184話 森林奥深くを散歩する黒幕幼女
センジンの里、そこからさらに森林の奥深く。広大な大森林は奥に入りこめばもはや帰ることは叶わないと言われる危険な一帯である。
このハードな異世界では、人が入らない森林奥深くは巨大な木々が聳え立ち、それら木々が生み出す木陰により、薄暗くなっている。根本には太陽の光が届きにくいにもかかわらず、大人ほどの高さの雑草が繁茂している。
もちろんそのような草むらや、人の胴体程の太さの枝には魔物や動物が潜み、獲物を狙っていたりもした。
具体的には、なぜかとてとてと歩いている人間の子供を狙っていた。無防備に歩くその姿はまったく警戒心を与えてこない。木漏れ日の中に入り、キャッキャッとおててをあげて楽しそうに歩くその姿は餌にしか魔物たちには見えない。
一匹の猿が木の枝をつたい、幼女の上に位置するように移動する。可愛らしい幼女は自らに危険が迫っていることにも気づかずに、青いジーパンとGジャンを着込み、艷やかな黒髪を編んだおさげをぶんぶん振りながら歩いている。
幼女を狙う猿は普通ではなかった。暗闇のように真っ黒な毛皮、手には漆黒の爪、赤い目を爛々と光らせて、誰が見ても邪悪とわかる空気を纏っていた。
「モンキー!」
その猿は幼女の上の枝に位置すると、吠えると同時に枝から降りて、爪を身構えて幼女に襲いかかる。猿は爪を振りかざし、一気に相手を切り裂こうとする。次の瞬間には幼女は死に、自らの餌となるだろうと猿は疑いを持たなかった。
が、振りかざした爪は幼女を切り裂く前に、空中で弾かれた。落下した勢いを打ち消して猿は曲芸のように身体を回転させると、弾かれた腕を見る。自らの攻撃が衝撃として跳ね返ってきており、痺れている。
「モモンキー!」
しかし猿は怯むことなく身体を捻り、力を溜めると高速で両手を振り、脚を繰り出して蹴りを入れてくる。その攻撃はさすが獣。構えもなくがむしゃらな攻撃であったが、力強く速い。
だが、その攻撃は全て空中で同じように弾かれてしまい、たたらを踏んで猿は戸惑いながら地に降りる。
「トパーズの障壁。魔装を付与すればなかなか使えまつね」
幼女は襲われたことに驚くこともなく、冷静に呟いておててを掲げる。
「セイントリング顕現。展開スパイラルファング」
細い腕に金色の粒子が集まると腕輪に変わり装着される。すぐに腕輪は金色の粒子に戻ると幼女の両手を覆う。その手には蒼い水晶のような美しい手甲があった。蒼き切れ味鋭い水晶の爪がつけられており、敵を倒すためのものだとわかる。
「新装備の力、試させてもらいまつ」
むふふと口元を笑みに変えて、シャキンと爪を鳴らして身構える幼女。ちっこい身体であるのに、その力は尋常ではないと思わせる空気を漂わしていた。
「ウッキー」
餌と思った者が、自らを倒せることができるとわかり、焦りながらも猿は地面を蹴り、踏み込んだ跡が爆発するように土を噴きあげる中で、高速で幼女へと迫ってくる。
「魔技 スライスクロー」
黒き魔力を爪に纏わせて、猿が空間を切り裂くかのように強き魔力で空間を歪ませながら、攻撃をしてくる。
「聖拳技 ホーリースクリュークロー」
迫りくる敵の爪を無視して、幼女は腕に力を込めて、ひねるように打ち出す。回転力が籠められたコークスクリューとなった爪の一撃。幼女の身体よりも大きな風の渦が巻き起こり、猿の必殺の武技は渦に巻き込まれて、軋みをあげて砕かれる。
猿の攻撃が届く前にその迫る爪ごとミキサーのような威力の渦によって、猿の身体を粉砕するのであった。
後ろにある大木もその風の渦を受けて、大きく削られて、ミシミシと音をたてて倒れていく。バサバサと倒れる大木の枝葉が擦れる音がして、盛大に倒れる中で、ふ〜っと息を吐いて幼女は肩の上に視線を向ける。
「新装備、なかなかの威力でつね」
「社長のステータスで、これだけの威力を出せるのは凄いの一言だぜ」
