158話 夜会に出席する黒幕幼女
薄闇の中で、いくつもの蠟燭が銀の燭台に乗せられて、広間を照らす。蠟燭なだけあり、かなり暗いが、それでも大量の蠟燭が灯され、それだけでこの屋敷の主の財力を示している。
広間には多数の人々が着飾り、テーブルの上に置かれている料理に舌鼓をうちつつ、会話を楽しんでいた。
男性は最近出回っている綿布を使用した服を。女性は綿布をドレスに仕立て、流行に遅れまいとアピールをしているが、元々、毛糸が主流であったために冬の厚着のように仕立てられていて、どこかセンスが野暮ったい感じを見せている。
絢爛豪華とこの世界では言って良いだろう。料理は今までのただの焼き肉のような塩っ辛いものではなく、醤油、味噌、その他香辛料をふんだんに使った物が置いてある。まだまだ発展途上の拙い出来の料理であるが、それはこの世界の者たちにはわからない。
ハープをかき鳴らし演奏をしている楽者に合わせて、吟遊詩人が英雄譚を唄う。人々はこの豪華な夜会に満足の表情を浮かべて、主催者へとおべっかを言う。
「キツグー伯爵、さすがは貴方の主催する夜会ですな。これほど贅沢な料理は見たことも味わったこともありません」
「本当に。お酒も珍しい物ばかり」
「これだけの物を集めるのに、いったいどれほどの費用を? 貴方の財力に私たちは羨望の眼差しを向けるのみですな」
周りの賛辞に自慢げに顔を歪めて、でっぷりと肥え太った男が胸をそらす。贅肉に埋もれた目を細めて、美しいクリスタルガラスのワイングラスからワインを呷る。
「それほどではありませんよ。使った費用など覚えてはおりませんし。たいした金額ではなかったかと」
ウハハハと笑いながら、再びワインを煽る。昨今の贅沢品を集め、見せびらかす男。夜会などで金を湯水のように使い、宝石やら美術品を買い漁る者。
ヌウマ・キツグー伯爵である。浪費癖がある反面、金を稼ぐ方法にこだわらない黒い噂が消えない男である。
大粒の宝石がついた指輪を指の全てに嵌めて、綿布の服を着込み、その財力を示していた。
醜悪な笑みを浮かべて、太った身体を揺らしながら話すその姿は、その性格の悪さも表していたが。
東部にある聖なる湖を領地とする領主でもある。聖なる湖に浮かぶ小島に聳え立つセクアナ神の塔から流れ込む浄化の水を取水し、売り払って儲けている。
聖なる湖は浄化の水の影響で、大変美味な川魚などが採れる。泥臭くなく清涼な味わいの川魚が多い。干物にして売り払えば、高値で売れるし、贅沢に保存か、氷の魔法を使い輸送しても良い。しかも川真珠といった物が採れもする。
そして浄化の水は飲むだけで、かすり傷程度なら癒やされて、錬金術士が加工の素材にすれば、毒や病も癒やすことができるポーションを作れるのだ。魔物も寄り付かず、田畑も肥沃であり、この領地を支配しているヌウマ伯爵は膨大な収入を得ていた。
その収入を浪費して、放蕩するのがキツグー一族の性格でもある。浪費の激しさに膨大な収入を得ていても足りずに、様々な儲け話や横領をしているのは周知の事実だが、キツグー一族の横暴を王すら止められなかった。
年に一回、神の塔に入り、神への奉納の儀式を行うのだが、儀式を行える者は代々キツグー一族に伝わる固有スキル見抜く目の者しか駄目だと言うことである。これは真実であり、固有スキル見抜く目を持つ者しか、神の塔には入れない。
奉納の儀式が行えなければ、浄化の水も止まるらしいので、王すらも手をこまねいているのが実情であった。
代々そのような立場を受け継ぐ当主が傲慢になるのも当たり前だと言えよう。ヌウマ伯爵は周りでおべっかを囀る者たちを王でもあるかのように睥睨する。
