188話 港湾都市を遊ぶ黒幕幼女
ふりふりとちっこいおててを振りながら、ふんふんと鼻歌を歌いアイはイーノを練り歩いていた。肩にはマコト、後ろにはララ、ポーラ、モルガナ、マユ、ランカ、リンとカルガモのように続く。
港湾都市はワイワイと活気があり、そこかしこで魚の生臭い香りが鼻をつく。潮の香りが風と共に流れてきて、アイたち地球人ズ以外はコテンと首を傾げて不思議そうに、鼻をふんふんと動かす。
「この匂いはなぁに、アイちゃん」
空気に交じる潮の香りは嗅いだことがないのだろう。ララたちが尋ねてくるので、クスリとアイはテンプレだねと微笑む。
「これは海の匂いでつ。塩が混ざっているのが海水なのでつよ。だからこんな匂いになるのでつ」
ムフンと胸を張って幼女は得意げに説明しちゃう。知識を披露するのを幼女は大好きなのだ。よく幼女が、あたちこれ知ってる〜と話す感じ。きっと中の人は消えたのだろう。知識からおっさんという単語は無くなったに違いない。どう見てもアイは幼女となっていたので。
「アイおねーちゃん。おみじゅに塩をたくさんいれりゅと、こんな匂いになりゅの?」
「えっ?」
ポーラの純粋な心からくる質問に驚いちゃう。得意げに話したけど、たしかに塩をたっぷり入れると、こんな匂いになるんかな……?
「そう言われてたから、そうだと信じてきまちたが……たしかに言われるとそのとおりでつね。お鍋に水を入れてお塩を大量に入れてもこんな匂いはしませんでつし」
「えへへ。お塩って、こんな匂いか不思議に思ったの!」
良いところに気づきましたと、ポーラの頭をナデナデして感心しちゃう。本当に塩の匂いなのかなぁ? コテンと二人で首を傾げて不思議そうにしちゃう幼女たちである。
「海の匂いということで良いじゃねえか。それよりも、屋台でなんか売ってるぞ!」
細かいことを気にしないモルガナの言葉に、それもそうだねと頷く。ちょっとした屋台が見えるので、トテチタと皆で移動をする。
屋台にはお魚がじぅじぅと焚き火の上で焼かれていて、焼かれた魚を冷めないように遠火で置いていた。
形の良い魚で、美味しそうに焼けていて、久しぶりの海鮮にテンション上がりまくりの幼女である。
即ち、中のおっさんはそのテンションにより封印された。さらばおっさん、永遠に封印されていれば、世界は平和になるだろう。
「お魚8尾くだしゃいな」
ふくよかなおばさんが店番をしているので、アイは無邪気な笑みでおててを挙げる。幼女の笑顔に顔を緩めておばさんは元気な声で答える。
「あいよ! タイタン通貨なら銅貨24枚、魔帝国なら銅貨32枚だよっ」
「ん? 通貨価値が違う……なるほど、交易都市だからでつか」
おばさんの言葉に、そういやハードな異世界だから通貨価値が違うかと頷く。ランカ、お財布よろちく。
「ほいほい。銅貨24枚ね〜」
幼女がお金を持つと色々危ないので、ランカとリンに預けてあるのだ。少しは持っているけどね。ちなみに危ないのは幼女ではない。たぶん相手になるだろう。幼女は危ないのを歓迎するので、皆に財布を持つのを禁じられました。
「それにしても魔帝国とタイタン王国、大分価値が違いまつね」
だいたいタイタン王国の方が通貨価値が1.3倍の価値があるとは。通貨の価値は国の力に繋がるのに、魔法が多く使われている魔帝国の方が通貨価値は低いのか。なんでだろう? 魔帝国の方が豊かそうな感じがするけれど。
「難しいことは考えない。今日はバカンスでしょ。アイちゃん」
すぐに考え込む幼女へとララが苦笑いをしながら言うので、それもそうかとおばさんからお魚を貰う。
「お、結構美味しいぜこれ」
「妖精かい! 初めて見たよ!」
姿を現して焼き魚を受け取るマコトへおばさんが驚くが、いつものことなので気にしない。というか、マコトの身体より大きい焼き魚なのに、平気な顔で持つので凄い……な?
