206話 ある少女の休暇の一日、お昼
専属料理人の朝食を食べたあたしはふわァとあくびをしながらコーヒーを飲む。ゆっくりとコーヒーを飲むのもオフの醍醐味だぜ。
「朝食代とコーヒー代、後で返してよねっ!」
ファンが黄色い声でなにやらあたしに言ってくるが、サインをあげれば良いかな? え〜と、後で返します、と。
サラサラとサインを終える。母親に似てお金に厳しい娘だ。まったく。
「授業に出なくて良いのか?」
騒々しかった食堂は、授業に出るためにほとんど移動して、あまり人はいない。
「うん。私、今日の単位取り終えてるんだ。優秀なんだからっ」
平坦なる胸を張りながらドヤ顔で言う叶。母親に似て胸は残念だ。とはいえ、高校も大学みたいな自由に選択できる単位制になったから、学校って自由になったよな。こいつが優秀なのもあるだろうけど。飛び級何年してるんだったかな、この娘。
「ふ〜ん、それじゃ暇なのか。あたしも暇なんだよなぁ」
オフにどうやって休むかわからない。忙しい弊害だな、うん。
「お金がないから、どこにも行けないからでしょ」
オフにどうやって休むかわからない。忙しい弊害だな、うん。
とはいえ、なにをするかと後ろ手にして、椅子によりかかる。ギィギィと椅子を揺らしながら考えるが、たしかに行く場所は限られるなぁ。久しぶりに異世界から帰って来たのだ。普段は休みでも異世界でのんべんだらりとしているからなぁ。
たまには元の身体に戻れと言われるので、月に一度は戻っているのだが……バングルを触ると手持ちの残高が表示される。う〜ん、お小遣い用に口座を分けるんじゃなかった。ゼロだぜ。あくまでもお小遣い用口座だからな。振り込まないと金はない。
叶がアイスコーヒーを飲みながら、こちらの答えを待っているのを見て、ふと、思いつく。これはナイスアイデアかも。
「なぁなぁ、良い場所があるんだけどいかないか?」
「ん? マコトが行ける場所? 図書館とか児童館?」
「お前があたしをどう見てるかわかるけど、違うんだな」
ニヒヒと悪戯そうに笑いながら、あたしは告げる。
「誰にも内緒だぞ? こっそりと良いところに連れて行ってやるぜ」
ほほぅ? と叶も興味を持ってきたので、あたしたちは食堂をあとにするのであった。
「うはぁ〜! ここが異世界? すっごーい!」
叶が周囲を見て、感動の声をあげる。少し大きな声なので、慌てて口を塞ぐ。
「内緒だぞって、言っただろ。これがバレたら、きっと社長は碌なことを企まないに決まってるんだぜ」
し〜っ、と告げて辺りを見るが、とりあえずは誰も気にしてはいないようで安心する。
「叶だから許しましたが、他の人ならば許しませんよ、マコトさん」
後ろから金髪ツインテールの可愛らしいメイドが呆れたように言うので、手を合わせて拝む。
「わりぃ。ありがとうだぜ」
あたしはいつもの妖精アバターではなくて、目立たないくすんだ茶髪の少女だ。少し良い服を着ている。叶も同じような目立たない容姿のアバターになっていた。
「まぁ、休みをどう使うかは自由ですし、貴女の借金が増えただけですし、問題はありません。それでは夕方になると自動的にアバターは解除されるので、それだけは覚えておいてくださいね」
ちょこんと頭を下げて、金髪ツインテールメイドは目の前から消える。なんだか借金とか言ったけど、冗談だと信じたい。
金髪ツインテールメイドのいうとおり、今、あたしたちは異世界にいた。地球とは違う場所。今のあたしの職場だ。メイドに頼んで、いや、金の女神に頼み込んで異世界に来たのだ。あいつは留守だったので。
「ま、見て回るだけでも楽しいだろ」
お金はあたしのを使えば良いだろ。あたしも社長から給料をもちろん貰っている。片端から換金してるけど、それでも少しはある。
