163話 悪徳貴族と小悪党
馬車に揺られて、勇者は運ばれていた。夜道をガタゴトと揺られて、荷物のように馬車の中に放り込まれて。
ご丁寧に鎖でぐるぐる巻きにされて、牢屋のような馬車の中にガイは横たわっていた。
「くっ、こんなことになるとはっ! この勇者が捕まるとはっ……。いや、これはザマァされる勇者のセリフっぽいな。え〜と、仲間を信じて……いや、このセリフも違うな……」
う〜んと、首を傾げてセリフを考える余裕なガイ。勇気ある者なので、この程度のピンチはピンチにならないのだ。きっと知恵と勇気でこのピンチを逃れてくれるだろう。まさか、力で解決なんて頭の悪いことはしないはず。
「なぁ、今回のイベントは俺のなの。お前はお呼びじゃないの。分かる? というか、どこから来た訳? セフィ」
半眼になりつつ、傍で同じように縄でぐるぐる巻きになってゴロゴロと転がっている妖精を見る。妖精はそれはもう楽しそうに転がっていた。
「散歩をしていたら、ガイがなにやら面白そうなことをしているので混ざったんです。ピンチなヒロイン役……逃す訳にはいきません」
むふーっと、興奮気味に息を吐いて、どこかの誰かを思い出す姿を見せる妖精セフィ。こっそりとついてきて、こっそりと自分に魔法の縄を作ってぐるぐる巻きになったのだ。リンとの交流で厨二病患者でも末期的になってしまったセフィである。力を持っているというのが、また質の悪さを表していた。
「頼むぜ。後でお菓子を奢るからさ。ほんっと、頼むよ」
活躍できる場は譲らない勇気ある者。目立ちたがりやだとも言う。その必死な髭もじゃのおっさんの様子に仕方ないですねとため息をつくセフィ。
「アウターインビジブル」
一言ポツリと呟くと、その姿を空間の中に消すセフィ。相変わらず天才的魔法使いな姿を見せてくれる。気配察知レベル5でもまったくどこにいるかわからない。
ホッと息を吐き安心するおっさん。悔しげな表情で呟く。
「あっしは仲間を信じている。きっと助けに来ることをっ。あっしが活躍したあとに! あっしが活躍したあとに! あっしが活躍したあとに! 大事なことなので3回繰り返した!」
キリリと真剣な表情で、かっこいいセリフを口にするおっさん。呼んだ? とセフィの顔がニュッと出てくるが、シッシッと手で払う。手で払うときに、少し邪魔だから、ついつい鎖を解いちまったと、あっさりと壊してしまった鎖を慌ててもう一度身体に巻く。捕まっているという定義を破壊する勇者である。器用に直せるのが、またサマルらしい。
だがコントは終わりを告げる。馬車がぎぃと音をたてて停止したのだ。
まるでコントの脱獄囚のように、慌てて横になって目を瞑るおっさん。散らばっていた鎖の破片も馬車の片隅へと、足でかさかさと追いやっておく。
「おい、ついたぜ、自称ナンバーツーさんよぉ」
未だに抵抗ロールで大成功を出せないチンピラが馬鹿にしたように馬車に入ってくる。
クッと憎々しげにチンピラを睨む小悪党。
「てめぇっ! あっしに憧れていたと言ってたじゃねぇか。美人でチョロいオネーサンを紹介すると言ってたのに騙したな、コノヤロー!」
最後らへん、若干セリフが棒読みになりつつガイは文句を言う。口元がニヤけそうになっているが、鉄の意思で耐えていた。勇者の意思は強いのだ。
「へっ、馬鹿が! お前なんぞに憧れるわけないだろ。少し考えればわかるだろうが、このボケッ」
げしっと、蹴りをガイの腹に入れてくるチンピラ。容赦のないその蹴りに苦悶の表情を浮かべて苦しむガイ。
「なるほど、よくある、こいつなんて硬いんだとか、蹴った方が痛がるようにならないのか。まぁ、そうなると高ステータスの女性は鋼鉄の女とか呼ばれるし。ある程度までは普通の人と同じと」