なんかマコトの持つ焼き魚浮いてね?
「食べるのに困るから、念動力の手っていうスキルを覚えたんだぜ。1キロまでの物を持てるスキルだな」
「へーっ。そんな余裕あったんでつか」
「あぁ、12回払いにしてもらったんだ。1年間に換算すると缶コーヒー3本分という安さでお得だったんだぜ。それが1年分の値段だった。毎日使うだろうから、買わなきゃって思ってな」
「女神様にマコトはローンを組めないようにお願いしときまつ……」
平然と答えるマコトに半眼になるアイ。こいつにローン払いをさせたら駄目だ。確実に自己破産する奴だし。それに値段が高いから。たぶんマコトは毎日使わないから。必要性があまり感じられないぞ。だいたい1日缶コーヒー何本とか換算する商品は高いから。
「これお塩じゃないよ、おしょーゆに似てる味」
ほふほふと頬張りながらポーラが言うので、俺も食べてみるが、たしかに味がついている。
「魚醤でつね。魚で作るしょーゆみたいなのでつ」
プーンと匂いがして新鮮な味だ。あまり魚醤って食べたことなかったし。
「ん、美味しい」
「そうだね〜」
リンとランカがのんびりと焼き魚を頬張りながら感想を言うが
「………」
「………」
ララとモルガナが無言である。ちょっと苦手そうだ。
「しょーゆも独特の匂いがありゅけど、熱したり煮込んだりすると、美味しそうな匂いになりゅ。でも魚醤はそれよりも匂いが厳しいね。この臭みは万人受けする味じゃないので、使い方に注意しないといけないね」
「……ポーラは食べ物のこととなると、大人顔負けになりまつね……」
キリリと真面目な表情で焼き魚の感想を口にするポーラに、少しだけ引いちゃうアイである。将来、鉄鍋のポーラとかにならないでね。心の料理もいらんから。
「食べないのですか。そうですか。それなら仕方ないので私が食べます。案山子のように立って、顔をしかめて食べるのを迷うぐらいなら、私が食べますのでください」
「あぁ、はいどうぞ」
「私もこの匂い駄目だ、わりぃな、マユ」
ララとモルガナの焼き魚を貰い、むっしゃむっしゃと食べるマユ。どうやら食いしん坊はマユで決定だな。
「あっはっはっ。魚醤は好き嫌いが分かれるんだよ。食べ慣れれば美味しく思うんだけどね。こっちが塩焼きだよ」
「それじゃ、ララとモルガナにはそれを」
「アイ様、マユにもください。まだまだ食べれますので」
最初に魚醤の焼き魚を売るとは計画的だなと、ちゃっかりしているおばさんに苦笑いを浮かべて、早くも食べ終えたマユの分も貰う。
「あそこになにかあるよ!」
「貝でつね。あそこにあるのは海老っ! さすがは港湾都市。海産物が山とありまつ!」
今度は魚醤抜きでいくかと、ひょいと醤油を取り出す。瓢箪に入れてあり、全て地球産だから食糧倉庫に入るのだ。ミルクの木から作ったバターも一緒に取り出す。
ハマグリみたいなのを焼いているので、人数分を買う。
醤油をひとたらし、バターをポイッ。醤油の香ばしい匂いが周囲へと広がり、周囲の人々がなんだろうと足を止める。ふふふ、醤油の匂いは凄いでしょ。
「むぐむぐ。やっぱり海鮮は醤油でつね」
「今日の宿屋は馬車?」
「馬車の方が快適でつからね。シャワーだけなのが不満でつが、仕方ないでしょー。普通の宿屋にはシャワーもありませんでつし」
皆でパクパクと食べながら話す。今日はこのまま休んで、明日から海水浴かな。水着も作ったので準備は万全だ。
醤油っていうのか、少し売ってくれないかと、店主のおっさんがランカに話しかけているのを横目にニコニコとしながらバカンスの予定を考えるアイ。
通り沿いの塀に腰掛けて、足をパタパタと振りながら、ご機嫌な表情で食べる幼女たち。