「アストラル体に切り替えて移動するぞ〜、叶」
このアバターは危険がないように、防御系は妖精体と同じのを搭載されているのだ。金の女神がそうしてくれた。あの娘は叶に甘いからな。
「わかったわっ! アストラルモードっと。これね」
ポチリと叶が宙に浮くモニターを叩くと、その姿が半透明になる。あたしの目には半透明に見えるが、他人には透明になって見えないはずだ。
月光屋敷の隅にテレポートしてきたので、誰にも気づかれないように移動する。まぁ、アストラルモードなら誰にも気づかれないんだけど。
「西洋の屋敷ねっ! あまり地球と変わらないかしらっ。でも電灯とか電気とかじゃないのよね? ふ〜ん、異世界の文明はこうなってるのね」
叶が興味深げに辺りを見ながら、興奮気味に話す。屋敷内は多くの人々が行き交っているが、あたしたちには誰も気づかない。
「いや、この屋敷は特別なんだぜ。外はもっと、なんつーか、古典ふぁんたじ〜という感じだな」
僅か一年半で、ガラス窓どころか、魔道具の電灯を作り上げてこの屋敷に社長は設置している。物凄い早さで便利な道具を増やすその手腕は感心するしかない。社長の目的が達成されたら、次はあたしのコンサルタントをしてくれるように拝み倒すぜ。
「そうなんだ。それじゃ、外に行こうよ。楽しみだわっ」
「あぁ、軍資金を手に入れてからなって、ととっ、社長だ」
廊下を歩きながら話していると、前方から可愛らしいおさげの少女がぽてぽてと歩いてきた。
「ねぇ、マコト? 貴女は本当にマコトしゃん?」
肩の上で浮く妖精へと話しかけながら移動していたが、……んん? あれはあたしの妖精アバターだ。見かけから気づかれるはずはないのだけど……?
「ぶっぶー。新しいバイクでつ。ミニバイクに乗れるなんて感動でつ。あたちのコレクション持ってきて良いでつかね? 代わりに書類仕事お手伝いしまつよ?」
玩具の小さなバイクに跨って、興奮気味に遊ぶ妖精の姿がそこにはあった。マジかよ。隠す気ゼロじゃん。
「マコトより優秀でつね! いや、マコトでちたね。間違いなくマコトでつ。これからよろしくお願いしまつね、マコトしゃん」
きゃあと、喜んで幼女は書類仕事ができるマコトを本物認定した模様。
後で今日の代行者に文句をつけてやると決心しながら、すれ違おうとすると
「えっと、よろしく。私は朝倉叶です。えっと幼女社長さん?」
アストラルモードを元に戻して、社長に挨拶をする礼儀正しい娘の姿がそこにはあった。内緒で行動しろって言っただろっ! ……ん? 言ってなかったか?
社長は突如として目の前に現れた少女にびっくりして目を丸くしていたが、すぐに気を取り直して、無邪気な微笑みを返す。
「よろちくでつ。あたちはアイ・月読でつ。こんにちは、叶しゃん」
「うわっ。この娘可愛いっ! ちょっとなにこれっ? 変な扉を開いちゃいそうな位に可愛いわよっ」
挨拶を返してきた社長の可愛らしさにメロメロになって、ムギュウと幼女を抱きしめながらあたしを見てくる叶。見てくんな。社長ならなにが起こったかそれだけで推理しちゃうだろ。それに、その中身は……うん、教えるのはやめておこう。お互いに不幸になるだけだし。
「苦しいでつよ、叶しゃん。なるほど、観光か何かできまちた? 旧マコトがそこにいるんでつね。休暇があるわけでつか。盲点でちた。たしかに無い訳がないでつよね。そこは厳しく法律で決まってまつし」
すぐに看破をする社長。相変わらず1を学び10を理解する頭の回る幼女だぜ。というか、あたしをあっさりと捨てようとするなよなっ。
仕方ないので、嘆息しつつアストラルモードを解除する。その様子を叶に抱きしめられながら、幼女はほほうと感心したように見つめてくる。
「アストラル体でちたか。完全に隠れるとか、そういうこともできるんでつね。今更でつが、ずるい技でつね。幽体ではないんでしょ?」
