187話 海だとはしゃぐ黒幕幼女
南部地域、海岸線に存在する港。交易港としては小さすぎるが、漁村にしては大きめな都市がある。
イーノと呼ばれる2万人程度の人口を持つ都市だ。魔物を寄せ付けぬイーノ神が作りし都市ということになっている。実際はたびたび魔物に襲われてはいるが、この周辺の魔物は平民でも勝てる程度であり、荒くれ者の漁師たちは魚捕りと魔物狩りを同じ感覚でやっていた。
ついこの間、陽光帝国に帰属した都市でもある。都市連合でも数都市しかない港を持つ都市。貴重なる他国との交易の窓口となる港でもあった。
地面を擦る音をたてて、馬車がイーノへと近づいてくる。イーノの門番たちは見通しの良い開けた街道に複数の馬車がやってくるのを見て戸惑っていた。
馬車など見飽きている門番たちであるが、今回は様子が違った。なぜならば狼が馬車を牽いている。それだけならば陽光帝国で使われ始めている馬車だと思うだけだが、その馬車は異様であった。
異様であり威容であった。全てが銀のような輝きの金属で作られており、分厚い装甲を備えている。車輪は黒く柔軟性がありそうで、なにより分厚い装甲なれば、車輪は地に埋まるほどに重さを伝えるはずなのに、轍がほとんど作られていない。
軽いのだ。しかも通常の馬車よりも遥かに軽い。そのようなありえぬ馬車が指し示すのは神器であるか、魔法の馬車でしかありえない。しかもその馬車は10台近くあり、100騎以上の騎士たちが周囲を護衛している物々しさを見せていた。
「領主様へ伝令に行けっ。恐らくは陽光帝国の重鎮がいらしたと」
先触れはなく、来るとの連絡もないが、間違いなく陽光帝国の重鎮であろうと、門番は同僚へと焦りながら指示を出すのであった。
イーノは普通の都市だなぁと、窓から幼女は足をパタパタさせながら眺めていた。今日はアイだけではないので、幼女たちであったりした。
幼女がもう一人いるのだ。可愛らしい幼女でアイの妹分であるポーラである。
ポーラも一緒に椅子に座って外を眺めているのだ。顔を見合わせて、ニコニコと笑顔で語り合うその可愛らしい姿に人々はノックダウンしちゃう。少なくともランカとリンは倒れていた。もうあの二人のことは諦めたよ。
「アイおねーちゃん、この先に海がありゅの?」
「聖なる湖よりも広いって、本当かよ? 嘘くさいんだよなぁ」
ポーラがコテンと首を傾げて、後ろからモルガナが疑いをこめて尋ねてくる。うんうん、これこそテンプレだよねとアイは頷きながら言う。
「海に行けばわかりまつよ。ふふふ、楽しみでつ」
モルガナは少し前にスカウトしたのだ。目指せ鰹節であるからして。海は魔物がたくさんいて、沖での釣りはなかなか難しいとは聞くし、鰹がいるとは限らないのだが、アイは自らの天命を信じていた。
「きっと鰹はいまつ! だって、謎の少女が鰹節の作り方を教えてくれまちたし」
拳を握りしめて断言しちゃう。ゲームでも作り方があるのに、素材がないなんてのはないしねと、確信の仕方がずるい幼女であった。
「かつおっぶし〜、かつおぶし〜、たくさん使うよ、かつおっぶし〜」
「かつおっぶし〜、かつおぶし〜、たくさんつかうりょ、かつおっぶし〜」
アイがクネクネとかつおぶしダンスを踊り、まだ見ぬ鰹節の期待を馳せる。ポーラも新しい踊りだと、アイおね〜ちゃんと一緒に踊らなきゃと、小柄な身体をクネクネさせて一緒に踊って、馬車の中はほんわか癒やされ空間へと変貌しちゃう。
空に浮く妖精が盆踊りを踊っていたが、そろそろマコトの踊りはモザイクを入れてもよいだろう。だんだんおどろおどろしくなってきた感じもするし。元女優さんの踊りのセンスはますます落ちていたりする。なんだか邪神を呼び出しそうな感じ。
