173話 湖を浄化する黒幕幼女
寂れた漁村だとバーン・カールマン男爵は今いる漁村を見渡して思う。水の神器がなくとも聖なる湖から取水できるのだろう。水に困った様子はない。
湖から直接水を飲むとお腹を壊すと思われるが、そこはさすがは聖なる湖というところだろうか。
出会った漁師たちから、なぜ湖が怪しげな靄に覆われたのかをバーンたちは聞くために、漁師たちに漁村へと案内されたのだ。
1週間前からこのような様子となり、魚が捕れなくなり困窮し始めたと、目の前にいる漁師たちが言っていたが、元々生活は困窮していたのだろう。木の家はボロボロで、釣り竿やら網がおいてあるが、たいしたものじゃない。自分の街と同じ程度の人口らしいが、住心地は遥かに自分の領地のほうがマシだ。
「へへっ。ありがとうな! あんたら良いやつじゃん。貴族と勘違いして悪かったな。まさか商会の奴らだとは思わなかったぜ。同じ平民だなんて、世の中には金持ちがいるもんだな。あんたは見習い商人か?」
男っぽい荒い言葉で少女がアイ様から貰ったふかふかのパンにかぶりつきながら尋ねてくる。……私は見習い商人に見えるのか……。
肩を落としてがっかりとバーンはしてしまう。ハーフプレートに剣を腰に下げている見習い商人とは随分斬新な見習い商人だと苦笑もしてしまう。
見る限り、漁師たちは漁村から出たこともないのだろう。素朴で素直な性格である。
「バーンしゃんは男爵しゃんでつよ。平民なのはあたちでつ。まぁ、バーンしゃんはそんなことで怒りませんけど。ね、バーンしゃん?」
「もちろんですよ、アイ様。それにしても想像と違ってましたね。聖なる湖がここまで変貌しているとは……」
「そうでつか? あたちの予想を超えていませんけど。それよりもっと」
男爵と聞いて、貴族だと理解した少女が驚きでパンを頬張るのをやめて、ぽろりと落とす。そのパンをアイ様は素早く掴み取り、少女へと手渡す。
「それよりも貴族たちが来たあとからというのが重要でつ。なにかしら馬鹿なことをしたんでしょー」
「そうですね。しかし神の塔にはキツグー伯爵家の一族のみしか入れません。どのように解決を?」
何処から現れたのか不明な月光商会の当主、幼女であるのに時折凄みを感じさせるアイ様はメイドの少女を指差す。アイ様が連れてきた少女だ。
「神の塔の入り方は有名すぎるほど有名でちた。彼女はキツグー家の見抜く目を持っていまつので連れてきたのでつ。きっと役に立つでしょー」
「任せてアイちゃん! 私も頑張るから!」
メイドの少女が腕を曲げて、ニカリと笑う。このために少女を連れてきたのかと、バーンはため息をつく。なにを想定して準備をしているのかと驚いてもいた。
「神の塔侵入はララがいれば問題ないでしょー。リン、絶対にララを護ってくださいね」
「むふーっ。リンに任せて。敵を絶対に近づけさせない」
シミター使いの狐人の少女が尻尾をぶんぶんと振りながら得意気に請け負う。見ただけでその力を感じることができるほどの、隙が見えない強そうな少女だ。
自分よりも、遥かに強いのは明らかだ。だが一人で何でもこなすのは不可能なので、自分でも役に立てるだろう。
「とりあえず、湖の浄化からでつかね? このクエストクリアしたら、勝手に湖が浄化されそうでつし。そうなるとポイント手に入りませんよね?」
「さすがは社長、わかってるじゃん。あたしたちが浄化しないとな」
「塵も積もれば山となる作戦。……マージンは少しだけ分けてくれれば良いでつよ」
