196話 死の幽霊船と黒幕幼女
敵の魔法使いが狂ったように笑うのをドン引きしながら、アイは見ていた。なんか狂ったように笑うけど、勝利を確信しての笑いというより、捨てばちになった男の笑いだと予想する。
「魔帝国第2席という言葉に嘘はなさそうでつね。自分の不利を自覚しているみたいでつ」
ん? とそこで妙なことに気づく。マコトの様子が変だ。いつもならば、敵の解析結果を教えてくれるのに、黙したまま説明する様子がない。
俺の視線に気づいたのだろう。ため息をついたあとに、苦々しい表情で口を開いてきた。その内容をはというと、驚愕の内容であった。
「説明しようっ! あいつの名前はモト。浄化を司る死の棺桶モトだ。平均ステータス220。特性救いの波動という生命を止める呪いを使う。それに水無月流刀術を持っている。スキルは格闘5、刀術5、水魔法8、風魔法8、重力魔法5だな。元日本人で名前は水無月トモ。崩壊する前に誘拐された高校一年生の少女だな。世界の瘴気を浄化するために、遥か古代に神に誘拐されて、神々の力を合わせて創り出された人工神器だ」
その言葉に、レバーを握る手をピタリと止める。今、なんっつった? 地球人? 高校生?
「魔物渦巻くこの異世界に、古代の神々はうんざりしていたんだ。アイを誘拐する遥か以前に、なんとかできないかと試行錯誤して創られた神器だ。魂を動力として聖なる力で瘴気を浄化できる効果を持っているとされた。残念ながら聖なる力はあたしたち基準でレベル2までしか宿すことができなかったから失敗作となった」
「……続けて」
「なぜ異世界人を使ったのかというと、元々この世界の神も人も聖なる力を扱う能力がなかったからだぜ。だから、浄化は常に力押し。バラバラに破壊してからの浄化をしていた。それを解決できる手段だったんだが、想定と違ってなぜか死を撒き散らして、殺したあとにそれを浄化するという……暴走した世界を救うAIみたいになったんで放棄されたんだ」
なぜかじゃねぇよ。無理やり誘拐しておいて、神器の船なんかに改造されたら狂うに決まっているだろ。宇宙海賊船のコンピュータじゃねぇんだぞ。
「この世界の神は本当に腐っていたんでつね。それに崩壊前、でつか」
はぁ〜、とため息をついちゃう。胸がムカムカしてきちゃうぜ。こういうの嫌なんだよな。無理やり誘拐してきた娘を改造するとか……。
「魂を核にしているんだったら、まだ救うことはできるよな?」
「肉体を与えて地球に戻すことは……できるけど、さらなる絶望を与えることになるだろうぜ」
ゾンビだらけの崩壊した世界と地球はなってしまった。崩壊前に誘拐されたのがいつかはわからないが辛い結果にしかならないだろう……。
「でもそれは本人の意思次第だ。俺は選択肢から省かない。あぁ、省かないとも」
口調が幼女語制限の解除となっているが気にしない。それだけ神のやり方に怒っているし、人の意思ってのは意外と強いんだ。それでも地球に戻りたいと言う可能性はある。選択肢から外すことはしないよ。
ガイも腕組みをして、ニカリと親指をたてて笑うので同意見だ。俺の考えをよくわかっている。
「そこは社長に任せるぜ。それじゃやるんだな?」
マコトがこちらを試すように言ってくるが当たり前だ。こいつを倒すのに躊躇いはない。
「お遊びは終わりだ。俺たちみたいな奴らに救われることを恨めよな」
俺は小説の主人公じゃないから、本人の意思に従うのさ。今回みたいな場合に優しい嘘は必要ないと思うのだ。
目つきを鋭く変えて、アイはガイの身体へと意識を移すのであった。
黄金に輝く巨大な船体。複雑な意匠が彫られており、神秘的な船だと外見は見えたが、マコトの話を聞いたあとでは、寒々しい哀れな棺桶にしか見えないとアイは思う。
