183話 勉強熱心な料理少女と黒幕幼女
料理人の娘、ポーラ。元農奴であったが特性の料理人適性を認められて月光街に引っ越してきた一族の幼女。
そんなポーラはフリフリと小柄な身体で踊っていた。隣にはおねーちゃんが同じように踊っている。フリフリ。
何人かの少女たちも一緒に踊っている。
「ぽっふな感じで、ジャーンプ」
てやっ、とジャンプをして、ビシッと手を掲げてポーズ。可愛らしい幼女や少女が踊りを終えて、周りで見ていた人々は、わあっと歓声をあげて、拍手をするのであった。
「ありあと〜、ありあと〜でつ。お祭りの開催をこれより宣言しま〜つ! 今回も月光街の人たちには銀貨1枚を配布しまつから、お祭りを楽しんでくだしゃいね」
コテンと首を傾けて、ニコリと可愛らしい笑みを浮かべるアイおねーちゃんの言葉に、皆はわぁわぁと喜んで銀貨を貰いに行くのであった。
ここは月光屋敷のお庭である。お祭りを開催する踊りを皆で踊っていたのだ。
なお、まったく練習していないので、まったく揃わずに幼女や少女たちが飛び跳ねたり、まったくセンスがない妖精が空で盆踊りをしていたので、カオス極まりなかった。でも、幼女や少女たちがワチャワチャ頑張る姿を見るだけで人々は癒やされるので問題はないだろう。
「それじゃ、あたちたちもお祭りにいきましょー。今回からはお小遣いの配布にあたちは参加しませんし」
もう顔を売るレベルは超えたのだ。主だった商会の主たちはアイの顔を知っているしね。密かに行動する黒幕幼女はもう一般人には顔を売らないのだ。
クフフと口元を押さえて嬉しげに笑っちゃう幼女である。おさげをフリフリと振って、身体をクネクネと揺らして、まさに黒幕っぽいよねと喜んじゃう。
嬉しそうなお姉ちゃんを見て、ポーラもクネクネ踊りをしちゃう。クネクネ。
後ろでは銀貨を配布し始めた月光の面々が人々を捌き始めていた。
「お嬢さん、あっしとお祭りに行きませんか?」
「ごめんなさい、あたし、おめでたなんです」
「そうですかい。それじゃ赤ん坊の分もどうぞ」
どこかの山賊が相変わらずの会話を繰り広げていたりもした。んせんせと、頭に登ろうとする幼女や、お菓子作ってと子供たちにまとわりつかれてもいた。
「髭もじゃを厨房に運んじゃおー」
「髭もじゃを厨房に運んじゃおー」
「髭もじゃを厨房に運んじゃおー」
妖精たちはもっと直接的に、髭もじゃを持ち上げて運び始める。キャァ〜と、頭に乗った幼女が空を飛べて喜んで、どんなお菓子を作るのと、子供たちもあとについていき、山賊は早くもお祭りからフェードアウトしていった。
「さぁ、コントは見終わったので、あたちたちもお祭りにいきましょー」
「は〜い!」
「アイちゃん、今日はなにを食べる〜?」
ララおねーちゃんもおててをあげて賛成する。もちろんポーラも両手をあげて賛成する。バンザーイ。
祭りだ祭りだと笑顔で行き交う大勢の人々を見て、ポーラはびっくりしちゃう。王都に来たけど、月光屋敷の近所からあまり出歩いたことはなかったので、たくさんの人々を見て、驚いちゃった。キョロキョロ。
「凄いたくさん人がいるよ、アイおねーちゃん」
「ここらへんでは一番人口が多い都市でつからね。次はディーアや北部のムスペル家といったところでしょーが、やはり北と南を繋ぐ交易路にある王都は栄えてまつ」
「ん〜と、よくわかんにゃい」
ポーラはコテンと首を傾げちゃう。難しいお話みたいなので、わからない。でぃーあ? 蒸しパン?
