203話 真夏に降る雪
小高い丘の頂きに陽光帝国軍は陣を張っている。なだらかな丘であり、雑草も芝生のように低く生えており、馬の走りを抑えることはできない。
丘の下に陣を張る中央都市連合は、バトルウォーホースにて編成された自慢の騎馬隊にて突撃を行うために準備をしていた。
意匠を凝らした分厚い鋼の装甲鎧を着込んだ、熊のようなガタイの男二人がその先頭に立ち、陽光帝国の陣を眺めていた。
「兄者、噂されるギュンターとかいう爺は俺が倒そうぞ」
ガッハッハと、楽しそうに笑う男はブシュウ。筋肉でできたような達磨顔を歪めて笑うその姿はいかにも武に自信を持つ者である。
「噂に伝え聞く限りではギュンターと言う騎士は強い。しかも尋常ではなくな。英雄級との噂もある。恐らくは神器持ちであろう」
兄者と言われた者はリョウガ。四角い顔立ちで顎髭を生やした冷酷そうな顔立ちの男だ。
「英雄級などあり得ねえだろ。神器の力を上手く扱う奴なんだろうな」
「うむ。老齢であることから、戦い慣れしているのだ。神器を上手く周囲に効果的に見えるように使っているのだろうよ。油断はできぬ」
顎髭を触りながら目を細めるリョウガ。その言葉に舌打ちしながらブシュウは腰に下げている剣を叩く。
「まずは敵の神器の力を抑えねえとならねぇのか。めんどくせえ。だが、俺らの神器カストルとポルックスなら問題ねえはずだ」
双子の神カストルとポルックスの神剣。リョウガの持つカストルはポルックスの神剣を持つ者とお互いの力を共有でき、ブシュウの持つポルックスの剣はあらゆる攻撃を大幅に減少させる障壁を張ることができる。
神剣使用時に身体能力を上げる能力すらも共有できるために、リョウガとブシュウは無敵の兄弟として名を馳せていた。
「そうだな。ならば敵の陣を蹂躙しにゆくとするか。ギュンターとかいう爺を殺せば次は我らが英雄と謳われるであろう」
自身の力を知るリョウガも口元を曲げて言う。
その後には、南部統一の立役者として、吟遊詩人たちに謳われるのだと未来を夢想して、突撃の準備をするために部下へと指示を出していく。
騎馬隊が整然と並び終えると、騎馬に乗ったリョウガは先頭に立ち神剣カストルを抜き放ち、強き口調で宣言をする。
「これより、傭兵と称しながら侵攻してきた他国の侵略者を打ち倒さん! 我らブエン様の誇る騎馬隊の力を見せるとき!」
おぉ〜、と騎馬隊の面々が自信に満ち溢れた表情で鬨の声をあげる。周囲へとその鬨の声は響き渡り、軍全体へと波及していき、皆が鬨の声を叫ぶ。
6万の軍が叫ぶ鬨の声は丘の上に位置する敵軍にも届き、敵はこちらの勢いに萎縮したのか、自分たちの士気をあげるために、鬨の声をあげてやり返したりもしてこない。
士気が充分に上がり、敵の士気を下げたであろうと確信して、リョウガは剣を振り下ろして激を飛ばす。
「突撃っ! 侵略者に目にものを見せてやれっ」
おぉ、と叫び騎馬隊は動き始める。軍馬は土を蹴散らし、真夏の陽射しのもと、その威容を見せつつ突撃を開始する。丘を駆け上り、敵の陣へと突撃を始める。
ブォォと角笛の音が本陣から聞こえてきて、北に位置する軍も突撃を開始し、本軍も前進し始めた。
総勢10万の軍勢はザッザッと足音高く、雑草を踏みしめて移動をする。丘はなだらかである分、広く傾斜がとられており、敵の陣までの距離がある。
だが、すぐに敵へととりつくだろうと、リョウガたちは騎馬を率いて丘を駆けてゆくが
白いなにかが目前を通り過ぎていった。
なにかがふわりと振ってきて、怪訝に思う。
「む? なんだこれは?」
気づくと、辺りに白いなにかが舞っていたので、リョウガはその白いなにかを手のひらで受け止める。
