171話 寄り道しちゃう黒幕幼女
王都から見て北東には、死の都市、フラムレッド伯爵家、バーン・カールマン男爵家その他下級貴族の領地がある。その北西にキツグー家の領地は存在する。
幼女一行はキツグー家の領地に向かう前に、バーン・カールマン男爵領に寄っていた。ちょうど良いと顔を見せに行ったのである。こまめにお客に顔を見せるのは商売人として当然だよねと。
応接室にて、ふかふかソファに座るバーン、トリス、アイ、ギュンター。壁際にはダランとダツたち、それと1名。
「あ、これどうぞでつ」
はいどうぞと、バーン男爵のおうちに訪れた幼女はニコニコ笑顔でココア粉の入った瓶とクッキーの詰め合わせの入った缶を渡す。ふふふ、バッカス都市が手に入ったから、こういうのも作れるようになったぜ。
お土産に最適だよと、アピールアピール宣伝だと、最近皆に配りまくっている商魂たくましい幼女がここにいた。
バッカス都市の技術を軍備ではなく、商品に使うことを考える中の人である。おっさんは軍備には興味があまりないのだ。生産性がないし。
シンプルだけど可愛らしい天使の少女が缶に描かれていたりする。残念なのは結晶鉄で作られており、アルミのように軽く錆びにくいのだが、少し高価になっちゃうところ。大缶で金貨20枚しちゃうし。でも、貴族や裕福層なら気にしない金額だろう。
「ありがとうございます、アイ様。月光商会のご活躍は辺境であるこの地にも伝わっています。最近は砂糖を売り出し始めたとか」
「……そうでつね。各地へと売り出すことができれば良いんでつが、あんまり量がないので困っちゃってまつ」
丁寧に頭を下げてくるバーンを見て、辺境は情報が遅いなぁと思いながらも、ニコリと幼女スマイルで答える。真面目に売り上げが頭打ちなのだ。だって、売る物がないんだもの。畑、畑が必要なのです。首都建設はまだまだ測量が始まったばかり。もはや幼女だけの力で補えなくなったのだ。
「それでは、お茶をお持ちしますね」
トリスがお土産を手にして、ニコニコ笑顔で部屋を出ていく。辺境ではココアなどは噂に聞くぐらいで、手に入ることはない。王都にて買い占めが始まっており、貧乏男爵家では見たこともないので、期待に満ち溢れている模様。
そうなると、やっぱりココアだよねと俺は思う。コーヒーは苦くて一般受けする品物ではない。少しずつ良さが広がっていくだろうが、甘いココアの方が受けが良いのだ。もちろんココア粉には砂糖入りだ。幼女に優しいお味となっています。
「最近はどうでつか、景気良さそうでつが」
なんか町を歩いてきたけど、活況あるんだよね。行商人がぽつりぽつりといたし。
視界に入る約1名をことさらスルーして問いかけると、困ったような嬉しいような笑みで頭をかくバーン。
「ええ、干しトマトといった物を売り出せまして。物珍しさと美味しさから行商人が買っていくんです」
「へー、なるほど。干しトマトでつか。トマトって、ここらへんでとれまちたっけ?」
「姫、現実逃避はやめましょうぞ。そこにいるモカが供給しているのでしょうから」
「お爺さん。殊更スルーしていたのに、遂に口にしちゃいまちたね! どうりでモカがトマトの種を求める量が最近多いなって思ってたんでつ!」
もぅ〜、と両手をあげて怒っちゃう。約1名、即ちラングウォーリアカスタムのモカがいた。
テヘペロと舌を出して、悪戯そうに微笑むモカ。美女の微笑みは可愛らしいなぁ、お得だなと苦笑しちゃう。
「ルナプリンセス。仕方ないのです、カールマン領地の魔物を退治していったら、いつの間にか、村人たちが野菜を奉納しに森を彷徨くようになったので、森の中を歩くのは危険だと接触しました。その結果、なぜかトマトを配ってました」
「その結果って、トマトを渡す経緯がわからないんでつけど?」
「あれは冬の寒い日でした。一人の子供が迷い込んで来て……」
「スキップ。だいたいわかりまちた。サブイベントがあったんでつね」
容赦なくモカの話をスキップスキップするアイ。だいたいわかったよ。その子供を助けた時にトマトをあげたとか、そんな感じで街の人にも分けるようになったんでしょ?