「これだけの物を集めるのは伯爵である私でも時間が多少かかりましたよ。しかし、最近出回っているこれら綿布やら、砂糖やら。様々な珍しい物が単なる一介の男爵が取り扱っていると言う噂はご存知かな?」
たんなる世間話だと装いながら、ヌウマ伯爵が話し出すのを、周囲の取り巻きたちは顔を合わせて戸惑う。
この品々が月光商会の扱う物だとは、既に知られていることだ。昨今台頭してきた陽光帝国との繋がりも囁かれる。商会の者たちも、凄腕の騎士や魔法使いを揃えているらしいので、普通の商会でないのは明らかであった。
その品々を一手に取り扱う男爵がいるらしいと聞くが……。
「それはガセネタではないでしょうか? ハウゼン男爵が平民に尻尾を振って、その下で働いているのは聞き及んでおりますが、実際はそこまで儲けてはいないらしいですぞ? 月光商会は引退した騎士がトップだとか」
「わたくしも聞きましたわ。凄腕の老騎士とか」
「幼女の後見人らしいですよ」
最近、吟遊詩人が唄う月光商会の話や囁かれる噂を口々に伝えてくる取り巻きたち。
ヌウマ伯爵は鼻を鳴らして、馬鹿にするような態度をとる。
「馬鹿げた噂ですな。吟遊詩人なぞ、金を掴ませればいくらでも都合の良い話を唄いますし、噂話も然り。私はこの話には裏があると思っています」
「ほう、裏とは? ヌウマ伯爵はなにか気づいたのですか?」
興味深そうに尋ねてくる取り巻きへと、肩を竦めて教えてやる。
「月光商会は妖精からこれらの品々を貰っていると聞いています。真実はそれだけなのですぞ」
「はぁ……。しかし、月光商会には凄腕の老騎士が……」
馬鹿な取り巻きめと、目を細めてヌウマ伯爵は口元を歪める。自身で確認したこともなく、噂話を真に受けているのだ。貴族社会で致命的なことである。こいつは次の夜会には誘わないでおこうと内心で思いながら、話を続けてやる。
「よく考えて頂きたい。私は月光商会の成り立ちを調査しました。それによると、最初は草鞋を売り出す小さな商会とも言えない商会だったとか。しかもスラム街に流れ込んできた没落貴族だったようですぞ」
ヌウマ伯爵は情報収集を怠らない。噂話は参考程度にして、自身で集めた真実を重要視する。それによると、最初はスラム街の小さな区画を支配するだけの没落貴族だったとの情報を得ている。
草鞋という優れたアイデアを出したのは、素晴らしいの一言だが、その後は細々と商売していただけだ。
「没落貴族が変わったのは、センジンの里に部下の里帰りに付き合ってから。そこまでが真実なのです。あとは陽光帝国の前身、陽光傭兵団と知己を得ただけ。それだけの存在なのです。そこから周囲へと砂糖などを広めたのはハウゼン男爵が月光商会に雇用されてからだ」
調べれば調べるほど、月光商会の実際の力はないとわかった。頭が良くない連中だ。なにしろナンバーツーと名乗る小悪党を好き勝手にやらせているのだから。その程度がわかるというものだ。
私の語る真実に、取り巻きたちはざわめき、驚きの表情を浮かべてお喋りを始める。
ヌウマ伯爵は鼻をピスピスと鳴らして、名探偵よろしく話を続ける。馬鹿な取り巻きたちも、ようやく月光商会の真実に気づいたらしい。
「そうです。所詮は没落貴族。頭の悪い連中なのでしょう。きっと妖精から手に入れた珍品も扱うのは難しかったはず。それを多少は頭の回る元王都倉庫番の下級貴族。即ちハウゼン男爵が上手く取り扱い始めた。それが真実なのです! 陽光帝国で活躍している? その戦う姿を誰か見たのですかな? 吟遊詩人の語る英雄譚を嘘臭いとは思いませんでしたか? そもそも戦争で活躍できる強さを持つなら、スラム街に行き着くわけはありません!」
気持ち、興奮して声を大きくしながら、話を終える。その話の流れから、取り巻きたちはギラギラと目に暗い光を灯す。それが意味する事を理解したのだ。
