166話 介入してくる王族と小悪党勇者
ガイは騎士たちが皆殺しにあい、頼みの綱であり絶対的自信を持っていた神剣持ちの息子があっさりと殺されて、もはや逃げることも出来ないほど恐怖に震えるヌウマ伯爵へとのしのしと近づいた。
「さて、なんだっけかな、あっしは耳が悪くてな。もう一度提案してくれや」
再び小悪党モードへと変わるおっさん。金出しなとカツアゲするチンピラそっくりの笑みを浮かべていた。あっという間にシリアルを食べることに決めるガイである。
「ひっ……。違う。違うのだよ。私は貴様に……いや、貴方様を害そうとは考えてもいなかった!」
既に反抗心など雲散霧消したのだろう。涙目となり、座り込み後退るヌウマ伯爵。
「ガイだけに害そう……。こいつに座布団やるか?」
「どういう意味ですか? 教えて下さい、ねーねー」
アホなやり取りが聞こえてくるが、ヌウマ伯爵はガタガタと震えてその会話は耳に入っていない模様。どのように交渉したら、助かるかと頭を回転させていた。
召使いたちはこの部屋に来ないように命じたが、戦闘の轟音を聞き集まってくるかとも思うが、召使いがいくら集まっても無駄なことだ。この男に一蹴されるだけだ。
汗まみれになり、焦りながらも交渉をしようとするヌウマ伯爵へと、不良座りをしてガイは目線を合わす。
「そういや、あんたは領地持ちだったな?」
「あ、あぁ、いや、そうです」
「それなら月光商会の者を代官にしてくれやせんかね? 期限は1年。その間の税金は国に払う以外は、全て月光商会のものということで」
塔と湖の権利を取っておきながら、他のも全部かと一瞬激昂するが、なんとかヌウマ伯爵は耐えて、媚びるように醜悪な笑みを作る。1年で命が助かるなら安いし、この場を切り抜けることができればなんとでもなると。
「わ、わかった。わかりました。1年ですね?」
「あぁ、安いもんだろ? それじゃ契約書に」
モニターに映る眠そうな幼女の指示どおりに契約書を作ろうとするガイであった。マコトがいるのに、アイがこのイベントを見過ごすはずがなく、ねみゅいとおめめをこしこし擦りながら指示を出してきたのである。
「申し訳ないですが、それは許可できませんね」
扉が開き、何者かが声をかけてきた。爽やかな男の声である。即ち、勇者ガイの天敵。イケメンというモンスターである。
何人かがぞろぞろと入ってくるのを、髭もじゃのおっさんは驚くことはなく、ため息をついちゃう。気配察知にて気づいてはいたのだ。イケメンだとは思わなかったけど。イケメンだとは思わなかったけど。
所作が綺麗で爽やかな笑みの若い男を中心に守るように数人が散らばる。フルプレートの鋼の鎧を着込んだ完全装備の騎士たちだ。動きが良いので、上級騎士だと予想できる。
そんな騎士たちに守られた存在。この間、月光屋敷で行われた夜会に来訪してきたタイタン王国の第一王子シグムントであった。
出たよ。こういう良い場面で現れるイケメン野郎と、ガイが世界の理を呪っているともしれず、シグムントは爽やかな笑みにて声をかけてくる。
「ガイ殿、この場は私に任せて頂けませんでしょうか。襲われた貴方には申し訳ありませんが、その者は貴族。処罰は我らが行います。ガイ殿の被った被害については後程、伯爵家の財産から支払いたいと思います」
僅かに目を細めてくる王子の言葉に悩むふりをして、モニターを見るが、幼女はスピスピと寝息をたてていた。幼女が寝る時間をとっくにすぎているのだからして。
「良いですよ、王子様。それじゃ、あっしは帰りますんで。そこの月光街からついてきた少女も一緒に」
堂々たる態度で王子と渡り合う勇者ガイ。勇者技揉み手の術も駆使して、ヘコヘコ頭を下げながらなので、問題ない。さすがは勇者。王族との交渉は得意なものだ。棍棒と50ゴールドだけで王様から魔王退治を引き受けるだけはある。
