165話 神剣使いと新型勇者
呻き声をあげて倒れているチンピラたちをガイは冷たい凍えるような視線で見ていた。
「悪いな。あっしは優しい主人公じゃないから、仲間を殺す企みをする奴らを優しく気絶させるだけに済ませるなんてことはしないんだ。それにてめえらはもう大人だ。自己責任だろ?」
ガイを舐めてかかってきたチンピラたちは瞬きの間に、繰り出された拳撃により全員が倒されていた。周囲の人間たちはあまりの速さと手並みの良さになにが起こったのかと戸惑っていた。
襲いかかってきたチンピラたちは苦悶の表情で苦しみ、立ち上がる様子はない。ガイの主義として、罪悪感を見せずに殺しの提案をヘラヘラと受ける人間には情報収集が必要な時以外は手加減はしない。
よくアニメや小説である正義感の高い主人公が、自分たちを殺そうと襲いかかってきたチンピラを見逃すパターンがある。二度と出番がないモブ役なら良いが、時折逆恨みして主人公の仲間を再度襲い殺したり傷つけるパターンがあるが、そのようなことはごめん被るのだ。
なぜこんなことをとか、主人公が再度襲いかかってきたチンピラをあっさりと倒したあとに、悲しげに言うが、なぜこんなことをとか聞きたいのはチンピラの方だろう。お前があっさりと見逃したからだと。性根の悪い人間は逆恨みするんだよと。
なのでガイは手加減しない。命を失う強い恐怖と痛みを与えて、二度と襲いかかって来ないようにするか、殺しておく。特に月光屋敷は子供たちがうろちょろしているのだから、危険は排除しておくのだ。幼女はもう放置で良いと思うが。危険=チャンスとか思っている親分なので。
何人かの息が止まり、死体へと変わる中で、ガイの威圧を受けた騎士たちが剣を抜き身構える。もはやただの小悪党ではないと認識したのだ。己の死の予感を感じ取って。
「親父ぃ〜、こいつそこらへんにいる少し腕が立つ程度のチンピラじゃねぇぞ? やべえ臭いがぷんぷんしてら」
ヌウマ伯爵の隣に立つ息子が愉しそうに暗い笑みを浮かべて言う。
「オキモ……そやつを殺せ。危険な奴だ」
「あんな化け物みたいな威圧を受けちゃな……わかったぜ。お前ら、そいつを殺せ、手加減するなよ、危険な奴だ!」
顔をしかめて、机に置いた震える手を抑えながら、ヌウマ伯爵が言い、オキモは騎士たちに指示を出す。
無論のこと、騎士たちは先程まで嘲笑っていた小悪党が、本当は化け物であったと気づいており、手加減などする気はない。
「いいぜ、かかってきな。ちょうどよい戦闘評価になるしな」
ガイは周りを囲む騎士たちを見ながら、不敵にクールな笑みを浮かべ
「その神剣持ちの男の名前はオキモ・キツグー。ステータス平均63。セクアナ小神の神器、浄化の水剣を使うマッチョだな。浄化の水剣は自動魔力回復タイプで一ヶ月に1回使用可能。水の刃を持ち、1時間顕現できる中級精霊クラーケンを1日に3体まで召喚可能だ。攻撃力180。剣の使用可能時間3分、使用中使用者の全ステータスに+60の補助をかけるんだぜ」
むしゃむしゃとポップコーンを食べながらサイダーをぐい呑みするアホそうな妖精が口を挟む。隣ではセフィもむしゃむしゃ食べており、マユは頭の上に座りながらお菓子を食べている妖精たちに困り顔をしている。あの、お菓子のクズを落とさないでください、妖精のクズですかと、注意をしていたりもした。
「ありがとうよ。それとマユには教育に悪いから外に連れて行ってくれ」
「実況できなくなるなっ」
「寝かしておいて? お前らが守ってればそこにいても大丈夫だろ?」
クールな勇者はすぐに意見を変えた。己のイベントをみんなに見てもらおうと、コロコロ意見を変える勇気ある者だ。
しょうがないなと、セフィがスリープをかけてマユを寝かせる。これ以上は見ない方が良い場面だから助かるぜ。
そうして常にシリアルな雰囲気に変えつつ、ガイは拳を握りしめ身構えるのであった。
