194話 洞窟攻略をすすめる黒幕幼女
魔帝国の拠点として、大金と貴重なる魔法素材を大量に費やして作られた洞窟港は混乱のさなかにあった。
「海波の陣形をとれっ! 敵は影から現れるぞっ」
汗だくとなり、魔帝国の隊長は周囲へと指示を出す。防衛線が破られて退却したうちの、30人程の騎士たちは倉庫前に移動して、抵抗を続けていた。他の通路からも悲鳴が聞こえ、鎧が地に落ちて奏でる金属音が響いてきて、さらなる恐怖を誘う。
「敵は一人! 銀髪の狐人!」
「恐らくは将軍級っ」
見張りが叫び、彼らは盾を身構えて警戒を示す。洞窟の通路を一人の少女がシミターを構えてゆっくり歩いてくるのが目に入る。
てくてくと、散歩でもするかのような少女だが、ここは戦場であり、その強者の佇まいが恐怖を誘う。シミター使いを視界に入れて、緊張状態の騎士たちは武器を身構えて対峙する。
「くっ! 怯むなっ。倉庫の魔法道具を処分するまで持ちこたえろっ。おい、倉庫番っ! 早く処分するんだ」
金切り声をあげて、隊長が倉庫へと問いかける。貴重なスクロールなどが納めてあるが、だからこそ敵に奪われる訳にはいかない。油をまき全てを燃やす予定であった。
「今、一生懸命運んでまつ。ちょっと待ってくだしゃい」
舌足らずの女の子の声が倉庫から返ってきて、ギョッとする。扉は固く閉まっており、中には数人の倉庫番がいるだけのはずだ。全員男なのは知っている。それなのに、少女の声が聞こえてくるということは……。
「な、何者かが侵入しているぞっ! 扉を急ぎ開けよっ。中の物を奪われるぞ!」
敵は影を移動すると理解していた隊長は焦って倉庫に入ろうとするが、部下の報告に舌打ちした。
「シミター使い接近中っ!」
無防備にどんどん近づく狐娘を先に対処しなくてはならない。
「魔弓を使えっ! 撃て撃てっ〜」
その言葉に6人の弓を持つ騎士たちが矢をつがえて放つ。
「弓技 パワーアロー」
使い捨ての風の魔法を発動させた矢は、魔力の籠もった武技により力を上乗せされて、光の矢となり飛んでいく。鉄の鎧も貫ける威力の矢を前に、しかし少女は慌てる様子も見せずに、シミターを胸の手前で構えるのみであった。
5つの光の矢は、空気を切り裂き狐娘に迫るが、
キンキンキンキンキン
その全てがシミターに吸い込まれるように命中して弾かれてしまうのだった。力を無くし落ちていく矢をつまらなそうに少女は見て告げてくる。
「ホーミング機能が欠陥品。敵を追跡する機能は良いアイデアだけど、狙う場所が全て一緒。避けないで胸の前で構えていれば、全て受けられる」
ギクリと弓兵たちはその言葉に身体を強張らせてしまう。そのとおりなのだ。魔弓の弱点は敵を自動的に狙うのは良いが、決められた魔法を使われるので、必ず胴体、もっといえば心臓を狙う。
盾を胸の前で構えられたら全て受けられてしまう欠陥品であった。それでも敵は矢が飛んできたら、必ず回避行動をとる。身体を動かせばその軌道はずれていくので、バレる可能性は低かった。微動だにせず矢を受け止めようとしなければわからない、魔帝国の最高機密の一つであった。
他国にバレれば、対人戦争では数万の弓と数十万の矢は全てゴミとなる機密だった。この真実が世間に知れれば、魔帝国は金貨をドブに捨てていると、嘲笑されるに違いない。
それが多少魔弓を使われただけで見抜かれるという衝撃に動揺しつつも、隊長は部下に指示を出す。
「まずいっ! 奴を殺せっ、この秘密を持って帰らせる訳にはいかぬっ。海波っ!」
「はっ! 槍技 海波衝」
槍の柄に巻かれているスクロールの力、エンチャントウォーターを発動させて、武技を使用する騎士たち。槍を覆う水が螺旋に動き、触れた敵を巻き込み砕く渦となる。
整列して槍衾を作った騎士たちが一斉に渦を纏う槍を突き出しながら狐娘に向かう。
