178話 堕ちたるセクアナ対黒幕幼女
聖騎士ギュンターの身体に意識を移したアイは盾を構えながら、ボス部屋に入っていく。ランカは、てってこと駆け出して、戦闘を離脱してエレベーター部屋に向かっていった。
「姫、こやつは小細工を使わない王道の敵ですぞ」
「あたちと相性抜群ということでつよね」
間髪入れずに答える幼女。中のおっさんはトリッキーな戦いが得意なので相性抜群である。幼女とは相性最悪な教育に悪いおっさんなので、誰か退治してくれないだろうか。
お爺さんの忠告を聞きながら、アイはセクアナに接敵する。さて、お手並み拝見といこうかね。
広間を突っ切り接敵すると、セクアナが持つ短剣がよく見えた。光の短剣とやらは、切れ味鋭そうなビームみたいな光を灯しておりヤバそうな感じを与えてくる。セクアナはその短剣を持つ手を振り回し疾風の攻撃をしてきた。
「高速思考」
光の残像を残しながら繰り出させれる高速の攻撃に、聖騎士アイは高速思考を使い対抗する。素早く敵の攻撃の軌道をアイは読み、盾にて受け止めようとする。
短剣は盾に弾かれて、態勢を崩したセクアナをカウンターにて攻撃できるとアイは考えていた。
が、受け止めるはずの盾は短剣の攻撃により、なにも抵抗なく紙のようにあっさりと切り裂かれてしまう。
「なぬっ! 盾が切り裂かれるとは!」
ザクザクと切り刻まれ、破片が地に落ちていく。リペアを使っても間に合わない。さすがは銅の盾。柔らかすぎて、高レベルのボス戦には耐えきれない模様。アイはその様子を見て、さすがに驚いちゃう。銅とはいえ、盾が短剣に斬られるのは予想外だった。
「盾が銅であることも問題ですが、敵の腕が良いですぞ、姫!」
コックピットのモニターにギュンターが映り忠告してくれるのを、不味いものを食べちゃったみたいな苦々しい表情で幼女は頷く。
「わかってまつ! 対人戦はこういうのがあるから嫌いでつ!」
アイが持つ盾の角度を見越して、セクアナは短剣がもっとも効果的に入るように刃を立てて攻撃してくるのだ。まるで鯛の頭を斬るには前歯と前歯の間に包丁を入れれば良いんだと言わんばかりに、盾を切り裂いてきて腕の差を見せつけてくる。
「盾は諦めまつ! 剣にて勝負!」
再びお爺さんの身体に意識を移して、アイは盾を捨てて剣を振るう。リーチはこちらが上なのだ。
「片手剣技 疾風三段突き!」
多段攻撃にてダメージを与えんと、アイはスピード重視の武技を放つ。文字通り疾風となり、周囲へと風の波紋を発生させて突き出した剣はセクアナへと向かう。
3連続の剣の突き。武技の補正も入り防ぐのは厳しいはずの武技であった。
「アクマヲナオス……」
おどろおどろしい呟きをして、セクアナは迫る連続突きに、短剣を持つ手を返し、くるくると回転させるような動きを両腕でしてアイの疾風の連続突きを受け流していく。
「マジでつか。武技も使わずにこっちの武技を防ぐのでつか!」
「なんか今のやられ役っぽいセリフだったぜ」
「ガイの気持ちがわかりまつね」
いらんことを口ずさむ妖精には後でお仕置きだと決心しながらも、相手の強さを冷静に分析する。
すばやさはこっちが圧倒的に上。他はビミョー。武器系スキルも相手が上、と。装備もあちらが上だ。うん、マコトデコイで、敵の神器の効果を消費させておいて良かったな。たぶん使用されていたら、あっさりと負けていたはず。
「タンクであるのに、回避タンクのようにすばやさを重視することになるとは予想外でつ」
本来はお互いに重装甲で、足を止めて殴り合うはずなのだ。しかしその予定は全く変わってしまっていた。まさかの回避タンクのお爺さんになっていた。新型にしておけば良かったと、少しだけ反省しちゃう。