コテンと可愛らしく小首を傾げる幼女に頷きで返す。
「あぁ、存在の次元をずらすとか説明されたんだぜ」
たしかそうだった記憶がある。完全に隠れることができると知ったら、社長はこき使いそうだから、嫌だったのに。
「ほむ……とりあえずはお客様でつね。歓迎しまつよ、叶しゃん。今日だけでつか?」
「うん、そうよ。夕方までって言われてるの」
「そうでつか、そうでつか。わかりまちた。歓迎しまつので、応接間に行きましょー」
ニコニコと満面な笑みで、ちっこいおててで叶の手を握り、応接間まで引っ張る幼女。叶はその可愛らしさに頬を緩めてついて行く。
あの微笑み……。なにか企んでいるな……。
なにをするかはわからないが、すぐにわかるだろうと、苦笑をしながらあたしはついて行く。
そうして応接間に到着して、なにを企んでいるかすぐにわかった。
「皆しゃん。南部中央地域も残すところはディーアのみ。月光もその基盤が安定してきたと判断されて、母国から遊びに来てくれた友達でーつ」
マーサやララ、ダラン、ハウゼンたちを呼び集めてなにを言うかと思ったらこれである。なるほど。
「ええっと。ご紹介に預かりました朝倉叶です。よろしく?」
叶は戸惑いながらも、皆にペコリと頭を下げて挨拶をする。
「あたしは、えーと」
なんて名乗ろう? マコトじゃ変だよな?
「マコ、マコしゃんでしたね。たしか」
すかさずフォローを社長がしてくれるが、さすがにバレバレじゃね?
「よろしくお願いします」
「私の名前はララだよ〜」
「遠国からようこそ」
パチパチと皆が拍手をして歓迎してくれる。違和感は感じないみたい。そりゃそうか。妖精はそこにいるしな。
「ぶっぶー。アイしゃん。テーブルに障害物を作ってくだしゃい。バイクで走りぬけまつ」
うん、マコトはそこにいるしな。テーブルの上を玩具のバイクに乗って楽しそうに走り回っているけど。代行という意味を教えてほしい。
それに……。
「な、なにかな?」
あたしの顔の前にセフィがいた。疑わしい表情でこちらを見てくるので、サッと顔を背けるが、背けても回り込んできて、またジロジロと見てくる。
「なるほど。マコトたちの妖精一族は自由にその姿を変えられるんですね。私も人間大になりたいのですが。その魔法を教えて下さい。シェイプチェンジは自分自身にあまりかけない方が良いと言われているので。見たところシェイプチェンジではないようですし」
元の姿に戻った時に反動がでかいので、禁じられてはいないが、あまり使わない方が良いと言われているのですと、あたしの頬をつつきながらセフィが尋ねてくる。完全にバレてーら。
残念ながら教えられないと答えて、セフィががっかりする。それに人間大に妖精が変身しまくったら、やばい予感もするし。
なんにせよ、その後は母国からやってきたというアイの触れ込みで、あたしたちは食堂でお昼をご馳走になって、金貨の詰まった袋を手渡された。観光に使ってくだしゃいねと。
母国ねぇ。相変わらず社長は狡猾だ。母国からの友達が来たと触れ込み、なにかを企んでいるに違いない。
まぁ、それは明日にでも聞けば良いかと思いながら、あたしは叶の異世界観光案内人となるのであった。
人間の大きさで街を練り歩くのは初めてだし、あたしも楽しみだ。本当は社長もついて来さそうにしていたが、外の真夏の日差しを受けた途端にバタンキューと倒れてしまい、ランカが慌てて作った氷に這いよってしがみついた。行動不能らしい。吸血鬼みたいな幼女である。
「まずは喫茶店でしょう。最近できたらしいですよ」
「おぉ〜。妖精ねっ! 妖精を見ただけでも感動よねっ」
あたしの頭の上にセフィが乗って、叶が感動してうるさい中で、街の中を移動していくのであった。