159話 夜会と言う戦場を見る黒幕幼女
アイは周囲の貴族たちを素早く見渡す。誰がどのような爵位を持ち、名前は何というのか? さっぱりわからないけど問題はない。人を見る目はたぶんあるので。
人を見る目があると自信を持っているのだ。地球にいた時から。ガイたちという素晴らしい仲間を見つけたしな。
「ヌウマ・キツグー伯爵だな。平均ステータスは64、すばやさが低い。特性見抜く目を持っている。スキルは格闘2、剣2、錬金術1なんだぜ」
姿を隠したマコトがデブを指差してこっそりと告げてくるので、ちらりと確認する。
「見抜く目を使われまちたか」
「あぁ、でも見抜く目は魔力を持っていることしかわからないから、魔法の服装だとしかわからないだろうけど」
どうやら、ドレスやらを見て、見抜く目を即行使ったらしい。まぁ、この装いを見たら使うか。そのおかげでステータスが判明しちゃったよ。
「しかし……おデブさんなのに、ステータス高いでつね。これが高位貴族でつか……」
タイタンに来た頃に遭遇していたらヤバかった。やはり貴族の目につかないように行動をしたのは間違いなかったみたいだ。高位貴族は皆、騎士よりも強いらしいから、この世界の歪みは酷いものだよな。鍛えている騎士より、怠惰な貴族が勝っているなんて。
のしのしとでっぷりした身体をスライムのように揺らしながら、悪どそうな笑みでヌウマ伯爵が取り巻きを連れてやってくる。横目に見るとハウゼン男爵は震えて顔を真っ青にしていたので、役には立たなそうだ。
幼女の方がステータスもスキルも上なんだけどね。頼りにして良いよと言いたいが、幼女の影に隠れるおっさん……ないな、すまん。
まぁ、貴族との戦いはステータスに頼るものじゃないしな。権力や財力、交渉力が物を言う。即ち、俺の得意分野だ。
クククと悪そうな笑みを浮べようとして、可愛らしい笑みに変わっちゃう幼女なアイ。中の人はさぞかしあくどいスマイルを浮かべているとは思うが、幼女フィルターがおっさんを覆い隠していた。
「ようこそ、ハウゼン男爵。私の夜会にようやく来たか。何回招待状を送ったか覚えているか? んん?」
ヌウマ伯爵が凄みを見せようと顔を歪めてハウゼンを威圧してきて、ジト目となってしまう。ハウゼンは青褪めてはいたが、なんとか小声で言葉を返す。
「は、ヌウマ伯爵のご招待をお受けしたかったのですが、なにぶん」
「ギャハッ」
ハウゼンが返事をしようと震えた声音で答えようとしたら、招待客の一人が叫び声をあげて突如として倒れた。ピクピクと身体を震わせて、痙攣を引き起こしている。
「あ〜、特性知らない客、だな。相手に気づかれないように特殊魔力を付けて、会話などを盗み聞く監視スキルの一つだぜ」
「これ幸いとあたちにつけようとしまちたか。それか、ハウゼンしゃんですかね。どちらにしても、あたちの監視スキル無効化の効果範囲にいたら、酷い目に遭うのに……。迎撃レベルを気絶に抑えているから感謝して欲しいでつね」
マコトが呆れたように告げてきて、幼女は肩を竦めちゃう。懲りない奴らだ。俺の能力はこの屋敷を余裕でカバーするんだぞ。致死的迎撃レベルにしてなかったことを有り難く思って欲しいね。幼女を覗こうとすると、漏れなく痛い目にあうのだよ。
スノーも同系統のスキルをゲットしていたので、ハクスラ系統は簡単に育成できるんだなぁと羨ましく思ったものだ。ティターニアは監視スキルを妨害する魔法を使っていたしな。さすがは妖精の女王。その叡智に感心したよ。
「酒でも飲みすぎたかっ。馬鹿な奴……おい、そこらの部屋に放り込んでおけ!」
苛立ちを隠さず、ヌウマ伯爵は召使いに命じて、慌ただしく倒れた男は連れられていく。
出会い頭、主導権を握ろうとしたら、邪魔をされたのだ。苛立つのも当たり前だ。
その隙にアイはちっこいおててをハウゼンの手に重ねて、ギュッと握り、視線を合わせる。
数秒顔を見合わせていただろうか。なにか決心したように、青褪めていたハウゼンはコホンと咳払いをして、顔色を元に戻す。
