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黒幕幼女の異世界ゲーム  作者: バッド
13章 塔のダンジョンにチャレンジなんだぜ
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181話 二枚目な男爵の憂鬱

 辺境の小さな領主、バーン・カールマンは大袈裟に見えるほど疲れたため息をした。胃がキリキリと痛み、額には冷や汗が流れる。


 自身の財力では到底揃えることが不可能であろう簡単な寒暖耐性のある一張羅の襟を直すふりをして、落ち着こうと息を吐く。


 なぜ、こんな場所に自分がいるのかと、理解はしているが、理解したくないとバーンは目の前の扉を見ながら考える。


 なにしろ自分は王都の謁見の間に入る扉の前にいるからだ。爵位を引き継ぐ時に入る以外には機会が無いはずの辺境の男爵。それが自分であったはずなのにと、再びため息を吐いてしまう。


「バーン男爵、陛下よりお目通りの許可がでました。お通りください」


 扉が開き、中から文官が出てきて私に告げてくる。その際に珍しいものを見たかのように、こちらの下から上まで素早く観察してきたことに気づく。


 綿布で編まれた貴族用の服だとアイ様から頂いた時に教えられた。軽い寒暖耐性の魔法が付与されているらしい。その時点で男爵が持っていて良い物ではないのだが……。どうやら月光の本国では簡単に作れるちょっと高級な服らしく、気軽に渡してきたので、驚いたものだ。デーモンスレイヤーに相応しい服じゃないとと無邪気に笑っていた。


 ……デーモンスレイヤーか……たしかに嘘は言っていないけどなぁ。


 神の塔では悪魔たちと壮絶な戦いを繰り広げた。トロールのようにでかい身体で、胴体に口がある悪魔や、ちょろちょろと飛びこちらの邪魔をしてくる小悪魔のインプ。上半身が骨で剣が効かない化物。様々な敵との戦いがあった。正直、途中でリンさんが助けに来てくれなければ死んでいただろう。


 なので、デーモンスレイヤーの名前に嘘はない。嘘はないが……最上階にて親玉を倒したのは聖騎士であるギュンター卿なのだ。先に帰っているので、ゆっくり休んでから帰ると良いだろうと、アイ様の回復魔法を受けて休憩していた私たちににこやかな笑みでギュンター卿は言ってくれた。


 そうしたら、休むならせっかくだから最上階に見物にいきましょーと、案内をしてくれたアイ様の言葉に従い、最上階に行ったあとに一休みしてから漁村に戻ったのだが……。


 いつの間にか案内をしてくれたアイ様もいなく、漁村に戻ったら、悪魔を倒し平和を取り戻した英雄と私は祭り上げられていた。


 解せぬ。


 そして、そそくさと帰還しようとしたら、王都からやってきた役人に捕まり、陛下に偉業を報告するようにと言われて、現在がある。


 さらに解せぬ。


 アイ様たちも、デーモンスレイヤーバーン男爵おめでとうと、色々魔法のアイテムをお祝いにくれて王城へ笑顔と共に送り出してくれた。お祝いというか、口止め料だというのはわかったが、少し調べればギュンター卿の功績だとわかるはず。困ったなぁ。


 悪戯そうな笑みで


「きっと王様はバーン男爵がデーモンスレイヤーだと認めまつよ」


 とクスクスとアイ様は笑っていたのが印象的だった。


 


 扉が大きく開かれて、バーン男爵がぎこちない動きで中に入ると、騎士や貴族がズラッと壁際に並び、こちらを見てきていた。


 赤い絨毯が扉から玉座まで敷いてあり、陛下が座っているのが見える。その隣には王妃と王子たちが並んで座っている。


 バーンは叙爵の時の礼法を思い出しながら、王の前に歩いていき緊張しながら頭を下げて跪く。


「バーン・カールマン男爵。陛下にご報告があり、参上つかまつりました」


 このセリフで良かったっけと、バーンが悩むが、陛下は気にせずに鷹揚に頷く。


「うむ、バーン男爵。よくぞ来た。偉業を成したと聞いておる。頭をあげて良い。報告せよ」


 幼女がこの光景を見たら、そんなに礼儀作法にうるさくないのねと思うだろう。直答を許すとか言わないのね、とか。


 このハードな異世界は、ハードな異世界だけあって礼儀作法は簡単なものだ。


 礼儀作法とは文化が深まらないと発達しない。初期中世ヨーロッパも手掴みで食べ物を食べて、ワハハと話し合うのが普通であった。それよりも少しマシな礼儀作法。自分より爵位の高い人には自分から話しかけてはいけないとか、面倒くさい作法はない。