20。万が一のために呼ばれた騎士たちは20人いた。皆、ヌウマ伯爵に金をもらい薄汚い仕事をしてきた腐った者たちだ。月光屋敷を襲うと命じられて集まったのだが、腕に自信のある騎士たちは、金が稼げると笑い合って嬉しく思ったものだ。なにしろ飛ぶ鳥を落とす勢いの月光商会だ。襲撃時に金庫の金を盗んできても問題ないはず。山ほどの金貨が手に入ると信じて、今日の襲撃に参加していた。
だが……それは、予想外のことが起きて、なくなってしまった。計画がなくなったのならまだ良いが、己の命を失うという結果によって。
「け、剣技 ソードスラッシュ!」
怯えた騎士が、仲間が倒れていく中で、剣に魔力を籠めて武技を放つ。両隣の騎士たちも連携し、計3つの赤い光の刃が小悪党と思っていた化け物に振り下ろされ、袈裟斬りを右の人間が、左の騎士が横薙ぎに振るう。
だが、化け物は見たことのない武技、オーラというもので覆われた両手をゆらりと動かす。ほぼ同時と言っても良い、速度の乗ったソードスラッシュを手を動かしたかと思うと、その全てを弾き破壊していく。
腕がブレて、振り下ろされた赤い魔力の刃を人差し指と中指で挟むと、捻り砕いてしまい、袈裟斬りは左手を捻り、裏拳で叩き、横薙ぎに胴体へと迫る一撃は、木の葉でも掴むように右手で掴み取り、同じように捻り破壊する。
「ひっ! 魔力でできた剣を手で砕くのかよっ!」
散らばっていき、消えていく魔力の剣の破片を見て、騎士たちは恐怖から後退る。その隙を見逃さずに右足の踏み込みから、左脚を繰り出して、器用に蹴撃の連打を騎士たちに化け物は与えていく。
鉄でできているはずの鎧はひしゃげて凹むのではなく、嫌な音をたてて砕かれて、その身体も吹き飛んでいく。文字通り肉塊となって。
「うァァァ!」
弱者を殺してきた騎士たちは化け物を前にいつものにやけた笑みを青褪めさせて、もはや剣の型など忘れたように無我夢中で剣を振るっていく。
キュイと軋む音を床にさせて、右足を支点に残像を残しながら化け物は剣を受け流し、カウンターで頭へと掌底を入れて、僅かに下がると、通り過ぎる剣を横目にハイキックを入れる。
竜巻に巻き込まれていくように、高速で動くガイの攻撃に騎士たちはなす術もなく倒されていく。
人数で勝り、周囲を囲む騎士たちは、ガイの身体に剣を掠らせることもできずに、次々と殺されていき、恐慌状態となり
「だ、だめだ! オキモ様っ、こやつ化け物です。我らの敵う相手ではありませんっ! お助けを」
遂に包囲を解き、騎士たちは助けを求めて、自らの主君へと声をかける。
「仕方ねぇな。良いぜ、久々に歯ごたえがありそうな奴だしな。コイッ、クラーケン!」
白き剣に水色の紋様が入っている美しいロングソードを鞘から抜いて、オキモが叫ぶと空中に魔法陣が3つ現れて、イカの脚がにょろりと出てくる。その脚の大きさは大人の男の胴体もあり、クラーケンの巨大さを教えてくれるが
「あっしは女騎士じゃないから遠慮しておくぜ。イフリート顕現、糸の型」
ガイが腕を持ち上げると、真っ赤な炎のような腕輪が現れて装着される。そしてシュルリと解けるように無数の糸が腕輪から生み出されて、顕現中のクラーケンに向かう。
キラキラと光る美しくも死の力を秘める糸は、後退る騎士たちを貫いて。
「操糸術 操糸念撃」
腕を突き出して、指に絡まっている糸をガイは犬歯を見せながら口元を曲げて引っ張る。魔力の籠もった糸は胴体を現し始めていたクラーケンを騎士たちごと、まるで刃の如き切れ味で切り裂く。
鮮血が辺りに散らばり、騎士たちは切り裂かれ倒れ伏す。
完全に顕現する前にクラーケンもなにもできないままに倒されて、魔法陣は霧散していく。
オキモはその様子を見て、目を見開き驚愕する。忌々しそうにガイを見て罵るように問いかける。
「てめえっ! てめえも神器持ちだったのかよ!」
