174話 神の塔に侵入する黒幕幼女
小島と言ってもかなりの大きさの島だ。巨大な神の塔が建つ程の大きさである。神の塔は真っ白な美しい壁で建てられており、金の大扉が入り口にあった。
月光の一行は漁師の舟に乗り、えっちらおっちらと小島にやってきて、立派な作りの神の塔を眺めていた。
扉の横にはナンバー式の暗証パネルがついている。なんで暗証パネル? やけに未来的だなと警戒心から半眼になる幼女であったが、ララの言葉に気を取り直す。
「このボタンの上になにか魔力で描かれているよ! ん〜、どうやら描かれているとおり順番に押していけば良いみたい。あ、描かれている絵が変わったよ」
「ワンタイムパスワードでつか……なるほど、見抜く目が必要ということでつね。たぶんセンスマジックだと見えないレベルの繊細な魔力なんでしょー」
苦々しい表情になり、ララの言葉にアイは納得する。月光にはセンスマジックを使える魔法使いがいないけどね。
見抜く目の持ち主を連れてきて良かったよ。ちなみにララの親は豚伯爵ではない。その分家のクズ子爵だ。たまたま隔世遺伝で特性が受け継がれた模様。クズ子爵にはそれ相応の痛い目にあってもらう予定でもある。
この力がバレていれば、ララは伯爵に連れ去られていた未来もあっただろうと、自分がララと出会えて良かったと安堵する。
「ねーねー。ボタン押しちゃって良いかな?」
ウズウズと人差し指をパネルに向けながら尋ねてくるララに、アイは頷いて許可を出す。罠もないだろうしね。それに先行して貴族たちも訪れているのだし、危険はないだろう。
「りょーかい。えっと、ハープ、魚、壺、ライオン、鳥っと」
パネルに描かれている絵をポチポチと押していくララ。全てを押下し終わると、ゴゴゴと重たい音をたてて扉が開かれていく。
ララが好奇心旺盛に中へと入ろうとするが、リンがごく自然に後ろから抱きしめ羽交い締めにして止める。地球で護衛を仕事にしていただけはある。相手に気づかせない自然な動きなので、アイは感動して自然に涙目になっちゃう。
そうして扉が開ききり、中の様子が見えてくるが
「姫、お下がりを。どうやら塔内も汚染されておりますぞ」
お爺さんが盾を構えて、一番前に立って忠告してくる。中の様子が目に入ってくるが、たしかに紫の靄が充満しており、体に悪そうな換気が必要な感じである。
「月光の加護がない人たちもいまつからね。ランカ!」
「クリエイトウォータースプラッシュ!」
阿吽の呼吸で、ランカは杖を突き出して、水のシャワーを塔内へと放つ。放水により、あっという間に靄はなくなり視界が開けていく。
「ウォーターススプラッシュで浄化されないのは、もう手遅れなんでつか?」
厳しい視線でクリアとなった塔内を見て尋ねると
「あぁ、あれは既に死んだ奴らだぜ。ゾンビになってるな」
マコトがつまらなそうに後ろ手に浮きながら教えてくる。マコトの言葉通り、騎士の鎧を着込んだ者たちが、よろけながら近づいてくるが、その顔は青白く肉は抉れて乱杭歯を剥き出しにして崩れており、身体は鎧がひしゃげて、その隙間から内臓が覗いており、ゾンビとなっていた。
「マコト様、瘴気に触れると人間はゾンビに?」
ダランがギュンター爺さんの横につき、盾を構えながら聞いてくる。不安げな様子だが、騎士の誇りが恐怖を上回った模様。
「いや、瘴気に数年は当たらないと人間は影響が出ないぜ。それまでは多少体がダルいかなと思うぐらい。その代わり死体は数日でアンデッドになるんだぜ」
「哀れなる亡者共だな。儂がその呪いを浄化してやろう」