この娘はこの家にいても幸せではあるまいし、この惨状の中で生き残れば命が危ないと判断して、ドスドスと近寄って、よいせとマユを背中に背負う。
「納得して頂きありがとう。ここの後始末は僕たちがやりますのでご心配なく」
柔和な笑みで、その目は笑っておらず警戒を示しながらシグムントは言う。周囲の騎士たちはだらだらと冷や汗をかいて、剣の柄に手を置こうとするのをなんとか耐えていた。
「へい、それじゃ失礼しますね」
お邪魔しやしたと、セリフが少ししかないモブ役のように、マコトとセフィを連れて退場するのであった。
シグムントは油断なく、あっさりとこちらの話を聞いて帰っていく小悪党の皮を被る男を見送っていた。ちらりと首に下げている精神耐性の力を持つ魔法のネックレスを見ると、仄かな光を発していたネックレスはゆっくりと光を収めていく。
肩の力を抜き、緊張状態を解き、息を吐く。どうやら、あの男と戦うことはないようだとかぶりを振って、隣に立つ騎士団長へと問いかける。
「あの男を倒すことができるかい?」
「……神器の使用を許可して頂ければ、倒すことは可能でしょう。しかし、こちらも相応の被害を受けるかと」
「それは頼もしい。倒せるとわかっただけでも心強い。僕の神器をたった一人と戦うために使うわけにはいかないのでね」
渋面になりながらの騎士団長の言葉に肩をすくめて再びかぶりを振る。油断ならない男だ。倒せるとの答えが帰ってきただけでも良い。
「月光の小悪党が攫われたときには、それに合わせてヌウマ伯爵を罪に問うて処罰して、小悪党の謀略を月光商会に伝えて貸しを作ろうと思っていたけど……。まさかあんな強力な戦士だったとは思いもしなかったよ」
神器持ちだとは想像だにしなかった。それとなぜ月光商会の夜会に行った際に精神耐性の魔道具が僅かに反応したのかも理解した。恐らくあの男は固有スキルを持っている。極めて弱く抵抗しやすいが、それ故に気づかず厄介なスキル。たぶん羊の革を被る狼などの自身を弱く見せるスキルだ。
強者がそのようなスキルを持っていた場合、強者との噂は広がらず、戦いにおいて相手は常に不利になる。戦場などでは致命的なスキルだ。だいたいは強くなる前に、弱者と思われて殺されたりするものだが……強くなると手をつけられない。
あの商会はどうなっているのやら。小悪党モドキが神器使いと言うことは、ギュンターという騎士も神器を持っている可能性がある。召喚の神器だけだと思っていたが、考え直す必要がある。
監視スキル持ちでは、監視はできないことがわかっているので、これからの情報収集はますます難しくなると嘆息する。既に送り込んだメイドたちもクビになっているということもある。
「さて、まずはこの豚伯爵の処分からしていこう。罪は……そうだな国家騒乱罪だ。この男はこの国を混乱させ、多大な損害を与えようとした、とね」
「ははっ。おい、ヌウマ伯爵を捕縛せよ!」
騎士たちは頷いて、ようやく自身の仕事を始める。シグムントはその光景を見ながら、打ち捨てられていたセクアナ神の神剣を拾おうとするが、手に持った途端に、灰のようにボロボロと崩れ去っていくのを見て、目を見開く。
「神器が壊れる、か。もはや使い手は存在しないということなのかな。それとも……神器を破壊できる神器をあの男が持っているか……」
後者であると厄介なことになるなと、苦笑しながらシグムントは手についた灰を払うのであった。
夜道を歩く勇者一行。ガイは気になっていたことを頭に乗って寛ぐマコトへ聞く。
「いつの間にあっしのイベントに気づいたんだマコト? まったく気配はなかったんでやすが」
