179話 長い説明は苦手な黒幕幼女
魔法陣の描かれている広間は激戦があったとは思えない程、静寂に包まれていた。
広間の中心にある柱の前には穏やかな表情をする半透明の身体の偉丈夫が立っていた。
セクアナ神の残留思念である。ゆらゆらと陽炎のよう揺らぎ、今にも消えそうな朧気な姿を見せている。
堕ちたるセクアナは消滅寸前に僅かに戻った知性と力を使い、自身の希望の光たる者へと願いを告げようと残留思念を遺したのだ。
穏やかな笑みにてセクアナ神はゆっくりと口を開く。優しい声音にて、相手を想い慈愛の笑みを湛えて
「も〜い〜か〜い〜?」
「まだでつよ〜」
スタッフルームにいる人たちへと大声で尋ねるのだった。なにせ、一つ部屋を挟んでいるので大声で叫ばないと声が届かないのだ。
なぜ感動的イベントのはずなのに、セクアナ神の残留思念がぽつんと放置されているかというと理由がある。
「も〜い〜か〜い〜?」
「うっさい! ボスを倒しても悪魔が消えないから、対抗策を急いで作ってるんでつ! ちょっとまってくだしゃい!」
待ちきれないセクアナの問いかけに、可愛らしい幼女の怒った返答がきてしまう。なので、ノノ字を床に描きながら、セクアナ神はいじけて待つのであった。
神の残留思念なのに、扱いが酷いセクアナ神であった。
少しして、先程の傷を癒やした老齢の騎士が戻ってきて、一緒に幼女と妖精もぽてぽてとついてきた。
「待たせて申し訳ない、セクアナよ」
ようやく来たかと、セクアナは立ち上がり、笑みを向けると穏やかな笑みをギュンターに見せる。
「たいしたことはない、人の子よ。我が希望よ。今こそ全てをは」
「あ〜、ちょっと待ってくだしゃい。フルパワーでやりまつので」
幼女が口を挟んでくるので、ちょっと口元が引きつるセクアナ。だが、そんな様子を見てもちっとも気にせずに幼女はちっこいおててを掲げて叫ぶ。
「聖魔法 魔力全消費 適当なる浄化の幼女光」
ネーミングセンス最悪の魔法名に、ごっこ遊びかなとセクアナが首を傾げるが、幼女から放たれた神々しい光に目を剥いて、驚きでぽかんと口を開けてしまう。
広間を覆い尽くし、なお光は収まらずに天頂へと伸びていき、さらに下へも降り注ぐ。神であるセクアナすら見たことも感じたこともないレベルの神聖なる力が塔に満ちていく。
凍りつき放置されていた悪魔の死体は灰となり消えていく。塔から光は漏れていき、湖を照らす。
塔内に潜む悪魔たちが消えていき、諸悪の根源である地下に眠る瘴気の魔法陣が消滅するのをセクアナは感じ取った。
破壊は不可能だと考えて絶望していたセクアナは歓喜で目を輝かして、ギュンターから幼女へと身体の向きを変える。
「よくぞ来た人の子よ。我が希望よ。今こそ全てをは」
「さっきまでお爺さんを希望と呼んでませんでちた?」
「………」
ニッコリと可愛らしい微笑みを見せる幼女に、なぜか圧を感じ取って、コホンと咳払いをして
「やはり若い方が良いと思ったのだ。幼女の方が爺さんより使えそうなので変えました」
「さよけ」
正直者の神様に、紳士たちなら同意するだろうと、ツッコミを諦めて話を聞くアイであった。
「さて、この塔の全ての悪魔を浄化した少女よ。そなたにこれを見せたいと思う」
パチンと指をセクアナが鳴らすと、周りの光景が変わっていく。立派な都市、そこに住む平和そうな表情の住民たち。都市の中央に建つ城内へと画面は変わっていき、穏やかな賢そうな老王が頭から妖精を生やし、騎士や妃に囲まれて玉座に座っている。
「お爺さん、お疲れ様でちた。なにか飲みまつ? お酒以外で」
「では、ドイツビールでお願いします。あれは労働者の水ですからな」
「酒を飲むためにはいくらでも詭弁を弄するんでつから……」
仕方ないなぁと、床に座ってお酒を手渡す幼女と嬉しそうに飲み始めるお爺さん。