「うぅ……。女神様……カメラドローンの数が足りないよ〜。余すことなくアイたんの可愛らしいところを撮るには、あと1000台は欲しい〜」
「リンは倒れた。ダンスしながら助け起こして、だんちょー」
ランカとリンが素晴らしく変態なところを見せるので、アイはポーラのオメメを手で塞ぐ。幼女の教育に悪すぎだろ。
「皆で旅行って、楽しいね。なんだか物凄い速さで移動したけど」
黒幕幼女の眷族強化にてパワーアップしたウォードウルフと極限まで軽さを追求した装甲馬車により、僅か2日でここまで来たのである。速いなぁとは思ったが、もう月光のやることだしと、驚くことなく、ララは皆が騒がしい中でノルベエに燻製肉をあげようと、笑顔で馬車を降りるのであった。
馬車内が騒がしいのを、微笑ましくララは見ながら、外に出る。自分は年長さんだからしっかりと大人なところを見せないとねと、むふふと口元をにやけさせながら。
「のふべえ、おつかめさは」
モグモグと口いっぱいにビーフジャーキーを入れながら、馬車が停止して、フワァと寛ぐウォードウルフのノルベエへと近寄る。
ノルベエへと袋から取り出したアイちゃん特製のビーフジャーキーをあげようとする。普通の犬はビーフジャーキーは厳禁だけど、ウォードウルフは普通ではないので、塩辛いのも玉ねぎもチョコレートも大丈夫。
モグモグとノルベエが美味しそうに目を細めながら食べるのを、頭をナデナデしながら、ララは他の狼へもあげていく。
「ララお姉さん。私も燻製肉食べたいのです。狼さんにあげるたびに自分も食べているお姉さん」
年上のはずだが、自分をお姉さんと慕うマユが隣の馬車から降りてきて、手を差し出してくる。
「私はお姉さんだからね! はい、燻製に……あれ、もう無いや。それじゃ冷蔵保存箱からエクレア持ってこよ。稲妻のようにどんどん食べないといけない食べ物なんだって」
「なるほど。それは面白そうな食べ物なのです。私とお姉さんで稲妻のように食べましょう」
わんこそばを食べるように、フンスと息を吐き決意する2人。食いしん坊たちはエクレアの意味を間違って覚えていた。戻ろう戻ろうと馬車内に戻る中で、後ろでは門番と小悪党がなにやら揉めていたが、稲妻のように食べなきゃとフードファイターたちは気にしなかった。
門前にて、ガイは戸惑っていたが。
助けはいないだろうかと、最近では一番の危機に陥ってもいたが。
なにせ、シルがバカンスについてきて、御者席に一緒に座っていたからだ。今も腕にコアラのようにしがみついてきていた。そして、仕事であるので、馬車内にいたマーサが出てきて、恐ろしい空気を感じさせて後ろに立っているので。
小物王なガイは、その偉大なる精神がやっぱりハーレムはいらないよなと悲鳴をあげていたりした。
「魔法爵であるガイ様ですね。お噂は聞いております。ようこそイーノへ。私はモンド子爵と申します」
門番というより、領主であった。領主がガイに深々と頭を下げて挨拶をしてきたのだ。その態度は恭しくガイを侮る様子はない。
「は、はぁ、魔法爵?」
この小悪党がと、怪しい奴めとガイだけ牢屋でバカンスという流れになるのではと警戒していたおっさんは戸惑ってしまう。
「はい。スノー皇帝よりご連絡を受けております。魔法爵のガイ様一行が来ると。小悪党な顔で、立派な馬車でくるはずなのですぐにわかると。あ、いえ、そのように皇帝陛下よりの手紙に書いてありまして。まさか昨日手紙が着いて、今日来られるとは予想外でしたが」
つい口が滑ったとモンド子爵はゲホゲホと咳払いで誤魔化すように言う。あぁ、いつもどおり小悪党として認識されていると、なぜか安心してしまうおっさん。もはや末期的小悪党である。意味がわからないかもしれない。
「魔法爵とはどのような爵位なのですか、ガイ様」
なぜか隣にベッタリとくっついているシルが不思議そうに尋ねてくるので、あれのことかと懐から取り出す。