そのなにかは手のひらに当たると、すぐに消えて、いや、溶けて水へと変わる。
「水? いや、雪なのか?」
魔法かと怪訝に思い警戒をし、リョウガが前を向き直ると
ゴゥン
と、なにかの音が響き、敵の陣から膨大な白き光が放たれた。白き光は離れたこちらも眩しさで目を覆うほどであり、天頂まで向かう。
そうして、あっという間に光を受けた天頂から黒い雲が沸き立ち青空を覆い隠す。夏の陽射しで暑かった気温が一気に下がり、吹いてきた風を冷たく感じ、皆は戸惑って突撃の勢いを緩める。
肌寒い感触、寒さでかじかむ手、リョウガはなにが起こってるのか戸惑うが、すぐにハッと気づく。この異常なる力は信じられないことだが、神器だ。
「いかん! これは地形変化系神器だ! 総員、すぐにこの場から」
焦りながら、離れよと指示を出すが、時すでに遅かった。敵の陣から全周囲に夥しい量の雪が溢れんばかりに現れて、轟音と共に雪崩となってリョウガたちを覆うのであった。
アウラは中央都市連合の軍が雪崩に覆い隠されるのを、額に冷や汗を流しながら見つめていた。
北の軍と、東の騎馬隊と、半分の兵が雪に埋もれてしまっていた。雪自体は軽いのだろうか? なんとか兵士たちは雪から這い出てきてはいるが、冷たい雪まみれとなり、真冬の寒さとなったこの地では、動きは鈍く青褪めているのがわかる。あれでは碌に戦えまい。
「アウラ様……スノー陛下は地形変化系神器をお持ちでしたか……」
副官が目の前の光景に慄いているが当然だ。地形変化系神器は大神が作りし最高の神器。小神、中神とは格が違う威力を持つ。アウラの知る限りはタイタン王国と魔帝国の王、皇帝が持っている。それが、タイタン王国と魔帝国が滅びない理由でもある。
なにしろ一軍を滅ぼすことが可能なのだ。眼前の光景のように。
「私はどうやら賭けに勝ったようさね。この神器は国を建国できる充分な理由となるからね」
南部地域が統一されなかった理由でもある。絶対的な神器の庇護の下、国は成り立つのだ。この一撃は噂となり、南部地域の日和見たちにも激震が走るのは間違いない。きっと慌てて傘下に入ると集まるだろう。
「どうやら、後々の統治を考えて、殺してもいないようだし余裕じゃないか」
陽光帝国が丘から駆け下り始めたのを見て、ニヤリと笑う。最強の神器があるならば、随分と余裕なはずだ。兵を集めなかったのは敵を一網打尽にするためだったのだ。中央都市連合はその罠にあっさりと引っかかってしまった。
先頭で老齢の騎士が白馬に乗り駆け下りていく。後に続く蒼き鎧の少数の騎士たちと、漆黒の鎧を着込む500程度の騎士たち。その部隊は恐ろしい速さで、雪から這い出してきたリョウガたちの部隊へと近づいている。
「よし! 功績をたてなけりゃ、陛下に合わす顔がないよ! 全軍、中央都市連合の本軍へ突撃開始!」
南に位置する自らの軍へと指示を出していき、アウラの軍は本陣の横っ面に突撃を開始し始めた。
本陣は突如として変わった気候と、目の前の雪崩による惨状に混乱をしていたが、アウラの軍が裏切り、突撃をしてきたことにより、さらに混乱に拍車をかけてゆく。
「ここでブエンを倒せば、第一の功は私らのもんさね。気合をいれなっ!」
武器と武器がぶつかり合い、金属音と兵士たちの怒号が響く。鮮血が舞い、倒れていく人々。
「戦の神の神器、フワルの杖よ! その力を示せ!」
腰に下げていた杖を掲げると、周囲の部下たちが仄かな光に覆われる。フワルの力、軍団に支援魔法をかける神器だ。ストレングス、プロテクション、カウンターマジックが一斉にかかる。
