197話 選択肢と黒幕幼女
水無月トモは薄っすらと目を開いた。
「どこでしょう、ここは」
不思議に思う。最後の記憶はなんだったかなと、髪を触りながら思う。私は何をしていたんだろうと、ぼんやりとした頭で思う。
目の前に広がる光景は不思議な空間だった。今ではめっきり見なくなった古い柱時計がカチカチと音をたてて時を刻んでおり、アンティークだろう西洋の古いソファとテーブルが設置してあり、床には絨毯が敷かれている。
どこらへんが不思議かというと
「部屋の壁にふしぎなくうかんと書いた紙が貼ってありますし?」
なぜか子供が書いたような落書きレベルで、壁に貼ってある紙に書いてある。なんというか幼稚な感じだ。
コテンと首を傾げて、再度自分が何をしていたか思い出す。
「貴女の記憶は健康に害があるので、ある程度のファイル化をされています。思い出すことはできますが、そこに体験としての感情はありません。ただ本を読むように、映画を見るように、その記憶を眺めるのみとしました」
いつの間にか、ソファに幼げな少女が愛らしい笑みを浮かべながら座っていた。隣にも男が二人座っている。老いが見え始めている、元気そうなガタイのよいおじさんと、ひょろりとした痩せた体格の背の高い気の弱そうな若い優男だ。
ソファの横には黒子の格好をした少女もいる。なんだあれ?
「はぁ、なるほど。ほうほう、なるほど。私は異世界に来たのです?」
少女の言葉を聞いて、自分がどうなっていたのかを思い出す。まるで本を見ているような気分がして変な感じであったが。
「へんてこな語尾はトモさんの癖ですか?」
幼げな少女が尋ねてくるが、癖ではない。処世術というやつである。女子高生となったので、新たに考えたのだ。
「ほら、疑問符にしておけば、私の責任とかにならないですし?」
学校などで使うには便利なのだ。友人たちにも顔と名前を覚えられて便利なのだ。あまり便利だとは思わないと、友人たちが苦笑いをしてきたけど。
まぁ、私も失敗かなと少し後悔をしていたりするけど。
「あ〜! 私って、異世界で生体部品にされてたの? これ本当の記憶? 弄ってない?」
あり得ない壮絶な記憶が思い出されてきて、ドン引きしてしまう。ちょっと刺激的すぎて、放映禁止レベルだ。一部はモザイクがかかっているし?
なんだろう、脳だけ取り出されて部品にされる映画とかと同レベルである。それから私は狂気に囚われていたらしい。自分としては、ショックを全く受けないところが少しだけショックである。
「これが真実でなければ、なぜその記憶をつけた上に、ショックを受けないように処置をしたのかという意味のわからない対応を私はしたということになるのですが」
苦笑を浮かべる少女の言葉に、たしかに意味がないなと、自分で問いかけていて、そう思う。ということは、この記憶は本物かぁ。
「え〜と、私はこれからどうなるのかな? 魂だけとなったし? このまま天国行き?」
私の言葉に少女はふわりとした笑みを浮かべて首を横に振る。
「貴女は私が管理していなかった時代とはいえ、地球から拉致された方です。その魂に肉体をつけて復活させることも可能ですが……。それでも凄絶な記憶を持っていますし、このまま天国行きも可能です。天国ないですけど。次の転生まで眠るだけですけど」
「いやいや、その選択肢で天国を選ぶ女子高生はいないと思うし? それじゃ地球に戻してくれるの?」
なにやらこの少女は見た目と違い、偉い人みたいだ。神様という存在なのだろうか? そんな凄そうな存在には見えない。ドッキリでそこの扉を開ければ、リポーターが待機しているのではなかろうかと邪推してしまう。一度、私もドッキリを仕掛けてくる番組に出たいと思っていたのだけど。
「……地球はあんたの知ってる時代じゃない。いつの時代かはわからないがな。知人もいない可能性があり、化物が闊歩している世界が崩壊している過酷な社会になっているんだ」
おじさんが苦々しい声音で口を挟んでくるけど、たしかにそうだと気づく。その記憶も植え付けられているから理解できる。地球はどうやらゾンビが闊歩する映画のような世界になってしまったようだ。
多少剣を齧っている私だが、それでも生き抜くのは厳しいかもしれない。
「あぁ、貴女のお父さんは生きていますので暮らしには困らないでしょう。あなたの弟の子供が子供を産んで、その子供が貴女の攫われた時の歳と同じですけど。ちなみに超金持ちになっているので、遊んで暮らしていけますけど」
「それは、ショックですよね。って……ええっ! そんなに金持ちの家の産まれなのかよっ。人生勝ち組じゃん! いや、この場合はどうなるんだ? う、う〜ん……」
気の弱そうな若い男が驚いたり、考え込んだりしているが、たしかになぁ……弟の子供が子供を産んで、その子供が私と同じ歳? 父さんが生きているのは嬉しいし、心配をかけたと謝りたいけど……。というか超お金持ちとか、我が家はなにをしたわけ?
「私の知っている彼らはきっと貴方を邪魔には思わないですよ、水無月トモさん。まぁ、弟の子供さんは歳はともかく、見た目は貴女と変わらないので、そこに驚くかもしれませんが」
最後らへん、物凄い早口で少女は言ってきた。んん?
