154話 黒幕たちのお話し合い
本日は全8話投稿です。これが本日ラスト回なので、前回までのを未読な方は注意してください。なぜにこんなに大量投稿となったかは活動報告で……。
タイタン王国の王都を守る門番は平和だなぁと欠伸をした。最近は魔物狩りを月光の騎士たちが行っているので、南門の番でも危険なことはない。平和であるのだ。こんなに素晴らしいことはない。
怪しい人物も入ってこないし、魔物が攻めてくることもない。森林の殺し屋ウォードウルフが馬車を引っ張る姿が見えるが、青い犬用の服を着込み、首輪をつけているので、月光の饅頭職人ガイがテイムした狼だとわかる。
最近流行りだした饅頭を最初に作った男らしい。なぜテイマーが饅頭を作るのかわからないが、きっと饅頭職人になりたいのだろう。誰もが固有スキルを必要とする職につくわけではないのだ。
茶屋とか言う一休みするのに良い店で売り出しているのだ。貴重な甘味を安く食べれると大人気となっている。自分としてはきな粉をつけた団子が好きだ。
南の森沿いに進む街道が最近魔物が出現しなくなり、交易路が増えたらしい。魔物が出ないならと、商隊が頻繁に新たな交易路を使い始めたとも聞く。
景気が良くなって良い。見たこともない商品も増えてきて、娯楽も増えてきている。最近、悩むことはあるのだが……。
つらつらと考えながら暖かな陽にあたり、眠気を催してきて、目の前を通り過ぎる馬車になにか変だと気づく。
月光の馬車と同じように、ウォードウルフが牽く馬車であるが、豪華さが違った。意匠に金を使い、紋章がついている。あの紋章は太陽だろうか? 太陽が光を地に放つ意匠となっている。
お付きの騎士たちも鏡のように綺麗に磨かれた鋼装備の騎士様たちだ。数台の同様の馬車が目の前を通り過ぎていく。馬車の周りには月光街でよく見る妖精とは違う妖精たちが飛んでいた。
へんてこな表情をして同僚がこちらへとなぜか顔を向けてきているが……。
まぁ、きっとちょっと金持ちな月光商会の者だろうと、肩をすくめて再び欠伸をする。
世の中には見なければ良かったことがあるのだ。見なければ、自分に災禍は降りかからない。
それよりも、最近の悩み。月光酒場のウェイトレスをどうやってデートに誘おうかと、王都の門番は再び悩み始めるのであった。
月光商会で働くハウゼン・ライズ男爵は脚が震えるのは初めてだと感じていた。カタカタと震えて、いつものアイ様の屋敷の会議室前に立っていた。
応接室を守る騎士がこちらへと頷き、中に入っていく。私が来たと報告するのだろう。しなければ良いのに。
ちらりと後ろに立つ同僚へと視線を向けると、そっと顔を背けられた。誰も彼も目を合わせることはしない。全員がハウゼンに任せるつもりなのだろう。なにせ……皆は元貧乏貴族だ。最近は金回りが良くなってはいるが、所詮貧乏下級貴族。
雲上の方には会ったことがないのだ。精々爵位を受け継ぐ時に、他の貴族と一緒に謁見の間で叙爵されたぐらいである。あの時は何十人もいて、自分の存在などは陛下は知りもしなかっただろう。単に羊皮紙に書かれた名簿を読み上げた程度なのだから当たり前の話だ。
だが、今日は違う。同じ立場の方々に会うのだ。喉がカラカラになり、緊張で倒れそうである。
「ハウゼン男爵。入室を許可されました。さぁ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。では失礼をば」
許可されなければ良かったのにと思いながら、いつもは自分たちが会議を行う見慣れた部屋に入る。部屋の中には見慣れない方々がアイ様たちと共に座っていた。
アイ様たちの対面に座るその方々は水色の美しい髪をした、のんびりそうな顔つきの少女、その隣に座るドワーフと共人の文官らしき者と武官らしき者たち。獅子の鬣を持つ戦士、それと以前はここにいたケンイチ殿。以前と違い、貴公子のような立派な服装にしていたが、知っている顔を見て、ほっとしてしまう。