正直、神器にしては微妙な効果だが、それでも支援魔法がかかると軍の動きは変わる。数の多い敵軍に対して、アウラも槍を持ち戦うのであった。
リョウガたちは雪崩から這い出して、身体についた雪をはたき落としながら、剣を構える。
新雪のように柔らかい雪のおかげであっさりと雪崩から抜け出ることができたが、身体が冷えて動きが鈍くなり、手がかじかむ。
「くっ、貴様ら武器を構えろっ! 敵が来るぞっ」
丘の上から、なぜか雪に足をとられることもなく、敵は駆け下りて押し寄せてくるのが見える。
先頭は老齢の騎士だ。あれが噂の聖騎士ギュンターとわかるが、噂以上だと背筋がヒヤリとする。なにしろ、その身に包む鎧、手に持つ騎士槍と盾。その全てが言いしれぬ強大な力を感じさせてきていた。その当人も含めて。
数々の戦場を渡り歩いた経験からくる勘が、危険な相手だとビシビシと告げてくる。
「兄者っ! 神器を使うぞっ!」
ブシュウも危険を感じたのだろう。神器を使うと言ってくるので、頷いて手に持つ剣に力を籠める。
「カストルの剣よ、顕現せよ」
「ポルックスの剣よ、顕現せよ」
二人の声が合わさり、神器の力が発動し、身体能力が大幅に上がったことを感じる。カストルとポルックスの両方の力により、万能感を感じさせるその力と、ポルックスの無敵の障壁に覆われて、リョウガとブシュウは敵を迎え撃たんとする。
迫る老騎士へと、自信に満ちた表情で大声で名乗りをあげる。
「我こそは、ブエン様に仕えし将軍リョウガ!」
「我こそは、ブエン様に仕えし将軍ブシュウ!」
神器を構え、声を揃える。
「双将軍の我らの力をしれいっ!」
その声に駆け下りてきた老騎士はちらりと見ると、槍を構えて冷たい声音で応える。
「儂は神聖騎士ギュンター。悪いがそなたらの相手をしている暇はない」
傲岸不遜ともとれるその言葉に、怒りを覚えて二人は立ちはだかるが、ギュンターは蒼く輝く騎士槍を構え呟く。
「騎士槍技奥義 戦神の槍」
星の輝きのような光が逆巻き槍に集まり、突き出してきた。周囲を照らすほどの光を伴い、10メートルを超える大きさの極太の白光が突き出された槍から発射された。
「うぉぉぉ、ポルックスの障壁よ!」
ブシュウが叫び、障壁に力をさらに籠めて通り過ぎる大地を削りながら迫ってくる白光を防ごうとする。
リョウガとブシュウ、その二人を覆い尽くす光線と障壁がぶつかるが
パリン
ガラスが砕けるようにあっさりと障壁は突き破られて、リョウガもブシュウもその光に覆われて消滅する。白光は留まることを知らずに、一直線に軍勢を貫くのであった。
何もできずに双子の将軍は倒されて、軍勢は奥義戦の槍にて白光の通り過ぎた跡には何も残らず、ただ大きく抉られた地面があるだけとなった。
敵の本陣までの道がモーゼの割った海のようにできて、その道をギュンターたちは駆けてゆく。
割られた隙間を埋めるために、中央都市連合の軍隊は陣を整えようとするが、矢のように駆けてゆき、ギュンターたちはその道を突き進む。
マジックナイトたちの放つビームが敵の戦線に楔をうち、聖騎士たちがチェーンブレードを振り、混乱する敵たちを切り裂いてゆく。
本陣を守るために、慌てて他の将軍たちが立ちはだかるが、全てギュンターの強力な槍の一撃に耐えられずに倒される。
剣を構えた時には疾風迅雷の速さの槍で身体を貫かれ、槍を突き出し攻撃しても、小枝を払うが如く、ギュンターの槍に払われて、盾を構えても、盾ごと砕かれていき、名だたる将軍たちはあっという間に屍となり地に横たわっていく。
ギュンターの圧倒的な力を見て、立ちはだろうとしていた者たちは背を見せて逃げ惑う。
神聖騎士のゆく道は軍勢がいるにもかかわらず、無人の野を駆けるようであった。