16話 黒幕幼女のゴブリン殲滅作戦
王都の側にある大森林。東西に広がるその森林は広大で、また多様な動植物が生息している。北の山脈と接する森の奥には普通にドラゴンすらも多数繁殖しているそうな。
そして浅い層はしばしば騎士団が魔物の間引きをするために、強力な魔物は滅多にいないらしい。無論、騎士団の言う弱い魔物は一般人にとっては敵わない強力な魔物であるわけだが。
アイのステータスは平民の3倍と女神様は言っていたから、どれだけ平民が弱いかそこから推測ができるのである。たぶん平均5ぐらい。
とはいえ、アイたちにとっては浅い層はちょうど良い狩り場であった。経験値制の異世界じゃないから、少し意味合いは変わるけどね。
「ほんと、浅い層に狩り場があって良かったでつ」
「平民にとっては中層と言うらしいぜ?」
レバーを握りながら、アイが外の様子を見ながら口を開き、マコトがその意見を否定する。たしかに中層で良いのかもねと、アイも頷き、山賊ぼでぃへと意識を移す。
ガイのヘタレな雰囲気が、歴戦の勇士の空気を漂わす。
「狼共、さっきと同じだ。援護に徹して弓持ちやシャーマンがいたら妨害しろ」
足元にお座りする狼たちへと指示を出すと、人語を解するかのように狼たちは頷き、山賊アイを中心にしたフォーメーションをとる。
キャラ作成で自我のない狼をアイは作ったのだ。大盤振る舞いで持っている狼素材を全部使って。
その数は計4体。平均18のステータスを持つ支援キャラとして。
「それじゃ、本日4箇所目のゴブリンの集落。頂きますか」
狩場に行くと決めてから3日経過している山賊アイはちっちゃい子供に見られたら、ガン泣きされること確実な獣の笑みを浮かべて、目の前に広がるゴブリンの集落へと突撃するのであった。
後ろには狼たちがつかず離れずでついてきて。
「ふんっ! 斧技 トマホーク」
先制攻撃とばかりにゴブリンへと斧を投擲する。突如現れた人間を見て、驚きで動きを止めていた数匹のゴブリンは、斧に斬り裂かれて、血を撒き散らす。
「ギャッギャッ」
ゴブリンたちはそれを見て、侵入者だとようやく気づいて、棍棒を手に、わらわらとアイを囲むが、それを確認し僅かに前傾姿勢となり、アイは足を強く踏み込む。
「剣技 ソードスラッシュ」
その言葉に合わせて、剣身が伸び周囲の敵を横薙ぎにして倒す。
「ギャッギャッ」
ゴブリンシャーマンの一匹が杖を持ち、その目の前に炎の矢を生み出し、こちらへと撃ち出そうとしたが
「ウォン」
狼がゴブリンの群れを縫うようにすり抜けて、その喉笛に噛みつき、魔法の発動を止める。血が溢れてゴボゴボと断末魔をあげそうになるのを見て、アイは素早く意識を戻して、ステータスボードを叩く。
「火魔法2を覚えるでつ」
知識因子の火魔法がアイの身体に流れ込み、幼女は火魔法を手に入れた。そして、ゴブリンシャーマンが倒れた瞬間に、また知識因子に火魔法2が手に入った。魔法のラインナップは変わらないらしい。
「ふぅ、ナイスあたち」
むふぅと、幼女は得意げになる。また火魔法が手に入るのならと、素早く覚えたのだ。
「今回は良かったけど、物欲センサーが働くとなかなか今みたいにはいかないと思うぜ?」
「たしかにそうでつが、その時はゴブリンシャーマンを狩りまくるだけでつ」
あっさりとアイはマコトの言葉に解決策を提示する。物欲センサーを上回る狩りをすれば良いのだ。おっさんは常に昔はネトゲーで狩りまくっていたのだと。戦いは数だよ兄貴。少し意味合いが違うかもしれない。
なるほどと、マコトは納得する。ゴブリンシャーマンはそこそこいるから、知識因子を手に入れるのは難しくないだろうし。
あっしが弱くなりましたよ? とモニターに映るガイが火魔法を無くして騒ぎ立てるが、ガイは殴り合いの方が似合うでしょ、とスルーした。魔法を使えるなら、幼女は戦いの幅が広がるのだ。
再び意識をガイぼでぃへと移して、山賊アイは群れて数で圧してくるゴブリンたちを倒しまくる。
