186話 現在の支出を確認する黒幕幼女
月光街の倉庫。次々と作られて軒を並べていたが、最近はガランと空の倉庫となっていた。しかし今はどの倉庫も一杯になっており、多くの商人たちが買取ろうと集まっていた。
初夏に入り、日差しがじりじりと強くなる中で、荷運びをしている者たちが薄っすらと汗をかいて馬車に積み込んでいる。運び出される荷物を懸命に数を数えて、最近高くなってきた砂糖などの値段が落ち着くだろうと、酒場や食堂の者たちは安堵する。
「はぁ〜、砂糖が運び込まれて助かったよ。貴族様からせっつかれて困っていたんだ」
馬車に積み込まれていく木箱を見ながら、商人が助かったと額の汗を拭いながら言うと、周囲の者たちは笑いながら頷く。
「うちの店でも最近は塩だけじゃ物足りないって客も多いしな。醤油をちょっとでも入れてくれないかとか言われるよ」
「うちだってそうさ。高級宿屋なのに塩味だけなのかってな。評判にかかわるから、高くなっても買ってきたが、これ以上は厳しいと思ってたんだ」
貴族相手も平民相手の商売をやってる者たちも、倉庫の中にうず高く積まれている木箱の山を見て安堵の表情を浮かべる。顔色が悪いのは密かに買い集めていた者たちだけだ。ただ、そんな奴らはほとんどいないので、だいたいはホッとしていた。
それに商売で売る以上に、もはや塩味だけの生活は考えられない。最近の料理技術は著しく上がっており、人々の舌も肥えはじめていた。
ワイワイと笑顔で話し合う人々の中で、一人が小声で話す。
「でも昨日までは、どこの倉庫も空だったよな? いつの間にこんなに運び入れたんだ?」
そうなのだ。男の言うとおり、昨日まではほとんどの倉庫は空であり、どうにかして砂糖や香辛料、調味料を手に入れようと皆は競い合っていたのだからして。
それが今日来てみたら、倉庫はどれも荷物でいっぱいで、月光の文官が口元を引きつらせながら、大量に仕入れたので好きなだけ売りますよと言ってきたのだ。
商人や食堂、酒場の店主たちはひどく驚いたものだ。
「まぁ、妖精を取り込んでいる月光商会だからな。伝説の魔法テレポートを使えたっておかしくない魔法使いがいるんだろうよ」
「そうだなぁ、もう驚くのも疲れちまった」
「月光商会が来て、一気に景気が良くなったからな。好奇心は猫を殺す。俺は知りたくもないね」
「それもそうか。それよりも北部からの小麦の輸入が少なくなってきているのを知っているか?」
「ああ、そういえばそんな話を聞いたな。南部から麦を持ち込んでいるフロンテ商会がかなり儲けているとか」
「きな臭い噂が……」
商人たちは、ちょうど集まったのだからと、月光商会の話をやめて、ヒソヒソと最近の状況を話し合う。なんにせよ、世間話をできるほどに、余裕が商人たちには生まれ、月光商会のやることは、月光商会だから、と噂にもならなくなっていたりした。
月光屋敷では定期会議が開会されるために、食堂に現地で雇用したハウゼンたちが集まっていた。開会を待って、コーヒーを飲みながら菓子をつまみ、世間話に花を咲かせていた。
皆、元は貧乏貴族だとは思えないほど、身なりがしっかりとしている。社員割引で買った上等な衣服に身を包み、身なり以上に余裕さを見せており、貴族らしく見せている。
もはや、誰もその身なりを見て、元貧乏貴族だとは思うまい。
「やれやれ、ハウゼン男爵、最近は少し暑くなってきましたな」
「そうですな。去年のように暑くなったら、氷の魔道具が羨ましいです」
外は暑くなってきており、陽射しもきつくなっているのを見るハウゼン。その視線が外を見ていることに気づき、声をかけてきた者も窓へと視線を向ける。
「魔道具は高価でしょうからな。夏になればこのお屋敷に来るのが楽しみになってしまいますよ」
部屋の隅へとちらりと視線を向けてかぶりを振る。隅には冷風を生み出す魔道具が涼やかな風を部屋に送り込んでおり、部屋の中は涼しくなっているのだ。