「ヌウマ伯爵、この度のご招待ありがとうございます。私も新たな職について日が浅く忙しかったもので。そうそう簡単に夜会には出席できなかったことをお詫び致します」
その姿は堂々たるもので、先程の弱々しい様子は見えない。それどころか、高位貴族と渡り合える強さを見せていた。幼女の応援が効いたのかな? ふふふ、やはり幼女パワーは凄いな。黒幕幼女に職業変わったし。
ピクリと眉を動かして、ヌウマ伯爵は多少の驚きを見せる。先程までは与しやすい男に見えていたのに、その様子が少しの間に変わったからだ。
口を僅かに噛み締めて、睨むようにハウゼンを見てくるが、その視線を受けても、今度はハウゼンは怯みはしなく、堂々と受けていた。いきなり精神が変わった感じ。ハウゼンはそんなに幼女が好きだったのか。
危険人物にハウゼンを入れようかなと、しょうもない事を考えるアイであったが、実際は大恩ある月光商会のしかも幼女が怯みもせずに力強い笑みを浮かべたので、ハウゼンは奮起したのである。一皮剝けた男となったのだ。月光に賭けようと心を決めたとも言う。
「そなたは月光商会のアイだな? 草鞋を売って儲けているらしいではないか。没落貴族として、タイタンに流れてきて良かったな?」
ハウゼンを相手にするのは大変そうだと認識を改めたヌウマ伯爵はアイへと矛先を変えた模様。良いじゃん良いじゃん、その物言い。地球でもいたぜ。俺たちが苦労して持ってきた商品を前にして、奪い取ろうと画策してくる奴らが。だいたいは上から目線でマウントをとろうとしてくる。そんな相手には、商品をボッタクリ値段で譲ってやった。有り難がって、相手は泣くこともあったな。
「凶悪な笑みが隠れていないんだぜ」
「あたちは常に可愛らしい素朴な笑みしか浮かべませんよ」
マコトがこっそりと呆れた表情でつっこんでくるがスルー。マコトしか見抜けないから大丈夫。
「えへへ。草鞋はあたちが考えたんでつ! しゅごいでしょ〜。みんなは大喜びで買ってくれていまつ!」
ぴょいんと片手をあげて、嬉しそうに褒められちゃったと喜ぶ幼女である。その様子に鼻白みヌウマ伯爵はさらに見下した表情となる。
「あら、貴方。あまり虐めては駄目よ?」
横合いから成金趣味爆発の宝石やらアクセサリーやらで着飾った中年のおばさんが口を挟む。デブではない。どうやらヌウマ伯爵夫人らしいが、そこそこ美しい人だ。
女性はデブだと馬鹿にされるから、夜会が大好きな夫人は節制しているのだろう。アニメや小説でよくある異世界物の悪役みたいに夫婦揃ってブヒブヒと言うデブではないらしい。まぁ、陰口を叩かれるのは確実だからな。しかも美しさについてだと、見栄っ張りそうなので、耐えられないのだろう。現実ならそんなもんか。
一見助け舟を出したように見える夫人だが、幼女を見る目には嫉妬が籠もっていた。憎々しげに俺の姿を見てくる。
鮮やかな蒼色のドレス。光の当たる角度にて、その美しさを変えて、どれだけの金を積めば手に入るかわからない大粒の宝石をあしらった複雑で精緻な意匠を施されているサークレットにネックレス。明らかにこの場で一番金がかかっているとわかるもんな。
ヌウマ伯爵夫人はこちらを嫉妬に塗れた視線で睨みつつ、小馬鹿にしたように薄笑いを浮かべて尋ねてくる。
「着ている物の価値はわかっているのかしら? たしかアイとか言ったわよね?」
「えへへ。皆が頑張って縫ってくれたドレスでつ。皆の想いが籠もっているので、あたちの宝物でつ!」
実際は嵐のような裁縫で、約一時間で完成したものだけど。いかにも苦労して数週かけて縫いましたというアピールをしておくぜ。
チッと俺に聞こえるような大きさで舌打ちして、手に持つ扇で顔を隠すヌウマ伯爵夫人。その態度で、色々とわかるよ。今まで敵に出会ったことがない横暴な態度をとれる立場であったと。
夫人は雑魚だなと、相手にするのはやめて、ヌウマ伯爵へと意識を戻す。このデブはどうなんだろうね? ハウゼンへの態度からすると情弱っぽいけど……。しかし、情弱ではハウゼンまで行き着かないだろうし、この違和感はなんなのかな?