空間から滲み出るように現れた妖精マコトがニカリと笑う。たしかにそのとおりだねと、世界一可愛らしい幼女アイは頷く。
「昇華を使って、コスト度外視で作りまちたからね。あたちの低いステータスでも扱える最高の武具を作りまちた」
ムフンと鼻息荒く胸を張るアイ。世界一狡猾なおっさんが頭をひねり考えて、新しい武具を作ったのだ。
「ステータスの倍程度の性能までしか、武具は装備できないみたいでつからね。アクアオリハルコンとか赤竜装備はまだあたちは使えませんし」
武具に魔力を循環させておかないと力を発揮できないので、性能が良すぎる武具はそれだけ魔力を循環させないといけないので装備できないのだ。と、高性能武具を作れるようになった時にマコトから教えられた。
嘘くさいけど。これ、たんにステータス制限がゲーム仕様らしくあるだけだろと思ったのは秘密でつ。女神様らしいしね。
手甲から元の腕輪に戻ったセイントリングをゴシゴシと擦りながら言う。
ようやく幼女も新装備に変えたのだ。こんな感じ。
アイ
職業:黒幕幼女
体力︰400
魔力︰600
ちから︰60
ぼうぎょ︰70
すばやさ︰100
装備︰セイントリング(攻撃力95 爪、短剣、ワンド、槍、小盾、小石に変形 聖属性)、セイントローブ(防御力80 敵の攻撃を10防ぐトパーズの障壁を作り出す。いかなる服装にも変幻自在 聖属性)自動修復、自動帰還付き
かなり気合いを入れた装備である。セイントリングはイフリートの欠片、ミスリル、悪魔の爪100個、悪魔の角100個を使い作り出した。爪や角はじゃんじゃん錬金術の昇華を繰り返して、大結晶聖爪と大結晶聖角と変えてから合成をしました。ガイの持つイフリートの腕輪のバージョンアップというところだ。自由自在に変化する武器ってかなり便利だと思う。
セイントローブはミスリル、デーモントパーズ10個、闇の大石10個、悪魔の毛皮500個を使い作り上げた。デーモントパーズは昇華をしたら、セイントトパーズとなり、敵の攻撃を10防ぐ障壁を作り出す。闇の大石は聖超石に、悪魔の毛皮は最高級聖なる毛皮となった。全てをぶち込んで作ったら、どんな服装にも変わるチートな服となりました。性能は変わらないんだけどね。
トパーズの障壁に魔装を重ねがけできるので、かなり硬い装備となったので、アイは幼女の踊りをして、喜びを女神様に伝えた。パタリパタリと興奮しすぎて倒れる狐人の少女たちがいたが、幼女の踊りはそれだけ可愛らしかったので仕方ないだろう。
主な武器素材の残りはこんな感じ
武器素材︰氷石22、凍石1、雪蛙3、炎のルビー、火石90、炎石14、火炎石1、火炎樹の枝、火炎の片刃剣1、赤竜鱗4、赤竜骨4、赤竜の角、赤竜の血4、赤竜肉6、マグマの宝石、浄化のサファイア、アダマンタイト、アクアオリハルコン1、ミスリル3、デーモントパーズ5、闇の大石7、闇の毛皮141、悪魔の角43、悪魔の爪61
赤竜の肉でステーキでも作ろうかしらん。攻撃力大幅アップの食べ物が作れるんだよね。美味しいのかが問題だけど。ドラゴンステーキがたんに硬くて不味かったら、幼女は泣いちゃう自信があるよ。
「今の敵はダークモンキー。平均ステータスは74、スキルとかは……もう持っているのばかりだから言う必要ないだろ。倒し終えているし」
「こいつがここらのボスだったのでつか? 気配察知では一番の強さを感じとりまちたが」
やりすぎたために、血の池と肉塊が飛び散った光景を見ないことにして確認する。幼女の教育にこの光景は悪いと思うので。
一番教育に悪いのは、中のおっさんだから、早く倒すべきだと紳士たちなら口を揃えて言ってくるに間違いない。
「そろそろ瘴気が偏り始めたんだ。あいつらはミノムシになったから、もう介入できないし、浄化されない瘴気の流れは偏るところが出てきて、自然発生で各地にはボスキャラがポップするようになったな。ちなみに新型だから。この状況は予想されていたので、能力については設定済みだな」
