180話 帰還するデーモンスレイヤーを歓迎する黒幕幼女
神の塔の暗雲は無くなり、瘴気が含まれた水は止まった。人々は神の塔から発せられた光の柱に、何が起こったのかと湖の麓に集まっていた。
漁村だけではなく、最近不吉な靄に包まれて魔物が現れ始めていた湖が元に戻り、塔からの光の柱を見て、街からも足を延ばして確認に来ていたために大勢の人々が集まっていた。
なにか大変なことが起こったのだ。しかも、これは良いことだと話をしていた。当然だろう、光の柱は神々しく、聖なる力を感じさせたのだから。
聖なる力を失った湖を浄化しに、神が降臨してきたのかと思いながら、塔のある小島を目を凝らして見ていると、舟が数隻こちらへとやってくるのを見て、ざわめきながら、人々は期待する。
「見るでつ! 舟に誰かが乗ってまつよ!」
一人の幼女がちっこい指を指す。舟にはそれぞれ騎士らしき者たちが乗っていて、先頭には二枚目な若い男性が立っているのが見える。
「きっと伯爵の一族が封印を解いた悪魔を倒してきたのでつよ! 放置していたら街は滅ぼされていたでしょー」
「そうだね〜。激戦のあとが見てとれるよ〜」
やけに具体的に説明口調で叫ぶ幼女と、コクコクと頷き棒読みな口調で同意する狐人の美少女。その言葉に皆は驚く。
「悪魔だって?」
「まさかあの人たちはお伽噺の英雄様か!」
「ん、間違いない。あの人たちはデーモンスレイヤー」
「凄いっ! 英雄の凱旋だ!」
「アホ貴族のせいで、神器は壊れて、もう清浄なる水は塔から注がれなくなったらしいでつ」
「酷い話だ! そんなことがあったのか!」
人々はそんなことがと残念がるが、悪魔たちが街に攻めてこなくて良かったとも安堵する。
そうして話している間に舟は到着して、騎士たちが降りてくる。
「えーゆーたちの帰還でつ! バーン男爵ばんじゃーい!」
えーゆー、えーゆーと叫びながら、はしゃぐ幼女の言葉に皆も英雄様と歓迎をしてきた。
英雄であるバーン男爵は、なぜか顔を引きつらせながら手を振ってくるので、英雄譚を聞こうと人々は取り囲む。
「どうやって先に帰ったんですか……」
なにか英雄様は言っていたが、きっと疲れたから休みたいと言っているのだろう。間違いない。
デーモンスレイヤーバンザーイと空気に流されて人々が歓声をあげて。ここにまた新たなる英雄譚が生まれたのであった。
「ん、100人の英雄が悪魔の塔に向かったのに、戻ってきたのは11人。11英雄と呼ぶべき」
「そんなことがあったのか! バーン様、お話を聞かせてくださ〜い」
どこかで聞いたことのある具体的なストーリーを吟遊詩人に教えている銀髪の狐人がいたりもした。詳しく教えて下さいと言われて、詳しく設定を騙っているので、大作ができるに違いない。
きっとバーンは悪魔たちとの戦いに勝ったのだ。名声はいらないと、素早く幼女たちが逃げ出したなどあるわけがない。
「異変は解決されまちた! と言う訳で宴会といきましょー!」
ぴょんぴょんと巫女服姿の幼女がジャンプしながら宣言して、装甲馬車からドンドコ食べ物やらお酒やらを持ち出して、なし崩しに人々は宴会へと移行するのであった。
宵闇に空は変わり、漁村は大勢の人々が詰めかけて、食べたり飲んだり、騒いでいたりした。
久しぶりに釣れた魚を食べて、バーン男爵を支援してきた月光商会から配られたふわふわパンや、お酒を飲み食いして。
バーン男爵たちは人々に囲まれて、どうぞどうぞ、英雄譚を聞かせてくださいと質問されて、なんとか笑顔を作りながら返答していた。
そんなバーンたちから、少し離れた場所に焚き火がぽつんと存在していた。焚き火の前にはちょこんと正座にて座る巫女幼女がいた。