狂いし神器は苦しげな少女の声音で咆哮をあげて、辺りの空間を揺らす波紋を発生させてきた。小石すらもその波動にはピクリとも反応しなかったが、後ろにいた老魔法使いが身体を震わせたことに気づく。
老魔法使いの胸元のペンダントが砕け散り、灰となって地に落ちていくことから、なんの技が使われたのか理解した。こちらがびくともしないことに瞠目している。
「馬鹿なっ! 即死の呪いが効いていないのかっ? 儂の身代わりのペンダントは砕けたぞっ! たしかに発動したはずじゃ」
「あぁ、救いの波動のことか。なるほどなぁ、即死の呪いね。そうか、モトは神器と言えど生きているから品物鑑定の魔法が効かないんだな? だから手探りで使用していたってわけか。残念ながら俺には即死系統の攻撃は通用しないんだよ」
あらゆる即死系統はどの属性でも呪い系統が加わる。そのためにゲームキャラには通用しない。本当は規格が違うから効かないのではと、セクアナのことで推測したけど結果は同じだ。
その言葉を聞いて、敵はわなわなと杖を持つ手を震わせて、歯をぎりぎりと食いしばる。
悔しさと狂気に彩られながら敵は杖を振りかざす。
「モトよ、こうなれば自由に行動してよい。その魔力の尽きるまで敵を倒せっ!」
その言葉を発した魔法使いはアイへとモトが襲いかかるのを期待していたのだろう。しかしながら、そのようなセリフを叫ぶ者の末路はテンプレ通りとなった。
「な」
モトは最も近い場所に立つ魔法使いへと巨大なカットラスを振り下ろし、その一撃により地面を陥没させる爆発音をたてて、魔法使いはあっさりと潰された。血のシミとなり、魔帝国第2席はあっさりとその最後を迎えるのであった。
潰される前に飛んできた小石がコツンと魔法使いに当たったので、そこだけはテンプレではなかったが。
「ダメダメだな。だいたいそういう言葉を吐くと、暴走したロボットとかは創造主を真っ先に殺すんだぜ」
肩をすくめて、冷徹なる視線で敵の末路を見る。ダメージは与えたし、としっかり者のアイであった。
モトは複数の腕に持つカットラスをすぐにこちらへと向けてきた。黄金の船は空に浮き接近してくる。
「力比べといこうかっ」
斧を構えて、迫る巨大なカットラスを見て不敵な笑みにて山賊アイは対峙する。風が巻き起こり、ガイぼでぃよりも巨大なカットラスが襲いかかってくるのを、赤竜の斧で受け止める。
ガシンと2つの武器がぶつかりあい、突風が巻き起こり、ガイの身体へとその風圧がかかる。風圧だけではもちろんない。城壁すらも打ち壊す質量の暴威は山賊アイの身体を押し潰さんとして、受け止めた山賊の立つ地面にヒビが入る。
物凄い力の一撃であるが、それで終わりではない。他の腕もカットラスを振り下ろして連続で叩いてくる。ガンガンと大きな金属音が洞窟内を響き渡り、そのたびに突風が発生し、砂埃を飛ばす。
「悪いが、その程度じゃ俺の斧を砕くことも、俺を倒すこともできやしねえんだよ」
荒々しい声をあげて、右足をすすっと滑らして、受け止めていた斧を振る。次のカットラスへと斧を勢いよくぶつけると、カットラスの大きさに比べると小さな斧はされど、圧倒的なステータスの差にて弾き返す。
巨大なるカットラスが比べると小さな斧に弾き返されて、刀身にヒビが入ったかと思うと、ヒビを中心に砕けていき、バラバラと刃が破片となって散っていく。
「おらおらおらおら〜っ!」
踏み込みをずらして連続で斧を繰り出し、モトのカットラスを次々と破壊していく山賊アイ。ギラリと獰猛なる獣の瞳にて敵を睨みながら吠える。
柄のみとなったカットラスを投げ捨てて、モトは腕を素早く動かして印を組んでいく。
「メイルシュトローム」