フヨフヨと空を泳ぎながらマコトが世界の変貌を教えてくれるので、なるほどと納得する。どうやら、またもや世界の真実をどうでも良いところで知ってしまった模様。
「新たなバージョンアップと言うわけでつか。ま、この程度なら人間たちでも勝てるでしょーし。ドロップはなんでつか? 事前連絡がなかったのでつが、詫びドロップアップありまつ?」
この間のドロップアップを忘れられない幼女は、指を絡ませてモジモジとしながら、マコトへとウルウルオメメで問いかける。もう一度設定を緩めて欲しい所存。
「そんなに都合よく詫びはないぜ。力の譲渡なんて、滅多にないはずだからな」
「う〜みゅ。シルクハットを被ったおっさんを探すべきでつかね? 吸血鬼退治の専門家のおっさん」
自分の力を譲ることができるチートなおっさんはいないかなぁと、マコトの言葉に諦められないアイは夢想するが、魔法のある世界ではいないだろう。いても、か弱そうな幼女には力は譲らないに違いない。
「ちなみにドロップは結晶大石1だけだな」
「やっぱりおっさんを探しに行くべきでつかね?」
予想通りのドロップに、新しい踊りを考えるべきかしらんと溜め息をついちゃうアイ。オカルトにも頼る程にドロップが悪いと、そろそろアイも認識してきたので。たぶん、他の人よりちょっぴりだけドロップが悪いと思うのだ。ほんのちょっぴりだけ。
自覚のない幼女と、呆れ果てる妖精がお喋りをしていると、ガサガサと草むらがなり、ぴょこんとリンが顔を出す。
「ん、あたりの瘴気は薄れたみたい。ラングたちの準備はOKだよ。ランカが風魔法か土魔法が欲しいってボヤいていた」
その言葉に苦笑いを浮かべちゃう。土と風って開拓とかには使える魔法だからなぁ、気持ちはわかる。今までの敵って、その2つを使う敵がいなかったんだよな。
「ボスキャラを倒すと瘴気の流れが元に戻るからな。自然と瘴気も薄れるんだぜ」
「ゲーム仕様乙。さて、それじゃここら一帯を浄化させまつか」
よくあるテンプレだよねと、アイもリンも驚かない。ゲームや漫画ではそういう設定をたくさん見てきたので。
でも、少しだけ気になる。この世界、急速に環境が悪化しているような……。まぁ、神々が滅んだから悪化しているんだろうけど。
グルングルンと腕を回転させて、セイントリングをワンドに変えて手に持つ。武具の評価も目的だったけど、この地のボスを倒したのは他にも理由があったからだ。
ふんすふんすと鼻息荒く幼女はワンドに魔力を籠め始める。幼女用のちっこいワンドを手に持って、興奮してぴょんぴょんと飛び跳ねがらアイは魔法を発動させる。
「聖魔法 魔力全消費 幼女の聖域」
その力ある言葉によって発動された聖魔法。そのレベルは7。小神が扱うスキルレベルであり、そのレベルなのにネーミングセンスはまったくなかったりもした。
1から聖魔法は作られた。レベル5まではまともなネーミングだった。他の魔法も5までは決まった法則でネーミングされているので。6からはオリジナルのネーミングとなるので、聖魔法は女神様が名付けたのである。
完全に幼女専用魔法である。他の人間が幼女の聖域を使ったら、暗殺しに紳士たちが現れるのは間違いない。
恥ずかしすぎて、知り合いには見られたくない魔法だが、効果は抜群である。幼女の身体は白く神々しく眩しく輝き光の柱が生み出される。
周囲の木々や、いつの間にかサングラスをかけてこちらを見ているマコトとリンを光は照らしながら膨れ上がっていく。
「これでこの地は1日だけ、あたちたち以外は侵入禁止でつ。入ってきたら通報しまつよ!」
黒幕幼女の叫びが辺りに響き渡り、潜んでいた魔物たちは一斉に光から逃げるために、この地から猛然と走って逃げていくのであった。