「たくさん人々がいると、面白いことがたくさんあるということでつ」
「お〜。面白いものがありゅ?」
「それを探しにいきましょー。いきまつよ!」
てってけてーと、ざわめく人々の中をおててを繋いで、アイおねーちゃんとララおねーちゃんと一緒に屋台巡りに向かう。
喧騒の中で、屋台を見ていく。最近のポーラはお料理のお勉強をこっそりしているのだ。おとーさんが厨房で料理の練習をしているのをこっそりと箱に入って観察しているのだ。隠れるにはこれを使うと良いですよと、不思議な感触の折り畳みできる箱を通りすがりのおねーちゃんに貰ったので、それに入って観察しているのだ。キラン。
そのため、味覚や嗅覚は鋭敏になっている。キョロキョロ。
たくさんの屋台から良い匂いがしてくる。屋台では様々な食べ物が売られている。しょーゆの匂いが多い。
「しょーゆの匂いは食欲を増す香ばしい匂いだから、多くのお店がしょーゆ味の屋台みたいだね。おねーちゃん」
「鋭い指摘でつね。ポーラはお料理のお勉強をよくしているんでつね」
「テヘヘ。たくさんおべんきょーしていりゅの。しょーゆとかおみそを研究していりゅんだよ」
おぉ〜と、アイおねーちゃんがぱちぱち拍手をしてくれるから照れちゃう。てれてれ。
「それじゃ美味しそうなお店はわかりまつか?」
「んと〜。あのお店がおいしそ〜」
一軒のお店を指差す。大きな四角い鍋になにかコトコト煮ている。良い匂いがするんだ。クンクン。
白い湯気がたっており、熱々の煮物が入っているみたい。初めて見る食べ物だ。
「わかったよ、それじゃ買いに行こうよ!」
ララおねーちゃんが駆け出すので、アイおねーちゃんとおててを繋ぎながら、てってとついていく。
「へい、らっしゃい。私のオデンは美味しいですよ。とっても美味しいのでほっぺが落ちちゃいます。食べてみてください」
屋台でオデン? というものを作っていたのは、たまに会うおねーちゃんだった。箱をくれたおねーちゃんだ。初めて会ったのはクレープ屋をしていたときだ。今度はおでん屋さんをやっていりゅんだ。
「そこのテーブルで食べてみてください。お勧めは大根、卵、そして昆布です」
「昆布あるんでつか! それじゃお勧め全部くだしゃい」
アイおねーちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねて、嬉しそうに注文する。昆布ってなにかな?
「はい、それじゃ大根、卵、昆布に魚河岸、ガンモとハンペン。全部で銅貨5枚いただきまーす。食べ終えたら、フォークとお皿は返してくださいね。辛子はかなり辛いから気をつけて。味覚が変わっているので、たくさんつけると酷い目にあいますよ」
はいどうぞと、手慣れた様子でおでんをお皿に入れて手渡してくれる。
「なんか珍しい食べ物だね。シチューじゃないよね?」
つんつんとおでんをつつきながら、ララおねーちゃんが不思議そうに見る。たしかにスープがあんまり入っていない。
「こ、これは鰹だし! まさかこの地で鰹だしの……鰹だしの……」
スープを一口飲んでアイおねーちゃんはまたぴょんぴょんと飛び跳ねて屋台を見るけど、なぜか固まってしまう。なんだろ?
