162話 己の宿業に気づいてしまった勇者は嘆く
あっしの名前はガイ。人はあっしの事を勇気ある者、勇者ガイと呼ぶ。ちなみにサイボーグではない。
強くてかっこよくてご近所で噂のナイスガイだ。最近の悩みはモテすぎることだ。へへっ。贅沢な悩みかな。
子供たちが部屋に入り込んできて、お菓子を捜すという行動をモテると表現する勇気ある者である。
親分が夜会を開くからと、セフィに手伝って貰って魔道具を量産していたが、すぐに疲れて飽きて眠ってしまい、ほとんどを俺が作った。そうしてセフィへのお礼のおやつを作ったり、完成した魔道具を試験していたら、妖精やメイドが押し寄せてきてモテモテだった。マーサがいなかったら、いくつかあげていたかもしれない、親分からのお仕置きを恐れない勇者である。
即ち、相変わらず新型となっても変わらない心優しきガイであった。取り敢えず哀れな小悪党には、心優しきとかつけとけば良いだろう。あの人は良い人なんだけど〜と、頭につけておけば、問題ないのと同じである。
そんなガイはあっしは勇者なのになぁと、薄暗い月光酒場で冷たいビールを呑んでいた。透明なビールジョッキに冷え冷えのビール、そして塩茹でされた枝豆や豆腐を肴にしながら飲んでいた。
全て自分が持ち込んだのだが、なぜかビール樽は酒場のカウンターに置かれている。エンチャントアイスをかけているので、冷え冷えだ。他の呑助たちもビールを飲んでいる。うむ、不思議な光景だ。
平民地区の酒場よりは奇麗である。床はゴミやおが屑はないし、毎日掃除しているとわかる。おが屑がなんで酒場に? と最初不思議に思っていたが、酔客のリバースなのを片付けるためにあるのだ。正直汚い。
それ以外は月光の食品を扱っているので、マシな食い物が多い。暖炉には鍋が置かれており、グツグツとシチューが煮えているが、中身は豚汁だ。異世界感台無しであるかもしれない。
そんな酒場にあっしは似合わないな、強くてかっこよい勇者だしと思いながらも、一人で酒を飲んでいた。いつもならケインたちが集まって来るのだが、他の場所で飲んでいるらしい。
というか、少し考え事があると、飲みの誘いを断ったのだ。
考え事とは、一つ。なぜあっしは噂にならないんだろうというものだ。明らかにおかしい。旧型でもかなりの強さを誇っていたのだ。でもあっしって、目立つ所で戦っていたっけかな?
う、う〜ん、最近の戦果はドレイク戦だ。強くてかっこよくて頭の良い第二部の主人公のような戦いっぷりを見せたのだが……。そういや、観客はいなかったな。それ以外に目立つ戦果ってあったっけ? 無いような感じがするな……。
あっしも吟遊詩人に歌われたい。その英雄譚を酒場の片隅で酒を呷りながら、渋い笑みでそんなことがあったなと呟きたい。そして、その話を耳にしたチョロインに絡まれて惚れられたい。
絶対に不可能であろう未来を夢想するガイ。おっさんが絡まれるのは子供たちか、酒代払いなと、持ち込みなのに金を請求してくるがめつい女将ぐらいである。
それぐらいしか絡まれることはないはずのガイが、無駄に英雄譚を語られるにはどうすればよいか? やはり吟遊詩人を買収して英雄譚を作ってもらうかと、不毛な事を考えていたら、目の前に誰かが座ってきた。
ちらりと見ると、痩せぎすで卑屈な笑いをするいかにもチンピラか小悪党っぽい男であった。ガイと同じ存在である。
「へっへっ。旦那、随分しけた面してますね。一杯奢らせてくれませんか?」
「ああ〜ん? 酒を奢ってくれるのか……。それじゃ一杯貰おうか」
へっへと卑屈な笑いをして、苦手な小悪党の演技をするガイ。この酒、アンタのだろと、金をせびりながらも、本当はからかうつもりだけだった女将が驚きの表情を浮かべるが、さり気なくパチパチとウインクする。