「おおっ! 素晴らしい輝きですな!」
「こんなに凄い紋章をお持ちになっていたのですね」
「これ程の物が……」
懐から取り出された紋章のバッチ。貴重なるアダマンタイトで作成された肩に貼り付けるタイプのバッチだ。魔法の輝きが仄かに光り、魔法陣が金で象られて描かれており、星座のように宝石が散りばめられて、どれぐらいの価値があるかわからない程の物であった。
皆はそれ見て美しさに息を呑み、呆けるように魅入ってしまう。
「ま、魔法爵は侯爵と同様の位と説明を受けております。ガイ魔法爵。どうぞご案内致します」
「はぁ、あっしがトップではなくて」
その紋章を目にして、さらに恐縮しながら丁寧に言ってくるモンド子爵へと、ガイは親分に助けを求めようと、後ろを見ようとするが
「きっと焼き魚の美味しい屋台があるはじゅでつ! しゅっぱーつ」
「具のない焼きそば作ろーぜ」
「しゅっぱーつ!」
「あ、ララお姉さんが保護者だからね」
「海に行こうぜ、海」
「ちょっと待ってください、餌を見つけて走るネズミみたいです。猫に食べられてしまいますです」
ちっこいおててを掲げて、元気よく横をすり抜けて走っていく幼女一行である。こういう時の親分は幼女化が激しいので役に立たないと溜め息をついてしまうガイ。
後ろに立つダランたちもガイの出世を知らなかったと驚いているし、シルとマーサが一歩後退ったのを見逃さなかった。
これ、スノーから作っておいてと落書きのような紋章が書かれた手紙を見て、あっしが作ったんだけどなぁ……。なので、有り難みゼロであるからして。親分が鉱石錬金した中でちょっぴりアダマンタイトができたけど、量が少ないからあげると言われた物を使って作り上げたのだ。
凝り性な自分のサガに悔やまれる。ちょっとだけ豪華に作りすぎちまった。
はぁ、と溜め息をつき、小悪党扱いの方がマシだなと思いながら、決意する。
「まぁ、あくまで侯爵と同じ扱いってだけで、あっしは陽光帝国の家臣じゃないでさ。だからいつもどおりでいいですよ」
勇気を持って、マーサを引き寄せ肩を抱く。もう片方の手はシルの頭を撫でながら。勇気ある行動をとるガイ。この噂が月光街に広がれば、皆はあっしへの態度を変えるに違いないと考えて、気にするなと勇気を出したのだ。
小物勇者ガイ。胃がキリキリと痛みを持つような感じをしながらも頑張った。
「ふふっ、そうですね。ガイ様はそういう方でしたね」
「さすがは私のガイ様ですわ。惚れ直しました」
マーサがにこやかに笑い、シルが嬉しそうにしがみつく。その姿はまさしく主人公っぽい。髭もじゃのおっさんが二人の女性を抱きしめるその姿は他の知らない人間からは小悪党貴族に見られていたが、それは気づかないガイ。
マーサもシルも平民のために、侯爵と同様の爵位となったガイに遠慮をして後退りしてしまったが、心優しい勇者がすぐにそのことに気づき、気にするなと言ってくれたことに、嬉しく思ったのだ。
「魔法爵様におかれましては、このたび、ここで最近現れる強力な魔物を退治してくれるとか。話は全て聞いております。さ、こちらへ」
平和な光景となった勇者ハーレムだったが、世界は小悪党ハーレムを許さなかった。子爵の予想外の言葉におっさんは目が点になってしまう。
「え? あっしはそん」
「さすがはガイ様ですね」
「弱きものを助ける。素晴らしいですわ」
二人の女性からのキラキラした尊敬の眼差しに、ウッと怯むガイ。物凄い嫌な予感がするのだが、もはや引くことは許されないと悟って、胸を強く叩く。
「わかりやした。あっしに任せてください。話を聞きましょう」
アハハとカラ笑いをするガイ。街中に遊びに行くアイ。どうやら、バカンスは黒幕幼女たちだけかもと、山賊勇者は嘆息するのであった。