 ハードな異世界で意外なところでイージーなのが、礼儀作法である。とりあえず頭を下げて敬語を使えば良いのであった。


「それではご報告を。私たちはある商会が神の塔に見学に行くと聞き、恩もありましたので、近場であったこともあり護衛として一緒に向かいました。しかし清浄なる神の塔には悪魔が満ち溢れて危険極まりない地と化していたので、これを殲滅致しました。最上階にて伯爵家の一族の死体を発見致しましたので、なにかしらあったのだと思われます」


「うむ、キツグー家は国家騒乱罪にて爵位を下げると伝えたのだ。そのためになにかしら馬鹿なことをしたのであろう」


「はい。どうやら神の塔は本来は悪魔の塔だったらしく、セクアナ神がこれを封印しておりました。その際の浄化の力が塔から水となり湖に流れ込んでいたらしいです。もはや確証はとれませんが。悪魔の封印が解けたことにより、もはや清浄なる水は塔から出ることもなくなりました」


 ギュンター卿に教えられた内容を復唱する。驚きのその内容はセクアナ神の残留思念に教えて貰ったらしい。残留思念は悪魔を倒してくれた礼を言い消えてしまったとのこと。そのため、なぜわかったのだと聞かれたら困るのだが……。意外なことに陛下はまったく追求してこなかった。王家にもその話は伝わっていたのだろうか?


「そうか。もしも悪魔が塔から外に溢れかえった場合、かなりの被害が出たであろう。大儀であった」


「ははっ。最上階にはキツグー家の者たちの死体と、セクアナ神の使っていた神器、鎧と盾のみが残っておりましたので、陛下に献上致します」


 バーンの言葉に合わせて、後ろからダランたちが最上階で手に入れたセクアナ神の神器を持ってくる。やはり緊張しているようで、手と足が一緒に出ていた。田舎騎士だから仕方ないのだ。


 おぉ、と周りの貴族たちが神器を見て驚きを示す。神器など、滅多に見ることはないからだ。高位貴族には小神の神器が戦闘用、生活用と様々な物が伝わっているが、表に出すことは少ないので、目にする機会が無い。


 ガシャリと武具を置いて、ダランたちは頭を下げて跪く。


 陛下が手を軽くあげると、文官が歩み出てきて、置かれた武具へとワンドをつけて詠唱を始める。品物鑑定の魔法だ。高位の文官になるにあたり、品物鑑定と毒発見を覚えていると重用されるので、その2つだけを覚えようとする者は多い。その中でも僅かな者たちが2つの魔法を覚えることができるのだ。


 薄っすらと汗をかいて、文官は緊張した面持ちで陛下へと振り向く。


「陛下、これはセクアナ神の神器、体力回復の鎧に破魔の盾に相違ありません」


 見た目はキラキラと輝き、立派な意匠を施されている鎧と盾。神器に相応しい姿ではあるが……。


「し、しかしこの神器は既に力を喪っております。朽ちており、もはや使用はできないでしょう」


 なんと、と神器が使えなくなったことに周囲は動揺を示す。なんとなれば、神器の数は国力でもあるのだ。この2つが使用可能であれば、キツグー家が神器を使えるはず。そうなれば爵位を下げられることなく、罰金程度に終わった可能性もあったのだから。


 それ以上に不滅のはずの神器が力を失ったことにも人々は驚いていた。


 ざわめく人々を前にバーンはギュンター卿からあらかじめ聞かされていたので動揺はない。だが、意外なことに陛下も驚くことはなく、鼻を鳴らして口元を曲げるだけであった。


「悪魔に侵された塔なれば神器が力を失っても仕方あるまい。その朽ちたる神器は宝物庫にしまっておこう。なにかしらに使えるやもしれんからな」


 つまらなそうに目を細めて肘掛けに肘を置き、陛下はこちらを見る。


「神器が失われたのは痛いが、元々なかったものだ。気にすることはない。ただし、馬鹿なことをしでかしたキツグー家は爵位及び財産の没収に加えて領地を取り上げる。キツグー家の者たちはやりすぎた。もはや遠慮はしないでよかろうて。そうだな、宰相?」