近づくゾンビを前に、聖騎士はダランたちを手で制して、自分一人で突進する。歳経た爺さんなのに、そのようにはまったく見えない鋭い動きでゾンビたちへ噛みつこうとする攻撃を受け流し、軽く手でタッチしていくと、その聖なる力でゾンビたちは灰へと変わっていく。
「な、なんと! これが聖騎士とギュンター卿が言われる由来ですか」
「凄い威力ですね。さすがはギュンター卿」
ダランとバーンは武器を振るうまでもなく、アンデッドを片付けたギュンターの力に驚く。そして、なぜギュンターが聖騎士という聞いたことがない騎士なのかも納得する。
「瘴気がアンデッドを作り、アンデッドは邪悪なる呪いで動くようになる? 瘴気が化学反応を起こして、違うものになったと考えてよいでつか?」
アンデッドが瘴気で動くならば、幼女タッチで同じように灰になるが、そんなことはないと死の都市で知っている。幼女タッチは紳士にしか効かないのであるからして。
「社長の言うとおりだな。その場合は倒したあとに浄化だぜ」
「どちらにしても、最後は浄化されると。ふ〜ん」
なるほど、それでマコトは儲けているのか。浄化が全てにかかると。魔物を倒しても浄化されるんだな。いつか中間マージンは折半にするように交渉してやるぜ。
ムムムと幼女は難しい表情で、利益のことを考えちゃう。が、次々に倒されていくゾンビを前に、真剣な様子をアイは見せる。
「結構な数のゾンビでつが、その素体、騎士たちを殺した相手がいるはずでつ。皆気をつけてくだしゃい」
幼女自らも短剣を鞘から抜いて身構えながら周囲へと目を凝らす。塔内は明かりもないのに蛍光灯でもついているかのように明るかった。
円柱が等間隔に並び、外から見たよりも内部は広いように思える。白い壁に白い柱、綺麗な建物であり、セクアナ神殿でもあるのだろうと思う。だが、神の塔は清浄さを感じさせず、どことなく不吉な空気がするのを、敏感肌のプニプニほっぺな幼女は感じとっていた。
皆がその言葉に油断なく進もうとした時、柱の影が膨れ上がり、黒いなにかが豹のように飛びかかってきた。
「影に隠れる魔物とは、また普通な魔物でつ!」
ふぁんたじ〜な魔物だと思いつつ、短剣を構えて迎え撃つ。それは黒い虎とも見える大きな獣であった。輪郭が揺らいでおり、溶けて消えそうな魔物だ。
漆黒の身体に爛々と殺意だけを示す赤い光を伴わせた目でこちらを睨み、光を返さない黒き短剣のような長さの牙を剥き出しにして襲いかかってくる。
「油断するな! 皆のもの、こ奴ら気配が薄いぞ!」
ギュンターが真剣な表情となり柱の影の中から次々に現れて襲ってくるのを見て警戒を顕にする。自分に向かってきた獣の頭へと盾を押し付けて砕きながら注意を促す。
「陣形をとれっ、集まるんだ。ビッグシールド!」
バーンが全員に指示を出して盾を身構え武技を使い、柱の影から次々に現れる魔物を牽制する。ダランやダツたちは剣を振るい、自分たちの死角を補いながら敵を切り裂く。
アイはララを見るがリンが前に立ち、刀の柄に手をかけて守っていた。周囲から集まってくる獣たちは近づくと同時に身体がふたつに分かれて倒れていく。リンが腕を僅かに動かすと、獣は黒き血を流して、何もできずに切り裂かれていった。
「適刀流 豆電球の閃き」
神速の居合であるが、名前にセンスはないようだった。
ランカは杖を構えて油断なく周りを観察して、危ないところがあったら魔法で援護をできるようにしている。
「なんというか、ふぁんたじ〜なバトルでつね」
激しい戦闘音と懸命に戦う味方を見ながら、紙のゲームっぽいなぁとワクワクしながらも、アイも短剣を持って身構える。自分の武器はまだ更新していないので、未だに銅装備であったりするけど。
