207話 ある少女の休暇の一日、午後
喫茶店。古典的ふぁんたじ〜の世界に、そんなものはない。本来は。もちろん、月光商会が開いたお店だ。
チリンチリンとドアを開けるとベルが鳴り、いらっしゃいませと店員に出迎えられる。
「3名様ですね。こちらにどうぞ」
丸テーブルに真っ白で汚れのないテーブルクロスがかかっているおしゃれな席に案内される。お客はそこそこ入っている。単価が高いので、満席とまではいかないのか。
「ねぇ、あんまり異世界感がないんだけどっ」
キョロキョロと辺りを見渡しながら叶が感想を言ってくるが、たしかにそのとおりだ。喫茶店だし。
「ん? まぁ、それは仕方ないだろ。出資者が社長だからな」
「ふ〜ん……種族の違い以外は地球と変わらないからあまり面白みがないわねっ」
たしかになぁと苦笑を浮かべるが、酒場だと子供すぎるしなぁ。しかも古典的酒場だとあたしらが場違いだ。
「社長が言うには数十年経てばこの世界独自の文明となるから、地球とは違う感じになるらしいけど、今は仕方ないんだぜ」
出窓には大きなガラス窓が嵌め込んであり、人形や花が飾られている。床もピカピカで、店員もお揃いの制服を着ていた。メニューを手渡してきたら、笑顔でペコリと頭を下げてくる。
……どこにでもある喫茶店にしか見えないな、うん。
「注文はなににする?」
「う〜ん……異世界ならではの物が良いわねっ。う〜ん……このパチパチフラワーの砂糖揚げにするわ」
むふんとメニューを指差しながら決める叶。うん、たしかに異世界っぽい。だが、残念。それはあいつの神域で作られた作物だ。いや、元神域らしいけど。本人は他の世界も管理するようになったから、新たに次元の違う場所に神域を作ったとか言ってたけど……そこには行ったことないんだよなぁ。何気にあいつは秘密主義だ。
「マコト、私は最強最高フルーツパフェにします」
これねと、頭の上に乗るセフィがペチペチと叩いてくる。いつもは同じサイズなので、新鮮な気分だ。
「ならあたしも最強最高チョコレートパフェにするぜ」
残念ながら写真はないけど美味そうだ。店員へと注文をしたら驚きの表情になったが。
しばらくしたら、店員たちがお盆に金魚鉢を2つ乗せてやってきた。んん?
「こちらパチパチフラワーの砂糖揚げでございます。こちらは最強シリーズパフェでございます」
油で軽く揚げたのだろう、黄色のハイビスカスのような花がいくつも乗ったお皿を叶の前に置く。見た目は凄い綺麗だ、花束みたい。
あたしの前には金魚鉢が2つ、ドシンドシンと置かれた。食べられるのかと、こちらの顔を見てくるが、たしかに山盛りだ。山盛りというかフードファイターでないと食べきれない量だ。
「うわっ。口の中で弾けたよ。面白い食感だわっ。さすがは異世界ねっ」
異世界って凄いわねと、地球産のお菓子を食べる叶。なんだかなぁ……喜んでいるから別に良いか。
あたしもパフェがなくなる前に食べることにする。パフェの量が多い? まったく多くないんだな、これが。
「このクッキーは私の〜」
「それじゃ、私はこのアイス〜」
「生クリームマウンテンは私が制圧した〜」
どこからか現れた妖精ズがあたしたちのパフェに群がっていた。クッキーを持ち上げたり、アイスにかぶりつく。生クリームの山に潜りこもうとしていたりもする。
友だちのお菓子は私の物な妖精イズムを持つ奴らだから、こんなご馳走を見逃す訳がないのだからして。というか、妖精たちにはあたしがわかるのか。
「あたしも食べるんだから、どけよなっ」
ていっ、とスプーンで妖精たちを退けながら、パフェを食べる。おぉ、冷凍庫を喫茶店に設置したと言ってたけど、このアイス美味い。
「カメラがあればなぁ〜。妖精たちを撮影するのにっ」
花をフォークで突き刺して食べている叶が残念がる。そして、叶の周りにも妖精が群がっていた。妖精たちは可愛らしい微笑みを浮かべて、私たちとお友だちになろうよと言っているが、友だちになった途端に、お菓子を食べられるから止めたほうがいいぜ。魔法少女の契約よりも質が悪いからな。そいつらのお友だち認定。
