19話 作物を配る黒幕幼女
次の日である。黒幕幼女は広場に並ぶ人たちにザラザラと種を配っていた。んせんせ、と頑張って働く幼女がいた。
「いいでつか? 日光に当てずに壺はしっかりと洗って、必ず1日に2回水を入れ替えること。常に水を綺麗にしておきましょう、失敗を恐れずに。そうしたら2日でモヤシはできまつので」
熱心に説明しながら、どんどんと穀物袋に入っている種をザラザラと手渡していく勤労幼女。
ふんふんと頷きながら人々は半信半疑ながらも、種を持ち帰って行く。なにかボスが配るらしいと聞いて、皆は集まったのだ。そうしたら、小さい種を山程も貰い育てるように言われたのである。
曰く、2日で簡単に家で育つ作物らしい。栄養たっぷりの物らしいと。
どうせ仕事もなく、ぼんやりと座っているぐらいならと、育ててみようと面々はお互いに話し合いながら帰って行く。
「こんな種が簡単に育つの?」
ララが貰った種を手のひらに並べて、つんつんとつついて興味深そうに尋ねてくる。
フンスと鼻息荒くアイは腕を曲げて、ララへと得意げに答える。
「簡単にお家で作れまつ。月光特製の種ですので」
モヤシは最高なのだ。かさ増しと栄養価両方があるのだ。しかも安価。
「そうだぜ。あたしも貧乏生活の時に、モヤシにはどれだけ助けられたことか」
しみじみとマコトが実体験を思い出しながら、腕を組みウンウンと感慨深く言う。ねぇ、マコトはどんな生活をしていたの? 元は人間ぽいけど。……なんかそういえば銀髪のマコトって、聞き覚えがあるような……たしか有名なお笑いの…。
「ふ〜ん、それじゃ私も育てて見るね! 楽しみだなぁ」
ララのあげる声で、考えるのを止める。どうせしょうもない記憶っぽいし。
「そんなに楽しみにされると困りますが、シチューに入れたりすると、とてもおいちいでつ」
ニコリとヒマワリのような元気な笑顔で、アイはララを見送るのであった。
てってことララが去っていくのを見送った後に、隣に立つギュンターがこちらへと称賛をしてくる。
「さすがは姫。このような物であれば、目立たなく貴族は興味を持たないでしょう」
「そうだな。モヤシを作ろうとは盲点だったぜ。こういう場合はじゃが芋とかじゃないのか?」
「じゃが芋は育てやすく、腹持ちがいいので今は駄目でつ。どうもこの世界は地球の中世前期のように、じゃが芋、トマトなどないみたいでつし。見たことのない野菜もたくさんありまつが、モヤシなら貧相な姿ですし、ちょうど良いのでつよ」
マコトも称賛してくれるので、鼻高々でえっへんと胸をそらす幼女。称賛の言葉はどれだけあっても嬉しいのだ。俺を褒めまくりたまえ。ウハハハハ。
「だけど親分。モヤシって、そんなに早くできるんですかい?」
種を配るダツを見ながら、ガイが尋ねてくるがそんなことはない。
「普通なら1週間はかかりまつ。普通なら」
「女神様のご加護ですな?」
確認してくるギュンターにコクリと頷きで返すと
「説明しよう! 女神イチ式の種は別名牧場イチ式。連作障害、害虫、病気無効で、どっかのゲームみたいな育生期間で収穫できる! なので、たった2日でモヤシなら収穫できるわけなんだぜ!」
説明するぜと、マコトが翅をパタパタと羽ばたかせて、皆へと教える。説明大好きっ娘なマコトだった。
「しかも、あたちの作物の手なら育生促進がかかるので、3倍程度の成長を見せて、モヤシならこんなもんです」
ちっこいおててに種を握りしめ、精神を集中させると手が淡く輝き、隙間からニョロニョロとモヤシが伸びてくる。ちょっと気持ち悪い。
でも、かっこをつけたかったので、幼女的に仕方ないのだ。おっさんの手からなら汚そうなので食べるのはちょっとと言われそうだが、幼女の綺麗なぷにぷにおててから出てきたから、紳士は高値で買うだろう。