これは暮らしている時に、高ステータスで相手を殺しちゃうこともない仕様に繋がっていると評価する山賊。苦悶の表情ではなくて、考え込む表情であった模様。
「ま、そりゃそうだよな。戦う時だけ高ステータスが適用される感じか。日常で高ステータスが適用されたら、銃の夢の可哀想なサイボーグみたいに、好きなやつの首を簡単に吹き飛ばすし」
あれは悪党を可哀想に思ったぜ、更生するはずだったのに、ちょっと振り払ったら女の子の首を吹き飛ばすんだもんな、トラウマものだったよと、チンピラにゲシゲシ蹴られながら呑気に思い出していた。ダメージが入らないので、多少痛いだけなので。ダメージが入らずとも痛覚も一定は働くらしい。
「けっ、思い知ったか。おい、こいつをあの方の部屋に持っていけ。壊れにくい荷物と思って運んでよいからな」
ニヤつきながら、後ろへと声をチンピラがかけると、男たちがぞろぞろと現れて、ガイを拘束している鎖を引っ張る。
そのまま引きずっていくのだろう。ニタニタとゲスな笑みを浮かべて、面白そうに荒々しく引っ張っていき、ガイは馬車から放り出されて、地面に落ちて
「あ」
やっぱり完全に直っていなかった鎖がバラバラになっちゃう。
「へ?」
ポカンと口を開けて、砕けた鎖を眺めるチンピラたち。素早くガイは判断を下す。
「セフィえもーん! 精神支配! 精神支配の魔法を使ってくれ〜! 覚えてんだろ? 後で渾身のケーキを作ってやるから!」
「邪魔をするなと言いながら、助けを求めるなんて仕方のない男ですね。範囲化 ヒュプノス」
セフィが呆れたように空間から現れて、ホイッと催眠魔法を使う。あっという間に虚ろな目となりゆらゆらと身体を揺らすチンピラたち。
「私の言うことがわかりますね。鎖が解けたのは偶然、偶然です。きっとボロかったのでしょう。錆びているようでしたし、今にも壊れそうでした」
「はい……錆びていて、今にも壊れそうでした……」
チンピラたちは虚ろな目で、セフィの言葉に頷く。こんなものかとガイへと視線を向けると、助かったと胸を撫でおろしていた。
「さぁ、皆で囲めば小悪党は問題なく連れていけます。3、2、1、目を覚ましなさい」
指をパチンと鳴らして、再び宙に溶け込み姿を消してくれるセフィ。マジに精神支配を覚えていたよと、ガイはどこかの無敵なだけの妖精とは違うなと感心する。催眠効果は精神平穏で解けるのかしらんとも考える。後催眠とかあるし。でも、魔法なら解けそうだな。無茶苦茶な理なのが魔法だし。
「おら、錆びて鎖はなくなったが、俺たちが見張っているからな。変な動きはしない方が良いぞ」
催眠効果を受けたチンピラたちは新品の鎖が砕けたことに疑問を持たず、ガイを連行するのであった。
大きな屋敷である。月光屋敷とはその規模が違うなと、ガイは時折面白そうに蹴ってくるいじめっ子気質なチンピラたちを気にせず、屋敷内をのんびりと観察していた。
廊下は暗く、先行するチンピラの一人が持つカンテラだけが光源であるが、それでも暗視のできるガイには問題ない。ガラス窓はもちろんのこと、盗まれる危険があるにもかかわらず、廊下には絵画や鎧、高そうな花瓶に花が生けられている。
どうもチグハグな統一性のない配置のされ方である。だが、成金ではない。恐らくは代々のこの屋敷の主が買い足していったのだろうと推察する。劣化している物と、まだ新しそうに見える調度品が混じっているからだ。
代々、金を持っている貴族なのだろう。というかだいたい予想はしていたが。
「おら、ここだぜ、自称ナンバーツーさんよぉ。入りな」
ガイの尻を思い切り蹴っ飛ばしてチンピラが告げる。うわぁと、ガイは部屋へと蹴り飛ばされて、ランナーがベースに滑り込むようにズササッとスライディングをする。