「さすがはヌウマ伯爵。そこまで真実を掴んでいたとは! たしかに仰るとおり!」
「変だ、変だとは思っていたのです!」
「幸運を月光商会は掴んだだけだったのですな!」
「と、すると……、ハウゼン男爵はかなりの金を手に?」
そのとおりだと頷き、厭らしい笑みで周りへと問い掛ける。
「一介の男爵がこのような品々を扱い、その手に分不相応な金を手にしている。儲けていないように、上手く誤魔化しているようですが、私の目は誤魔化せません。どう思いますか? 今後も私たち高位貴族は下級貴族に頭を下げて、品々を買い取らねばならないと?」
ヌウマ伯爵の言葉に、周りの取り巻きたちも厭らしい笑みにて、口を開く。考えることは同じだと。
「たしかにそのとおりですね。下級貴族如きには荷が重い」
「わたくしたちが管理した方がよろしいですわ」
「それぞれ扱う品を決めませんか? かなりの金額が動きますからな」
そうだろう、そうだろうとヌウマ伯爵は満足げに頷く。これだけの品々を扱うのは私たちのような高位貴族が相応しい。
「どうやら形式上は幼女が1番上の地位にいるらしいですぞ。恐らくは没落前の主の一族なのでしょう。ナンバーツーは金に弱そうな小悪党、その下に老騎士がいるとか」
これからの案をそれとなく伝える。大金が動くのだ。自分一人で独占するのも不味い。問題があった際に切り捨てることのできる貴族も必要だしな。
「なるほど、厳しい生活の中で老騎士は頑張っているのですな。病気などにかからないとよろしいですが」
「小悪党は金を多少積めば良いでしょう」
「ハウゼン男爵に渡りをつけませんと」
クククと嘲笑う者たちに、とっておきの話をヌウマ伯爵はすることに決める。それこそが今回の夜会を主催した理由の一つなのだ。
コホンと勿体ぶるように咳払いを一つして、多少声を潜めて言う。
「実はですな……本日の夜会にハウゼン男爵を招待しているのです。きっと私の話を聞いてくれるでしょう」
ハウゼン男爵が夜会の招待を受けた理由はそれしかない。小賢しい男のようだが、私に逆らうとどうなるか理解しているのは間違いない。
「ハウゼン男爵の協力を得られるのですな?」
「えぇ、ノウハウを手に入れるまでは、ですが」
下級貴族の癖に、王都の流行を作り出し、珍品を扱うなど生意気だ。どうやって妖精共から品々を扱っているのか分かれば用はもうない。事故死でもしてもらおう。
月光にはドッチナー侯爵が後ろ盾にいると言う噂だが、なに、こちらへと文句は言えまい。なにせ商売には関わっていないらしい。ハウゼン如きの策略に騙されているのだ。宰相には相応しくない馬鹿な奴。
常に自分を基準に考えるヌウマ伯爵は、一見筋が通っている情報を信じて、薄ら笑う。
「ハウゼン男爵がいらっしゃいました!」
広間の扉が開き、騎士が声を張り上げる。ようやく来たかと、自分を待たせるなど生意気だと、入ってくるだろうハウゼン男爵を睨みつけ、震えあげさせようとして……戸惑いを見せる。
ハウゼン男爵が小さい幼女に手を添えてエスコートしながら入ってきたのだ。
煌めく結晶を紡いだようなドレス。端々に宝石を縫いつけてあり、ネックレスやサークレットは見たこともないほどの大粒の宝石が嵌められている。それだけでは成金めいた嫌味な感じとなるが、幼女の黒髪黒目の可愛らしい顔立ちと小柄な体躯に合うように、上手く纏められていた。
誰もが、その可愛らしく、そして豪奢なドレスを見て、驚きを示す中で、ちょこんとスカートを小さい手で掴みカーテシーを見せてくる。
「こんばんわでつ。あたちは月光商会の当主、アイ・月読でつ。今日はハウゼン男爵と一緒にきまちた!」
舌足らずだが、美しい純粋共通言語にて、花咲くように笑顔を浮かべて月光商会の当主と名乗る幼女は挨拶をしてくるのだった。