「あの魔道具はたしかに凄い物です。生活用品として、魔道具を大量生産できる月光の本国……一度行ってみたいものです」
「さようさよう。アイ様のご両親にも、アイ様に救われたことに対する感謝をこめて、ご挨拶をできればと思いますぞ」
「そなただけではない。皆、同じ考えだ」
ハッハッハと朗らかな笑いをして、皆は今の恵まれた環境に感謝をする。もしも月光に雇われていなかったら……そう思うと、さらに感謝の気持ちをアイ様に捧げるのであった。
なお、魔道具の量産はどこかのおっさんがクタクタになるまで頑張って作っているので、少しだけおっさんにも感謝の気持ちを奉じても良いと思われるのだが。
まぁ、心優しい勇者なので、気にはしないだろう。全てに心優しいとつければ気にしないなんてわけないだろうと、どこかからおっさんの叫びが聞こえるかもしれないが、きっと幻聴である。
「皆さん揃ってまつね。お疲れ様でつ」
「皆の者、ご苦労であるな」
扉が開き、フヨフヨと幼女が浮遊しながらやってくる。グデーッと身体を横たえながら飛んできており、グロッキーな様子がわかっちゃう。後ろから一緒にギュンターもついてくる。
ガイは現在新型馬車にエアコンをつけようとしており奮闘中。ランカとリンはこれまでの動画を編集するのでと欠席である。というわけで、幼女と爺さんだけが出席である。
「お疲れ様です、アイ様、ギュンター卿」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
皆は立ち上がり、頭を下げる。その姿を鷹揚に手で返しながら、クテッと椅子に座るアイ。
「暑いでつ。とっても暑いでつ」
軟体動物のように、テーブルに突っ伏して呻くアイ。その姿を見て、ララがカチャリとアイスココアを前に置く。
「冷風の魔道具があるので、そこまでは暑くないと思われますが……?」
戸惑う現地幹部たち。彼らにとっては充分涼しいのであるからして。
「あつあつの鍋を楽しみながら食べれるぐらいがちょうど良いのでつ。寝るときは羽根布団を被って寝れるぐらい。でも冷風の魔道具だとそこまでは涼しくならないんでつよね」
幼女にとっては、全然暑かった模様。だって幼女は暑いのが苦手なんだもの。これ以上の涼しさを求めると攻撃力が加わるので、作れないのだ。ちくせう。
クーラーは嫌いだけど、幼女は暑さに我慢できないのだ。寒暖耐性の装備も普通の暑さは遮断してくれないし。実際は機能しているが、微妙すぎて、幼女は全然涼しくないと、プンプン怒っていた。溶岩地帯なら熱を遮断してくれるんだけど……。なんとなくその仕様の意味が理解できるので悔しい。
「というわけで、あたちは冷風の魔道具の前にいるので、開会宣言をしまつ。売り上げ説明をしてくださいね」
ずずーっと、ココアを一気に飲んで、椅子から降りて冷風の魔道具の前に移動して、魔道具にしがみつく幼女。よく扇風機の前を占有する子供のような感じである。幼女だから、仕方ないんだもん。
「仕方あるまい。それでは草鞋の売り上げから報告せよ」
暑いのが大嫌いなのを知っているので、苦笑しながらギュンターが開会を告げる。ぐったり幼女は冷風の魔道具にしがみついている。聞き耳はたてているけど。
「それでは草鞋の売り上げから。安さから仕入れて各地に持っていく商人たちも現れており、ジワジワと売り上げは上がっております。モヤシの種も売れ行きは上々です。月光商会の商隊と一緒に移動する個人の行商人が買って行ったり、大商会が空いた馬車の隙間を埋めるために買っていったりとしています。売り上げは金貨16万枚、そのうち金貨5万枚の利益です」
「家具部門から報告しますわ。ようやく品質の高い家具を作成することにガイ様以外の職人が成功しました。これは貴族の見る目に最低限耐えられると言う意味で、ガイ様には遠く及びませんが。アクセサリーも上々な売り上げです。金貨にして売り上げは75万枚、内30万枚の利益を上げていますわ」