敵はたった一人で上級騎士たちだけで構成された部隊へと向かってくるのだから、将軍級なのは間違いない。しかし海波の陣ならば倒せる可能性があると、騎士たちは思っていた。
一撃ならまだしも、穂先を揃えて一斉に襲いかかる槍衾は回避しきれまいと、水の渦で少しずつダメージを与えていき体力を削っていけば良いと考えていたのだが
それは極めて甘かったと知ることになる。
「適刀流 シャワー斬り」
少女がそう呟くと、一瞬の間に目の前の渦を纏わせる槍を一太刀で切り落とす。タン、タンとリズミカルにステップを踏み、舞うようにシミターを振るう。振るわれるごとに、数本の槍が切り裂かれて、くるりと半回転すると、少女は槍を切られた騎士の横に移動して、他の者たちの海波に当たらない位置をとる。
そうして怯む騎士たちの間をスイスイと縫うように進み舞う。着ている衣を翻し、美しさすら感じさせる少女の攻撃は首を斬り、肩を裂き、腹を通り過ぎる死の舞いとなる。
「敵の武技の効果はすぐに切れる! 次に同じ武技を使うには時間がかかるはず。その隙に倒すのだっ」
武技には必ずクールタイムがある筈だと隊長は叫ぶが……。
「隊長っ! やつの武技がっ」
「いつ終わるんだっ」
「なぜ連続して放てるんだ……」
少女の振るう一撃は常に味方の海波衝を切り裂いていく。普通の武技ならば、必ずあるはずのクールタイムなどないように、連続で振るっていき、味方の騎士たちは次々と倒れていく。
「あ、あぁ……なぜ切れないんだ。なぜ武技を使い続けることができるんだぁっ! う、うぁぁぁっ!」
精鋭たる部下が案山子のように倒されてしまうその光景に隊長は半狂乱になり、槍を胸前に構えて突撃をする。身体を前傾にして、全力の一撃を繰り出すが、穂先にシミターの刃を合わされて、チンという金属音と共に弾かれる。
身体が泳ぎ、少女の横を通り過ぎていく隊長へとシミターを合わせるように、横薙ぎに振られ、鎧ごと切り裂かれて、血をバッと出しながら、隊長はその息を止めるのだった。
「適刀流にクールタイムはない。なぜならばゲームのスキルじゃないから」
適刀流は血のにじむ訓練とともに手に入れたのだ。ゲームスキルと違い、常に思い通りに技は放てる。そこにクールタイムなどという概念はない。
ちなみに師匠たるおっさんは訓練で覚えた記憶はない。ずるいおっさん師匠である。
フンスと息を吐いて、恐怖する残りの敵の騎士たちを倒す侍少女であった。
シャワー斬り。皆が過去プールなどで一度は斬れるかもと、シャワーの水へと手刀を入れたことがあるだろう。もちろん切れることなどなくて、バシャバシャ水遊びする結果となったが。それを師匠は本当にお水を切れるようになりたいねと、作ったのがシャワー斬りである。そんな過去を持つのはおっさんだけかもしれないが。
騎士たちが倒れて静寂が空間を占める。ギギィと倉庫の扉が開き、その静寂をぶち壊す。扉が開いて、ピョコンと幼女が可愛らしい顔を覗かせる。
「終わりまちたか。お疲れでつリン。どうやらこの基地はかなり魔帝国風海賊が力を入れて作った基地らしいでつね」
「だんちょー。その名称はお腹が空く」
「料理名っぽいが……社長たちはマイペースだなぁ」
「それほどでもありまつ。しかしかなりのお宝でつね」
おててにいっぱいスクロールを持ち抱えてアイはご機嫌な様子で言う。倉庫には山とスクロールがあったのだからして。きっと海賊の宝に違いない。
「たくさん羊皮紙のスクロールはありまちたが、種類は少ないでつ。ピュリフィケーションとクリエイトウォーターにクリエイトアース、乾燥化、エンチャントウインド、改造されていまつがウインドアロー。ウインドアローをエンチャントすることにより、ホーミング機能をつけていたと思われまつ」
「んん? 生産系が多い。建築に使っていた?」
コテンと小首を傾げるリンに頷きで返す。そのとおりだ。これは革新的な魔法である。しかもスクロールなので、魔力さえあれば、誰でも発動させることができるのだ。地球で言う重機と同じ可能性のアイテムである。ちょっと幼女は驚いたよ。
