193話 魔帝国の将軍対勇者
対峙した敵は爽やかな笑みが似合う二枚目な騎士であった。それに対して、こちらは髭もじゃの山賊である。まずはルックスで相手の勝利だと全員が納得するだろう。何も知らない人間がこの光景を見れば、きっと山賊退治にきた英雄だよねと思うのは間違いない。
ガイは空中に張っていた糸を回収しながら、敵を睨む。こいつはあっしの天敵だと、強く思いながら。
「ふふっ。僕の装備に見とれているのかな? 君も鎧を着た方が良いよ」
上から目線で忠告をしてくるマシュー。たしかに白金の武具で統一した敵の鎧は素晴らしい。ちくせう。
「敵はマシュー・サンカイ! 平均ステータス82。人間にしてはかなりのステータスの高さだな。特性は肉を斬らせて力を保つ。体力を削る代わりに、体力が切れるまでは魔法などの効果時間を伸ばすんだ。手に持つ剣は魔法剣シャープエッジ。斬撃+の攻撃力85の武器だ。攻撃力アップのシャープエッジの魔法を発動させることができる」
対峙したことにより、解析が可能になったマコトがモニター越しに嬉しそうに伝えてくる。
「着込んでいる鎧は神器ハオマの鎧。防御力135、オートリジェネ、疲労無効。使用することにより使用者の全ステータスを+50にする。これ、特性の力で使用効果が永遠だぞ! はぁ〜、うまい具合に特性を使いこなしてるなぁ。オートリジェネで体力が回復しているから、あいつの体力は無限になっているし。あ、武器スキルはレベル4程度だぜ。特筆するスキルはない」
「はぁ? 敵は神器もち?」
マコトの言葉に思わずガイは驚いて口にしてしまう。その言葉にマシューはピクリと眉を動かす。
「品物鑑定かい? いつの間に使ったのかな? 魔道具を持っている?」
警戒したように剣をこちらへと向けるマシュー。あっさりと見破ったこちらを睨むように見てくる。たしかに腕は良さそうだと、その姿に感心する。どうやら傲慢な雑魚キャラではないらしい。
誰よりも雑魚っぽいおっさんはそう考えると、イフリートの腕輪に手を添えて力を発動させる。
「イフリート顕現。剣の型」
炎がガイの手の中に生まれて、バスタードソードとなる。
「……なるほど、君も神器持ちだったのか。でも僕には敵わないと思うよ! シャープエッジよ力を示せ」
マシューが剣の力を発動させると、青い光にシャープエッジは覆われる。シャープエッジはどれぐらいの効果があるのかしらんと思いながら、ガイも身構えた。
「ふふっ、行くよ」
「あいよ」
やる気のなさそうな山賊へと、地を蹴り間合いを詰めてくるマシュー。横に構えて迫ってくるので、ガイも対抗すべく、腰を落として、牽制の横薙ぎを繰り出す。
軽い牽制の攻撃であるが、鋭い動きにマシューは余裕を持って剣を盾にして受け止めてきた。弾き返したあとに、攻撃を繰り出そうとするつもりであったのだが
「なに?」
受け止めた剣は恐ろしい重さを持っており、押し負けて身体を横にずらされてしまう。その隙を逃さずに身体を回転させて、ガイは反対側から再度斬りかかる。
「くっ! 剣技パリィ!」
思わず武技を使い、迫る一撃をマシューは受け止めて、上へと軌道をずらす。剣同士がぶつかり、火花を散らしていく。
「大剣技 クロスブレイド」
切り返して、十字切りを放つガイ。マシューはパリィの力にて、頭から振り落とされる剣を斜めに受け流し、横からの薙ぎ払いも同じようにしようとするが、敵のちからが上のために、受け止めた状態で吹き飛ばされ、横に身体をズラされる。
受け止めきれずに押し負けたことにより、脇腹に攻撃を受けてマシューの鎧の嫌な金属音が響く。
「ぐかっ! なんて馬鹿力だっ。剣技 残像剣」
「盾技 ビッグシールド」