まぁ、良いんだけどと、女将は肩をすくめて、ビールジョッキを黙って持ってくる。銅貨5枚だよと言われて相手の男は支払う。
ナイス女将。こんな楽しそうなイベントって、そうそうないじゃんと、内心で喜ぶ勇者ガイ。サブイベントが始まったよとゲーム脳なおっさんは小躍りしていた。
「へへっ。悪いな」
ニヤリと笑い、グイッとビールを呷る。あっしは小悪党に見えるかなぁと心配するが、どこからどう見てもガイは小悪党にしか見えないから安心して良い。
「旦那は噂に聞く月光商会のナンバーツーらしいですね? それが随分しけているじゃないですか」
マジでいってんの、こいつと呆れるが、表には出さない。冷え冷えのビール、枝豆、豆腐。どれもこの異世界じゃ手に入らない代物だ。だが、傍目には豆となんかしょぼい白い物を食べている貧乏くさいおっさんに見えるのか? まぁ、こいつがアホなのは判明したけど。面白そうだから、話を続けよう。
「ほっとけ。金に困るナンバーツーもいるんだよ」
なにしろワゴンセールは巧みなのだ。最近は各種地ビールやら、日本酒を売り出してくるし。ポテチなんか毎回違う種類なのだ。そのため、買い漁るおっさんの手元にはあまり金が残らない。いや、最近はかなり手元に残っているけど。買い終わって部屋に戻ると子供たちが群がってくるから、お菓子は手元に残らない。たぶん、こいつの質問の答えとは違う意味になるだろうけどな。
「いやぁ〜、ナンバーツーの旦那が貧相な飯を食べていると心が痛みますぜ」
「へ〜……貧相な、ね」
丹波の枝豆だぞ、これ。豆腐だって原材料をきちんと昔ながらの作り方で作った旨味のある豆腐だ。親分がそう言っていたからたぶんそのとおりだ。なんか作成時にどの工程で作るかステータスボードに表示されるらしいし。
「どうでしょう。酒場を変えませんかね? あっしの知ってる良い所があるんでさ。もちろん俺の奢りですよ? ナンバーツーの旦那に憧れてまして」
「そうか、仕方ねぇなぁ。わかった、ついていくぜ」
へっへっへっと、取り敢えず笑いながら椅子から立ち上がる。その際にビールと豆腐はかきこんでおく。枝豆は悔しいが周りの連中にあげることにする。
慌てたように奢りのビールを飲んで、白い物を食べきるその姿は貧乏くさいおっさんにしか見えなかった。その姿を見て、へっ、と一瞬話しかけてきたチンピラが鼻で笑うが、ガイは気にしなかった。
周りの知り合いが笑いをこらえて、俯いているので。駄目だぞ、笑うんじゃねえ。面白そうだからなと、目で牽制するガイである。というか、このチンピラはどのような情報収集をしたのだろう。そっちの方が不思議だな……。
こっちでさ、とチンピラが案内してくれる。スラム街は既に月光街となり、治安が平民地区より良いために、平民地区に連れられていく。客引きの娼婦すらいない。なにせ月光街は景気が良く失業者を探す方が難しくなっているので。
数年経てば、高級住宅街となりそうな予感すらする。なので、平民地区の中でもうらぶれた路地の中に案内される。薄暗いが、星空でなんとか前が見える程度。普通の人間なら。
ガイデルタは夜間戦闘も可能なので、はっきり周りが見えていた。スキップをしそうなほど、楽しそうなイベントだ。あっしが活躍できそうだねとついていく。
「ここですよ。ここの酒は美味いんです。良いワインを揃えてまして」
うらぶれた路地の中にある、いかにも怪しげな酒場。建付けの悪そうな扉を開けてチンピラは入っていく。そういや、こいつの名前知らないけど、チンピラで良いかと気にせずついていくガイ。
中は初めて入った異世界の酒場のようだった。松明が壁にかけられているが薄暗く、床はゴミがあり、おが屑が隅に山を作っている。明かりを受けて、ゆらゆらと人やテーブルの影が揺れて、暗さから座る人々の顔は見えない。暖炉には鍋がかけられて、塩だけだろう味付けのシチューが煮えている。下手くそな歌をハープを鳴らしながら吟遊詩人が歌っており、広さだけはかなりのものだ。
