169話 母は強し、小悪党は弱し、黒幕幼女は可愛らしい
マーサは周囲の様子を観察しながら、真っ赤に染まる頬をなんとか抑えようと頑張っていた。たいした金額じゃないですぜと、カラカラと気持ちの良い笑いを魅せながら、ガイ様はハラット洋裁店にて、ドレスをプレゼントしてくれた。アクセサリーも合わせて。
オーダー品ではなくとも、その品質は確かであり、金貨10枚はしたはずだ。私たちにとっては高価だ。
なぜに元実家に帰るのにドレスなのかと聞いたら、それでも普段使いができるレベルまで落としたんですと教えてくれた。
これから何着か買って、様々に工夫をしたコーディネートをしていけば、長い目で見ればずっと着ることができてお得ですぜとも言っていた。この地域の人々ではおしゃれにあまり金はかけられないだろうから、宣伝にもなって服も売れますからと。
そうでつよと、アイ様が広告塔頑張ってくださいねと告げてきたので、純粋に好意だけのものではないと、なんとなく残念に思ったのだが……顔を真っ赤にしているガイ様を見て、今言った言葉は照れ隠しなのだと気づいてしまい嬉しかった。
そのためにドレスを着て母娘で元実家に顔を出したのだが、やはり恥ずかしい。どこの貴族の姫だというのだろうか。
ララは元実家をキョロキョロと興味津々な表情で眺めている。
立派すぎる月光馬車で訪れたこともあって、隣の家の人間も何事かと覗きに来ているし、どこの姫様が来たのかと、ヒソヒソと近所のおばさんたちがお喋りをしている。
かなり目立っていた。なんというか……悲壮な決意をして訪れたのに、肩の力は抜けて、恥ずかしくて穴に隠れたい。
それでも元家族がやってきて、気を落ち着かせて息を吐く。
「おお、マーサ! 私の愛し子。ようやく帰ってきたか。待ちわびたぞ」
ギラギラと欲に塗れた表情で、私の姿格好を見て、後ろの豪奢な月光馬車を見て元父親であるジロンはニヤつく。大袈裟に両手を広げて歓迎をしてくるが、少しも嬉しくない。
ジロンを見て、マーサはようやく冷静になり、冷たい表情へと変わる。やはり来たのは失敗だった。せめてララは置いてくるべきだった。こんな姿を見せるジロンを見せたくはなかったと嘆息してしまう。
「ジロンさん、私は……私は……」
何を口にすれば良いかと、はたと気づく。縁切りを口にするなら、そもそも来なければ良い。ジロンとは縁切りをするべきだが、やはり母と弟が気になったのだろうか。
「マーサはあんたに会いにきたわけじゃないみたいですよ。引っ込んでな」
口籠るマーサを庇うように、ガイが前に出て話を引き取る。オウオウとオットセイのように言いながら、腰を落とし肩を切って、凄みを見せるためにジロンを睨みつけるその姿は自分の女を庇う紐のチンピラのようでかっこいい。草かげからブハハハと可愛らしい声が聞こえてきたような気もする。
「マーサ……。よく帰って来ましたね。貴女が元気のようで嬉しいわ。こんなことを私が言う資格はないのだろうけど……」
小悪党の威圧に押し下がるジロンの後ろから、中年の女性が声をかけてくる。まだ40代にも見えるが、疲れた表情でどことなくやつれており、歳以上の見かけに見せていた。
マーサの母親であるサマンサ。ガイたちも既に家族構成は聞いているので予測はつく。自分の行いを後悔しているのだろう。悲しい表情であった。
「……お母さん、今日は一度だけ顔を見せに来ました。私が元気でやっていると。お母さんたちも元気で何よりです」
勘当されたことを思えば、恨みや憎しみがあるかと思っていたが、マーサはジロン以外には特に何も思わなかった。ただ、力なき母親や、気弱な弟に憐れみを持っただけである。