糸が宙に溶けていき、腕輪へと戻るのをガイは確認して、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「なんだ。神器を相手が持っていないと思っていたのか? もしかして、お前は敵が武器を持っていると怖がっちゃうタイプ? 仕方ねぇな、手加減してやろうか?」
フッと笑い調子に乗って、鼻息荒い勇者である。今までの機体とは違うのだよと、口元を笑みに変えて、オキモをからかう。
ちなみにイフリートのからくり武器は幼女様謹製なので、間違いなく神器である。紳士たちならつばを飛ばして神器と認定するはずだ。
「舐めやがって……。セクアナ神よ! 今ここに悪が現れました。悪を倒す力を! 顕現、浄化の水剣!」
オキモが剣を掲げて叫ぶと、膨大な光が刃から放たれて、剣身が形をなくし透き通った水へと変わる。水となっても、剣身は崩れることなく刃の形を保っている。
それと共に、オキモの身体を水色の清浄なオーラが覆う。セクアナ神の悪の定義を物凄い知りたい感じである。
「良いぜ、良いぜ! いつ感じても、この万能感は最高だっ! 殺すっ、手足を切り飛ばして後悔させながら殺してやるっ」
殺意の塊となった獣のように、オキモが剣を構えて咆哮する。その様子を見て、ガイは驚きマコトを見る。
「マジですかい。こいつ、完全にやられ役のセリフをはきましたぜ?」
「あたしも感動しているぜ。リアルでこんな奴がいるなんてな。今度のサムネは決まったな。悪役のセリフを真面目に言うおっさんを見つけた、だぜ」
感動でマコトは打ち震えて
「どこが凄いのか、私にも教えて下さい、マコト。ねーねー、わかるように教えて下さい」
マコトの裾を引っ張ってセフィは厨二力を高めようとしていた。
敵を前に勇気ある者たち。まさしく勇者パーティーにふさわしいアホなメンバーである。勇者パーティーなんて、少人数で魔王に挑むアホなので問題ないだろう。
「な、舐めやがってっ! 死になっ!」
神々しい剣を振り上げて、オキモが姿を消したかと思うと、ガイの目の前に現れる。床へと踏み込み、突風を生み出して振り下ろしてくるオキモ。
「神剣技 水天神の一撃!」
「水なんだろ? わりいな」
剣が形を崩し、大きく広がり津波のように押し潰そうと己に迫るのを冷静に見て、ガイは魔力を籠める。
「イフリート 杖の型」
念じたとおりに、腕輪は炎を象ったような杖となり、ガイの手元に収まる。続けて、ガイは待機状態としていた一つの魔法を発動させる。マコトが水の刃を使う神剣だと言ったときから、密かに準備しておいたのである。
「魔法操作 単体化 ブリザード」
その力ある精密に操作された魔力は本来広範囲にダメージを与えるブリザードを、小さな雪玉のような形にし生み出して、迫りくる津波へと当たる。
浄化の水は一瞬の内に全てが凍りつき、そのままヒビが入ったかと思うと、細かい粒の氷となって砕け散り、周囲へと消えていく。
柄だけとなり、振り下ろした状態でオキモは動きを止めていた。
「は?」
柄だけとなった神剣を見て混乱して、恐怖の表情と変えて、目の前に立つ男へと視線を向ける。
「わかりやすい属性攻撃は対抗手段があるから……来世では気をつけるんだな」
腰だめに拳をためて、ガイは力を集中させる。オーラが拳に集中し、魔力がそこに力を上乗せしていく。
「拳技 オーラブロー」
オキモが見たのは光り輝く拳が自身に放たれて、己が包まれるのが最後であった。膨大なエネルギーの籠もった武技は、オキモを砕き消滅させるのであった。
オキモに繰り出したオーラブローは白い光線のように後ろまで突き抜けて床を大きく削り壁を打ち砕き、その光をようやく消す。
「神器か……。ドロップはどうなるんですかね?」
ドロップしたら親分からご褒美が貰えるかなと思いながら、へたりこむヌウマ伯爵へと勇者ガイは近づくのであった。