「屋台名は見なかったことにしましょー」
フリフリとかぶりを振って、何事もなかったかのように、おでんを頬張り始めるアイおねーちゃん。なにか変なのかな? まだ文字を私は覚えていないから、わからない。
「お〜! 美味しいね、これ! あとを引いちゃう味! 美味し〜」
ララおねーちゃんは気にせずにおでんをパクパク食べていた。私も食べよ〜っと。
大根をちっちゃく切って、お口に入れる。熱々で汁がじゅわって出てきて美味しい。ホフホフ。
おしょーゆ、塩、砂糖、アルコールを飛ばした日本酒、それに……お魚かな? 食べたことがない味のスープだ。ハテナ。
「これなにかな、アイおねーちゃん?」
スープでわからない味がある。たぶんこのお魚が入っていないと、おでんのスープは成り立たないと思う。
「これは……鰹節でつ。鰹節というのは魚の燻製でつが……作るのが難しいんでつよ」
「これが鰹節ですよ。削ったあとがこの木屑みたいなやつ。この木片みたいのが、本来の鰹節ですね」
うぬぬ、と悩んでいるアイおねーちゃんに、店主のおねーちゃんがお皿に乗せた鰹節というものを持ってきた。コトンとテーブルに乗せられた物を見るけど、たしかに木屑みたいな感じ。
「お〜、カチカチだ。これ本当に食べ物なの?」
ララおねーちゃんがつんつんと鰹節というものをつついて不思議そうにする。私も触ってみるが物凄い硬い。カチカチ。
「削り節を食べてみましょー。ムグムグ……これは本節!」
アイおねーちゃんが木屑みたいなのを食べて、クワッと目を見開く。なんだか、後ろにカミナリが鳴ったような気がするけど気のせいかな? ピカピカ。
私たちも削り節というものを食べてみる。薄いひらひらの削り節を口に入れたら、想像と違って濃厚な味が口に広がる。
「むむっ、これはたくさんの料理につかえそーだね! しゅごいよ!」
「そうでしょー。鰹節がなければ醤油も味噌も片手落ちなんでつよ。鰹節……ほちい」
「私はおでんで良いや。えっと次のお勧めくださいな」
悔しそうなアイおねーちゃん。ララおねーちゃんは削り節は一口で満足したらしく、追加のウインナー巻きと厚揚げを買っていた。
ん〜、アイおねーちゃんのために私も頑張りたい。鰹節、私でも作れるかな?
「おでん屋のおねーちゃん。私でも鰹節を作れましゅか?」
作ってアイおねーちゃんにプレゼントしゅるのだ。
「私は謎のおでん屋ですが、鰹節の作り方は知っています。漫画で勉強しました。なので、鰹節マイスターと名乗っても良いでしょう。良いと思いますよね?」
フンスと息を吐いて、おでん屋のおねーちゃんがぺったんこな胸をそらす。それなら教えて欲しい。鰹節マイスターのおねーちゃんに教わって作ってみせりゅ!
「でも鰹節は半年はかかりまつ。ゆっくりと研究しようと思ってたんでつが、簡単に作れまつ?」
「干すのは錬金術でできますね。だけどそれ以外は手作業、カビも問題ですが、それは何種類も試せば良いでしょう。ほら、成功確率は常にあるんですし」
「手作業は1週間……。なるほど! 昇華を使えば良いんでつか。昇華はあたちとガイしか作れませんから、少数になりまつが」
「私、がんばりゅ! アイおねーちゃん作り方教えてください!」
おててを挙げて立候補する。大変でも頑張りたい。アイおねーちゃんには色々と優しくして貰っているので。
「う〜ん、ポーラの両親も連れて、海岸の町へと旅行にいきまつか。夏でつし、海水浴もしたいでつし」
「海水浴ってなぁに? アイちゃん」
「ここの人たちは海で泳ぎませんものね。魚も色々欲しいでつし……。避暑も兼ねていきまつか!」
海水浴って、なんだろう? 旅行に行くのかな?
「ポーラ、一緒に海水浴にいきまつよ! 釣りもしましょー! むむ、船も作らないとでつね」
「私も一緒にいけりゅの?」
「もちろんでつよ!」
「私も一緒だよね? アイちゃん」
「当たり前でつ! 皆で海水浴にいきましょー。あ、謎のおでん屋さん、鰹節のレシピくだしゃいね」
アイおねーちゃんがグットと拳を握りしめて、空へと突き出す。旅行ってなんか凄そう。アイおねーちゃんと一緒にいると、楽しいことがいっぱいだ。必ず鰹節を作ってプレゼントしゅるのだ。えいえいおー。
お祭り騒ぎの中で、ポーラは鰹節を作ると決心するのであった。