これがスラム街に困窮して住んでいれば話は変わっただろう。だが、人間は自分のいる環境により、心は変わるものだ。衣食住に困るどころか、今や多少なりとも贅沢ができて、仕事も充実している。マーサの心には余裕ができて、寛容な精神となっていた。
なによりも、マーサの心根は優しかった。そして先日に訪れたハラット洋裁店でこっそりと気まずそうに教えられた母からの支援に、感謝もしていた。少しだけだが。
だからこそ、心にわだかまりはあるが、サマンサに笑顔で挨拶をすることができた。
「ごめんよ姉さん……。俺、なにもできなくて……」
「謝られても過ぎたことは仕方ないですし、許すことも難しいですが、家族ですからね」
許すことはできない。口にしてハッキリと壁を作る。家族としてどう接すれば良いかわからないが、それでも許すことはできないとハッキリ口にする。
「そうだよな……。それで今日はなんの用件で?」
弟は悲しそうな表情となり尋ねてくるが、当時泣きたかったのは自分の方だと思いながらも、ララへと視線を移す。追い出された家ではあるが……。迷ったが、ララを母さんと弟に紹介したかったのだ。
「ララよ。可愛らしく育ったでしょう? 一度だけでも顔を見せに来たかったの。私はララのおかげで今は幸せな生活をしているわ」
皮肉めいた言い方になったかもしれないが、それでも笑顔で伝える。
「そ、そうなんだ。私の名前はタロン。君の叔父になるのかな。よろしくね」
「ララです! 幸せな生活をしているのは、私の力じゃないよね。ウシシシ」
口元に手をあててガイ様をちらりと見てから笑う娘。その言葉にマーサの頬は再び赤くなってしまう。
「ララと言う名前なのね。良い名前だわ。私の名前はサマンサ。貴女のお婆さんにあたるわ。抱きしめても良いかしら?」
「うん、良いよ!」
サマンサの言葉に手を広げるララ。涙を溜めてサマンサはララを優しく抱き締める。
感動的な光景となっていたが、後ろで山賊が話に加わろうとするジロンへメンチを切って威嚇していたので、あまり感動的な光景にはならなかった。たぶんおっさんは編集でモザイク処理されるのは間違いない。
帰ってきて良かったわ、とマーサも涙が浮かぶが、サマンサはララを放すと、立ち上がり厳しい硬い表情でガイへと近づく。
「それで、貴方はどこのどなた様なのでしょうか?」
なんとなく気圧されて、後退るガイは小物入れの中に入れる程の小物っぷりを見せて、ワタワタと焦ったように答える。
「あ、あっしは、月光商会のナンバーツー。ガイと言います、お義母さん」
「貴方にお義母さんと言われる筋合いはありません。月光商会は王都1の商会。その商会のナンバーツー様でいらっしゃいますか?」
丁寧ながらも、どことなく怖いサマンサにガイは魔物よりも怖いなと思いながらも、コクコクと目を泳がせて頷く。なにも悪いことはしていないのに、警察に職務質問されたら挙動不審となるタイプのガイである。
その挙動不審な姿は間違いなくナンバーツーの立派な態度であったので、サマンサは納得して、さらに冷たい声音で質問をしてくる。
「商会ではどのようなお仕事を? マーサと親密なようですが、どのような関係でしょう?」
「ガイさんはなんでもするよ! 酒場とかで喧嘩が起きたら解決しに行くし、問題があったら解決しに来てくれるの! それとお母さんにはいつもご飯を貰っているよ!」
ララがピンポイントにガイの良いところを口にする。酒場などで喧嘩が起きたら、ガイはたしかにその場にいれば解決するし、仕事中にマーサはいつも食べ物を差し入れてくれる。それがメイドの仕事だし。
嘘は言っていない。そして、ララの横にいつの間にかいる幼女が、こしょこしょとララの耳元でアドバイスをしているので、素晴らしくガイの良いところをピックアップしてくれたに違いない。
幼女の悪戯そうな笑みに、ガイは泣きたくなる。
