204話 敗走の中央都市連合と新型軍人少女
ブエンは馬に鞭を入れて、汗を滝のように流しながら自らの都市へと戻るために駆けていた。
森林の細道を騎馬を急かし、一刻も早く戻ろうとしているその姿は開戦時の余裕は欠片もない。
付き従うのは500騎余りの部下たち。元は2万を超える兵を揃えた威容はそこにはない。
「おのれっ、おのれっ! まさか英雄級がいるとは……しかも地形変化系神器だと」
流れる汗を拭いつつ、悔しげに唸る。まさか敵が最高の神器を持っているとは予測していなかった。いや、普通はしない。地形変化系神器は切り札であり、前線に持ち出すような物ではない。なんとなれば奪われる可能性もあるのだから。
それを持ち出すとは陽光帝国の後ろにいる国はどのような国なのだと、恐ろしく思う。
それに英雄級の存在もある。噂ではたった一人で各都市を陥落させてきた英雄とは聞いていたが、まさか本当に英雄級だとは予想していなかった。よくある名声や威圧を敵に与えるための誇張された噂だと思っていたのだが
「あれが英雄級……。まさかこの目で見る日がこようとは……」
自分の率いていた将軍は、ギュンターという老騎士と刃を合わすことすらできずに倒されていった。身体能力もそうだが、槍を振るうその動きは武人ならばひと目で凄腕だと理解できるものであった。
隔絶した腕の差を、遠くより自分の部下を打ち倒す光景を見て感じてしまった。槍を振るうその動作は、その振るう速度も見きれないほどの速さであったが、軽やかに、そして力強く自在に操る様は今まで見てきた武人の技とは比べ物にならなかった。
神器を使用しても敵わぬと理解してしまった。理解できてしまった。否応なく、腕の差を感じとったのだ。
「国に戻れば活路も見えよう。奴らは危険だ。ディーアへ陽光帝国の危険さを説明し、共に当たらなければ倒すことは敵わぬ」
ディーアの女王も危険だが、陽光帝国の危険さはそれを上回る。手を組み対抗しなければ、お互いに滅びの道を歩むことになるだろう。
駆けながら、どのような説明でディーアの女王を説得するかと考え始めたブエンであるが、前方に騎馬隊が見え始めて眉を顰める。
味方が出迎えに来てくれたのだろうかと最初は思ったが、見る限り30騎程しかいない。それに、身につけている鎧が蒼く立派な物だ。それに騎士たちは強者の空気を纏っており、それぞれが異様な雰囲気を見せていた。
そして、なにより馬ではなくて、狼に乗っていた。陽光帝国の者たちだ。先回りされたのだろう。
先頭の騎士がこちらに気づき、前に出てくる。
「ブエン王と思われる。もはや貴方の天命は尽きた。馬を降りて降伏するであります!」
兜からか灰色の髪を覗かせて、少女らしき声音の騎士が告げてくるので、馬を止める。既に道は塞がれており、戦闘を免れることはできない。
「いかにも、我が中央都市連合が盟主ブエン・シンノーである。汝らは何者か?」
「私は陽光帝国の聖騎士ルーラ・フウグであります。貴方たちの軍は崩壊し、もはや兵も存在しない。大人しく降伏するでありますよ」
堂々と胸を張り、ブエンが名乗りを上げると、相手の少女も名乗りを上げる。聖騎士という言葉に眉を顰める。敵の英雄級ギュンターと同じ職業だ。
だが、戦場で出会ったギュンターと違い、圧倒的な力は感じない。それでも油断ならない相手だと理解できる。
「まだまだ我の天運は尽きておらぬ。貴様らを片付けて、帰還させて貰おう」
周囲を見渡すが、ギュンターはいない。それならば突破できるだろう。背に持つ大剣をスラリと抜き放ち、ルーラとやらに向ける。
「サチュルンの神器ミミングの剣よ、顕現せよ」