周りのお客があの人たちは何者なのかしらと、興味津々でチラチラと眺めてきていた。ここは単価が少し高いので裕福なお客が多い。妖精に群がられているあたしたちが何者か気になるのだろう。高位貴族とかなら縁を結びたいとか考えているんだろうなぁ。
少ししたら食べ終えて、あたしたちは席を立つ。あまり時間がないからな。ちゃっちゃと移動だぜ。
叶は残念ながら妖精と友だちになった。花びらを妖精にあげて喜んでいた。
異世界の街の中を歩く。中世風の新築の石造りの家屋が街並みを形成しており、叶は楽しげに観光している。
「屋台もそこかしこにあるけど、お好み焼き屋さんが多いわね。醤油の焦げる匂いもするし」
「お好み焼き屋は嵩上げにちょうど良いし、醤油の焦げる匂いは最強だからなぁ」
焼きおにぎり屋からおにぎりを10個ほど買う。一つずつ分けて、残りは妖精たちに渡しながら言う。
「ふ〜ん。目新しい物はないけど平和そうね。景気も良さそうだし」
道路を行き交う人々は小綺麗で余裕がありそうだ。子供たちは笑顔で走り回り遊ぶ姿を見せている。そもそも屋台があることから、買い手が大勢いるということだ。平和で景気が良いのは間違いない。
「ここ、去年まではスラム街だったんだぜ。信じられるか?」
「へぇ〜。そうか、これが幼女社長の手腕ということね。たしかに凄いものがあるわね。草鞋とかあるし。お土産に買っていこうっと。あ、お土産は検疫通るのかなぁ?」
感心しながら叶は道端の草鞋売りから草鞋を買っていた。お土産は許されるのかなぁ?
「そこのお嬢さん、カルメラ焼きはいかがですか? 美味しいですよ。とっても美味しいんです。お土産にぴったり。検疫は通すように加工するから安心です」
子供たちが群がっている屋台の店主の幼気な少女がカルメラ焼きを作りながら売り込んでくる。お玉を炭の上に翳して、カルメラ焼きのタネを入れて、くるくると箸でかき混ぜてぷくっと膨らませる。その様子を子供たちは楽しげに眺めていた。
「それじゃ、100個ください。配達ってして貰える?」
「自宅で良いですか? 熱々で配達しちゃいますよ」
叶はなんの疑問も持たずに注文をしている。昔からもうこういうのは慣れているのだろう。店主の少女はニコリと笑って、袋をくれた。
「この中に入れれば、問題ない物ならお土産にできますよ。大量に買ってくれたオマケです」
「ありがとうお姉ちゃん」
袋を受け取り草鞋を入れる叶。作りすぎたと、店主はニコニコと笑顔で子供たちにカルメラ焼きを配っていた。うん、この会話はツッコまないぜ。
「炭とか、アクセサリー、銭湯や酒場。色々と月光街は変わっているからなぁ。次は平民地区に行くか」
カルメラ焼きにパクつく叶へと告げる。平民地区なら異世界っぽいだろ。
平民地区は開発されていない。せいぜい銭湯があるぐらいだ。相変わらず少し汚い感じがするが、そこが新興の月光街と違い、生活感を与えてくる。
「わぁ、武器屋がある! 鉄の剣とか買って良いかしらっ?」
武器屋に入り、カウンター後ろに並ぶ武器を眺めていたら興奮気味に叶が言うけど、使わねぇだろ。そこのナイフにしとけ。貴族が持つ宝石とかがついた豪華なナイフ。
店主がこちらが金持ちだと理解してか、揉み手で勧めてくる。
「お目が高い。これは名工ガイ原ガイ山が鍛えし短剣です。滅多に手に入らない逸品でして、金貨200枚です」
へぇ〜と、叶が物珍しそうに眺めて買おうか迷うが、ガイ作かよ。
「待った。あっしはそんな短剣を作った覚えはないな」
叶が買おうかと、金貨を取り出そうとしたら、店に入ってきた小悪党が制止してきた。ケインたちも一緒だ。ガイは和服を着ている。芸が細かいやつ。
「あんたはまさかっ? 小悪党でワフクとかいうのを着ているその姿は……」