「もしかして、私の心を読んだし?」
少女の言葉にギクリと身体を震わす。そのとおりだ。今さら顔を出してどうなるのかと、迷惑に思われるかもと考えてしまった。その考えを読まれて驚いてしまった。
少女を見ると、澄んだ目で優しい笑みを浮かべて私を見て手をひらひらと振ってきた。
「どうやら、貴女は優しい性格みたいですので? ふふっ」
可愛らしい笑いをする少女。私の口調を真似されて頬を赤くしてしまう。そんなに私はわかりやすかっただろうか? そこまでわかりやすかった記憶はないと思うのだけど。
「というか、弟の子供が私と同じ歳の見かけというところが気になるんだけど?」
「あーあー。なので、地球に戻ることが可能です。地球で暮らすことが一つの選択肢です」
人差し指をピンと立てて、悪戯そうに言葉を連ねる少女。不思議な雰囲気を出すその少女に呑まれるように話を聞く。なんというか誤魔化された感じがするのは気のせいだろうか?
「もう一つは俺らと共に異世界で暮らすことだが……。女神様の話を聞く限り、それはなさそうだな」
「そうだなぁ。ま、それが良いんじゃないか?」
肩をすくめてかぶりを振るおじさんと、後ろ手に組んで同意する優男。二人とも優しい笑みを浮かべていた。どうやら善人っぽい。
「異世界で生活かぁ。ラノベをたくさん私は見てきたけど、それは斬新だね? 私も竜を一撃で倒せる魔法を覚えたり?」
ラノベでもそのような話は聞いたことがない。地球人が異世界に転移して生活なんて題材として面白そうだ。
だが、私の言葉に目の前の面々はポカンと口を開けて驚いていた。え? なになに? 私はなにか変なことを言った?
「あ〜。その時代ですか。なるほど」
「反対に新鮮だな」
「チートと言ったら、不正行為ととられるだけだぞ」
「マジかよ。時代の違いを感じるぜ」
ヒソヒソと顔を突き合わせて話すその光景になにか意外なことがあったようだ。教えてくれても良いんだよ?
「まぁ、斬新な設定ですよね。うんうん。ちなみに異世界行きを希望する場合、一般人ならそのまま自由に暮らせます。特別な力を付与される場合はある幼女の配下となり働いてもらいます。強制的な命令もなく結婚退職もできますが、一応建前はそうなるということです。お給料も良いらしいですよ?」
「その場合はキャラ扱いになるか、人として産まれ直すかになるのか?」
おじさんが少女に尋ねてキャラ扱いはなぁと、う〜んと悩む様子を見せる。キャラってなんだろう。
「歳は生前と同じにしますが、たしかにそのとおりですね。あの異世界は色々ヤバいところなんです。貴方の気にしているとおり、時間軸が違う感じがしますが、そうではなくて……。まぁ、素の地球人の身体では生きてはいけない場所ですね。当たり前ですけど。なので、身体はそれに適した物を創造します」
「ん? 時間の流れが違うんじゃないのですか? と、すると昨今の荒れ方に鑑みると……」
「その考察はしても良いですが無意味ですよ。今の何かが変わるわけではないですし。その世界に住んでいる人々にとっては意味のない考察です。現在は問題ないですし」
少女とおじさんがなにやらやりとりをしているが、結局私はどうなるのであろうか? おじさんは顎に手をあてて難しい顔で考え始めているけど。
考え込むおじさんを見て、少女は小さな笑みを口元に浮かべながら、パンと柏手をうつ。
「というわけで、トモさん。荒廃した地球へ戻りますか? 異世界で生きますか? 全ては貴女の選ぶままです。どうか後悔のない選択肢をしてください」
そうか、そういう選択肢になるんだ。異世界か……聞かれるまでもない。父さんに生きていることを報告しないとね。……生き返ったと言うのかなぁ?
「私の選択肢は一つだよ」
そうして私は少女へと自分の望みを伝えるのであった。
ふしぎなくうかんの部屋の扉を開けると、そこは実家であった。見慣れた神社が目に入る。社務所があるが新築なのか、建て直されているけれども。後ろを振り向くが既に出てきた扉など跡形もない。
神社の後ろには裏山が見えて、周りを見渡すと田畑が見渡せた。木々が繁茂する丘の上にある我が家からは、周りの様子がよくわかる。
少し家々が増えただろうか? 気のせいか長閑な雰囲気がする。昔よりもずっと。
優しい風が頬を撫でて、自分が生きていることを感じられる。緑の気持ちの良い空気が身体を通り、活力が満ちてくる。裏山の入口前に小さなビルが建っているが、なにに使うのだろうか。
知っているようで、知らない場所になっているようで僅かに緊張する。自分としては高校に登校してすぐに帰ってきた感じがするだけなのだが。
たしかにそこは時間が経過していた。しかもかなりの時間が。
ゴクリとつばを飲み込んで、社務所の前に立つ。なんと言って入れば良いのかわからない。ただいまでよいのだろうか?
あれこれと考えていたら、ガラガラと社務所の引き戸が開かれた。
「うむ、帰ったか。お帰りトモ」
自分の記憶よりも遥かに老いた父さんがそこにはいた。相変わらず厳しい目つきは変わらないが、皺だらけとなり、かなりの老人となっていた。
だけれども、優しい笑みは変わらずに私を見てくる。
後ろには巫女服姿の4人の少女と1人の男の子、そしておじさんとなってしまった弟がこちらを笑顔で迎えてくれていた。
「トモが帰ってくると教えられてな。待っていたのだ。帰還パーティを開くから、ほら早く入ってこい」
その優しい言葉に、涙が溜まり、記憶のどこかで帰りたがっていた感情が浮かび上がる。
「ただいま父さん。少し時間がかかったけど」
私はそう答えて、久しぶりの我が家へと帰宅するのであった。