「さすがは姫。偉大なるお力、このギュンター感服しきりです」
ギュンターが頭を下げてまたもや褒めてくれるので、幼女は調子にのっちゃう。
「こんなこともできまつよ」
念の為にスラム街の誰からも注目されていないことを確認してと、まずは大豆を生み出してツボへと入れます。ほら、ガイさっさと持ってきて。ちゃんと洗ったやつでつよ。
段取りが悪い幼女であった。なので、下っ端が走る羽目になったが、皆は特に気にしない。可哀想なガイである。
ヘイ、持ってきましたと、ガイが壺を持ってきたので大豆をザラザラと入れる。
「作物の手。加工」
作物の手のもう1つの能力。加工を発動させると、大豆が淡く光ったと思うと、溶けて黒い液体へと変わっていった。ちょっと不気味です。
「この匂いはまさか? ヘブッ!」
ツボからプーンと匂うそれにガイが指を突っ込み、舐めようとするがギュンターにパンチされて吹き飛ぶ。ゴロゴロと転がるガイへと叱責をするお爺さん騎士。
「馬鹿者が! 貴様の汚い手をいれたら、姫のお作りになった物が食べられなくなるだろう! なにか持ってこい!」
「いてて。たしかに言わんとすることはわかりやすが、こういうシーンでは、あっしは正しい動きじゃなかったですかい?」
頬を擦りながら、ガイが抗弁するがたしかにそうだろう。指を突っ込み、黒い液体を舐めて、こ、これは! とガイが驚くまでがテンプレであるとは思う。
あるとは思うが、毛むくじゃらの汚い指を突っ込まれたら、汚いので、ギュンター爺さんの勝ち〜。
しょうがねえなぁとガイは苦笑混じりにお玉を持ってきて、今度は器も持ってくるという周到ぶりを見せて、黒い液体を器に少し入れて飲む。たぶんお玉で飲もうとすると、ギュンターのパンチがまた飛んでくると危惧したのだ。保身する時には頭の回転が早い下っ端ガイであった。
「こりゃ、醤油じゃないですかい。なぜ醤油が?」
かなりグダグダになっちゃったけど、それでもワトソン役を演じるガイは驚きの表情を浮かべる。
「たしかに大豆だけでは醤油はできないでつ。でもでつね」
「またまた説明するぜ! 加工はメインが女神イチ式の作物なら、他の素材は無くても加工できちゃうんだぜ! ただし、小麦だけを使ってブドウパンを作るとかは無理だ。言わんとするニュアンスはわかるよな?」
マコトがアイのセリフに被せて、説明をする。説明役がアイデンティティな妖精だった。
「味噌は作れても、ネギ味噌は作れないといった感じでつね。そこまで複雑な加工はできないんでつ」
物凄いわかりづらい説明をしながら、醤油を見せて伝えると、ガイが突然ガバリと土下座をして
「親分! 俺は一生ついていきますぜ! ちなみにケチャップやソースも作れます?」
うへへと、まさしく小物な態度で、俺にお伺いをしてくるのであった。さすがはガイ。その調子の良さは世界の小物王と言えるだろう。
「ケチャップは大丈夫だな。ソースはメインがないから駄目だぜ。なん種類か野菜とかを集めないとな」
マコトが制約を伝えてくるが、なんとなくニュアンスはわかるので問題はない。
「ソースの作り方は覚えていまつ。作れはするでつね」
「うっひょー! さすがは親分、やったぜ、これで貧相な食事からおさらばですな、あっしはトンカツが食いたいです」
ヒャッハーと、獲物を囲んで喜ぶヤラレ役のように、両手をあげて万歳と飛び上がるガイ。勿体無いので、保存食は1日1食にして、あとはまずい現地の食べ物ですませていたのだ。喜ぶのはわかっちゃう。
