152話 どこかのとあるお話
テレビを見ていた少女は、ふへぇ〜と疲れたようにソファに凭れかかった。誰もが振り向きハッとする程の可愛らしい幼さを魅せる少女は冷や汗をかいていたので、ゴシゴシとおててで拭う。
少女がいるのはそこそこ広いホームパーティーができそうなリビングルームであった。お客さんが来たら、ほほーっと感心するレベルだ。ちょっとしたお金持ちが建てるようなレンガ風のお洒落なそこそこ豪邸にあるリビングだ。ジャグジーバスが自慢のお家である。
「今のはやばかった。やばくなかった? 私的にはクレームを入れるレベルなんだけど。それか、課金アイテムでも必要かと考えちゃうレベルなんだけど?」
天井を見上げて口を尖らす謎の少女。謎の少女の視線の先にはぶらーんとロープでぐるぐる巻きにされた銀髪のメイドがいた。
「大丈夫ですよ。ご主人様の選んだ者です。試作初期型に負けるわけはないと信じていました。必ず勝てると私は思っていましたよ?」
むふーっと息を吐いて、得意気に語るメイドをジト目で見つめる。本当に? ほんと〜に?
なぜか睨んでいるのに、メイドは目を閉じて口を尖らす。なにかな? 意味不明な行動だよね。キスされる雰囲気ではまったくないと思うんだけど。この変態メイドめ。
「勝つのを信じていた……なるほど。ところで最近流行っているトトカルチョを知ってる? どこかの戦いを賭けにしているらしいんだけど」
ヒラヒラと手に持つ紙をメイドに見せる少女。そこには紅蓮50000なんちゃらと数字がかかれていたりする。
「もうそれは紙切れに変化したのでいりません。化学反応って不思議ですよねご主人様。少し前までは大金が手に入る希少なアイテムだったのに、あっという間にただの紙切れになるなんて」
飄々と答えるメイドである。まったく悪びれる様子はない。いつものことなんだが。
「化学反応でもなんでもないだろ! 私の選んだ人を賭けの対象にして遊ぶんじゃない!」
ぺいっと、ハズレ券をメイドに当てて怒っちゃう少女。紙切れが当たったメイドはフンフンとなぜだか興奮しているので、どこまで妖しい世界を開拓するつもりなのかと、半眼になってしまう。
だが、メイドも真剣な表情に変えてくるので、少女もなにか他に重要な理由があったのかと、真面目な表情に……。
ならなかった。半眼で見つめる呆れた表情を変えることはなかった。長い付き合いなので、ただの演技だと見抜いているのだ。
「ギャンブルは真剣にやらないと面白くないんですよ、ご主人様! イカサマをしても私は勝ちたいんです! そろそろ勝ちの流れがきている予感もしますし」
やっぱりしょうもなかった。いつもしょうもないメイドだから、仕方ないとも言える。
「そう言って勝った人を私は見たことがないよ! というか、あの人を殺そうとするんじゃない! 運営がイカサマすると破綻するだろ! マコトさんが泣いちゃうよ? せっかく運営の権利を貰えたのにって」
「あの少女は初期費用を全部自分に注ぎ込んじゃったじゃないですか。無敵の自分を作るために。稼いだマテリアルも救済措置としてバージョンアップにご主人様が使用しているから、未だに雀の涙レベルの貯金では?」
「もう赤字だよ。とっくに赤字。マコトさんは決算書を破り捨てて、まだ始まったばかりだと豪語してたし。常に全力投球で暴投を繰り返している人だから」
地道に稼げば良いのに、一気に稼げるし、実況映えするからとメイドがやった設定を諸手を上げて歓迎しているのだ。あの人を信じているからだろうけど、このメイドは手加減と言う言葉を知らないし、勝ちを求める最低なじーえむだから、私が緊急支援をしなければとっくに破綻しているぞ。
なぜにいつも一攫千金をマコトは求めるのかと、苦笑してしまう。
「そろそろホームランが出る頃だと信じているんですよ。私と同じギャンブラーの心を持つ少女ですよね」
「……そろそろ手加減をするとかないの? 設定はしてあるだろうけど、個別なら設定を多少変更できるでしょ」
私は知っているのだ。個別ならばステータスだけは半分まで下げられることに。他はロックしたけど。碌なことをしそうにないし。
「あの人は期待できますからね。常にステータスはMAXにしておきます。そろそろ全滅を一回はして良いと思うんですけど、どう思いますか? 敵の倍率も段々上がってますし」
次こそは私が勝ちますと、フンフンと鼻息荒く言うメイド。どこの誰が信じているのだろうか。
「最低の維持費でなんとかなる計算だったのに、未来的モンスターに対抗するために、維持費も跳ね上がっているんだけど? バージョンアップで終わりじゃないんだよ? 常に維持費も必要となるんだから。可哀想でしょ」
「未来的な設計は私がしたんです、マスター。余計なお世話でしたでしょうか」