「うぉオォ」
壊れたレコードのようにノイズが入ったような耳障りの悪い叫び声で叫びながらセクアナは攻めてくる。短剣の間合いにスッと入られると、そのまま切りかかってくる。
小手や、関節部分を正確に狙ってくるので、剣を横にして敵の攻撃を予測して、受け流そうとするが、完全にアイの動きは見切られていた。
剣をうなぎのようにスルリと躱すと、短剣をねじ込んでくる。腕や胴体を切り裂かれて、聖騎士は血を流す。
敵はその様子を見て、ガシャンガシャンと音をたてて跳躍して後ろに下がる。優位であるはずなのに、戸惑っている雰囲気が感じられるセクアナ。
「知性は無くとも、戦いのセンスはあるんでつね」
なぜ敵が下がったのか、アイはその理由を看破していた。まるで金属を斬るような感触に、目の前の敵は皮膚が僅かに斬れただけで僅かなダメージしか入らないからである。
「ゲームキャラは装備した防具の性能が身体全部に反映されるからな。クリティカル以外は防いじゃうんだぜ」
鎧を着ていれば、全身を覆わなくともその効果は反映されるのだ。例外は盾だけである。チートなゲームキャラならではのスキルであった。
「魔法の短剣+2って、アホみたいにクリティカルでるよな」
「初期の紙ゲーはそうでちたね。そろそろマコトをツボに封印しても良いでつかね?」
フラグをたてようとするマコトを懸命に防ごうとする幼女。マコトの言葉でクリティカルを出さなくても良いんだからね?
それに敵のちからは短剣の攻撃力を加えるとギュンターのぼうぎょに近い。肉まで敵の攻撃は到達しており、血がどんどんと失われていくのだ。
「むんっ!」
剣を両手に持ち、威力重視で攻撃をするアイであるが、攻撃は見抜かれており、ぎりぎりで回避されて当たらない。敵の攻撃を敢えて受けながら、肉を切らして骨を断つを実践しようとするが、巧みに盾を間に挟まれて防がれてしまいまったく通らない。
「ならばっ!」
大きく踏み込み、むりやり敵との距離を詰めて体当たり気味に剣を突き出す。が、その結果を見て舌を巻く。
鎧術とはよく言ったものだ。セクアナは身体をずらし、もっとも装甲が厚いだろう肩当てでこちらの攻撃を受けきった。肩に魔力が集まり仄かな魔力光が灯ったのがわかったので、鎧の防御力も上げたのだろう。
触れたことによる聖なる力もレジストされたのか、一瞬しかセクアナの鎧を焦がすことはできない。
「鎧技 硬度上昇だな! 鎧の防御力を数秒間大幅に上げるんだぜ」
「さよけ。これは勝ち目がないでつね」
コックピットでマコトが騒ぐのを耳にして幼女はコンソールにうつ伏せになる。駄目だわこりゃ、普通にやったらリンでも苦戦するだろう。悪魔の将軍かよ、硬度10ダイヤモンドパワーかよ。
あーあ、少し慢心してたなと反省しちゃう幼女。不貞腐れてコロリンコロリンとコンソールに身体を押し付けちゃう。それを見て、マコトが不安げに尋ねてくる。
「諦めるのか? 退却か? 諦めるなんて珍しいな」
その言葉にムクリと頭を持ち上げて、アイは不敵に笑う。
「敵も負けないと思っているでしょーね。でも……常に勝ち筋はあるのでつよ」
「なんだ、演技かよ」
「むふふ、エキストラ役を騙せれば、一般人は騙せまちたかね」
なんだとコンニャローと、髪の毛を引っ張ってくる妖精を払いつつ、アイはこっそりと魔法を唱える。
「あたちが下がった時が敵の最後でつ」
「ふふ、姫の知略見せて頂きますぞ」
ギュンターは信頼の籠もる目でアイを見て、マコトも何をするんだと、ようやく髪の毛を引っ張ってくるのをやめる。
「さらば、セクアナでつ」
