189話 海でもイベントをする黒幕幼女
モンド子爵の屋敷。港を見渡すことのできる丘の上の屋敷の応接間にて勇者は歓待を受けていた。
親分たちが遊びに行っちゃったので、山賊勇者だけが歓待を受けていた。極めて珍しい状況である。なので、極めて居心地が悪い。扱いが悪い方が安心できる心底小物なガイだった。
「どうぞ、ガイ様。うちの都市でしかこれだけの海産物は獲れないと誇りに思っております」
モンド子爵が言うとおり、現在子爵屋敷の食堂にておっさんは歓待を受けており、なるほど、たしかに美味そうな海鮮が皿に盛られていた。シルとマーサが隣の椅子に座ってアピールしている。なんのアピールかはわからないが。それと、マーサは汗をかいているので、緊張している模様。メイドが隣に座れば変だもんな。とりあえず頭を撫でておこう。
小悪党がメイドの頭を撫でるという事案っぽい光景であったが、それで頬を赤らめるマーサに安心してテーブルに目を向けるガイ。
魚を塩で焼いたもの、貝を塩で焼いたもの、海老を塩で焼いたもの。焼いたものばかりである。新鮮ならば刺身で食いたいなぁと思ったが我慢する。この世界の仕様にて小さい寄生虫はステータスが弱いから魚に潜り込んではいないだろうし、毒もないなら、久しぶりの新鮮な刺身を楽しめると思うのだ。
醤油をたらりと垂らして、一口で食べて日本酒をきゅっと。最高だよなぁと、想像しているおっさん。であるが、次の言葉にうんざりとした。
「ですので、高名な魔法戦士であるガイ様に、是非とも敵の元凶を見つけて頂き退治をして頂けたらと思う所存です。もちろんお礼はさせて頂きます」
「はぁ……。ちょくちょく現れる小舟の幽霊船ねぇ」
侯爵扱いとは何だったのだろうか。どうやら、強い者たちと聞いていて、魔物退治をお願いしようと考えていた模様。もっとキチンとした貴族らしい格好だったら、お願いされなかったのだろうか。
「そのとおりです。沖合の海中からいつも小舟が飛び出してきて、港に停泊するとスケルトンが降りてきて、人々に襲いかかって来るのです。スケルトンが全て倒されると小舟は逃げて消えていくのですが」
モンド子爵は困り顔で現状を言ってくる。嘘をついている様子はなく、本当に困っているとわかる。ちゃっかりしてはいるが、悪人ではないのだろう。
「う〜ん、小舟は5隻程なんですよね? 小舟を破壊したらどうですかい?」
「それが小舟は硬くて、いや、魔法でしかダメージを受けないようでして。こちらが魔法を何発か放つと逃げてしまうのです。その場合はスケルトンがいても逃げますね」
ほう、とガイは髭を擦りながら面倒な相手だと考え込む。自分が不利になると逃げることのできる幽霊船……。知性があることになるが……少し変じゃないか?