3匹の獣が周囲から襲いかかってくるのを冷静に迎え撃つ。
「デーモンドッグだぜ! 平均ステータス30、すばやさが高い。影術3持ちだな! 半径100メートルの影から影へとテレポートできて、魔力を消費して影の中に潜伏できる!」
「久しぶりに影術を聞きまちたよ」
マコトの解析を聞きつつ、最初に接敵するデーモンドッグへと踏み込み肉薄する。デーモンドッグは逃げる様子もなく近づく幼女を見て、身体を前傾にして大きく踏み込み跳躍をして、一気に間合いを詰めてくる。
「見える、あたちにも敵の動きが」
幼女は軽口を叩きつつ、よだれを垂らし迫るデーモンドッグの斜め前へと強く踏み込みすり抜ける。すり抜ける際に、左手に持つ短剣を横薙ぎにして。
「ギャウっ」
傷ついたデーモンドッグは着地を失敗させて、血を撒き散らしながら床を転がっていく。残りの2匹は方向転換して、アイへと追いすがってくるが、空いた右手のひらを一匹に向けて、幼女は小さく呟く。
「ファイアアロー」
ちっこいおててから3本の炎の矢が生み出されて、デーモンドッグへと向かい、敵は間近で使われた魔法を回避することができずに命中し炎に包まれる。
最後の一匹はそれを見ても怖じ気づくこともなく、幼女をかみ殺さんと加速してくるが、薄く笑いながら、アイは足を強く踏み込み、背中から後方回転をして、デーモンドッグの上を飛び越える。
「投擲技 3連投げ」
短剣を投擲すると、魔力を伴った武技により3本に短剣は分身して、無防備なデーモンドッグの背中へと突き刺さり、敵へと大ダメージを与えるが、敵はよろめきながらも倒れることはない。
「タフな敵でつね。どれも死んでいないでつか!」
最初に横薙ぎにした魔犬が立ち上がり、ファイアアローにより炎に包まれていた奴は炎を消しており、背中に短剣が刺さった敵も死ぬ様子はないので、アイは多少の驚きから呟く。
「デーモン系統は物理魔法状態異常各種耐性とダメージ軽減がついていて、ステータス以上の力を持つぜ。おまけに皆HPもMPも同レベルの魔物たちより高いんだ。弱点は聖なる力に話にならないほど弱い」
「聖なる力はギュンター爺さん以外が使っているところを見たことありませんよ。デーモン系統……厄介でつね」
追加情報をウキウキと伝えてくるマコトを見ながら、遂に悪魔系統と会敵したかと真面目な表情で考える。
「デーモン系統は特殊なスキルが多そうでつよね、これから楽しみでつ」
不敵に笑おうとして、むくれた幼女スマイルになっちゃうアイは楽しそうに独りごちる。トリッキーなスキルとか、強力なスキルが多そうだと期待を顕にしちゃう。
「魔法操作 散弾化 ファイアボール」
幼女程の大きさの火球を生み出すと、野球のボール程のいくつもの炎の球へと分裂させて、軽く手を横に振るう。
無数の火球は3匹へと勢いよく向かい、その面制圧を目的とした魔法により、デーモンドッグは躱すことができずに、その身体に直撃を受ける。
炎の小爆発が敵の身体を抉り燃やしていき、さすがのタフネスなデーモンドッグも倒れ伏す。
周囲の戦いも終わりに向かっており、剣撃の音は収まっていったが、奥から感じる気配にため息をついちゃう。
「猟犬の次はその飼い主でつか。まぁ、連続戦闘はダンジョンあるあるでつよね」
人型の黒いものたちが、ひたひたと奥から歩いてくる。今度は本格的にデーモンである模様。
デーモンドッグとは一味も二味も違いそうな魔物の力を感じて、アイは短剣を手元に呼び戻す。この神の塔を攻略するのは、攻略サイトを見ながらでも大変そうだと思いながらも
「まぁ、だからララを連れてきたんでつがね」
クスリと笑い、連続戦闘に挑む黒幕幼女であった。