平和そうな光景がしばらく続いた後に、おどろおどろしい雲が天を覆い尽くし、住民たちが苦しみながら倒れていく。そうして、紫の靄に包まれた後に住民たちは立ち上がるが、その瞳は白目を剥き、生気をなくしたアンデッドになっていた。
城内の騎士たちも悪魔へと変わっていき、玉座に座る王も変貌していく。角を生やし、黒き獣のような身体に変わり、巨大化させて、コウモリの翼を生やし、額には妖精が生えた、いかにも悪魔王ですといった異形へと変わっていった。
「フハハハ、我こそは悪魔王マコート。世界よひれ伏すが良い」
額に生えた妖精が両手を掲げて、楽しげに悪魔王を名乗る。元女優に相応しい見事な演技だったので、観客の二人は気にせずにご飯を食べていた。
「あの……ホログラムに身体を重ねて遊ばないでくれるか? なんで君たちは驚かない訳? 普通、驚くと思うんだけど?」
遂に耐えきれなくなったセクアナがマコトにツッコミを入れる。劇場で舞台に上がって怒られる子供みたいなマコト。セクアナの言葉をガン無視して、ウハハと高笑いをしながら悪魔王ごっこを楽しんでいるので、なんとかしてよ、これはかなり重要な光景なんだけどと、アイたちに助けを求める視線を向けるセクアナ。
当たり前である。幼女たちはこんなイベントは昔に、ゲームや映画でたくさん見たのだ。まったく驚くことはない。セクアナ神の満を持したイベントはスカった模様。哀れなセクアナである、
「これ、死の都市でつよね? もう言われなくてもわかりまちた。王様が瘴気の力を利用して不老不死を目指した悪魔王になった。そんな王様でつが、悪魔王の力を制御できずに飲み込まれて暴走。都市はアンデッドと悪魔の都市になったと。ここまでで間違いありまつ?」
「あ、はい、ないです……」
ハキハキとアイはセクアナを見ながら話すと、何でわかるの? と神様は戸惑う。セクアナの様子を気にせずに、アイは話を続ける。
「貴方は悪魔王を浄化しようと旅に出た生き残りの騎士団たちでつね? ここは悪魔王になる研究を王様がしていた研究所ということでつか。わからないのは、なぜ神になった貴方自身が悪魔王を退治せずにここにいるか? でつ」
「お、おぉ、その秘密を教えよう。私の」
「小神では勝てない強さだったんでつね? そして、浄化の力も瘴気を浄化できる程度で、悪魔を浄化する程の力は無いと。いや……もしかしてこの世界の滅んだ神様たちはそもそもそれほど強い浄化の力を使えなかった……? ありまつね……。マコトめ……」
幼女がズバズバとセクアナが伝えたいことを推測して言ってくるので、少し話させてくれないかなと爺さんに助けを求めようとセクアナは視線を向けるが
「百薬の長も飲まなくてはならぬな。今日は随分疲れたしのぅ」
懐から酒の入った小瓶を取り出して飲み始めていたので諦める。ホログラムに重なって、ごっこ遊びをする妖精に、酒を飲みまくるお爺さん。……こりゃ、幼女が一番マシだわと嘆息して考え込む幼女へと視線を戻す。
「セクアナしゃん、もしかしてここには瘴気を集めるシステムがありまつ? いや、あったんでつね? たぶんあたちの聖魔法で浄化された?」
「うむ、そのとおりだ幼女よ」
「アイ・月読でつよ。セクアナしゃん。アイと呼んでくだしゃい」
「うむ、アイよ。そろそろ私に話させてほしい。残留思念になって存在しているのに、意味がなくなってしまうので」
両手を合わせて頼み込む神様。情けない姿だが、これでも神様なので、仕方ないなぁと幼女は聞くことにする。幼女は他人のことを思いやれる良い子なのだ。
「瘴気を研究するために、この塔に禁忌と言われる瘴気を集める魔法陣を我が王は作り上げた。その魔法陣を破壊するために我らは清浄なる魔法陣を仲間と共に作り上げ浄化をすることにしたのだ。だが、長い旅路の先で神となった我でも魔法陣を破壊する程の浄化の力は生みだすことはできなかった」
