資産管理は私がしていましたが」
ほうほうと、ルーラたちは話を聞く。銀の女神はフンスとふくよかな胸をポヨンと張ってドヤ顔になる。金の女神は謙虚そうに微笑みを返す。
「次の候補はウサギの縫いぐるみの月兎ちゃん。この間、学校であった裁縫教室で作った縫いぐるみです。可愛らしいですよね。皆でワイワイと作ったんです。面白かったです」
コトンとウサギの縫いぐるみを取り出して置く女神。その満面の笑顔には縫いぐるみを神様候補とすることに疑問はなさそうだった。片手で持てる小さな縫いぐるみなのに。
マジかよ、ここは金の女神じゃないのと、ルーラたちは信じられない思いで金の女神を見るが
「私はマスターのお世話があるのでお断りします」
きっぱりと断られてしまうのであった。
「さぁ、どちらが良いでしょうか? これより信仰心を集める器となる神様を選んでください」
うさぎの縫いぐるみを持ち上げて、ぶんぶんと掲げながら女神はぴょんぴょんと飛び跳ねる。アピールしまくりである。どちらかを選べと言いながら、忖度してねとアピールする女神である。その表情は楽しそうにしていた。
「選ぶとどうなるのでしょうか?」
ルーラが冷や汗をかきながら尋ねてくるので、あっさりと答える。
「少し管理権を渡します。基本的管理はロックをかけておきますので、世界を直すための管理運営はその神様が行います」
「私が管理を任されたら、先進的、柔軟的、面白すぎな運営をすることを誓いましょう」
選挙公約みたいなことを宣言する銀の女神。だが、その宣言は極めて疑わしいとルーラたちはジト目になる。たぶん碌なことをしない。
「私が神様になった暁には、月でお餅をつくぴょん。年に一度世界に美味しいお餅を降らせるぴょん」
口をモゴモゴさせてウサギの縫いぐるみが言ったようにしたい腹話術師な女神である。全然できていないのは言うまでもない。
う〜ん、と皆は頭を悩ます。どちらも酷そうだ。
「なんで、頭を悩ますんですか! 私一択じゃないですか! あっちはただの縫いぐるみですよ?」
縫いぐるみと互角の勝負をする銀の女神がここにいた。
「あみだくじにしましょう」
ルーラたちは諦めて、あみだくじに命運を任せることにした。
そして結果はというと……。
「月光クッキーに決まりましたね」
なぜか第3の選択肢が紙には書かれていた。
「なるほど、皆さん、お腹空いているんですね」
それじゃ、クッキーを作ろうかな。そんなに人気とは困っちゃうなぁと、テレテレと照れながら女神は生地を取り出してクッキーを作り始めた。
「おやつの時間は必要だと思うのです。なのでクッキーに信仰心を貯めながら管理をお願いするであります。ガイが食べているのを見て、皆は羨ましかったのです」
「仕方ないですね。そんなに人気でしたか? わかりました。それならおやつの時間に作りましょう。お手伝いをしてくれる?」
「もちろんです、マスター」
褒められるのが大好きな女神は金の女神と一緒にクッキーを作り始めた。ついでに管理も今までどおり任された。単純な女神なので、あっさりとクッキーを神様にすることに決めた。
「これはイカサマです! このあみだくじはイカサマです。ギャンブラーな私の目は見逃さないですよ」
ぶんぶんとあみだくじの書かれた紙を持って抗議をする銀の女神だが、ギャンブルに弱いメイドなので、誰も気にしなかったりした。
「それじゃ、これからは月光クッキーが信仰心の器ですね。月光クッキー杯戦争とか起きちゃいますかね?」
サーヴァントはケーキとかパフェかしらんと楽しげに女神は呟くが、そんな戦争は魔術師も嫌だろう。
というわけで、神様は月光クッキーとなった。これは秘匿事項となり、人々は月光クッキーを作る女神を信仰するのであるが、アホな女神は気づかなかった。おやつタイムにクッキーをたまに焼くだけで、世界にほとんど介入はしないので、神様は見守るだけというのが通説となるのだが。
「それじゃ、次はガチャの仕様について説明するぜ〜。テスト期間は終わりにして、正式に実装されたから。ガチャは通常ガチャと課金ガチャがある。クエストをクリアしたりすると、ガチャ石が手に入る。それと、課金ガチャはお前らが良いことをしたり魔物を退治して浄化した際のライトマテリアルを金として課金できるんだぜ〜」
空を飛びながら、ガチャなら胴元は稼ぎまくりだと、はしゃぎながら言う妖精。借金返済もすぐだろうとニヤついていたが、本当に上手く行くかは不明である。
「はいはい、それはあとでね、マコトさん」
クッキー生地はしばらく置かないと発酵しないので、生地を作り終えた女神が前に出てくる。
そうして、両手を掲げると世界に黄金の粒子が舞い散り始める。
神聖にして、生命の輝きを持つ粒子が人々に降り注がれる。
「今ここに、魂無き者たちに生命の輝きを! その生命を輝かす魂を宿らせん」
女神が黄金の輝きを発する。その輝きは辺りを照らすほどなのに、優しげな光であり、なぜか眩しさを感じない。神秘的な輝きであった。
「魂よ宿るのじゃ〜、この電撃で〜」
余計な一言を常に発する女神であった。
そうして世界は光に覆われて、アイの作りしゲームキャラに魂が宿る。
今は小さな輝きしか放たない魂であるが、生命の鼓動を感じさせる魂がゲームキャラを生命体へと変える。
その輝きはアイの住む世界に輝きを与えていく。ひび割れた世界を治すために。健全な魂は癒やしの輝きで照らしていくのであった。