平和な光景がそこにはあった。どこかの小悪党がいないので、モザイク編集する必要もない。のんびりとした空気であるが、もちろん幼女補正は働いた。世界は幼女に平和を望まないのだ。
「幽霊船が出たぞ〜っ!」
バタバタと港の方からやってきた男が叫びながら通り過ぎていく。その叫びに人々はまたかと、疲れたように嘆息する。そうして、特に逃げることもしない。
「幽霊船! 凄い良い響きでつ!」
「チャララーン、幽霊船ミッションが発生したぜ」
食べ物を食べているよりも良い笑顔でアイはぴょこんと塀から飛び降りる。幽霊船ミッションですよ、オーソドックスなミッションだよね。
「幽霊船ミッションって、紙のゲームだと高難度だよな〜」
「たしかに。ダツたち、皆の護衛よろちくっ! ちょっと見学に行ってきまーつ」
ダッシュで港に走り出す。ちっこい手足を振りながら、幼女らしからぬ速さで、人々の合間を縫うように、ちょろちょろと子猫のように駆けてゆく。
「いってらっしゃーい。気をつけてね〜」
ララたちがその姿に慣れたものだと手を振って見送る。こんな面白そうなイベントをアイが見逃すはずはないと理解していたりする。
トテチタと走りながら、アイは周囲の様子を見ながら、小首を傾げる。なんで皆は慌てて逃げたりしていないのだろう。幽霊船のモンスターレベルは紙のゲームだとかなり高かったんだけど。浮遊しているから、メイルシュトロームも効かないし、恐ろしい敵だと思うのだが。
「なんか変じゃないでつか? 落ち着きすぎでつ」
「そうだな。あたしも疑問に思うけど、見ればわかるだろ。そろそろ視界に入るんじゃないか?」
港からの侵略があった場合のためだろう。意外と入り組んでいる路地を走りながらアイとマコトは話すが、喧騒が耳に入ってきたので、さらに足を早めていく。
次の路地を曲がったら、港が目に入り、状況が理解できた。
石の桟橋の上では、大勢の見るからに漁師っぽい荒くれ者たちが戦っていた。相手はスケルトンである。
素手で荒くれ者たちへ殴りかかっているが、弱そうだ。棍棒を持った荒くれ者たちが次々と砕いていく。
「小石アタック!」
セイントリングを小石に変えて、ピッチャーアイは一体のスケルトンへと投げつける。豪速球はスケルトンの頭を砕き、聖なる力で浄化される。
「スケルトンだな。いつものステータスなんだぜ」
「たしかステータスは5、鍛えている荒くれ者なら倒せるレベルでつか。聖なる力か魔法、魔法武器でないと倒すのは大変そうでつが」
粉々になるまで荒くれ者たちはスケルトンたちを砕いていた。重労働なのは間違いなく、疲れた表情をしている。なので、突如として純白の光に包まれて消えた様子を見て驚いてもいた。
「お爺さんを南部戦線に送ったのは失敗でちたね。海に幽霊船なんてテンプレでちたのに」
「あの程度なら社長なら楽勝だろ?」
チョッチョッと小鳥が囀るような可愛らしい舌打ちをする幼女へと妖精が尋ねてくるが、そういう問題ではないのだ。スケルトンを倒すのは面倒なのであるからして。雑魚だし、ドロップもないし、ドロップがそもそもないし。
「最後のドロップがないのは社長のせいだぜ」
「あ〜、あ〜、聞こえなーい。それにしても幽霊船ってあれでつか?」
10隻程のボロいいかにも沈みそうな小舟が港に停泊していた。なんか朧気な感じなので幽霊船なのだろうが。
「そうだな。あれじゃしょぼいよな。幽霊船っぽいけど」
「これじゃ、皆はウザイと思うだけでつね。絶対に母艦があると思うのでつが。そこらへんの漁師を捕まえて聞いてみましょー」
幽霊船にはお宝があるよねと、期待しながらその手に聖なる力を溜め込みつつ、黒幕幼女はスケルトンを退治しに桟橋へと進むのであった。