マージンと言っているが、なんのことだろう? どうやら信じられないことだが、話の流れから妖精は女神の使徒。アイ様も使徒? 触るだけで瘴気を浄化するところを見てしまった。祝福を受けているらしいが……。あの不気味な変異をした魚が普通の魚に戻ったのは心底驚いた。
聖なる力を持っているのだろう。瘴気に溢れたこの地へと来たのは、賭けに勝って手に入れた神の塔を見に来たらしいが、たまたまではあるまい。この状況を見据えてのことに違いない。
「その前にお腹を空かせた皆にパンをプレゼントしましょー」
その後に浄化でつねと、お鍋の汚れを落としましょーとでも言うように、あっさりとした口調でアイ様は言うのであった。どことなくその様子が神々しい感じがしたような気がするとバーンは思うのであった。
無論、気のせいであるのは、言うまでもないだろう。もしかしたら、中の人がいなくなれば神々しい幼女になるかもだが。
最近のアイは油断しない。なんとなれば、特性を持つのは貴族だけではなく、平民も持っていると気づいたからだ。なので、ぺしぺしとふかふかパンアタックで、相手のおててを叩き、ステータスを確認していた。
その中でモルガナと言う少女は特性釣り人適性を持っていたのでマークしておく。陽光帝国の南部都市には海岸線に存在する都市がある。スカウトして、後で鰹を釣って貰おうと画策していたりした。
相変わらずずるい方法で解析をする幼女である。悪辣なおっさんはそろそろ退場しないといけないと思う。レッドカードを探す旅に紳士たちは出かけるべきだろう。
漁村の人々は並んで、ふかふかパンを受け取っている。今までのパンとは味も柔らかさも比べ物にならないと夢中だ。
「ありがとうなっ! これで腹いっぱいになったよ」
笑顔でお礼を言いながら、さらにパンを口にするモルガナ。お腹いっぱいになったんじゃないの? ま、いっか。とりあえずは謎のポイント稼ぎである。絶対にマコトからなにかを踏んだくる所存。マコトだけ稼ぐのはズルいと思うので。
「それは良かったでつ。では次に湖の浄化でつね。ランカ〜出番でつよ」
「ほいほい。んじゃ、新魔法を試してみるよ〜」
のんびりとした口調で浜辺へとランカは杖を肩に担いで鼻歌を歌いながら歩く。もちろん幼女もてこてことちっこい手足を振り上げてついていく。なにをするのかなと、漁師たちもバーンたちもついてくる。
カルガモの家族みたいに皆で連れだって浜辺へとつく。浜辺につくと相変わらず赤錆のような湖水、空は紫色の靄で覆われている。湖は琵琶湖ほどの大きさなのだろう。かなりの大きさで、靄に隠れて薄っすらと神の塔が聳え立つ小島が目に入る。
「ランカ、まだその身体は旧型でつので、魔法の取り扱いには気をつけてくださいね。湖の魚を全滅させるのはなしでつよ」
漁師が困っちゃうからね。今回はランカの水魔法レベルを6にしただけなのである。ランカは元から装備も魔法も強力なので、新型にするのはまだにしておいたのだ。
「魔法威力は最小限、範囲は最大にして、敵に触る程度にするんだよね。了解」
モニター越しに話す2人。怪しい会話は聞かれないようにしないとね。
吸魔の杖を地面にトンと突き立てて、真剣な表情に金髪美少女は変える。魔法操作スキルがないので、かなり神経を使い集中しないといけないのだ。
何気に真面目な表情を見ることが稀なので、アイたちも固唾をのんで見守る。
「ご褒美はアイたんと、新しく作ったお風呂でキャッキャウフフ。ご褒美はアイたんと、新しく作ったお風呂でキャッキャウフフ」
見守らなければ良かったと、ランカの呟く言葉を聞き取り半眼になるアイ。段々変態度が上がっているような……。邪悪ななにかを感じちゃうぞ。