マシューは剣を鎧にて防げたが、鎧を叩かれた衝撃はダメージとなり顔を苦痛に歪めて、それでも態勢を戻して武技を放つ。シャープエッジを振るたびに残像が生まれて、本物の剣がどこにあるのかわからなくなるが、シールドガントレットを相手に押し付けるようにガイは光の障壁を作り出す。
「がはっ」
光の障壁は剣を押しのけマシューの身体を吹き飛ばす。今度は耐えきれなく地面を転がっていく。
「ぐぐっ。君の神器の方が身体能力を上げる効果が高いということか」
二枚目の顔は海水で濡れる土で汚れて、鎧も汚れたマシューは悔しげに言う。後ろで戦いを見守っている兵士たちも、想像と違う光景に黙りこんでしまっていた。
「あっしの神器は圧倒的だからな。悪いが終わりだ」
勇者は現在、たたかうコマンドにてステータスは50%上がっている。つまり勇者のステータスは225である。マシューは132。剣術も上、装備も上であるのだからして。
だが、マシューは余裕ある笑みを浮かべる。なにやら切り札があるらしい。
「今までも君のような強い神器の持ち主はいたんだよ。でも、僕は常に勝利してきた。それがなぜだかわかるかい?」
「時間稼ぎの切り札でも持ってるんだろ。神器の弱点はその効果時間でやすからね」
ギクリと身体を震わすマシュー。どうやら図星だった模様。なにしろ神器はカップラーメンを作るぐらいの時間しか効果時間が持たないのだから。
「わかっていても、この技は防げまい! ミラーブリンク!」
腰に下げた袋から宝石を取り出すと、マシューは叫ぶ。エメラルドであろう宝石が光ると、マシューの横にマシューが現れた。
「分身ですかい。だがそれぐらいじゃ」
「意味がないと言うんだろ? わかっているさ。だが魔帝国ならこんなことも可能なんだよ」
じゃらりと手のひらいっぱいにエメラルドを乗せて、マシューは嘲笑して、さらに宝石の力を解き放ってきた。力を使い果たしサラサラと砂に変わる無数の宝石に合わせて、多数の分身が現れる。
「多重ブリンク! もはやどれが僕かわからないだろ? 実は僕の神器の効果時間は無限でね。神に選ばれし固有スキルがあるんだよ」
十数人に分身したマシューは哄笑をして、ガイへと告げてくる。たしかにマシューそっくりな分身だ。しかも、それぞれ独自の動きをしてくる。もちろん影もあるという高性能っぷりだ。
その様子に口元を引きつらせて、額から汗がツツッと流れるガイ。自分の不利を悟ったのだろうと、マシューは笑いながら回避に専念することにするが
「……これ、幾らかかっているんです? 死ぬ前に教えてほしいんですが」
「随分と殊勝だね。良いだろう、この宝石は一つ金貨1500枚!」
「20体近くいるから、金貨3万枚……一度の戦いで金貨3万枚ですかい……」
勝ち目がないと悟ったのか、身体をふらつかせて青褪める敵にますます得意げな表情となるマシュー。
「それだけの財力があるのが、魔帝国なんだよ。どうだい、降伏すれば神器持ちだ。悪いようにはしないと告げよう」
「いや、本体を殺すか、ブリンクを全部潰せば良いんですよね。問題ないですぜ」
「ふっ。多少の傷は僕には無意味だよ。すぐに治るし、ブリンクを倒す間に君の神器の効果時間はなくなるよ。これまでの敵がそうだったようにね」
先程の横腹のダメージも治ったのであろう。動きに淀みはなく、間合いを広げてくるマシュー。
「さいですか……。たしかに今までの敵ならそうだったんでしょうね。イフリート杖の型」
剣が杖へと変わり、マシューはそれを見て、目を見張る。
「そ、その武器は杖にもなるのかっ! ま、まさか」
「そのまさかだな。魔法操作 分裂化 ファイアストーム」
杖を振ると、炎の小竜巻が8個生まれて、マシューたちへと飛んでゆく。火の粉を撒き散らしながら迫る炎の竜巻にブリンクは躱すこともできずに巻き込まれていく。
「くそっ! 剣技 3連斬り」