お祓い棒をぶんぶん振って、真剣な表情で儀式めいたことをしている。
「はんにゃー、はらみやー、かるびにろーす」
ぶんぶん棒を振って詠唱している幼女は一心不乱に儀式をしている。
「しまちょー、はつー、ればー」
遂に立ち上がって、ぴょんぴょん飛び跳ねながら詠唱を口にする。ドンドコドンドコとおさげをぶんぶん振りながら頑張っていた。
クワッと可愛らしいオメメを見開いて、最後にコロリンとでんぐり返しをして棒を振り上げる。
「はい、結果をどーぞ!」
「わかったんだぜ! まずは素材から。魔犬1023、魔人が527、魔騎士が34だな」
「グッ、あのセクアナとかいう詐欺神、全然あたちに力を引き継いでないじゃないでつか。ドロップしてくれれば良かったのに」
素材がしょぼくて涙が薄っすらと出てきちゃう。しかし、まだまだ知識因子と素材があると気を取り直すポジティブ幼女。
「知識因子は複数の格闘6、剣術6、片手剣術6、槍術6、盾術6、鎧術6、回復魔法5、闇魔法3、気配察知6、気配潜伏6、影術5だな。単品は剣術7、短剣術7、騎士剣術7、槍術7、騎士槍術7、盾術7、鎧術7、回復魔法7。聖魔法7も手に入れたけど、それは塔内で告げたとおりだぜ」
マコトの言葉通り悪魔を倒せる方法を考えて、先取りして堕ちたるセクアナの知識因子ドロップだけを聞いていたのだ。その中で聖魔法があったのだが……。マコトから聖魔法はアイしか覚えられないと言われたのだ。
「聖魔法があたちしか覚えられないという制約には色々思うところがありまつが……。とりあえず格闘6、片手剣術6、短剣術7、槍術6、盾術6、鎧術6、闇魔法3、気配察知6、気配隠蔽6、影術5、回復魔法7はあたちが覚えまつ。ダブってるのがほとんどでつしね」
ペチペチとステータスボードを叩いてスキルを取得する。回復魔法7はリフレッシュという欠損回復魔法があるので、わざわざ生命の樹に生る黄金の実を使い欠損回復ポーションを作らなくても良くなるねと安心する。ヌウマ伯爵とのポーション勝負は実は結構苦労していたのは秘密です。
「物凄いスキルドロップでつが、神を倒したからでつかね? まさしく神ドロップでつ」
「まぁ、知識を受け継ぐことができなかったからな。運営からのお詫びも含まれるぜ。あの残留思念を浄化したら大儲けだったし」
「マコトしゃん? あたちは力を引き継ぐことができなかったのに、ずるくないでつか? ねぇ、ずるくない?」
飄々と言うボッタクリ妖精をアイは睨むが、まったく気にせずに結果発表をマコトは続ける。
「結晶超石1つ。武器素材はアダマンタイト3、オリハルコン1、アクアオリハルコン1、ミスリル12、デーモントパーズ15、浄化のサファイア、光のオーブ、闇の大石27、闇の毛皮741、悪魔の角143、悪魔の爪161だぜ」
「う〜ん……思ったんでつけど……。いや、それは後でにして、なかなかのドロップでつね。特にオリハルコンとか。でもアクアオリハルコンとか属性鉱石があるというと、さらなる鉱石があるということでつね?」
小神からのドロップなのだ。中神とか大神とかなら確実にもっと良いドロップになるはず。もう神様いないけど。悪魔化したりしてないかな?
「相変わらず社長は勘が良いな。そのとおりだぜ。それと悪魔化すると基本的な戦闘力は上がるけど、信仰心が使えなくなるから、総合的には物凄い弱くなるぜ。悪魔は信仰心を使えないからな。まぁ、信仰心を頼りにしている時点で雑魚だとあの娘は言ってたけど」
「なるほど。そういえば過去にそんなことを聞いた覚えがありまつね。それはともかく……詫びドロップってどの程度なんでつか?」
ドキドキしちゃう。俺のドロップ運がほとんどだよな? 1個ぐらいドロップが増えたぐらいだよね?