カッと目を見開き、ランカは魔力を解放し始める。魔力が薄っすらとそよ風のように周囲に巻き起こり、杖が強く輝く。
「タイダルウェーブ!」
クリエイト系水魔法タイダルウェーブ。膨大な水を作り出し、津波にて敵を押し流す魔法だ。水をコントロールする力も合わせ持つ。
杖から、一滴の水が生み出されたと思った瞬間、小さな雨粒のような水滴は渦巻き、膨大な水量に変わっていく。
水はまるで城壁のように高い壁と変わっていき、その長さは漁村を簡単に覆う程になる。
「なんだこりゃ!」
「魔法ってやつかよ!」
「す、すげえっ」
ポカンと口を開いて、水の壁を仰ぎ見る人々。バーンたちも見たことがない強力な魔法に驚愕していた。
「タイダルマコトウェーブ!」
良いところ取りをしようと、いつの間にかランカの肩に魔法使いルックで乗っていたマコトが手を突き出す。
「たぁっ! 流れるプールアタック!」
ランカはさすがにマコトにツッコむ余裕はないのだろう。杖を両手で握りしめて、タイダルウェーブを発動させていく。ゆっくりとタイダルウェーブを重力を無視しておろしていき、湖水に流れ込ませる。
ざぁ、と大波がその膨大な水量が流れ込んだことにより発生して、沖へと広がっていく。
その過程で、赤錆のような湖水はまさしく魔法の力で透明なる湖水へと変わっていき、起こされる水しぶきは空へと舞い上がり、靄を消していった。
みるみるうちに波が広がっていき、靄は消えていき、そうして波に驚いたのか白銀の腹を見せて、元の姿へと戻った魚が飛び跳ね、聖なる湖へと戻る。
「うぉぉぉぉ!」
「大魔法使い様だ!」
「元の湖に戻ったぞ!」
わぁわぁと大歓声をあげて、諸手をあげて喜ぶ漁村の人々。漁師もその妻も子供も偉大な魔法にて、元の湖に戻ったと、これは村に伝えるべき英雄譚となると話し合っていた。
きっと数十年は語られる英雄譚になるだろう。そんな予感をさせる喜びようだった。
「お見事です、ランカさん。あれ程の魔法は初めて見ました」
「まぁ、見栄えはする魔法だよね。使い道なさそうだけど」
バーンの二枚目スマイルからの賞賛に、額に浮かんだ汗を腕で拭いつつ、片手でヒョイと幼女を抱きしめて、まったく二枚目スマイルを気にせずに答えるランカ。なぜに俺を抱きしめるのかわからないんだけど。美少女の顔を崩さないようにね。
うへへと幼女の肌をプニプニと触りながら喜ぶランカに内心でツッコミつつも、たしかにそのとおりだと思う。
「たしかにあれ程の広範囲の魔法となると、魔物の群れか、軍隊相手でもなければ使い道なさそうでつね。魔法使いの宿命ってやつでつか」
高レベルになればなるほど、古典的魔法って使いにくくなるんだよなぁ。まぁ、単体魔法もあるだろうし、いつか覚えることができるかな。
「ランカの魔法は素晴らしかったですが、やはり元を断たぬと駄目なようですぞ」
ギュンター爺さんが靄が消えて、ハッキリと姿を現した神の塔を指差す。
そこには変わらず赤錆の水を滝のように流す白い塔があった。あの様子だと、それほど時間が経たずにまた湖水は汚染されてしまうに違いない。
「時間稼ぎができまちたからね。次は神の塔に侵入といきましょうか」
きっと美味しいアイテムがあるに違いないと、水しぶきが舞い風が髪をたなびかせる中で幼女は楽しそうに微かに笑みを浮かべるのであった。
「やったぜ。膨大な収入になったから、その収入をほとんど使って撮影の画面解像度を大幅にあげたぞ。あたしって天才だな!」
なにか妖精が得意気に叫んでいたけど、きっと幻聴だろう。