195話 高笑いするネクロマンサーと、ピンチな黒幕幼女
魔帝国の宮廷魔法使いマルク・スーンは手に持つ杖を震えずに持つのに懸命であった。なにしろ、先程敵襲との声が聞こえてから、僅かの間に戦場の趨勢が敵にあるとの報告を受けていたからだ。
魔帝国は豊かであり、強力な武力を持つ。周辺国家の蛮族とは違うのだと自負をしているが、それでも無敵ではないと理解している。そこまでマルクは傲慢ではない。
だが、この拠点は少数の兵なれど、精鋭揃いであり、その装備も他の砦などとは比較にならない強力な物だ。孤島という地形も相まって、難攻不落の拠点と言っても良いはずであった。
しかしながら、攻めてきた蛮族に騎士たちは蹴散らされて、自分たちは窮地に陥っていた。なにやら、敵はテイマーを擁しており、かなり強力な鳥の魔物を使役していると報告があり、迎撃に向かったマシューはあっさりと負けて、新魔法にて軍はやられてしまったとのこと。
どの報告を聞いても信じられないことばかりだった。聞いたところによると、鳥の吐くブレスにより、頑丈なるガレオン船は破壊され、神器使いとの戦いでは圧倒的優位を誇り、勝利を掴んできたマシュー将軍は破れ、魔法の先進国と言われる魔帝国が知らない魔法で兵たちは敗れる。
どれをとっても、嘘としか思えない報告であったが、真実であるのは遠くから聞こえる味方の悲鳴が教えてくれた。
なによりも、だ。自分は今キュベレーの心臓が配置されている部屋にいて、死霊を奉じる骨の杖を使い、強力なアンデッドを召喚、使役しているのだが……。
「マザーよ。未だに敵を倒せぬか?」
「コドモラデハアシドメモデキヌ」
そう答える横に立つ巨大なアンデッド。マザーナーガアンデッドの言葉に苛立ちと不安を覚える。
マザーナーガアンデッドは、去年のナーガとの戦で手に入れた死体だ。固有スキル1万匹の子ら、という蛇を無数に召喚できる固有スキルを使用できるアンデッドである。子らは小さな蛇なれど、その持つ毒は強力であり、数が多いことから、粗方の敵には対処できる。
数が多いことから、対応するのに限界が存在する小さな蛇なので、敵を駆逐できるとマルクは確信していた。先程までは。
今は無理だと理解している。マザーに尋ねても倒せないと告げてくるのみであった。どうやら敵は小蛇たちをものともしない様子であった。信じられないが将軍級ならばその可能性はある。マシューを倒したものならば、無傷でいられるだろうが……。他の兵士たちは? 将軍級は放置して、他の兵士たちを駆逐するだけでも良いのだが、その報告すらない。
コツコツと杖で床を叩き苛立つ。と、扉がギギィと開いて何者かが入ってきた。
「メデューサおっさんだぞ〜」
ふざけたからかうようなセリフを野太い声音で言いつつ、両手を前に突き出して、小蛇をびっしりと身体に纏わせた者が現れた。
ウネウネと動く蛇たちの群れを体につけるその姿は極めて気持ち悪い。おっさんが気持ち悪いのではなく、蛇たちを纏わせた姿が気持ち悪い。たぶん。
「殺れっ、マザー!」
マルクは鋭い声音で命じたあとに、踵を返してモトの元へと駆け出す。
顔の半分が白骨化しており、その胴体も腐臭を漂わせて、鱗の端々から肉を覗かせるマザーナーガアンデッドが指示に従い、敵へと襲いかかる。
だが、戦いの様子をマルクは見もしなかった。理解してしまったのだ。ふざけた物言いなれど、敵は強者だと。
魔帝国の将軍と宮廷魔法使いが揃ってようやく倒せたマザー。魔法は使えぬが、アンデッドとなり力は増しているマザーナーガアンデッドでも勝てぬと。蛇の群れで隠されてはいたが、ちらりと見えた武具に宿る強大な魔力から理解した。
してしまったのだ。
あの力なれば、マザーでは相手にならぬだろうと。
「しかし、マザーとの戦いで神器であろうあの武具の力を使えば、モトには敵わぬはず」
マザーは敵わぬだろうが、それでも神器の力を使わなければ倒されないはずだ。そうマルクは信じて、部下を見捨てて一目散に駆け出していた。