シルが当然といった表情で報告してくるが、もはやフロンテ商会は傘下になったので問題ない。と、シルは言い張って家具部門の長になっていた。家具部門の長よ、少女と権力争いをして負けないで欲しかったよ。
「布部門からは、最近毛糸問屋も買収が成功。王都の5割を買収しました。毛糸の紡ぎ方を変更するにあたり、設備投資にお金がかかり、綿布を含めた売り上げは金貨120万枚、利益は22万枚ですね」
「最後に食料品部門から。横ばいとなっていた砂糖、香辛料、調味料ですが、今回も売り上げは金貨280万枚、その内利益は95万枚程です。しかしながら来月からは今の数倍の量を供給されるとお聞きしておりますので、売り上げは跳ね上がるでしょう」
「ふむ……月収入として計152万枚が利益か。だが、家具部門は利益が大きすぎる。シルよ職人たちに渡す報酬をもう少し高くせよ。今度、サウナにお湯を出す魔道具を設置してお湯に浸かる風呂も作る。それに娼館の売り上げがふるわないな」
実は香辛料などは月光本国から買い取っているという説明をしてあるので、買取資金はアイの物。即ち利益は100万枚程増えちゃったりするけど内緒でつ。幼女のちょっとしたお小遣いにしておくのだ。
「まだ手探りの状況です。やはり身体を売らずに、会話などで満足をしていくお客は少ないので……」
言い淀むのはエルフのイメーネ。新機軸で作られた娼館の責任者である。もう一人いたと思ったが、いないので多分気のせいだ。新機軸とは芸を見せて満足させるシステムだ。即ち祇園みたいな感じ。もちろん娼館なので、幼女の口からは言えないこともできるけど、それは高めの金額設定になっている。
「長い時間をかけるしかあるまい。気にすることはないと思われる。イメーネ、これまでどおりにするが良い」
威厳のある声でギュンターが言うのをイメーネは深々と頭を下げて感謝する。お爺さんの言うとおり、これは意識改革になるので苦労しているので。
「ではこの内50万枚は都市再開発につぎ込む。もう50万枚は陽光帝国の帝都建設に投資する。それとこれを配ろう」
扉が開き、たくさんの小さな木箱を持ったダツたちが、それぞれ幹部たちの前に木箱を置いていく。
「開けてみるが良い」
手を組みながらギュンターが言う。なんだろうと、首を傾げて開けた幹部たちは中身を見て息を呑む。
なぜならば金貨がぎっしりと詰まっていたからだ。
「これはそなたたちを慰労するためにアイ様が用意したものだ。アイ様はそなたたちの苦労に報いる。なので……端金であまり喜ばないように。よく己の行動を省みることだな」
深く椅子にもたれて、すうっと目を細めるギュンター。その言葉に何人かがギクリと身体を震わす。
他の者たちはギュンターの言葉を正確に読み取った。賄賂を要求するか、相手から自発的に貰うかして、通常よりも多めに香辛料を売ったり、数をちょろまかしている者がいるのだと。
「二度目はない。皆も儂の言葉を覚えていて欲しい」
「ハハッ! 我らは月光商会の忠実なる者です。今の言葉、忘れることはありません」
真剣な表情で唱和する者たちをみて、これで釘は刺せたねとギュンターは満足げに頷く。これでも賄賂などを貰う輩はクビにします。幼女はそこらへん厳しいのだ。
「わかったようだな。では次なのだが……」
コホンと咳をして気まずそうにするお爺さん。仕方ない、俺が説明するか。
「夏の間は夏休みとして、あたちは海水浴に行きまつ。ギュンターお爺さんはそろそろ始まる陽光帝国とディーア以外の大都市との決戦に援軍に行くので、次回定期定例会は夏の終わりまでないでつので、よろちくね?」
アイはようやく冷風の魔道具から離れて宣言しちゃう。
えぇ? と現地幹部たちが戸惑うが、もう決定なのでつ。
「お土産もってくるので、期待して待っていてくだしゃいね?」
コテンと首を傾げて、黒幕幼女は反論は認めないからと、てこてこと、車庫へと向かうのであった。