なぜスケルトンを置いていくのか、倒されると逃げていく……規則性のある動きだ。ゲームの幽霊船がポップしたのかと思うが、これは現実だ。と、すると、だ。
「素人の考えですが、魔法使いが同時に魔法を放てばよろしいのではないでしょうか」
シルが私の頭も撫でてくださいと、ガイに非難の目を向けるので小物の心を持つおっさんは震え上がり頭を撫でておく。その行為に満足して、シルはモンド子爵へと疑問を口にするが、かぶりを振る姿に駄目だったと理解する。素人でも思い浮かぶのだ。当然試していた。
「ファイアーボールを同時に3発撃ち込んだのですが、倒しきれませんでした。随分硬い魔物でして」
「でしょうねぇ。あっしの知る限り幽霊船はかなりタフな魔物です。小舟でもそうなんでしょうね」
おっさんの知る限りはもちろんゲームの中の知識である。だが、そんなこととはわからないモンド子爵たちは感心したようにガイを見る。幽霊船など、極々稀にしか見ない魔物だ。それこそ、前回は30年ぐらい前の出現記録があるぐらい。
しかし、ガイは何でもないように幽霊船のことを語った。その口ぶりからは倒したことがありそうな様子も垣間見える。
さすがは魔法爵と、モンドは頼もしく思う。陛下からの手紙には魔法に造詣が深く、魔物をよく知る知恵者な小悪党と書いてあったのだ。なるほど、そのとおりだと感心してしまう。
「きな臭い感じがしますが、わかりやした。次に出てきたらあっしが片付け」
やしょうと、ガイがこのクエストを受けようとしたら、扉が開かれて男性が慌てて入ってきた。礼儀のないその様子に何事かと怒る前に、それだけ緊急の報告かと訝しげになるモンド子爵ではあるが、男性の報告に驚く。
「ゆ、幽霊船が現れました! いつもと同じく小舟5隻ですが……。次々に倒されています!」
「はぁ? あの幽霊船を?」
今まで倒せなかった幽霊船をどうやって倒したのかとモンド子爵は驚くが、ガイは頬をぽりぽりとかく。
「あ〜……あっしの親分ですね」
きっとスノーは親分が目立たないようにあっしのことを魔法爵にしたのだろうが、その好意を無にしているなぁと、苦笑いをしながら、とりあえず現場に行くかと席を立ち上がるのであった。
桟橋は驚くべき光景となっていた。いつものとおり、荒くれ者たちはスケルトンを退治していったのだが、小舟には手を出していなかった。倒せないとわかっていたからだ。
だが今日はいつもと違った。小舟が次々に沈んでいくのだ。
「きしゃー! 幽霊船はドロップが気になりまつ! きっと浮遊系でつよね?」
小舟に乗り込み、セイントリングの姿を聖なる短剣に変えて、ガンガン叩き込んでいた。夢中になって叩いていた。鬼気迫る幼女がここにいた。
「これはゴーストシップの分体。ゴーストボートだぜ。ステータスは平均15、ヒットポイントが300もあるな。特性低空飛行、霊なので、魔法、魔法武器しか効かない。聖なる攻撃に致命的に弱いな」
「やっぱり! うおー、一隻も逃さないでつ。エンチャントホーリー! ランカ、リン。この小舟をたおすのでつ!」
いつもとは違うその様子に、顔を見合わせて、仕方ないなぁとクスリと笑い二人のケモ娘たちも小舟へと攻撃する。なぜか反撃することもなく、逃げることなく、動かないで沈んでいく小舟。そうして浄化されて消滅していく。ゴーストなので、物質の素材として残らないのであるからして。
アイはそのことを予想済みであった。ドロップにしか希望がないことを。なので、絶対逃さない幼女になって、ガシガシと攻撃をしていた。
「これが手に入れば飛空船が作れるかもしれましぇん。うおー」
夢中になって攻撃をする。こんなにもモンスターに執着したのは、ゲームでメタルでキングなスライムを倒したとき以来だ。
「適刀流 マグネット碁盤斬り」
ふわりと小舟に乗り移り、軽やかに舞うように身体を翻しつつ、リンは力強い剣撃を振り下ろす。トントンと小舟を乗り移りながらダメージを与えていき
「ファイアバルカン」
未だに沈まない小舟をランカが無数の炎弾の嵐で駆逐する。あっという間に、アイが乗っている小舟以外は殲滅されて、聖なる短剣の力で幼女も小舟を倒し切るのであった。
「無心でつ。夢心でつ。ドロップせよ〜。きっとドロップ〜。幼女は良い子〜、お願いしまつ〜」
コロンと桟橋に寝そべって、駄々っ子みたいに手足を振りながら新しい詠唱を開始しちゃう幼女である。
「はいっ、どうぞっ!」
ドロップするよね。してと言ってよ、バーニィ、じゃなくて、マコト。うるうるオメメで慈悲深い妖精へとおててを合わせて祈る。祈る者はドロップがよくなる。あーいてむ。
「あっ、今、社長のことを覗き見ようと」
「どーでもよいでつ! はいっ、どーぞ」
マコトがなにかに気づいたみたいだけど、スルー。俺も覗き見しようとした奴がいたと感知したけど、それどころではないのだ。
「素材はだな………。え〜、なんと言ってよいか……」
気まずそうに言い淀む妖精。きっと慈悲深いから5隻全部ドロップだよね?