その行動こそが本能で勝てぬと理解していたが、なまじ理性を持っているために常識に当てはめて思考は誤魔化しの推察をしていた。焦りながら走るその姿はまったくその推察とは相容れぬものであったが。
奥の扉を開けて、つるつると滑る湿った地面を駆け抜けていくマルク。
「モトならば……モトならば……」
なぜ自分がこうまで焦って走っているのか、マルクは理解できないまま、顔を歪めて、ローブをはためかせながら息を切らしながら駆けてゆく。
後方では物凄い音が聞こえてきて、マザーの断末魔の声と、ガラガラと石が崩れる音が聞こえてきたが振り向くことはしなかった。なんとなれば振り向けば、腰を抜かしてへたりこむと身体は理解していたから。
息を切らしながら、港に到着すると、黄金に輝く大きな船体のモトが見えてくる。その威容を見て、多少なりともマルクは安心を覚える。モトならばなんとかなるだろうと、持ち出したキュベレーの心臓を掲げて叫ぶ。
「目覚めよ、モトよ! 汝が主が命じる、近づく化物を退治せよっ」
キュベレーの心臓から死の呪いの魔力が直接モトへと流れ込むのがわかる。黒い靄が心臓から湧き出していき、船へと吸い込まれていく。
この方法はとりたくなかったのだが、背に腹は変えられない。スケルトンを作りだし、死の呪いを広げるのとは違って、この方法は時間はかからないが、魔力を大幅に食ってしまうからだったのだが。
焦りながら叫ぶその姿は、魔帝国に攻められてリザードキングがモトを使う時とそっくりの光景であったが、マルクはまったく気づかなかった。その顛末も同じになるだろうと、予測することすらも。
骨の杖を振りかぶり、敵の来る方向へと顔を向けると、人の形をした化物がゆっくりと歩いてくるのが見えた。手に持つ斧も、着込む毛皮も、その下にあるチェインメイルも、その全てが神器の力を宿していた。信じられないことに。
マルクの固有スキル、源泉を見る瞳は、物や敵の体力や魔力がどれぐらいか見れる。だがそれだけの能力であり、通常は役に立たないスキル。一般人などは多少の違いはあるが誤差でしかないためだ。将軍級なれば、違いがはっきりとわかるが、わかったからどうなのだというスキルだ。使いどころといえば、神器にどれぐらいの魔力が溜まっているか、魔法を使わずともわかるぐらい。
だが、その瞳が今は役に立っていた。多少の違いどころではない。その男の装備は全て輝いており、圧倒的な力があると察することができたのだから。
「まだ神器の力は残っているか……。効果時間の長い神器なのか? だが、時間稼ぎならばモトの力は好都合だ。兵を送り出せ、モトよっ」
「うぁぁぁ」
地の底から聞こえるような、苦しむ女性の声がモトから聞こえて、モトの甲板の上に空中に霧が集まると小舟の姿となる。そして、ザッザッと規則正しい足音をたててダークスケルトンが整然と乗り込んでいく。
そうして、10人のダークスケルトンが乗り込むと出発して、空を飛んで、髭もじゃの男へと向かう。
「ダークスケルトンは上級騎士並みの能力を持つが、モトの力にて準将軍並みの力に増大される! いかな化物でも殲滅するには時間がかかるだろうっ」
自らを納得させるように叫び、どうなるか戦況を見やる。次々と小舟が生まれていき、どんどんダークスケルトンを乗せて、敵を駆逐するべく出港する小舟の艦隊。
この力があれば騎士に頼らなくも戦場で勝利できる。だからこそ、皇帝陛下は多大な予算をかけてくれたのだ。一抹の不安を持ちつつ見ていると
「くっ、まさか幽霊船か! まさか召喚できるタイプの敵だとは思わなかったですぜ。だが、負けるかぁ!」
敵は危機を感じて焦ったと思われる声で叫んでいた。小舟は宙を飛び、敵の上まで到達すると、ダークスケルトンたちが縁に足をかけて飛び降りる。落下速度も力に加えて、手に持つ槍を突き出しながら男へと迫っていく。