まったく懲りずに自分のドロップ運に自信を持つ幼女であるが
「今回だけ70%ドロップアップになっているぜ。残留思念の浄化はウマウマだったからな」
「きゅ〜」
バタンとその場に可愛らしいうめき声をあげて倒れちゃうアイであった。70%アップでこれ? ということは、本来のドロップは……考えるのや~めた。
幼女は結果が全てなのだ。それに妖精の言ってることがさっぱりわかりまちぇん。詫びドロップって、なぁに? 幼女わかんない。
現実逃避をしながら、コロンコロンと地面を転がる幼女であった。幼女はちょっと頭が悪いのだ。そういうことにしておこう。
周りの楽しげなざわめきの中で、冷静になったアイはムクリと起き上がり、指をパチンと鳴らす。
「魔法操作 幼女を覗くのは禁止でつ。人払いモード」
あらかじめ、ギュンターや、ランカ、リンは近寄らないように言っておいたが、話を盗み聞かれないように特性を使う。
周囲を魔法の波紋が覆い、アイとマコトだけの空間へと変わっていく。その様子を苦笑いと共に、マコトが腕を組んで見て、口を開く。
「器用だな。その特性を使いこなすなんて」
「たいしたことじゃありましぇん。マコトが教えてくれないだけでしょ〜?」
「ふふん、なにか聞きたいことがあるんだな、社長?」
アイの言葉に薄く笑いながら、マコトは足を組んでフヨフヨと浮く。いつもとは違うその様子に真面目な表情となり、アイは問いかける。
「マコト……嘘をつきまちたね?」
「嘘? あたし、なんか嘘をついたっけ?」
「つきまちた。この世界に聖魔法はない。悪魔を浄化する魔法なんかないんでしょ?」
焚き火の明かりに顔を照らされつつ、アイは真剣な表情で言う。ニヤリと笑ってマコトは小首を傾げる。
「なぜそう思うんだ? 光魔法はないけど聖魔法はある。おかしいところなんてないよな? ほら、聖水だって売ってるじゃん」
「ゲームならそうでつね。でも、ここは現実。あたちがゲーム仕様なだけで、当たり前なんでつが、この世界の人々は現実なんでつ。そして、小神は悪魔化を救おうと旅をしていたと言ってまちた。おかしくないでつか? 古代なら神様はちょくちょく降臨していたんでつよね? なんで神様に頼らなかったんでつか? どうして自分の力で救おうと? 最後に……神様なのに瘴気を浄化する程度の力しか持ってなかったのは変でつよ。セージ知識にも聖魔法はありませんでちたし。聖水も魔物避け程度の力しかありませんし」
聖魔法が俺しか覚えられないと、聖魔法をドロップした際にマコトは塔内で教えてきた。おかしくない? なんで俺専用? そして悪魔が聖魔法に弱すぎだった。たいして高くないステータスの俺の全力魔法で滅びちゃうなんておかしいのだ。それに魔法名にネーミングセンスが無い。なんで幼女光?
「ギュンター爺さんは聖剣技を使えるじゃん。聖魔法もあっておかしくないだろ?」
「そこが気になったんでつが……。お爺さんの聖剣技、あれは物理攻撃と加わることにより強力な浄化攻撃になってまつ。試作スキルだったでしょ? ゲームキャラはバージョンアップでいくらでも試作技の検証ができまつからね。で、聖魔法をギュンターはどの程度まで使えるんでつか?」
お爺さんはゲームキャラ仕様だ。新たなる魔法を覚えていておかしくない。オーラ技とかこの世界に無い技も実装されているしね。
「聖魔法だけは適性のある爺さんでもレベル3が限界だな。それ以上は魂が耐えられない。まぁ、それぐらいあれば加工して高レベル聖剣技として使えるから問題はない」
「あたちは聖魔法に耐えられる? まさか……あたちはこの世界の悪魔たちを倒すために召喚されたんでつか?」
ゴクリと唾を飲み込み、緊張で表情をかたくする。そのために異世界に送り込まれた? もしかして王道の勇者とかだった? 幼女だけど。
「それなら良かったんだけど……」
「良かったんだけど?」
「まったくあいつにそんな考えはない。聖騎士ってかっこいいよねと、浄化の力を爺さんに与えただけだ。あとからこの世界の神って弱っ! とあいつは驚いて社長に聖魔法を与えることに決めたんだぜ。この世界の悪魔はエゴの塊だからアホだけど、脳筋で強いからな。聖魔法とか作っておけば、この先、悪魔にあっても弱点を突いたバトルができるでしょと作ったんだ。かなり強力な魔法になっちゃったけど」
ハァ〜と、ため息をついてかぶりをマコトは振る。
「なんか、社長ならそこまで考えるんじゃないかと思ってたんだ……残酷な真実だったから、伝えたくなかったぜ。自分が選ばれた者かと聞いてくるやつにこの真実は伝えたくなかったぜ」
伝えないで欲しかった。
スキルを解いて、アイはゆっくりと地面に寝っ転がると、再びコロンコロンと転がって、マコトから離れていく。
「ププッ。サムネは決まったんだぜ。厨二病に罹って、自分を選ばれた者かと尋ねてくる幼女を見た。だな」
「ホーリーアロー」
可愛らしい声音と共に聖なる矢がマコトへと飛んでくる。
「浄化、マコトの心を浄化しまつ!」
「ププッ。そうはいかないんだぜ」
焚き火を中心に真っ赤なほっぺの黒幕幼女とそれを見て笑っている妖精はグルグルと追いかけっこをいつまでもしていたとさ。