「あぁ、あたしもパワーアップしたんだよ。なにしろ竜を倒したからな。これからのためにも、手に入れた報酬を全て使って、アイとその愉快な仲間たちのイベントには参加できる、というスキルを手に入れたんだぜ! イベントが発生するとその場にテレポートできるスキルだな!」
フンスと得意気に答えるアホ妖精。常に碌でもないスキルの取得に全力を尽くすマコトであった。本人は初期の投資がじわじわと効いて来るんだよと勝算がありそうだが。
「そんなことよりも、なにも報酬がなくて良かったのかよって、あ~っ!」
「ん? な、なんだよ? なにかあったか? 敵? 敵が来たの?」
マコトが急に驚きの声をあげるので、周囲を警戒する。背中に少女を背負い夜道を歩く小悪党……。事案となるのは確実だ。官憲が来るのかもしれないと。官憲にはどんな強力な能力を持っていても、小悪党は敵わないのだ。
「大丈夫です、小悪党さん。衛兵さんが尋ねてきたら、ちゃんと私が抗弁してあげるのです。屋敷を破壊して、私を連れ去ったって」
背中から少女の寝起きの声が聞こえてくる。優しいその言葉にガイは涙する。
「物凄い略してる説明ありがとうな! なに、あの屋敷にいた方が良かった? たぶんお前は死んでたぞ」
「それは感謝しかないのです。でも小悪党さん、お金は持ってこなかったんですか? 私を養うお金はあります?」
マユのセリフに苦笑をしつつ、ガイはのんびりと答える。
「マユだったな。マユを養うことはできねぇな。悪いが月光の孤児院に入れることになる。良い孤児院だから安心しろよ。それかあっしのいる屋敷で働くかだけど」
「わかりました、働きます。小悪党さんと同じような仕事をすれば良いのですか? どうやってお金を稼ぐんですか? 泥棒はちょっと遠慮したいです」
「あっしのことをどう見てるのか教えてくれてありがとうよ。それじゃ、親分に紹介してやるよ。まぁ、しばらくは体力回復に努めな」
ガハハとガイが笑い、マユはクスリと微笑み、大きな背中によりかかる。今よりもたぶんマシな生活になるのではと希望を持って。
「ガイ、私への報酬は忘れないように。アイから最高の材料を買って作るのですよ。最高のケーキを作るのです」
「恐ろしい程の金がかかりそうだな……。手に入れた報酬を親分に買い取って貰うかぁ」
パチリと指を鳴らし、フッとクールな笑みになるガイ。だが、なにも起こらず、あれぇ? と周りを見て焦る。
「あ〜、ラングキャノンさんたちや。報酬はたっぷり払うんで。トマトのピッツァで良いですかい?」
その言葉と共に宙から滲み出るようにラングキャノンが5体現れる。その手には山と羊皮紙があった。
「お〜。しっかりしているんだぜ。面白そうな物を持ってるじゃん」
「私の報酬を増やして貰いましょう。報酬は折半ですよね?」
「お金じゃないのが頭が良いです。小悪党さんは、こういう犯罪が得意なんですね。それにテイマーなんですね。美女をテイムするなんて、さすがは小悪党さんです」
「だろう? こういう時はテンプレだよな。なにか面白そうな書類があるはずだぜ」
ヘヘッと胸を張るおっさん。張ろうとして、マユが落ちそうになるので慌てて抱え直す間抜けぶりも見せてくれる。
「金庫を無理矢理破壊してきましたので、跡は残っています」
「だ、大丈夫……あっしは無実だから」
大丈夫だよねと、ラングの言葉に冷や汗をかきつつ、ガイたちは夜道をお喋りをしながら帰宅するのであった。
「やったぜ! 浄化のサファイアと水魔法レベル6のタイダルウェーブを覚えられるオーブが手に入ったぜ。完全ドロップだな!」
「マジでつか! やったぁ。これからは敵のトドメはガイが良いでつかね? どっかの竜に突撃させましょー」
次の日、小躍りする幼女の舞が見られたが、それはマコトとアイの秘密であったりもした。