「ふん! 草鞋を売って満足か。ならば他の商品はいらないのではないか? 適材適所。貴様が扱う他の商品は私たちが手伝おう。ハウゼンもそれで良いな?」
はぁ? と思わずポカンと口を開けてしまった。こいつ、最初の挨拶から話が飛びすぎじゃね? 王と配下の謁見でも、ここまで話を飛ばすことはないだろう。こいつの俺様主義って……。
「月光の商品はあたちが扱っていまつ! あたちを通して貰わないと困っちゃいますね。ところで、あたちはまだなにも食べていないんでつけど?」
プンスコ怒ったフリをして、あたちの玩具なの、とっちゃ駄目〜とヌウマ伯爵に抗議をするアイ。
「そのとおりですな、ヌウマ伯爵。私には商品の取り扱いについて、権限などありませんよ」
ハウゼンの言葉に、顔を歪ませるヌウマ伯爵だが、さすがに自分が主催の夜会で怒鳴るのはまずいと考えたのだろう。取り巻き以外にも、貴族を多数招待しているのであるからして。
「……良かろう。平民や下級貴族では味わえない美味なる料理を食べていくが良い。きっと驚くことであろう」
ガハハと高笑いをする自慢げに言うヌウマ伯爵。それをスルーして、てこてことアイは料理の皿があるテーブルへと歩いていく。
自然な様子を装い、こちらと接触を拒むように離れていく数人の貴族の顔を覚えつつ、嵌めてある指輪の力を発動させるように振り、浮遊にてフヨフヨとテーブルの高さまで浮かぶ。
その姿にギョッとして、目を剥くヌウマ伯爵たち。希少な魔道具を使用したと思ったのであろう。実際の中身はプロテクションなんだけどね。
「川魚は泥臭くないでつね。野菜も生野菜を使用していまつが、浄化しているので安全と。お肉も上質な物みたいでつ」
アイ原雄山と化したように、褒め言葉を口にしながら、フォークでどんどん食べていく。
「そうであろう? 技術の違いがわかったか? 料理一つとっても、貴様らとは格が違うと。なればこそ、私に月光の商品を任せるべきだろう」
クククと得意気に嗤うデブ。周りの取り巻きたちも追従してニヤニヤ笑いをしてくる。が、アイ原雄山はここからディスるのだよ。ま、オリジナルより俺はあくどいんだけどね。
醤油をたっぷりと使って、しょっぱすぎる川魚、野菜は生野菜をアピールしたかったのだろう。品種改良されていない野菜なので苦味があり不味い。肉も魔物の肉っぽいけど、やはり醤油をドバドバとかけてあり、食べれた物ではない。デザートは砂糖をかければ良いってもんじゃないとだけ答えたい。
だが、この料理の味でピンと来たぜ。こいつは貴族の中で生きている典型的な奴だ。月光酒場に一度でも来れば味の差に驚くはず。貴族の中では情報を集めているのだろう、ハウゼンへの対応も含めて、ズレているか間違った情報を持っている。
平民から貴族へと月光商品は広がったのだが、通常は貴族から平民へと流行は広がっていく。最新の料理がこれだと、遅れた技術だとは思わずに信じているのだ。
そして吟遊詩人の月光英雄譚……突如として広まったその話が、意図的に月光商会が広めたものだと、裏を読んだな。それ即ちハウゼン男爵が考えた誤魔化しだと。
これは都合が良い。本当は一番悪どそうな貴族を凹ませて、他の貴族たちへの牽制としようと考えて、ヌウマ伯爵の夜会に来たんだけど、それ以上の物が狙えそうだ。
「ヌウマ伯爵の凄さはわかりまちた。でも、あたちの商会もなかなかのものでつよ。どうでしょー。ヌウマ伯爵がうちの商品を扱いたいと言うなら、月光の部下にヌウマ伯爵の凄さを知らしめるために技術勝負とか」
「技術勝負? 料理でか?」
途端に警戒し不安げになるデブ。商品を取り扱う月光が本当はどの程度の料理技術があるか不明だから、警戒しているのだろう。相手の技術もわからないのに自慢したりする割には、警戒心が強いな。たしかに料理勝負はどう転ぶかわからないからな。俺も嫌だ。
「ヌウマ伯爵の土地は癒やしのポーション作りが盛んとか。あたちの商会も癒やしのポーション作りが得意なんでつよ。どうでしょー、月光商会の商品全てを取り扱う権利と、ヌウマ伯爵の聖なる湖とセクアナ神の塔の独占使用権、それぞれ一年間の権利をかけて、どちらがより優れた癒やしのポーションを作れるか勝負しませんか?」
「……癒やしのポーションでか? 魔力回復や病気、毒を治すポーションではなく?」
「体の傷を治す癒やしのポーションでつ。どうでしょー? 品物鑑定の魔法使いを用意する必要がありまつが」
俺の言葉に、途端に警戒心を無くし、ニヤニヤとほくそ笑むヌウマ伯爵。癒やしのポーションは素材が物を言う。浄化の水以上の素材など無いと確信しているのだろう。
最低限の錬金術の腕があれば簡単に作れるのが癒やしのポーションだ。そこに腕の良さはあまり影響はしない。
「良いであろう! ここにいる貴族たちが証人となってくれよう!」
「グッド! これで賭けは成立しまちた。それでは一週間後、月光屋敷にて夜会を催しますので、ここにいる皆さんをご招待いたちまつ。ヌウマ伯爵の技術力。とっても楽しみにしてまつよ」
その話にノッたと興奮気味にヌウマ伯爵が了承してくれるので、親指を立ててクスリと黒幕幼女は無邪気に見える微笑みを見せるのであった。