物凄いわざとらしいので、普通なら変だと気づくだろうが、弱々しい小悪党だと、チンピラたちはせせら笑うだけであった。恐るべし小悪党スキル。催眠よりも余程質が悪い。でも、ザマァをされたり、反対に仕返しをする主人公のチートスキルにはならないだろう。小悪党じゃ、好き勝手はできないので。取るに足らないやつと見下されるだけのスキルなのだ。
部屋の中は広々としており、テーブルの上に置かれた燭台に蠟燭が煌々と明かりを放ち、二人の男が座っていた。でっぷりと太ったスライムが手足を生やしたような醜悪な顔つきのおっさんと、筋肉が全てだと言わんばかりの大柄でムキムキな身体の若い男。ニヤニヤと嗤うその笑みは隣のデブと同じ笑みだ。たぶん親子なのだろう。
なぜか若い男が腰に下げている蒼色の剣が気になるが……。異様なる力を感じるのだ。
それと、男たちの横に立つ少女も気になる。ボロボロで薄汚れた衣服にボサボサの髪の毛、怯えた表情を浮かべて、青あざも顔に見える……。
壁際にはチンピラではなく、騎士鎧を着込む者たちが立っている。そこそこやりそうな奴らだ。
「よく来たな、待っていたぞ」
テーブルに置かれたステーキをくっちゃくっちゃと食べながら言ってくるデブ。予想通りというか、これで予想と違っていたら、反対に驚くが。やっぱりヌウマ・キツグー伯爵だった。
「今日は貴様に良い話を教えてやろうと思ってな。多少手荒くなったのは事故だ。私の話を聞けば、気にもしなくなるだろう」
グッフッフッと傲慢そうな嗤いを見せながら、ヌウマ伯爵は壁際に立つ男へと顎を上げて指示を出す。
壁際に立つ騎士の一人がなにやら重そうな袋を持ってきて、ガイの前に放り投げてくる。床に置かれた衝撃で袋の口が開き、ザラリと黄金色が零れ落ちてきた。
ガイは多少の驚きを示しつつ、袋を見る。それは金貨であった。袋の大きさから考えると……1000枚はあるだろう。
「どうだ? 貴様如きには見たこともないだろう? それをやるから、私の配下となれ」
今の月給がこれぐらいかなと、ガイは金貨の詰まった袋を見つつ、ヌウマ伯爵の言葉に呆れた。もう少し会話のキャッチボールがあっても良くない? こいつ馬鹿なの?
ガイの給料は跳ね上がっている。ワゴン売りの幼女の売る商品も跳ね上がっている。今や、全力ポテチという名のポテチは金貨10枚します。魔法操作スキルを身に着けた幼女の作物育成は今までと比較にならない旨さの作物を創り出すことに成功したのだ。それで作ったポテチは悔しいが、金貨10枚の価値はあるなとガイは買ってしまう。おっさんたちの金銭感覚が壊れているとも言う。
そんな高級取りのガイに、自慢げに金貨1000枚ぽっちを見せられても、まったく関心を持たせることはできない。
だが、金貨の山を見て感動しているとでも思ったヌウマ伯爵はさらに言葉を続けてきた。
「それと、私の娘、……何番目かは忘れたし、貴族名簿にも入れていないが、娘をやろうではないか。どうだ? 小悪党には身分相応であろう?」
ヌウマ伯爵が隣に立つ少女を睨むと、ビクンと身体を震わせて、少女はこちらへとやってくる。近づいてきてわかったが、枯れ木のように手足が細い。痩せ過ぎである少女だった。
「……話を聞かねえデブだな……。まぁ、良いや。で、あっしはなにをすればいいんだ?」
少女の様子を見て、ふざけるのをやめて、ガイは冷徹な眼差しでデブを見る。
「話が早いな。良かろう、私の命令は貴様にトップになってもらいたいのだ。月光商会のな。貴様はついているぞ」
「たしかについているかもな。詳しく話を教えてくれやせんかね?」
静かな湖面のような声音で、勇者ガイは腕を組み、デブを睥睨するのであった。