その情けない姿を苦笑混じりに見ながら俺は考える。様々な制約があるが、作り方は覚えているので問題はない。結構ソースの作り方は地球では金になったのだ。頭には様々な料理法がある。元ウォーカーの団長は腕っぷしだけで隊商を作ったわけじやない。
「それならば、肉を確保せんとな。狩りに行くぞ!」
「ええっ! 爺さん、今日はやめて、いてててて、わかった、わかったから」
そして小物な山賊はあまりの情けなさを見た騎士の怒りを買い、耳を引っ張られていきましたとさ、ちゃんちゃん。
2日後……。
人々はいつものように炊き出しの前に座っていたが、今日は少しざわめきが多かった。
「凄い! 凄いよ、アイちゃん! このモヤシっていうの。シャキシャキしてて、歯ごたえが良いし、なによりたくさん食べられるし!」
凄い凄いと、ララは満面の笑顔を見せながらシチューを頬張っていた。周囲の人間も同じように喜びを見せている。なにしろ、皆は常にお腹が減ってるのだ。
最近の炊き出しで飢えることはなくなったが、それでも野菜と肉が少ししか入っていないスープなので、お腹いっぱいとはいかなかった様子。
モヤシを半信半疑で育てたら、壺いっぱいに育ち、少し不気味だなと思いながら、恐る恐る食べたら美味しかったので、喜びもひとしおであった。
俺もモヤシは好きである。その食感と様々な料理に入れられる多様さ、そして栄養価が高く、なにより安かったので。
正直言うと、パンでも作ればよいが、それは目立つ。黒パンならばと思ったのだが、実際に作ってみると、街で売られている黒パンなどより断然美味しかったので諦めた。
パンは許可制ではないらしいが……。主食にされているので、貴族に目をつけられる可能性が高い。
「貴族、貴族でつか……。未だ跳ね除けられる力はないでつかね?」
貴族の目をどれぐらいの期間すり抜けることができるだろうか。目をつけられるのは時間の問題だと思うのだ。
「ふむ……どうも騎士たちのちからは平民と違う模様。どこかで、この地の騎士団の力を見る必要性があるかと」
顎に手をあててギュンターが答える。その慎重な様子に嬉しく思う。ここで、儂がいれば万難を排しますので、ご安心をと言われたらがっかりしていたところだ。ギュンターは紛れもなく将としての器を持っていそう。
「親分、あっしがいれば大丈夫でさぁ、任してくだせえ」
ドンと力強く胸を叩いて、自信ありげにガイが答える。うん、わかってた。ガイは紛れもなく小物の器であることを。
とはいえ、だ。まずは足元を固める。まだまだ時間はあるはずなので。
人々がシチューを食べている姿に、早く健康になってねと願う。少しは血色が良くなってきたかな?
考えることはたくさんある。この人々への仕事を与えることとか、兵士を増やすこと、支配地域を広げること。
「まぁ、1つずつでつね。ゆっくりとはできないんでつが、焦る必要もありましぇん」
舌足らずの口で呟き、フッとニヒルに笑おうとして、可愛くニパッと微笑んでしまう。幼女なので仕方ない。
「そういや、例の件はどうするんだ? 放置するのか?」
マコトが思い出したように尋ねてくるので、あの件かと考える。鍛冶スキルをくれたドワーフ、名前は忘れたが、あいつがなぜ襲いかかってきたのかわかったのだ。
ドワーフの部下が教えてくれた。計画性のない襲撃でもあったので、簡単に跳ね除けられたが、本人としては脅しも含めていたに違いない。なのでたぶん欺瞞情報ではない。
なぜ槍や剣のような高い武器を相手が結構な数持っていたのか不思議だったんだよね。いくら鍛冶スキルがあっても、元の素材がなければ意味がない。
金貨数枚程度の中古の質の悪い武器などを提供した者がいるのだ。
「あれは幸運なことでちた。お礼をしなければならないでつ」
むふふと、黒幕幼女は微笑んで、マーサたちを呼ぶように指示を出すのであった。