次々と消えていく分身に焦りを見せて不利を悟り、マシューは一気に飛び込み間合いを詰めて武技を放つ。瞬時に3連の袈裟斬りが山賊へと襲いかかってくるが、杖を横にして全てを受け止めてみせる。
「ブリンクや空蝉の弱点は範囲攻撃。魔法範囲攻撃なら対応できるし……まだブリンクは残っているのに、近づいたら駄目ですぜっと」
腕に力を込めて、受け止めた剣を弾き返すガイ。跳ね飛ばされて身体を泳がすマシュー。杖を投げ捨てて右手を横に伸ばして呟くガイ。
「リターン、赤竜の斧」
その手に紅き色の一般人でもわかる強力な魔力光を放つ戦斧が現れる。それを見て、驚愕するマシューは叫ぶように言う。
「まだ神器を持っていたのか! それも恐ろしく強力な!」
「ま、そういうこった。あばよ、二枚目さん」
腰を落として、身体を捻り、魔力を凝縮させて、ガイは凶暴な笑みにて答える。
「月光クッキー 斧技 ランページ」
ガイは空中に現れたクッキーを、器用に口に入れると、床へと足をめり込ませて、高速で斧を振るっていく。ダンダンと床が砕かれる音が響き、マシューへと攻撃を与えていく。
マシューには、敵の複数の残像が見えただけであった。敵の動きがまったく見えなかった。高速での5連撃。赤竜の斧の攻撃力も加わり、ハオマの鎧は耐えられずに、ひしゃげて砕かれると、マシューの身体も切り裂かれるのであった。
「回復持ちでも、この攻撃は防げねぇだろ、わりぃな」
神器をも破壊したにもかかわらず、平然とした表情で斧をひとふりして、付いた血を飛ばす。
バラバラになった敵の将軍を前に、少しグロいなと肩をすくめて、残りの敵兵へと体を向ける。
「ま、マシュー将軍がっ!」
「怯むなっ! 敵の神器はもはや使えなくなっているはず」
「そうだ! 陣形を作れっ」
ガイを見て恐れ慄きながらも、兵士たちは石壁に隠れて再び戦いを挑もうとする。なるほど、かなり練度が高い兵士たちだと、ガイはため息をつく。降伏する気はさらさらなさそうだ。
「残念でやすが、一騎打ちに注目したら駄目ですぜ。性格の悪い奴が後ろに回っているかもしれないですからね」
ガイが敵兵の後ろを見ながら、肩をすくめる。それと同時に、敵兵は自分たちの後ろから飛んできた炎の弾丸に吹き飛ばされてしまう。
「ぐはっ」
「なにが」
「敵が後ろに!」
敵兵が突如として自分たちの後ろから飛来した炎の弾丸に当たり次々と倒されていく。
敵兵の後ろにある建物の影からニョっと狼たちが現れて、魔法を放ってきたのだ。
「今だっ! 突撃だっ」
敵兵の陣形が崩れて、もはや弓を使うことも、魔法を使うことも不可能となり、乱戦となったので、その機会を逃さずにダランたちが咆哮して突撃していく。
結晶鉄の装備に身を固めるダランたちは、敵騎士と接敵し切り伏せていく。将軍を倒され、魔法での攻撃を受けた敵は数がこちらよりも多いにもかかわらず、碌に抵抗もできずに倒れていくのであった。
「素材はアダマンタイト2、風魔法2のミラーブリンクを覚えられるオーブ複数だな」
「回復系素材はなくてもいいでつ。アダマンタイトだけで充分でつよ。それに新魔法でつね。覚えとこっと」
ドロップ内容を聞いて、キャッホーとご機嫌な幼女の声が聞こえてくる。敵の神器はそこまで良い物ではなかったのだろう。オリハルコンはドロップしなかったので。そういうことにした模様。
「ガイ。これご褒美の試作いちご大福でつ。砂糖いちごという新たないちごで作りまちた」
洞窟からとてちたと歩いてきた幼女が、山賊に、はい、どうぞと紙の箱を手渡してくる。
「24個入りですかい、ヒャッホー」
たくさんのいちご大福。しかも試作となれば、ほっぺが落ちてしまう程の美味さだろうと、山賊勇者は小躍りをして喜ぶのであった。安いおっさんであった、
「戦闘中だから、戻ったら改めて渡しまつね」
ヒョイと取り上げて、倉庫にしまう幼女に、多少の不安を覚えたが。