コトリとホットカフェオレを少女の前に置きながら金髪のメイドが申し訳なさそうに尋ねてくる。
「まったく問題ないね。実況映えするし良いんじゃないかな?」
コロンと手のひらを返す少女である。扱いが違いすぎますと、ミノムシが身体をブンブン揺らして文句を言うけど、仕方ないでしょ。世界の理というやつだ。即ち私の理なのだ。
「そうですよね。良かったです、他にもちょっとだけ面白い設計を姉さんとしたので、無駄になるかと思いました」
ニコリと花咲くような笑顔で言う可愛らしい金髪メイド。少女も微笑みを返しながらカフェオレをクピリと飲む。
「あ〜っ! 贔屓がすぎますよ! 破壊神より創造神を可愛がってください。今なら一緒にジャグジーバスで洗いっこを」
メイドが答える間に、少女の前にモニターが浮かんで表れる。どいつでおまつりのじかんと表示されていた。どうやらタイマー式の模様。
「あ〜っ! そろそろドイツで解放祭りが始まる時間! ばーむくーへん、バームクーヘン。どう? ドイツ語なんだけど。ザッハトルテにパリッとソーセージが私を待っています。ちょっと行ってくるね〜。もう余計なことをするなよ!」
ミノムシメイドの話を最後まで聞くことなく、少女は焦って立ち上がったと思うと消えてしまった。瞬間移動を使ったのだ。血のソーセージとか食べたことが無かったので、楽しみにしていたのだ。パリッとソーセージは大好きだし、本場のザッハトルテを食べてみたいのだ。
「も〜。最後まで私の話を聞いてくれないんですから。そんなご主人様も良いですが」
クネクネと身体を揺らして喜ぶ銀髪変態メイド。何をしてもご褒美になる困ったちゃんであった。
軽く苦笑しながら、金髪メイドは新しいカフェオレを入れたカップを宙から取り出して飲む。
「でもマスターの言うとおりですよ。少しやり過ぎたかもしれないですよ姉さん」
「ん〜、そうですかね? だってあんなに弱かったらすぐに世界は崩壊しますよ。ご主人様は甘すぎると思うんです。ここは私たちがフォローをしないといけないと思いますよ」
ぐるぐる巻きのミノムシメイドはハラリとロープを解いて、床に降り立つ。私にもカフェオレくださいと、妹メイドから貰ってソファに座る。
「私もそう思います。最低限の維持……。あの幼女はなにが維持しているか理解していませんからね」
同意の頷きをする金髪メイド。弱かったらダメだと思う。どんな世界でも最終的には力なのだ。マスターは予定とは違ったが、あの人は例外である。
「まぁ、ご主人様はわざと言わなかったですからね。でもご主人様ならすぐに理解したはずです。たぶん最初に会った時に。ヒントはふんだんにありましたし」
「ふふっ。たしかにそうですね。あの幼女に与えた情報。きっとマスターなら、たったあれだけで、誰が世界の維持を務めることになるのか理解したでしょう」
「運営会社がマコトさんだから、碌に恩恵がありませんからね。それも自覚できない理由の一つとなりますか」
たしかにもう少し頭の良い行動をマコトさんがとっていれば、あの幼女ならピンときたかもしれない。あまりにも恩恵がないから、というか、まったく恩恵がないから、気づかないのだろう。これはマコトさんのせいでもある。
シム的なゲームで言うと、収入と支出が同じでまったく身動きが取れなくなる状況みたいなものである。だいぶ余裕がある設定のはずなのに、あの妖精モドキの金庫は常に空なのだ。というか、もはや真っ赤の火の車である。
それは自分たちのせいでもあるのだが。……マスターはのんびりとしすぎだと私たちは思うのだ。少しずつ変わっていけば良いよと言うが、そんなことをしていたら世界は滅びを迎えるのではないだろうか?
金髪の少女は小首を微かに傾げて思い悩む。手っ取り早く稼げるように姉さんを手伝って、各地に特殊な魔物を設置したのは、魔物退治のサイクルを早めることと、幼女が活躍できるイベントを作るためだ。いわゆるレイドボスと言うやつらしい。プレイヤーは皆大好きだとか。
神が死んだということはそれだけ大変なことなのである。世界が崩壊することと同義語でもあるのだ。それを無理矢理維持をする方向に変えたのだから、早く維持を自然にできるレベルまで上げる必要がある。
「私たちがフォローをしているからこそ、どんどん魔物は倒されていき、オーバーフローを起こしていないんです。だから問題ないですよ」
自信満々に語る姉さんを見ながら、今更ながらに本当に問題なかったのかと考えてしまう金髪メイド。
「大量に面白い魔物も作れましたしね。今からでも介入は可能ですし」
むふふと口に手をあてて悪戯そうに笑う銀髪メイド。ん? と金髪メイドは首を傾げる。それはおかしいと。
マスターは碌でもないことをするんだからと、魔物の設定にロックをかけたはずなのだが?