小神サチュルンの神器、ミミングの大剣。森林にて力を発揮する神器だ。剣から眩い光が解き放たれて、ブエンの身体を包み込む。その圧倒的な力を感じ、相手を睨む。
「木樹を操る神器でありますか。なるほど、この場所では効果的ですね」
あっさりとブエンの持つ神器の力を暴露されて、ギクリとする。
道は10メートル程の横幅。しかしながら、整地された道ではなく、雑草が生えており、木の根っこが張っており、ボコボコした道並み。周囲は木々が聳え立ち薄暗い。
木樹を操作できるミミングの大剣にとって、絶好の地形なのだが、なぜバレたのかと動揺する。自身の神器を使ったことはほとんどないはずなのだが。
どうやって知り得たのか、品物鑑定を使われた様子はない。だが、戸惑いも一瞬であった。そのようなことを考えるのは後でで良い。ここは一刻も早く目の前の脅威を排除するべきだ。
「木樹槍波」
剣を掲げて魔力を籠める。ミミングの神器はその力を発揮して、周囲の木樹へと力を浸透させる。
そうしてルーラたちの足元の地面から爆発するように硬質化させた木の根を槍のように変えて飛び出して、その身体を貫こうと襲いかかった。
一瞬のうちに、全ての敵を貫くはずであった高速の槍群。土煙が起こり、土が舞う中で敵は死ぬはずであったが、槍が貫く寸前にルーラたちの乗る狼は地を蹴ると、トントンと木々の間を移動していく。
まるで猿のように木々の間を駆け巡る敵たちの姿にブエンの味方も動揺してしまうが、叱咤をしてブエンは敵の動きを見極めんとする。
神器の力にて上がっている動体視力ならば、高速で周囲を移動していく敵の姿も捉えられる。
狼たちは馬とは違い、柔軟な動きができる。その獣の特性を持ち、木々を移動していく。部下たちはその動きに動揺を見せて対応できないでいた。弓を構えても、縦横無尽に移動する敵に狙いがつけられない。
「木の葉剣舞」
木々を操り、無数の木の葉を舞い散らす。秋の木々が落とす木の葉のように、無数の木の葉が空中を漂う。
舞い散る木の葉に魔力を浸透させて、鋭き刃へと変えて敵を切り裂こうとする。この技ならば、空中に舞う木の葉は刃と変わり、敵はこの只中に突っ込むので、多大なダメージを与えるとブエンは考えたのだが
ルーラたちはチェーンブレードを抜き放ち、軽やかに振るう。風切り音をたたせて、剣は鞭のように変形して、しなりながら空中の木の葉へと向かう。
空中を蛇のようにその剣身をしならせながら、舞い散る刃と化した木の葉を砕いていく。パシンパシンと木の葉が弾ける音がして、無数に舞っていた木の葉はルーラたちの振るうチェーンブレードにより全て砕かれていった。
かすり傷一つ負わずに、ルーラたちは木の葉を砕くのを見て、今度こそブエンは驚きで目を見張ってしまった。
ありえない。
見たこともないおかしな剣であるが、その力は鞭のように振るうことができるのだと理解できる。しかしながら、木の葉は無数にあるのだ。砕くことはできるだろうが、その全てをとなると話は変わる。
一人では絶対に無理な数。そのため、敵は全員が鞭のような剣を振るっていた。だが、おかしいのだ。全ての剣がそれぞれ砕く対象をかぶることをせずに、その鞭のような剣が他の剣に絡むこともない。
恐ろしい連携であった。目にしても信じられない。まるでこの者たちは群体が一つの意思で動くかのようであった。
敵は木々の合間を飛び交いながら、片手をこちらへと向けてくる。その手のひらに雷光がバチリと弾けた。
「魔法操作 連鎖化 チェインライトニング」
一条の雷がルーラたちから放たれる。全員が同時に放つその雷に騎士たちは回避できずにその身を焼かれる。
しかも、命中した雷は周りへと分散して、網のように広がり広範囲へと行き渡ってきた。
雷に身を焼かれ、部下たちが呻きながら馬から落馬していく。