「ない」
邪悪なる妖精が薄ら笑いをしながら告げてくるので、浄化しなくちゃと幼女は短剣をチャキリと構える。
「聞き間違いでつよね? はい、どーぞ」
「奇跡的な確率でないな。これは分体であることもドロップ率を押し下げる一因となっており」
「おのれっ、マコトにとりつきまちたね、邪悪なる霊めっ。あたちは騙されましぇん。せーばいっ」
きしゃー、とマコトに飛びかかる。ドロップがないなんて、なにかの間違いだろ。そうに違いない。今助けるぜ、マコト。
「ギャー! やめろって。無いものはないんだぜ! やめろってば」
ぶんぶんと短剣を振り回しながら、逃げる妖精を追う涙目の幼女がここにいた。きっとマコトではなく、邪悪なる霊があたちをからかっているに違いない。
荒くれ者たちがスケルトンを倒し終わり、何事かとぽかんとアホなやり取りを眺めて、ケモ娘たちは腹を抱えて笑っていた。
カオスすぎるその様子に、しばらくしてからガイが合流するのであった。
「ほら、よしよーし。ココア飴舐める? アイたん」
くしくしと目を擦り涙を拭う幼女へと飴をランカが勧めていた。ようやく幼女は現実を認識したのである。
「分体ということは本体がいるんでつよね? 無限わきって、できまつ?」
立ち直り方がいかにもアイらしかったが。
「千里眼の魔法道具で見ようとしていた奴がいるんだぜ」
やれやれと落ち着いたアイを見て安心しながら話題を変えようとするマコト。さっきのはびびったぜと冷や汗をかいていたりした。
「わかってまつよ。それだけで今回のクエストは読めまちた。スケルトンに慌てない街の人々。恐らくは襲撃に慣れている。しかも小舟には手を出さないことから倒せないとわかっている。定期的に攻めてくると見てよいでしょー。そして覗き見ようとした怪しい奴らに、ここは魔帝国との交易港湾都市」
「なるほど。それだけ情報を並べると色々見えてくるね。最近、この港湾都市は陽光帝国の傘下にもなったしね〜」
「ん、確実にこれは人為的。魔帝国のネクロマンサーが操っていると思う」
ランカもリンもなるほどねと、アイの推察に感心しちゃう。俺にとっては簡単な推理なのだよワトソン君。
「覗き見ようとした奴らの魔法道具は爆発させておきまちた。どこから覗き見しようとしていたかもわかってまつ」
「数人で千里眼の魔法道具を操作していたけど、平均30程度の魔法使いばかりだったぜ。きっと今頃は酷いことになってるだろうな」
覗き見しようとしていた者たちの場所まで、幼女の特性はわかる。事案なので逮捕をしにいかねばなるまい。どういうシチュエーションかもマコトの言葉で想像できちゃうぜ。
「それに、母艦があるはずでつよね? どうやってかはわかりましぇんが、幽霊船を操ることができるとはなかなかやりまつ。分体をどしどし生み出してくれれば、しばらくここで湧き待ちするのでつが」
「監視していた奴らが妨害されて、分体が破壊されたら手を引く可能性もないか?」
「実験的な攻撃だと思うので、マコトの言うとおり、その危険はありまつね……。やっぱり倒しに行かないと駄目でつか」
母艦は何隻あるのかなぁ。1隻だと不安だから、1000隻ぐらいいないかな。聖魔法を覚えた俺と幽霊船は相性が良いはずだし。
「まぁ、バカンスに来たのでつから、サクッと倒しまつ。新しいドロップの踊りを考えなきゃ」
「余裕だな。今の戦力ならそうなるのか?」
嫌なフラグを建てたかもと思いながら、遅れて港に駆けつけてきたガイをニコニコと迎える黒幕幼女であった。