「さすがはルナプリンセス。だいたいそのとおりです」
ぱちぱちと感心して拍手をしてくれるので、テンプレでしょと思いながらも、褒められると嬉しい幼女はペッタンコな胸をそらす。むふふ、もっと褒めても良いよ。
「まぁ、トマトとザクロはラングたちの自由裁量で構いませんので、良いでつが。種を植えても芽は出ないことはよく言っておいてくださいね。子供が泣いちゃうのは嫌なので」
よく子供がこっそりと育てようと、夕食のフルーツを食べないで植えるやつあるじゃん。わ〜んと泣いちゃう子供を見たら、幼女も貰い泣きしちゃうよ?
「はい。神の食べ物なので、育てることはできないと言い聞かせてありますので、問題ありません。それと森林奥とはいえ、砦が目立ちました。少し張り切りすぎたかもしれません。興味を持った子供たちがやってきてしまうのです。周辺の魔物を間引いているので、砦まで」
「あ〜っ……ちょっと壁高くしすぎまちたね。なるほど、やんちゃ坊主たちなら、行っちゃいまつか」
そりゃ、行くわ。勇気を見せちゃうぞって、子供たちは行っちゃうだろう。ちょっと魔物を間引きしすぎたか。そして、砦が遠くからも見えるほど立派に作ったのも失敗だったね。
あと、神の食べ物とか、モカは言ってるのか……。ま、まぁ、いっか。
「大人たちは森に行かないように言い聞かせているのですが、なにぶんラングさんたちは美しいですし、子供たちに優しいので、皆大好きなんです。そのために森にこっそりと入る子供がいまして」
バーンが申し訳なさそうに言うが、仕方ないかぁ。子供のそういった行動は止められない。映画とかだと、そういった行動で危機に陥る街とかあるんだよね。ゾンビウィルスが広がった24週間後の隔離されたロンドンとか。個人的にウィルスの抗体を持った母親をあっさりと殺そうとした軍人のアホさとセキュリティーのザルさに映画とはいえ、ないだろと呆れたけど。
だから、大人が管理できるレベルにしないといけない。と言うことは……。
「仕方ないでつね。砦までの道を造っておいてください。んと、バーンしゃん。なるべくその道はヒ・ミ・ツでお願いしまつ」
ナイショだよと、ちっこい人差し指をたてて言う。たぶん外部に隠して置くのは無理だろうけど。蛇や狼を随所に伏せておくぞ。綿花の存在はバレる可能性が高いけど、種を盗まれても、1代限りだから問題はないし、今は力もあるから、もしバレてもそれを逆手にとってやる。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけして」
「良いのだ。その問題はたいしたことはない。それよりここ最近のこの地域の情報を教えてほしい。我らはこれからキツグー伯爵家の領地に向かうのでな」
手をひらひらと振って、寛容なるお爺さんが気にするなと伝える。ホッとしたバーンは考え込み、トリスがココアを持ってくる。
カチャリとコップが置かれたので、ココアを手にして、ふーふーと息を吐いて冷ましながら答えを待つ。
「そうですね……。数日前に来た行商人が変なことを言っていました。常に浄化の清浄なる空気に覆われている聖なる湖から紫色の嫌な感じの霧が現れ始めたと。キツグー家がなにかをしたようですが」
「ピコーン、クエストが発信されたぜ。キツグー家の領地でなにが起こったか確認せよ! 報酬はあたしが褒めてあげる。だぜ」
「報酬が安すぎまつね。お断りしておきまつ」
冗談を言うマコトに、舌を出して拒否するが、たしかにクエストっぽい感じだよな。