ブエンにもその雷は迫ってきたが、己の体内の魔力を集中させて、レジストを試みる。神器により強化された身体はその雷の攻撃を防ぎきり、多少の痺れを感じただけであった。
「このブエンを舐めないで貰おうかっ!」
大剣を翳しながら、馬から飛び降りる。そうして、地をえぐるように蹴り、飛び上がる。
「大剣技 サークルブレイド!」
ブエンが突風を巻き起こしながら、円を周囲に描くように振るう。範囲系武技サークルブレイド。キラリと剣閃が輝き、周囲を飛び交うルーラたちをミミングの神剣は切り裂こうとする。
だが、サークルブレイドは一閃だけに留まった。本来は円の形で輝線が残り、その場にいた者たちは切り裂かれるはずであったのだが。
振るわれたミミングの剣は途上で飛来するチェーンブレードにより絡め取られてしまったのだ。
空中から地に降りて、ブエンは慄きながら口を開く。
「ば、馬鹿な!」
ミミングの神剣の斬れ味はたとえミスリルでも切り裂く。チェーンブレードのような変形剣は、鎖のような刃を繋げたその形状上、耐久性はなく脆いはずであり、神剣の一撃を止められるはずはなかったにもかかわらず。
実際は絡め取られていた。しかも一つではなく、複数のチェーンブレードにより。さすがに神剣といえども、いくつもの剣を砕くことはできない。だが、神器により大幅に身体能力が上がったブエンの一撃を一瞬で絡め取られるとは、思いもしなかった。
「エグザ……ではなくて、聖騎士モードでありますよ」
幹に狼がしがみつき、乗っている少女が銀の粒子を身体から生み出しながら言ってくる。周囲の他の騎士たちも同様に銀の粒子を身体から生み出していた。
そして、その姿からは自身に勝るとも劣らない力をブエンは感じとり、声が震える。
「まさか、そなたらの国は神器の力を解明したのか? それほどの力は神器の加護以外は考えられぬ」
先程はこれほどの力を感じ取ることはなかった。急激に力を増したのだ。しかも全ての騎士たちが。
それができるのは神器のみ。銀の粒子からは神々しさも感じとることができる。だが、神器とはそんなにポンポンとあるものではない。
と、すれば答えは一つ。
この者たちの母国は神器を作成できるようになったのだ。
そのような相手であったかと、ブエンは体を震わすが、されど力強く剣を握り、声を上げる。
「致し方なし。時流の見極めを誤ったか。されど、我は王よ。大剣技 流し斬り!」
絡みつくチェーンブレードを力任せに引きちぎり、武技を無理やり発動させる。口からは血が流れ、腕の筋肉は膨張して血管が浮き出す。狙うは隊長と思わしきルーラ。
「ぬぉぉぉぉ!」
その様子にルーラは少しだけ目を大きく開き感心する。
「王たる気概は持っていたようでありますね。貴方の気概に答えましょう」
フッと微かに笑みを浮かべて、自身のチェーンブレードを剣の形に引き戻すと魔力を籠める。
「剣技 星4乱れ雪月花!」
狼から飛び降りて、月の光が剣から漏れて、振るわれたその攻撃は複数の剣の残光を残す。そうして、ブエンと交差をして、スタッとルーラは地に足をつける。
空中にて交差したブエンも同じく地に足をつけるが、身体から雪と花びらが舞い散り、鮮血が流れる。
「も、もはや是非もなし……。ディーアすらも敵うまいて」
そう呟くと、どうっと倒れ込み、息を引き取るのであった。
「圧政をしていなければ、傘下にも欲しかったでしょうが仕方ありませんね」
肩をすくめながらルーラは呟くと剣を仕舞う。
こうして中央都市連合は盟主を失い、少しあとに陽光帝国が全てを制圧するのであった。
「ルーラも星4持ってまつ! うぁーん!」
どこかで幼女のギャン泣きが聴こえたが、幻聴だろう。