男は手に持つ神器と思われる紅い斧を片手で軽く振ってきた。その一撃は風斬り音をブンとたてながらダークスケルトンの槍に激突する。
準将軍レベルのダークスケルトンが持つ槍。鋼すらも貫く黒曜石の槍は、しかし小枝のように斧に触れると砕かれてしまい、巻き起こされた風に煽られただけで、他のダークスケルトン共々、ヒビが全身に入り、まるで薄い陶器のようにバラバラとなり、散っていくのであった。
「とりゃあ」
落ちてきたダークスケルトンをたったひとふりで倒した男は、ドンと地面に大きな足音を残し飛び上がり小舟へと斧を振るう。神器であるので、その攻撃力は尋常ではないとはわかっていたが、バキバキと木の板が砕ける音をたてて、あっさりとゴーストボートは壊されてしまう。
だが、男の表情に焦りが見えたことをマルクは見逃さなかった。残りの小舟を見てその顔には動揺があったのだ。
「ククク、神器の効果時間がなくなる前に、小舟を倒しきれるか恐れているな。そうだろう、今の一撃はどれほどの魔力を使った? まだまだ小舟はあるぞ? このようになっ!」
今の小舟は10隻程度であるが、マルクの言葉を受けて、モトは新たなる小舟を作り出す。次々と現れる小舟にダークスケルトンが搭乗していくのを、哄笑と共にマルクは敵へと見せて胸を張る。
「ぶふぉっ! え、もしかして無限湧き? やった、ではなくて負けねえぞっ。俺の名前は魔獣将軍ガイ。その名にかけて負けるわけにはいかねえっ! 幽霊船も増えてくれると助かりますけど」
最後のセリフをマルクは理解できなかったが、戯言だろうと無視して、杖を相手に突きつける。
「陽光帝国の将軍だったか! 安心しろ、汝が死んだあとは神器共々有効活用してやるわっ!」
フハハと笑いながら、戦いの様子を余裕を持って眺める。あれほどの焦りを見せるなら、それほど時間が経たずに神器の魔力はなくなるのだろう。
「てやぁっ」
がしょーん
「とやぁっ」
がしょーんがしょーん
「うへへ、確変だこれ」
がしょーんがしょーんがしょーん
暴風といってもよいだろう。力を込めて地に足を踏み込み、その動きの反動で突風を巻き起こしながら、ガイは身体を回転させて斧を振るいダークスケルトンも小舟も倒していく。
その動きは鈍くなることも、力を失うこともなく。
最後の1隻も傷を与えるどころか、触れることも許されずに倒されてしまう。その数は計100隻。中規模の都市ならあっさりと攻め落とせるはずの軍団はたった一人にあっさりと敗れてしまった。
「まだまだぁっ! まだ俺は戦えるぜ。おかわりはまだかぁ? おかわり、おかわり」
ぶんぶんと斧を振り、こちらをチラチラと見て、様子を伺うガイ。その力は欠片も失われることはなく、相変わらず強い光を見せていた。いや、もしかしたら……。
ガイ本人の体力と魔力が見えないことに、ようやくマルクは気づいた。こやつは希少な力、自らの魔力を操作できるスキルを持っていると気づく。魔法操作を使い力を押し隠されると、自分の固有スキルでも見抜くことができなくなると、マルクは知っていた。神器にばかり目がいっていて気づくのが遅れてしまった。
「まさか神器の力を使用していない? こちらの力がなくなるのを待っていた?」
こやつの力は将軍級を超える力なのかと、マルクは恐れを見せる。それならば神器の力が失われていないことに説明がつく。
説明はつくが……。
「きっ、貴様、まさか英雄級? は、図ったな!」
ダークスケルトンと小舟をあっさりと倒せる理由はそれしかない。自分は無駄にキュベレーの力を使ってしまったのだ。
やれやれとガイとやらが、肩をすくめるので真実に気づき、そして知恵において遅れをとったと、怒りを覚える。
「ぐぬぬ、魔帝国第2席のこのマルクを謀るとは許せんっ! モトよ、あいつを倒せっ。もはや力の制限はなしだ!」
「うぉぁぁ」
黄金の船は動き出し、甲板から巨大なる半透明の腕が10本、カットラスを持ち生えてくる。
その様子を見て、マルクは狂ったように哄笑して、敵を見るのであった。