「それと死の都市の動きが活発だとか。フラムレッドの騎士団が最近慌ただしいとも聞きました。アンデッドが都市から出てきているらしいですよ」
クエストを教えてくれるNPCかなと、バーンの話にクスリと笑っちゃうが、なるほど2つのクエストが発生したぽい。
……聖なる湖がおかしくて、死の都市がなにやら活発化しているね……。なにかリンクしていると思うのは気のせいだろうか。
だが、そうなるとどちらを先に調査するのかは決まっている。聖なる湖だ。浄化が働かなくなると、怪しい靄が湖を覆うって感じだと思うんだ。なにせゲームではよくあるパターン。
「キツグー家は圧政を敷いていることでも有名です。8割の税金を領民にかけており、領民たちの生活は苦しいとも聞きます。曰く、聖なる力に恩恵を受けた肥沃な田畑を持っているのだから、その分、税金は高くて良いだろうと」
「追加情報ありあと〜でつ。その肥沃な田畑はそんなに収穫が違うんでつか?」
「いえ、魔物がそこまで強くないので、領民でも倒せる程度なんです。そのため、田畑を安心して耕せるだけで……。他の土地と違い、常に収穫が多いとかは聞かないですね」
キツグー伯爵ならそういうことをやりそうだな。あの男は腐っていたし、金にがめつい様子であった。何気に頭も回りそうだから、そういったこすいことをしていたのだろう。
「伯爵家の状況を見て見るためにも、そちらへと向かいますか、姫?」
ギュンター爺さんが尋ねてくるが、ただの確認にすぎない質問だ。俺がキツグー伯爵家に向かうのは決定です。
ただ神の塔の調査で終わらない予感がするけど……。どっさりと問題が発生しているかも。
「キツグー伯爵家へと向かうのでしたら、このダランも護衛致しましょう。そろそろ休暇も終わりにしようと思っていたので。結婚式にて頂いた多大な恩に報いますぞ」
ダランとレミーの結婚式には多大なお金をプレゼントしたからか、その恩を返すと言ってくるダラン。目がギラギラと野心で再び輝き始めている。ダツたちの新型結晶鉄装備に、陽光帝国の話も聞いたのだろう。
「私も随伴いたしましょう。キツグー家は嫌な噂しかお聞きしませんし」
「ひゃー、目がぁ、目がぁ」
バーンが自分も一緒に行きますと言うと、幼女はコロンとソファに寝っ転がって、顔をおててで覆って苦しみ叫ぶ。キャーキャーとソファをコロンコロンと転がって苦しむアイを見て、バーンたちはどうしたのかとギュンターへと視線を向けるが
「うむ……バーン男爵の裏表のない純粋な好意からの爽やかな二枚目の輝く笑顔に眩しさを感じたのだろう。本人は楽しんでいるだけだから気にすることはない。それよりもキツグー家の領地に向かう準備をして頂こう」
ふざける姿を見て、ここらへんは年相応の幼女なんですねと、バーンたちが笑い立ち上がる。出発の準備をするのだ。
「怪しい雰囲気の領地……きっとなにかが待ってるんだぜ」
「わかっていまつ。幼女補正でつよね。予想されるパターンを考慮して、色々と準備をしときまつ」
転がって楽しんでいる幼女は妖精の言葉にニヤリと笑う。もうなにが起こっても驚かないよ。どうせ魔物に領民たちが襲われている場面に遭遇するんでしょ?
新たなクエストを頑張りますかと、黒幕幼女もふざけるのをやめて準備のために立ち上がるのであった。
なお、どこかの山賊はキツグー家から踏んだくる賠償の交渉のために、月光屋敷に残っているので、今回のクエストで活躍はない。新型となったのに、早くもハブられる勇者だったりする。