ここと比べると、月光酒場は明るすぎたなと今更ながらに実感する。松明の数が多すぎた。ドラゴンなビルダーズを参考にしたから、建てる際にかなりの数の松明を壁にかけられるようにしたのだ。暗くなっちゃうと親分が監督したのであるからして。
テーブルに座る客たちは、ガイを見てクックと笑う。ちょっと不気味だなぁと、ガイはワクワクしてしまう。なんというか、久し振りに異世界ふぁんたじ〜な世界に来たと実感するので。
ミサイルやらビームが飛び交うのは、ふぁんたじ〜ではないと思うのだ。なので、キョロキョロと周りを落ち着きなく見て、チンピラに勧められた椅子に座りソワソワする。
傍目には、周囲の様子に恐れているように見えるおっさんである。
「旦那〜。旦那は月光商会のナンバーツーを自称しているらしいですが、商会を自由に出入りできるんですかい?」
先程とは違う見下した態度で会話を始めるチンピラ。それを見て、さすがにおかしくない? とガイは思う。これでも芸術家ガイ原ガイ山としても有名だし、腕も良いと近所では知られているのだが……。
「そっ、そうか!」
ハッと気づく。気づいてしまった。己の特性を。たしか小悪党に見えるとマコトは言っていたが、ネタスキルだろと聞き流していた。だが、実際はどうなのだろうと今更ながらに推察したのだ。
小悪党に見られる。即ち相手に精神攻撃をしているのではないだろうか? 誤魔化しの精神攻撃は一定の間隔でゲームなら抵抗ロールを振る。
即ち、ガイの近所の連中は長い付き合いだ。そうなるといつも抵抗ロールを振るので、一回ぐらいは大成功がでる。と、なると小悪党のイメージは消えてしまうわけだ。この類の精神攻撃は一度でも抵抗されると、効かなくなるのがお約束である。
反対にガイに会ったことがないか、ほとんど会わない奴らは小悪党スキルが働いて、あっしのことを小悪党と思い込む。そこにガイ原などの情報を手に入れてもスルーするに違いない。
ゲーム理論だが、女神様はゲーム仕様であっしたちを作っているから、この予想は間違ってはいないはず。
「マジかよ……あっしはチート持ちだったのかよ……」
たぶんステータスにも依存するのだろう。大成功はステータス格差があっても、必ず抵抗できるが、当初のガイのヘボいステータスなら、大成功を出さなくても、より簡単に抵抗を皆はしていたはずだ。
高ステータスとなった今、自身が噂になることは極めて低いと気づいてしまったガイは、己の宿業に嘆く。
「宿業って、なんとなくかっこいいよな。精神平穏の魔法を親分に覚えてもらおうっと」
あまり嘆いていなかった。洗脳系は簡単に魔法で解除できるはずだとも信じるポジティブなおっさんでもあった。次から出会うヒロイン候補には必ず解除魔法を使ってもらおうと決心して、遂にモテモテ期がくると、にやけてしまう小悪党でもあった。
そもそもヒロイン候補など現れないと思うのだが。
「お、お前、大丈夫かよ?」
嘆いたりニヤけたり笑い始めたりと、百面相をし始めるガイを見て、多少引いて声をかけるチンピラ。
「あぁ、大丈夫だ、問題ない。で、あっしになんのようだよ?」
小悪党スキルの効果に気づいただけても、ついてきた価値はあるなとご機嫌でガイは答える。その様子に戸惑いながらも、チンピラは会話を続けてきた。
「いや、取り敢えずはさる御方に会ってもらうぜ」
ニヤリと嗤う男が目配せすると、周りに座っていた客が立ち上がり、投網がガイに飛んでくるのであった。
ピンチに陥る勇者ガイ。やったぁと、自ら網の中に飛び込んで捕まってしまったように見えたが、気のせいに違いない。