高位水魔法を発動させるモト。山賊アイの周囲に水が生み出されてきて、猛烈な回転を始めて渦となり、襲いかかる。その渦は敵を引き裂き溺死させる魔法である。
「万技 ハリケーンスラッシュ」
地に勢いよく右足を踏み込み、支点とすると、アイは渦とは反対に斧を回転させる。魔力により巨大化した斧。通常はソードスラッシュにて作り出す剣身は、ガイの特性万技により斧を巨大化させる力へと変換された。
魔法の渦は山賊アイの力により巻き起こした武技により強引にその魔力をかき散らし、大水はバシャバシャと周囲へと流れていく。
「テンペスト」
さらに風の高位魔法を唱えるモト。敵に反応して攻撃を繰り出す機械のような動きをする。そこには淀みはなく、たんなる動作としか感じられない。
周囲の気圧が下がっていき、刃と化した風が嵐となり山賊を切り刻もうとするが、ガシッと地を砕き、飛び上がる。
「うぉぉぉぉ〜、万技 パワークラッシュ!」
空高くジャンプをすると背を伸ばし、斧を構えて勢いよく縦斬りで迫る嵐をその魔法構成もろとも破壊する。
振り下ろす勢いそのままに前回転をして、くるりと身体を翻しモトの幽霊船の甲板へと降りて、さらにダダッと足音荒く突き進む。
甲板から生える腕へと、横薙ぎに振るっていき、切り裂いていく。黄金の甲板をドシドシと足音荒く猛スピードで突き進み、次々と腕を倒していく山賊アイ。
モトも負けてはおらず、残る腕を山賊へと振り下ろしてくるが、あらゆる点で上回っている山賊アイに触れることは叶わない。
「悪いがこちらの方が上なんでね。古代の技じゃ、新型には敵わないんだぜ」
アイは笑みを浮かべながら、ドシドシと荒い音をたててジグザクに移動して、その横をモトの腕が通り過ぎてゆく。
「アイスバーン、エアプレッシャー」
モトのさらなる魔法の力アイスバーンにより、地面が凍りついていき、アイの足元から凍っていく。エアプレッシャーにより、潰される勢いの局所的な風圧が襲う。
ギシギシと身体からきしみ音をするのを歯を食いしばり耐えるアイ。ぎゃああとか、モニター越しにおっさんが苦しそうにしているが、妖精が音声オフにしていたりするので安心である。なにが安心かは不明であるが。
「ダイヤモンドダスト、フォールダウン」
連続で魔法を使ってくるモト。煌めく凍れるダイヤモンドダストが高空からの突風により集約されて落ちてくる。高位魔法を上手く組み合わせて、その威力以上の力を発揮させてくる。
「ヤバいぞ! ステータス差があるとはいえ、これだけ高位魔法を喰らうと厳しいんだぜ」
「任せろっ! まだいけるぜっ。勇者は鼻で笑うと体力が満タンになるんだ」
それはどこかの聖なる闘士だと、口パクをする勇者。きっとガイは同じように回復するから大丈夫だと言っているのだろう。さすがは勇者だ。その必死な様子と首をぶんぶんと横に振る姿は頼もしい。
「まぁ、そろそろ決めるぜっ」
ガイぼでぃも、ダイヤモンドによりじわじわと凍りついてきているしな。
スチャッと斧を構えて吹き荒れるダイヤモンドダストの中を、モトの船体の中心部分へと向ける。
「幼技 聖幼女爆裂斧」
天へと掲げる斧に黄金の粒子が集まり始め、ダイヤモンドダストの中を照らし出す。そうして振り下ろすと、船体へと斧はなんの抵抗もなく吸い込まれるように入っていく。
神の作りし金属は硬く傷つけることも難しいはずであるが、超高性能ステータスとなった勇者の一撃を防ぐことは叶わなかった。
まるで発泡スチロールのように、ビシリとヒビが入り砕けていき、船体はその威力を受けて折れ曲がっていく。次の瞬間には大爆発が起こり、モトの船体は木片を散らし、力をなくす。
グラリと船体が傾いで、地へと墜落を始める中で、山賊アイは巻き込まれないように飛び降りるのであった。