 一番近くに待機していたドッチナー宰相へと陛下が尋ねると、宰相も反論することなく頷き同意する。


「キツグー家は調査したところ、多くの犯罪にも関わっていることが判明致しております。もはや価値のない湖となれば、あの者たちには退場して頂きましょう」


「よろしい。では、今言ったとおり、キツグー家は取り潰し。王領として直轄領とする。それとバーンへの褒美もある」


 陛下が再び腕をあげると、新たな文官数人が汗を流して苦労しながら、かなり大きい箱を持ってくる。パカリと開けると、そこにはまばゆい光を放つ金板がぎっしりと詰まっていて息を呑んでしまう。


「まずは金板1000枚。そしてキツグー家の一部、バーン男爵領と隣接している村の割譲、最後に子爵へと昇爵させることとする」


「お〜! さすがは陛下」

「デーモンスレイヤーに相応しい褒美!」

「これは賢王として名が広がるでしょうな」


 どよめきが謁見の間を覆い、拍手喝采され、バーンと陛下の名を讃えんと、称賛される。


 予想外の報奨に、陛下は私がデーモンスレイヤーだと本気で思っているのかと、思わず顔を凝視すると、こちらを威圧感を籠めて陛下は見てきていた。

 

「金板は上手く使うのだな、バーンよ。余からの褒美だ。現金の方が喜ぶであろうしな。使い道を間違えるでないぞ?」


 その遠回しに含まれた言葉にピンとくる。やはり陛下は誰がデーモンスレイヤーか理解しているのだ。


「畏まりました、陛下。商人にでも預けて上手く運用したいと思います」


 再び頭を下げて答えると、満足そうな笑みを陛下は浮かべる。


「よろしい。まぁ、投資は失敗するもの。ゼロになってもおかしくはないがな」


「ハッ、気をつけて運用をしたいと思います」


 どうやら答えは合っていたらしい。この金は月光商会への褒美だ。自分の王国内の危機を他国の者が救ったとわかれば困る。反対に自国の者が救ったとあれば、その名声は大きい。太っ腹なところを見せた陛下も賢王として名声を獲得するはず。


 口止め料を含めて、これだけの金を渡してきたのであろう。


「バーン子爵。そなたのこれからの忠勤に期待する。デーモンスレイヤー、バーンよ」


 そして、これだけの褒美を嘘だとわかっているにもかかわらず私へ渡すのは……周囲の貴族たちへ太っ腹なところを見せつけることにもなるのでは? もしかしたら、月光商会の根は王国に深く張りすぎているのかもしれない。陛下が剥がせることが困難なほどに。


 誰が裏切るかわからないほどに。


「ははっ! このバーン、王国の安寧のためにこれからも粉骨砕身の気持ちで頑張ります」


「ふっ。……期待しようバーンよ」


 私の言葉に薄く笑う陛下。今の言い回しが王への忠誠を表していないと理解したのだろう。バーンとしても王族にはもはや忠誠は誓えない。領地を救ってくれて、多大な恩恵を与えてくれたのは月光なのだから。


「では王国安寧のため、そなたには月光との橋渡しを命じよう。あの商会は面白いものをたくさん持っているそうだからな。余もあってみたいのだ」


「畏まりました。月光へとその旨伝えたいと思います」


 ギラリと一瞬だけ光ったように陛下の瞳は見えた。遂に王族は月光商会と直接会うことにしたのだろう。


 その橋渡しに私を選んで欲しくなかったと、密かに嘆息をする二枚目子爵であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] バーンさんは苦労しそうですが、少し仕事に疲れた二枚目もそれはそれで絵になるので過労死しろ(嫉妬
[良い点] 塔の最上階は人体実験場で、人骨やら標本やらのインテリアが並べられてたはずでは( ̄▽ ̄;) 幼女光でこの辺りも消滅したんでしょうか? ・・・休憩がてらに見物に連れて行かれたらクレームもの…
[一言] 押しつけられた、〇〇スレイヤーが増えそう予感
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