矢が飛んでくるが、気配察知にて撃ち落とし、狼が先程と同じようにゴブリンアーチャーに噛み付く。ホブゴブリンが振り下ろす棍棒を片手で弾き、斧で首を狩る。
「むむ、ここはいつもより数が多いな」
500はいるかなぁと、冷静にアイは判断しながら、敵を倒していく。いつもよりゴブリンの種類も豊富かも。
しかしながら、身体能力の格差が大きすぎる。まともな武器を敵が持っていればまだしも、棒切れや粗末な弓矢では、ガイの身体に傷を与えることなどできやしない。
だいたい3倍差のぼうぎょがあると、ダメージ0になるのではとアイは予想をしている。ホブゴブリンで平均10、ゴブリンリーダーで平均20、ゴブリンシャーマンも平均20のステータス。
武器が弱ければ100のぼうぎょを持つ山賊アイには攻撃は通じない。だが魔法のダメージ計算式がいまいちわからないので、魔法だけは油断ができない。
ちなみにゴブリンは平均3である。よくこれで森林で生きていると感心するひ弱さであった。
「ギャース!」
粗末な錆びた剣を持つゴブリンリーダーを圧倒的なステータスで無理矢理防ぐ剣ごと叩く。その力に耐えられず、リーダーは圧された剣が肩にめり込み、頭を砕かれて死ぬのであった。
「ゴアアア!」
リーダーを倒せば終わりだねと、アイが残党狩りに徹しようとした時、奥から咆哮が聞こえて、ホブゴブリンより大きく、ガイよりもなお背丈のあるゴブリンが歩み出てきた。
その緑の顔は憤怒で歪んでおり、手に持つ錆びた鉄の剣をこちらに向けて睨んでくる。
「おぉ、ゴブリンキングだな。なんでこんなに森林にゴブリンが多いかわかったぜ。キングが産まれたから異常繁殖をしていたんだ。あいつの平均ステータスは50、すばやさが低くて、ちからが少し高いんだぜ」
マコトが教えてくれる内容になるほどと納得する。
「と、するとこいつは倒さない方が良いか? またゴブリンが繁殖するために」
稼ぎ場がなくなると、鬼畜なことを言うアイであった。だってゲームではないので、再ポップをゴブリンはしないんだもん。
「たぶん、もう駄目だぜ。配下を失ったゴブリンキングは人を襲うために流離うだけになるだろうな」
「そっか……そんな悲しいことになるなら、倒さないとな」
マコトの言葉に悲しげになり、ゴブリンキングを見て思う。俺がキングを誘い出したのに、他の奴らに倒されたら困る。レアモンスターの横殴りは絶対に許さないと。
悲しむ理由がちょっと斜めな方向のアイであった。ちょっとどころではないかも。
ドスドスと足音荒く、草木を踏み潰しながらゴブリンキングは接敵してきて、大上段に剣を振り下ろしてくる。筋肉のみでできているような腕から繰り出される剣撃は予想よりも速い。
「むん!」
しかし、アイは高速思考を使い敵の振り下ろしに、横から斧で弾く。ゴブリンキングは体勢を崩すかと思われたが、ダンッと地を蹴り後ろに飛び退き剣を突きの体勢にして、腕を引き絞ってきた。
「片手剣技 疾風突き」
聞こえないはずの技名が、なぜかハッキリとアイに聞こえてきて、次の瞬間にガイの肩から血の花が咲いた。
「クッ! 今の突きは速かった!」
アイの高速思考は、敵の突きも見えていた。ゴブリンキングが踏み込んだと思った時には、完全に回避できない程の速さで突きが迫っていたのだ。
まさに疾風と呼べる突きだ。技の補正は剣速に振られているに違いない。
肩へと突きを入れられて、出血して血が腕を滴り落ちる中で、アイは厳しい目つきをする。
「あれは片手剣技だぜ! 剣術の派生スキルだな! 派生スキルは攻撃技が多いんだぜ」
「派生……。まさか剣術と片手剣術で、それぞれ1つずつ技を覚えられるのか?」
アイはマコトの言葉にニヤリと笑う。それなら、技の多様化も誤魔化せるよねと。
「そのとおりだぜ。しかも派生スキルは専用武器への補正も大きいんだぜ」
「基本スキルから派生はたくさんあるってことか。よし! こいつから片手剣スキルをゲットするぞ」
正しくゲームキャラを扱うプレイヤーアイ。ガイの傷はまったく考慮に入れず、戦いを継続しちゃう。物欲センサーオン!