「数万本が倉庫には積まれていまちた。ざっと見たところ、筆跡が違ったので、大勢の魔法付与師によるものでつ。ここまで量産体制を作れるとは……作れるとは……」
ワナワナとおててを震わせて顔を俯けちゃう。その様子に、マコトとリンは敵の強大さに恐れて震えているのかなとか……思うはずはなく、次の言葉を待つ。
「かなり魔法使い倒しまちたよね? きっとクリエイト系魔法使いもいたでしょー。そのドロップには確実に今言った魔法スキルもありまつよね? 何人魔帝国は魔法付与師を抱えているか知りましぇんが、あたちもやろーっと」
キャーとぴょんぴょん飛び跳ねて喜んじゃう。これで建築速度を大幅に上げられるぜ。ありがとうございます、魔帝国風海賊しゃん。
「ま、社長ならそう言うと思ったぜ」
「むふーっ。だんちょーは抜け目がない」
予想通りの言葉だとマコトもリンも特に驚かなかったりした。アイならば必ずそう言うと予想していた二人である。
「失礼でつね。折角手に入るドロップなのでつから、有効に使わないといけましぇんよ」
むーっ、とむちむちほっぺを膨らませて、この基地の制圧を終えようと、さらにノルベエたちへと指示を出そうとするアイであるが、モニターに髭もじゃが焦った様子で映る。なんだろ?
「お、親分っ! 奴隷たちがいたから解放していたら、奥から気持ち悪い程の大量の蛇たちが現れやした。ちょっと気持ち悪いです」
「ふむ……まだ敵が残ってまちたか。気配察知が妨害されている場所でつね」
なぜだか気配察知が通らない場所があった。奥にある場所であるそれは怪しさ爆発であるからして。
ガイには一般人がいる場所へ。幼女は敵が怪しい動きをしていた場所へ向かったのだ。一般人は予想通り奴隷であったが、勇者の大活躍にて助けられたのだろう。さすがは主人公。決める時は決める男だ。
「助けて〜」
「お願いします、子供だけは」
「助けてくだせえ」
なぜかガイの周りの奴隷たちが泣いているけど、嬉しいからに違いない。きっとそうだよね。だから、幼馴染の少女の前で両手を広げておっさんから守ろうとしなくて良いからね、そこの男の子よ。おっさんのメンタルがガリガリ削られていくでしょ。
さらに後ろから、まるで流しそうめんみたいに、ニョロニョロと1メートルぐらいの蛇たちが群れをなし攻めてきているのが見えた。
「ランカは側にいまつ? ガイと力を合わせて魔法で殲滅。どうやらこの基地には秘密があるみたいでつしね」
「了解っ。すぐに倒しておくよ〜」
ランカもモニターに映り了承する。二人ならば問題ないだろうとは思うが……。
「どうやって気配察知を防いでいるんでつかね?」
「気配察知はあくまでも人の技だからなぁ。いくらでも魔法なら防げるし感知できるんだぜ。動かないゴーレムとかも気配察知は見抜けないしな」
「気配察知を上回る、魔法をも上回るスキルが必要というわけでつか……あ、そっか」
マコトの言葉に新スキルが必要かとアイは考え込むが、すぐに必要ないことに気づく。
「幼女を覗くのは禁止でつ、フルパワー」
特性を使い、自分の支配下の空間をどんどん広げていく。何者も見ることを防ぐスキルであるが、このスキルもう一つ効果があるんだよね。
「はぁ、なるほど、怪しい魔法陣に、奥にはデカイアンデッドに……幽霊船?」
幼女の特性はどこから覗かれるのか判断できるように支配下の空間内の物事は全て見ることができるのだ。遠くの敵は無理だけど1キロ程度なら、魔力を籠めれば問題なくわかる。
そしてその特性で感じたのはボスキャラっぽい敵たち。
「相変わらずずるいやり方だぜ」
「1キロ程度だから良いでつ。それよりも敵を発見したから倒しに行きまつよ。ガイの力を見せてもらいまつか」
「ん、次はリンの活躍を」
抗議をするリンに、次ね、と約束して黒幕幼女は金色に輝くコインを取り出すのであった。