ようやく語れるよと、胸を張り自慢げに話し始める神様。元人なので、世俗に塗れている感じがするがこんなもんか。
「地下に瘴気を集める魔法陣はある。その力は王都に流れ込んでおり、悪魔王の力を大幅に上げているのだ。なので破壊をすれば悪魔王の弱体化にも繋がったのだが……希少なる神の金属を使用して作られた魔法陣は瘴気の力により補強されており、破壊は不可能であったのだ。我では封印が精一杯であった」
「なるほど、湖に流れ込む浄化の水は封印の余りだったのでつね? そして封印をしていれば死の都市から悪魔王は出れない?」
「そなたは本当に頭が良いな。そのとおりだ。我は自らを柱として封印を施した。それと共に浄化の水の力で肥沃となったこの地で力を蓄えて、悪魔王を退治するための手段を探すように子孫に命じたのだ」
「そんなことをしたら、数代で堕落しまつよ。何もせずとも大金が入るのでつからね」
アホかと半眼になってツッコミをいれちゃう。初代と次代辺りは真面目に研究するんだろうけど、苦労なく大金が手に入るようになった子孫は堕落するに決まっているだろ。なにか研究しないといけないような制約も子孫につけておくべきだったのだ。
「そのようだな。我が愚かであった。我が息子は聡明であったので、子々孫々、聡明な者たちが研究をしてくれると信じてしまった。その結果が我の神器を盗もうと、柱から遺骸を取り出そうとするとは……呆れてしまう」
容赦ない幼女の言葉に苦笑しつつも同意する。なにが起こって、自身の遺骸が悪魔化したのか、セクアナは理解していた。
「が、その結果、そなたたちが現れた。瘴気に覆われたこの地を浄化しに来たのだろう? 何処かの神の使徒よ。これこそ神の思し召しかな?」
フフッと笑うセクアナ。想定とは違うが、それでも自身の望みを叶える者が現れたのだ。しかも強力極まりない。
「そ、そうでつよ? 世のため人のため、あたちのためにきまちた」
床に寝っ転がり、クロールで泳ぐふりをし始めるお茶目な幼女である。誤魔化し方が段々とアホっぽくなってきたのは、間違いなく女神ののろ、加護のせいであろう。
「遂に王都を、国民を、陛下を救うことができる者が現れたことに感謝を。アイよ、そなたに我の手に入れた力の全てを譲ろう! 悪魔王を倒し、この地に平和をもたらせてほしい! 既に封印は解けており、あと数年で悪魔王は復活するだろう!」
「らじゃーでつ! 力くだしゃい! 上手く使うので! ついでに悪魔王も倒しておきまつから」
力をくれると聞いて、急にやる気を出して、幼女はちっこいおててで敬礼して、ピシリと可愛らしく立つ。幼女は世界平和のためならば、身を粉にして戦える良い子なのだ。本当だよ?
なんとなくこの者に頼んで大丈夫かしらんと不安を覚えつつ、セクアナは自らの最後の力を集め、光のオーブに姿を変える。
「任せたぞ……」
神々しい光が広間に満ちて、光のオーブは幼女の身体に吸い込まれていき、様々な知識と力がアイに流れ込んでくる。
はずだった。
実際は光のオーブは幼女に触れるとシャボン玉のようにパチリと弾けて消えていった。
「へ?」
荘厳なイベントでパワーアップイベントだと喜んでいたアイはぽかんと口を開けてしまう。え? なんで?
「あ〜、残念だったな。この世界の人間とアイは規格が違うからな。破壊して浄化しちゃったな。ほら、見た目が同じでもOSの規格が違うとデータを入れることはできないだろ? 加工でもしない限り」
真実を常に遅れて教えてくるアホ妖精。その言葉に、アイはわなわなとちっこいおててを震わせて、目に涙を溜め始める。
「うわーん! タダ働きじゃないでつか! こんなのってないでつ! ノーカン、ノーカン!」
アンギャーと叫んで、セクアナの悲しい境遇に涙する心優しい黒幕幼女であった。