次がセクアナの最後となると確信して、アイは再びギュンターの身体へと意識を移すのであった。
セクアナは朧気に思い出す使命を口にしながら、侵入者を攻撃していた。手には愛用の剣はなく、神器の防具の力も使い果たしたが、それでも目の前の敵は倒せるだろうと、僅かに残る知性で予想する。
光の短剣の攻撃を受けても、致命的な深い傷を与えられないのは予想外であるが、敵の腕前はたいした力ではなく、その手に持つ武器も弱々しいため、セクアナの身体を傷つけることはできない。
なぜか浄化の力のようなものを使い、こちらの身体を燃やそうとしてくるが、鎧の防御力と自身の魔力で抵抗できる。
あとは時間の問題で敵を倒せるだろうと確信していたが、身体を切り裂かれて恐怖を覚えたのか、敵は間合いをとるべく、後ろへと跳躍して離れていく。
後ろを気にしながら下がった敵の動きを見て、逃走するつもりだと推測し、逃すことはできないとも考えた。敵には部下を倒した魔法使いもいるのだ。あの魔法使いを連れて戻ってきたら、少なからず厄介なことになる。
負けるとは到底思わないが、念には念を入れておかねばならないだろうと、魔力を短剣に集中させて、凝縮させる。
「騎士剣奥義 栄光の剣」
短剣から剣身が伸びてガラスでできたような薄い光の刃を形成する。そして、まるで重さがなくなったように短剣は空気のように軽くなり、自らの身体に力が満ち溢れていく。
セクアナが神に至った際に覚えた奥義、栄光の剣。その切れ味はどのような硬い鎧もやすやすと切り裂く鋭さを持ち、まるで空気のような軽さを剣に付与して、自らの身体能力を一瞬だけ倍にする。
どのような敵も倒せる、まさしく奥義と呼ぶに相応しい武技。
セクアナはその光の刃を振りかぶり、逃げようとする敵へと残像を残し、一瞬で間合いを詰める。
間合いを詰めた時には既に剣は振り下ろされていた。あまりに速いその振り下ろしは、その瞬間を常人ならばまったく捉えられず、最初から振り下ろした態勢で間合いを詰めたのだろうと思わせる超高速の剣技であった。
敵の騎士は肩から袈裟斬りになり、身体が断たれて死ぬだろうと確信していたセクアナであったが
「ナ、ナニ?」
不思議なことに、敵の身体は傷一つなく……グラリと自分の身体が傾く。なぜか自分の身体が攻撃も受けていないのに、肩から袈裟斬りにされていた。
枯れ木のような身体が、鎧ごと身体を切り裂かれたために覗く。
「真理より優れたるものはなし。リフレクトウーンズだ。悪いなセクアナよ」
敵のかけてくる声に、なにが起こったかを悟る。受けた傷を反射する魔法をまともに受けたのだ。しかも通常ならば高い身体能力と異常耐性を持つ自分ならばレジストができて、反射は失敗するはずなのに、なにかレジストできない特性を使われて。
「聖剣技 浄化の剣」
そうして動くこともままならぬセクアナは神々しい光を発する敵の剣を見る。その光に身体が照らされるだけで、浄化される。一撃を受けたら、再生は叶わずに消滅するだろう光。
「オォ、ソノヒカリコソマチノゾンデイタチカラ……」
悪魔を浄化させるだろうその光。今の弱ったセクアナを消滅させるに足る力。
セクアナはその力を望み、永遠とも言える時間を過ごして来た。いつか来るであろうと想像していた。子孫たちがいつかその力を作り出すだろうと。
予想と違い、どうやらこの者は子孫ではなさそうだと、聖なる光に照らされて、数瞬の間、以前の知性を取り戻したセクアナは苦笑してしまう。
「見事な力だ……汝に我が願いを託そう」
歓喜と共にそう呟くと同時にセクアナは振り下ろされた聖なる剣の一撃を受けて、堕ちたるその身を浄化され消滅するのであった。