「ひかえおろー、この方はなんとかにょ、なんとかなのっ」
頭の上に何故か乗っていた幼女がフンスと胸と声を張り上げる。いつもガイの頭の上に乗るのが好きな娘だ。周りには子供たちもいたりする。
ケインが印籠を取り出して、店主に見せる。ガイバラと綺麗な文字が彫られていた。
「店主よっ! あっしの名前を騙り偽物を売りさばくこと、すでに明白でさ」
「へへー。申し訳ありません。つい出来心で」
「ええいっ! 出来心でいくつも売りさばくかっ! そなたの店には今後武器を卸さないようにギルドに通達させることも可能なりっ! 許してほしければ罰金を払えっ!」
おらおら、罰金だよとガイバラたちは金を要求していた。
「おぉ〜。これはショバ代払えとか、そんな感じ?」
たしかに見た目は小悪党が金をせびっているようにしか見えなかった。実際はそんなんじゃないんだけどね。
「ま、よくある話なんだぜ。行くぞ〜」
そう言いながら、肩をすくめながら外に出る。その後もアクセサリーショップでアクセサリーを買ったり、異世界銭湯に入ったりして、観光を楽しむ。
「馬車って、結構揺れるのねっ。でも、楽しかったわ。お城を観光できれば良かったんだけどね」
広場の噴水前で空が薄暗くなるのを眺めながら叶が感想を言う。さすがに城は無理だぜ。
「今、新たにできた国の首都を建設中だから、そこの城が造られたら見に行こうぜ」
「楽しみにしているわっ。それじゃ、今日のお礼に借金はチャラにしてあげるわっ」
「おおっ。やっぱり持つべきものはファンだな」
「やっぱり半分だけチャラにしてあげるわっ」
にこやかな笑みを崩さすにつたえてくる叶。ふ、名女優との関係の一つがなくなるのを恐れたんだな。ちくせう、余計な一言を言っちまったぜ。
「それじゃ、そろそろだな」
時間切れだ。言われたとおり夕方になって、お互いの身体が粒子となって消えていく。周囲の人間はその様子に気づかない。隠蔽能力もあるだろう。
人々はそろそろ夕方だと忙しなく帰っていくが、懐が温かい上に、大量の肉が出回っているので、嬉しげに歩いている。今日は甘い物が食べたいとねだっている子供たちも見えた。
そこにはたしかに平和な光景があった。古典的ふぁんたじ〜みたいにどことなくある暗さがない。
「名女優もたまにはのんびりしないとな」
ウインクをして元の世界へと戻る。あたしのオフは夕暮れの中、終わりを告げるのであった。意識は朧気になっていく中で、この平和な光景を作ったのはあたしたちなんだと、誇りに思いながら。
うぅんと、あたしは目を覚まし、ふわぁと欠伸をする。
「起きまちたかマコト。随分よく寝てまちたね」
聞き慣れた声が耳に入る。よく見るとそこはアイの頭の上だった。どうやら寝てしまったらしい。アイはソファに座り、ココアを飲みながらなにかを弄っている。
「ん〜。懐かしい夢を見たんだぜ」
よく覚えていないが、地球にいた頃の思い出を夢で見ていたみたいだ。地球の友だちとこの世界に観光しにくるといった夢だった。
「楽しい夢だったんでつか?」
「あぁ、もう会うこともできないだろう友だちと遊んでいたそんな夢だったんだぜ」
遠目になって、少しセンチメンタルになる。あいつらは元気に地球で暮らしているんだろうか。
「夢は楽しい夢が一番でつ。楽しい夢なら良かったでつね」
「……あぁ、そうだな。あたしもそう思うぜ」
ふふっと微笑んで、夢を思い出す。夢のとおり、きっとあいつらは元気に暮らしているに違いない。元気にワチャワチャやっているんだろうな。
ふわりと空を飛び、アイの前に浮いて、感慨深く頷くあたし。ココアを一口飲みながら、アイは優しい微笑みで返して、そっと優しい口調で言ってくる。
「このバイクの玩具。どこに仕舞っておけばよいでつかね?」
弄っていた玩具のバイクをテーブルに置いて尋ねてくる。
「夢オチにして欲しいんだぜ」
「夢じゃないでつから」
夢オチにはしてくれないらしい。