「ぐらぁ!」
敵へとダメージを与えたことに自信を持ったのか、再びゴブリンキングは腕を引き絞って、突きの体勢になる。
だが、血を流しながらも、山賊アイは冷静であった。幼女は痛くないので。
「きな! 疾風突きとやらでな!」
挑発をして斧を構えて待ち受ける。その様子を見ても、傲慢そうにゴブリンキングは嗤い同じ技を繰り出してきた。
「片手剣技 疾風突き」
「格闘技 腕力強化」
ゴブリンキングの攻撃をなんとか躱して、肩へと誘導したアイは刺さる剣をそのままに格闘技で腕の筋肉を上げる。赤い光に覆われて、筋肉が魔法の力で上昇して、引き締まる。
「げ、ぎゃ?」
肩を貫かんとする己が剣が筋肉の引き締めにより、貫くこともできず、引き抜くこともできなくなり、動揺の声をゴブリンキングはあげて
「オラァッ!」
なんとか剣を引き抜こうとするゴブリンキングへ、アイは腕力強化されたフックを腹に決める。
よろめき腹を抑えて後退るゴブリンキング。カランと鉄の剣が肩から抜け落ちる中で、アイは斧を振りかぶって追撃をする。
「斧技 トマホーク」
ゴブリンキングは慌てて、苦しみながらも両腕をクロスさせて、トマホークを腕で防ぐがそこまでであった。
残る剣を大上段に大きく振りかぶり、山賊アイも嗤う。
「詰みだ。剣技 ソードスラッシュ」
赤く光り大きく伸びた剣身を力の限りに振り落とすと、ゴブリンキングの両腕ごと胴体を斬り裂き、半ば程まで断つのであった。
本来なら胴体にめり込み、簡単には引き抜けないはずの片手剣であるが、威力が低くても魔法の武器である。リターンで手元に引き戻し、辺りを睥睨する。
「さて、残りを片付けるとするか」
ゴブリンキングが倒れ込み、ズシンと音をたてるなかで、山賊アイは残りのゴブリンを片付けることにするのであった。
「残念だけど、手に入ったのは消耗素材、特性配下強化のゴブリンキングだけだったぜ。残念だったな」
「ふぐぅ……物欲センサー恐るべし」
斧を振るいながら、アイはガッカリした。やっぱり物欲センサーは恐ろしい。幼女へ慈悲はないのかしらん。
ガイへの慈悲をまったく見せないアイはしょんぼりしちゃう。そろそろ肩の出血が厳しいので、治してくだせえと情けない声が聞こえたけど、ガイは男だから我慢強いはず。
とりあえず、残党を倒した後に、ゲーム筐体から降りて、ようやくガイにヒールをかけた優しすぎる幼女である。
「これでこの3日間の結果は、ゴブリン素材773、ホブゴブリン15、アーチャー、シャーマンが2、ゴブリンキングが1に、知識因子は弓術1、回復魔術2でつか。しょぼっ!」
12のゴブリンの集落をこの3日で潰したアイ。しかしながら、ドロップが厳しすぎない? 幼女ボーナスとかないのかな? 涙目にうるうるしちゃうよ?
「親分! これを見てくだせえ! 商人の馬車がありやしたぜ」
奥に行ったガイが、まんま下っ端山賊の言葉で大声をあげる。似合いすぎる役柄のガイ。うっひょーと、木箱を持って小躍りしていた。うん、やっぱり新しいキャラを早く作ろうっと。
「でも、それはそれ、これはこれでつ。ガイ、よく見つけたでつ!」
てってこと、幼女走りでガイの側に行ってみると、壊れた馬車と装具品が転がっていた。錆びてはいるが、鉄製の剣やら槍などの武器も鎧も置いてあり、木箱が散乱していた。
どうやらゴブリンキングの襲撃にやられたのだろう。世知辛いハードな異世界であるが
「これ、金貨が詰めてあるぜ!」
マコトが小さな鉄製の箱を鍵穴から覗いて声をあげる。
「格闘技 腕力強化」
そのセリフにガイが今まで見たことがない程の気合を入れて、技を使い鉄の箱を無理矢理開けちゃう。その気合をなぜいつも使えないのかと、苦笑しちゃうアイであるが、真剣な目に変わる。
「親分! 金貨が1000枚はあると、親分?」
金貨の輝きに喜びの声をあげるガイが、様子が変わったアイに訝し気に声をかけてくるが
「ガイ、マコト! すぐに戻るでつ!」
鋭い声をあげるアイに驚きをみせる。真剣な表情のアイは腕を振って二人へと伝える。
「拠点に置いておいた蛇から警告がきまちた。どうやら拠点が襲われているらしいでつ!」
そうして、すぐに駆け出し……馬車の物をすべて回収してから、駆け出す黒幕幼女であった。
この先、お金が必要なので、仕方がないのでつ。