上座には誰もおらず、テーブルの真ん中にちょこんと小さい椅子が置いてあり、王冠を被った小さいながら恐ろしく精緻な意匠のドレスを着込んだ妖精が座っていた。いつもの妖精ではない。そのたおやかな笑みの裏に強烈な力を感じさせてくる。
アイ様たちは、お付きのギュンター卿に自称ナンバー2のガイ殿、シミター使いのリン嬢だ。魔法使いのランカ嬢は見えないので、いつものサボりだろう。私も逃げたい。それとフロンテ商会の当主、フロンテ殿もいる。
そうそうたるメンバーである。少なくとも自分がいて良い空間ではない。が、自分は月光の者なのだ。恥を晒すような姿は見せられない。
「遅れて申し訳ございません。ハウゼン・ライズ只今参りました」
「気にしないで良いでつよ。まだ集合時間の十分前でちたし。皆来るの早すぎなんでつよ」
アイ様が幼女らしく、小さいおててを振ってくれるので、頭を下げて感謝の意を示し、フロンテ殿の隣にそそくさと座る。同僚たちもそそくさと座る。楽そうで何よりだ。変わって欲しい。
これで全員が揃ったのだろう。壁際に座っていたメイドたちが動き始めて、ワゴンにお茶やケーキを乗せてやってくる。
音をたてずに、カップをソーサーに乗せて、置いてくるので、だいぶ召使いとして見れるようになってきていた。
「砂糖壺です」
ララちゃんが、ワゴンから砂糖壺を持ってきて、置いてくる。綺麗な所作で年若いのに頑張っていると感じて
「あ、なんか移動しましたよ」
砂糖壺の蓋が中から開いて、これまた見たことのない妖精が顔を覗かせてきた。
「駄目だぜ。出る時はこうやるんだぜ」
ヒョコンと見慣れたもう一人が顔を覗かせて、蓋を頭の上に持って、腰を揺らせる。
「来週の〜、マコトさんは〜?」
「アホかっ! どこの海鮮家族でつか!」
アイ様が素早い動きで近づいてきて、ガチャンと蓋を閉めてしまう。そしてララちゃんに砂糖壺を渡して、何ごともなかったような顔つきで椅子へと戻った。
……妖精は悪戯好きだとは聞いているが、砂糖壺に潜り込むのか……。それと水色の髪の少女の前に置いてあるケーキがホールのような気もするが……見ないふりをしておこう。
「あ」
「あ」
「あ」
唐突にアイ様と妖精、水色の髪の少女が声をあげる。なにかあったのかと、周りを見るが何もない。だが、3人は揃ってクスクスと楽しそうに笑う。
「何人目となるのですか。人間たちは懲りると言う言葉を知らないのですね」
妖精がふふっと、なにかに呆れたように言えば
「え、と、希少なスキル持ちを無駄に使うとは……馬鹿な人たちです」
水色髪の少女が、フッと鼻を鳴らす。
「距離が問題ではないんでつけどね。今は放置しておきましょー」
アイ様が気楽そうに言う。なんのことだろうかと首を傾げて疑問に思っていると、ギュンター卿が口を挟む。
「どこまで近づいてきましたか? 捕縛部隊を動かしますが」
「う〜ん。3ブロック先の酒場でつ。きっと血を吐いて倒れていまつが……。民間人に被害を出さないように……放置で良いでつよ。今はまだ。ルーラたちは南部にいまつし、護衛の敵が強かったら困りまつ」
「むぅ……。ルーラたちがいないと意外と困りますな。特殊部隊……もう一部隊必要ですな」
渋々と引き下がるギュンター卿。その話し合う内容にピンとくる。もしや、監視スキル持ちの話ではないかと。もはや月光を無視することは、どこの者たちでも難しい。貴族となれば、なおさらだ。監視をしようと仕掛けてきた者がいたのではないかと。……しかも話から複数の人間たちが。
監視スキルは希少なスキルであり、複数人を抱え込む貴族などはそうそういないはず……。とすると、どこが目をつけてきたか簡単に予想はできる。どうやら自分は決心をせねばならぬ時が近づいてきているようだ。既に娘のニュクスが……。
「では揃ったようでつし、まだ開始時間には早いでつが、自己紹介から始めましょーか」