「ロック解除のパスワードを書いたメモが置きっぱなしだったんです。全力で隠蔽して行動すれば、多少の介入はできますよ。役に立てるのも送り込んでおきましたし」
ズボラな少女はパスワードを忘れちゃ大変とメモに書いて、机に置いて忘れてしまったらしい。いかにも少女らしいと言えよう。パスワード一覧というメモをたびたび置きっぱなしにしているので、セキュリティはスカスカだった。
「仕方のない姉さんですね。ふぁんたじ〜感の溢れる新型は設置済みですし、やることは……少ししかないですね。もう少し稼ぎの良い魔物に設定を変更しましょう」
赤竜は浄化されて膨大なマテリアルとなったが、まだまだ足りないのだ。マスターはもう放置で良いからと言っていたが、それで世界が崩壊してしまったら悲しむだろう。それに私がクリエイトできますし。
「マテリアルとは別にようやく信仰心も生まれ始めましたしね。ご主人様の想定より遥かに早く幼女は育っていますよ。全部私たちのおかげですね。神を作るわけでもないですし。今回は簡単な感じだと思いますよ」
「やっぱり軍団は必要だと思います。軍団を作れる魔物にこれを変えませんか? 単体ではやっぱりインパクトが少ないですし、ゴーレム系統にしましょう。きっと稼ぎやすくなりますよ」
モニターに設置しておいた魔物の一人を映し出す。それは、ボーッと立ったままの巨大ゴーレムだった。何をする訳でもなく、ただ立っていた。
「これ……ボツにしたゴーレムじゃなかったでしたっけ? 強力すぎて」
少しだけドン引きしながら、銀髪メイドは妹を見る。既にクラフトすることに気を向けているので、ドン引きしていることに妹は気づいていなかったが。
「マスターが幼女を大幅にパワーアップさせたから大丈夫ですよ。でもいきなり動き出したら怪しいでしょうか?」
たぶん大丈夫ではないと思うが、まぁ、なんとかするだろうと、楽観的に銀髪メイドは考える。そもそもゲーム筐体のスキルがあるから、パーティーは全滅しても、幼女は生き残れるはずである。それなのに死んでしまったら、仕方ない。ご主人様を全力で慰めよう。
やはり経験がないご主人様では、難しい創造は無理だと思うのだ。ここは、私が頑張らないといけないでしょう。サポートが完璧だと泣いて喜ぶ姿が目に浮かびます。
「う〜ん、……! 来ました、来ましたよ! 私に脚本の神が。脚本の神。即ち私のことですね! しばらくは時間が必要でしょうし、お姉ちゃんに任せなさい!」
力こぶを見せて、銀髪メイドは床に寝そべりガリガリと脚本を書き始める。夢中になって、フンフンと機嫌よく足をパタパタさせながら。
「わかりました。私も設定の見直しをしておきますね。軍団となると資源も必要ですし、バッテリーパックにもなる魔物を量産できるようにして……」
金髪メイドも夢中になってクリエイトを始める。ポチポチと設定変更をしていったが、多少の変更なのでマスターは力の流れに気づかないだろう。
残念ながら二人しかいなかったので、ふぁんたじ〜にバッテリーパックという言葉はありませんとツッコミを入れる者はいなかった。クリエイト系統が未来的になる金髪メイドである。
今までの経験から自信を待って行動する二人のメイドであった。自分たちが常に世界を崩壊させてきた失敗談は記憶の彼方に消し去って、後悔と反省と言う語句を知らない創造神と破壊神の2柱は暗躍を始めるが……。
「馬鹿なことをしていますね。もしかして泥人形遊びが好きなんですか?」
冷たい声音に、二人はギクリとその動きを止めてしまう。砂糖菓子より甘い女神とそっくりなその声に冷や汗をかく。
「泥遊びが好きなら、私が相手をします。余計なことをするなと言われたはずですが。そろそろ歳のせいで耳が遠くなりましたか?」
そうして、ちょっとした豪邸で激しい物音がして、人知れず大魔王は退治されて、異世界にてこれ以上の混乱が起きないように、二人のメイドは仲良くミノムシメイドとなるのであった。
ちゃんちゃん。