もちろんガイの素晴らしく良いところを聞いて、サマンサはますます表情を硬くして、決意したように告げてくる。
「マーサと知り合ったのはいつ頃なんでしょうか?」
それでも産まれたばかりの赤ん坊を抱えて生活するマーサと出会っていたなら、娘を守ってくれたのだろうとサマンサは思うが
「えっと、最近ですよ? 月光商会がスラム街に来てからでさ。金回りが良くなってからですね」
正直者のガイの言葉に納得する。どうやら予想通りの男らしいと。
自ら墓穴を掘る男。その名は勇者ガイ。隣で墓穴掘り手伝いまつよと、ショベルカーに乗った幼女が幻視できちゃう。
サマンサは決意した。マーサにさらに恨まれても良い。今度こそ親として娘を守らなくてはならないと。
マーサへと真剣な表情で告げる。いまさらだが、子を思う親として。
「マーサ、この男がどんな甘い言葉を囁いたか、私はわからないわ。でもね、貴女は騙されているのよ。この男は小悪党よ! マーサに寄生して楽に暮らそうとしている小悪党。私にはわかるの! 別れなさい!」
「あ〜、えっとですね、母さん、その、ガイ様はですね……」
ララのセリフと、ガイ様の言葉に、さすがにフォローが難しいとマーサは汗をかく。ガイ様は見た目が恐ろしく、たしかに第一印象は小悪党に見えると、マーサも思うので、それに上乗せされた言葉を聞けば母が誤解するのも無理がないからだ。
さすがにマーサも客観視すれば、ガイが第一印象で相手に好印象を与える見かけだとは考えていなかった。付き合えば、優しい人だとわかるのだけれども。
口籠るマーサに、サマンサは悲しそうにウンウンと頷く。きっと恋は盲目だとも思っているのだろう。
そして矛先をガイへと向けたらしく、すぅと息を吸うと土下座した。
「マーサは良い子なんです! ようやっと幸せな生活になったと聞いています! どうかマーサと別れてやってください! 少しでも人の心があるのなら!」
「私からもお願いだ。姉さんは昔から頭が良いけど、どこか抜けたところもあるんだ。だからガイさんに捕まったのだろうけど、お願いします。別れてやってください」
サマンサと同じように弟のタロンもガバッと土下座して、お願いをしてくるので、顔を引つらせて後退る勇者。
感動的な母と弟の家族を思うその態度に、小悪党は悔しげに負け惜しみを言って去っていくのが、テンプレだろう。
「違うんです、母さん、タロン! いえ、違うのと言うのは関係性ではなくて……。ガイ様は本当に月光商会のナンバーツーなんです!」
「わかるわ、そう聞かされているのよね?」
「姉さん……ここは私たちに任せて!」
全てわかっていると、生暖かい目で、マーサへと言葉を返す二人。ウンウン、わかっています。小悪党の常套手段よね、大きい商会の幹部とか自称するのはと、頷いていた。冷静に考えれば、商会主付きのメイドがナンバーツーと言うのだから、間違いなくナンバーツーだと思うはずだが、そこらへんの良い情報はなぜかスルーされた。小悪党スキルが超高性能となったステータスに影響されて強力となっていた。
それに気づいたガイは、魔法操作で威力を抑えることに成功するが、時すでに遅しである。
「わかっていません! とりあえず食堂に行きましょう? そこで話すから!」
しょうがない二人だと嘆息しながら、マーサは家の中に入ろうと言い、二人も話は長くなるとますます決意した表情で頷き、全員はぞろぞろと家の中に入っていった。
そこには勘当される前の、わだかまりのない家族の姿があったが、マーサはそれには気づかずに、家族の優しさに多少なりとも触れて、笑みを浮かべて実家へとようやく帰るのであった。
なお、ジロンはどこからか飛んできたインコに頭の髪の毛を毟られて逃げ惑っていた。