テテンと手を鳴らしてアイ様が開会を口にする。気を取り直して、私も背を伸ばし気合いを入れる。
「あたちはタイタン王国を主として、細々とした商いをする零細商会の当主アイ・月読でつ。キャー、照れまつ〜」
キャーキャーと顔を隠して、身体をクネクネと揺らすアイ様。平然と嘘をつく幼女に呆れてしまう。それか、本人としては小さな商会だと本気で思っているのだろうか。そうだとすると、王都一でも小さいとなるが……末恐ろしい。何気に家名を聞くのは初めてだ。
「え、と、私の名前はスノー・ウインターです。南部で小さな領地を経営している零細帝国の皇帝です。きゃ、キャー、照れちゃいます〜」
キャーキャーと顔を隠して、身体をクネクネと揺らすウインター様。南部を切り取り確固とした地盤を築き始めた帝国の皇帝だとは思えない。まだ小さい国だからだろうか。
「南部のうち、西地域を完全に支配しておきながら零細とは謙遜がすぎると思うがの」
「すいません。それでは、え、と、ちょっと大きくなった国の皇帝です」
ドワーフの言葉からバッカス王国群も支配をしたのだと理解する。西地域を支配したとはそういう意味だ。……信じられない速さの侵攻だ。この侵攻速度なら数年で南部は統一されるのかもしれない。
「仕方のない人たちということはわかりました。では私の名前を。時の流れから外れた妖精界にある幻想の国マグ・メルが女王。万能の魔法を扱い、因果を支配する世界の」
「あ〜、ティターニアしゃん、そこらへん巻きで。巻きでお願いしまつ。そこらへん巻きで」
てしてしと手を鳴らして、アイ様がツッコミを入れる。むぅ、と口を尖らせて不満そうな顔を一瞬するが
「マグ・メルが女王ティターニアです。よろしくお願いしますね」
ニッコリと微笑んで、何ごともなかったようにティターニア様は首を傾ける。どうやら仕方ない人たちの中に自分も入れていた模様。
残りの面々の自己紹介も終わり、いよいよ話し合いが始まる。
「え〜、今回はあたちのおうちで会議をすることになりまちた。理由はあたちのおうちで会議をしたいからでつ。おやつもふんだんにありまつし。開会しま〜つ」
物凄い適当な理由を口にするが、実際はそんなことはない。周囲へと月光の力を見せつけているに違いない。
「おかわり自由ですものね。ホールおかわりお願いします」
はい、おかわりとララちゃんがワゴンに乗せた大量のホールケーキを持ってくる。全て見たことがない色とりどりのケーキだ。フォークでケーキを崩しながら、食べ始めるスノー皇帝。そのホールにティターニア女王も近づき食べ始める。
……なんというか、雲上の方は自由だな。やはり周りを気にしなくても良い立場だからだろうか。
「では最初の議題を片付けるとしよう」
なんとなく気の抜けた空気になってきていたが、ギュンター卿が口を開いた事で、再びピリピリした緊張感のある空気へと戻る。
皆の前にメイドが資料を配布してきて、その中身を見ると、陽光帝国からの議題が一番に書かれていた。なるほど、かなり面倒そうな内容だ。
「えっと、議題にあげたのは元農奴の差別についてです。一部解消はされてきましたが、それでも差別があります。元農奴へと価格を上げて品物を売ったり、差別的発言もあります。どうしても、一般の平民と学の点で差がありますし。私から見たら、あまり変わりませんが」
難しい問題だ。スノー皇帝の仰るとおり、差別があるのだろう。人間はとかく人に対して優位をとろうとする。貴族は平民を下に見て、平民は農奴を下に見て、奴隷をすべての者が蔑む。
根本的解決など無理であろうと、皆が思い悩む中で、アイ様が手を挙げる。
「問題の解決策はありまつ。ねー、お爺さん。これ、なんて読めば良いんでつか? お金が解決?」
自分の意見ではないと、あっさりとバラしながらアイ様はギュンター卿へと紙を見せていた。
苦笑を禁じ得ないが、解決策とはなんだろうと、ハウゼン男爵は首を傾げるのであった。