150話 絶望する黒幕幼女
バッカス王国はお祭り騒ぎであった。なにしろ王が悪竜を倒し凱旋してきたのだ。ドワーフは酒も好きだが、英雄譚も大好きだ。これで酒の肴が増えると喜んで万歳三唱をしていた。
違った。これで王国の危機は去ったのだと喜んでいた。
が、その後にバッカス王から陽光帝国に帰属して、バッカス王国はバッカス侯爵領となると宣言されて驚きを示してもいた。
「なぜドラゴンスレイヤーとなった王が帝国に帰属を?」
「聞くところによると、見たこともない飲んだこともない酒を多数陽光帝国はもっているらしいぞ」
「自治権は認められているから、都市連合の時と待遇はあまり変わらないらしい」
「月光という商会が悪竜退治に一役買ったらしいぞ」
そうなのかと、新しい酒を飲めるし自治権があるなら別に良いかとドワーフたちは話し合う。新しい酒を飲めるという部分に比重が置かれているのは仕方ない、ドワーフなのであるからして。
夜更けるまでドワーフたちは今回の偉業を話し合い、いつ新酒を飲めるかと話に花を咲かせるのであった。バッカス王の偉業より新酒の話が中心になったのはドワーフなので仕方ない。
そんな噂のネタにされている月光の面々はというと、迎賓館に戻っていた。応接室で幼女たちは疲れを癒やしていた。モニターを見ながら、長椅子の上でコロンコロンと転がって考えていた。
「う〜ん、喜んで良いか、悲しんで良いか、わからない結果でつよね」
「まぁ、良いんじゃね? 結構なドロップだと思うけど」
マコトが後ろ手にフヨフヨと浮きながら告げてくるけど、俺は誤魔化されないぜ。
「レイドボスはドロップ品とは別に固定でドロップする品があるんでつよ。それに加えてランダムにレアアイテムがドロップするんでつ」
昔のネトゲーで良くあったんだよ。固定で出てくるからゴミ扱いになる品が。
「えっと、武器素材が赤竜鱗6、赤竜骨6、赤竜の牙、赤竜の角、結晶竜鱗6、赤竜の血6、赤竜肉6。ここまでは固定っぽいよな」
モニターに映るアイテムを見ながら、のほほんとマコトが言うが、たしかにその通りだと俺も思う。パーティーで喧嘩しないように分けられる品だ。装備を作るのに100個とか素材が必要で、パーティーメンバーから買い取る廃人がいたなぁ。
「その後が問題でつ。ドラゴンオーブ、プチドラゴンオーブ、昇格のオーブ、マグマの宝石、結晶超石……以上…。知識因子はぁ? 魔物の素材もありましぇんよ!」
うわ〜んと泣きながら、ジタバタ長椅子の上で暴れる幼女である。竜素材なんか最高すぎるだろ! なんでドロップしていない訳? 幼女の暴れる姿も可愛いと二人の狐少女が尻尾をフリフリして喜んでいたが、それを気にする余裕はない。
竜に乗ってフハハと高笑いをしたかったのに、なんでドロップしない訳?
「竜素材や竜術は一つしかないからな……特に知識因子は竜術だけで、他のスキルを持っていないから確率的に社長が手に入れるのはゼロだぜ」
「確率的にゼロって、計算式を教えろでつ! コンニャロー!」
うわーんと涙目になり、マコトを捕まえようとして、鬼ごっこを始めちゃう。チキショー、スキルが統合されているからドロップの確率が低くなったのか。バラけて沢山のスキルを持っていれば、ドロップ確率は増えるもんな。俺的に最悪の相性だったのか竜って。
やはり竜は恐ろしい相手であったと、思い知る幼女であった。強さではなくドロップ確率で敵の怖さを知るのは、実にアイらしいと言えよう。
「で、親分。ドラゴンオーブってなんですかい? 真ん中に星のマークが入っていたりします?」
興味津々でガイが尋ねてくるので、しょうがないなぁと長椅子に座り直す。ポチリと押すとテキストが表示させるので読む。ほむほむ、なるほど。
「ドラゴンオーブは3つの願いを叶えられるらしいでつね。願いと言っても……」
「おぉ! やっぱりそうですかい。なら、ギャルのパ」
目を輝かせて、小悪党が有名なセリフを口にしようとする。言いたかったセリフなのだろう。気持ちはわかる。
「ギャルのパ〜? なにかな、ガイ?」
「ん、ギャルのパ?」
冷たい視線でランカとリンが小悪党を睨む。その視線に怯むガイ。
「ギャルの作ったパンナコッタが食いたい……なんて願いです……」
ぼそぼそと呟いて気まずそうに顔を俯ける勇者であった。
素面であの有名なセリフを口にするのはおっさんでは無理な模様。セクハラとか言われそうだしな。実際に言うのであれば社会的地位を捨てる勇気が必要なのは間違いない。現実は厳しいのだ。
「アホは放置して、本当の能力はどのようなものなのですか姫?」
おらおら、本当のセリフを言ってみなと、ガイをからかう二人の少女たちを放置して、真面目なギュンター爺さんが尋ねてくるので、ちっこい指をフリフリ振って教えてあげる。
「実際は3つの好きなスキルをレベル7の状態で知識因子、そしてあたちにも貰えるらしいでつ。プチドラゴンオーブは1つでつね」
「武器スキルなんか覚えたら大変だぜ。山程の武技が手に入るだろうからな。良かったな、大幅パワーアップは間違いないんだぜ」
「魔法もそうでつね。そのスキルレベル帯で手に入る魔法を全て獲得できると。人間は一つの魔法を覚えるのにも数年かかりまつが、これなら一気に手に入りまつものね」
そう考えると、恐ろしい程のパワーアップアイテムだ。さすがは竜からのドロップアイテムだと言えるだろう。
「ならば鞭レベルをお願いします、閣下」
ルーラが口火をきる。よほどパワーアップしたいのだろう。
「儂は盾レベルを」
「あっしは斧で」
「僕は知らない魔法が良いなぁ」
「厨二病レベルを上げてほしい」
ルーラに続いてそれぞれ自分の得意とするスキルが欲しいと訴えてきた。約1名意味のわからないスキルを求めてきたが。
だが、俺は既に手に入れるスキルを決めているのだ。悪いな。俺はアイテムを貯め込んだりする性格ではないので、即行使用する。
「鍛冶スキル、魔法付与スキル、錬金術スキル、魔獣工スキルを取得っと」
ポチポチとボタンを押下すると、オーブが消えてステータスボードから黄金の粒子が出てきて、幼女を包む。全てを幼女が吸収し終えた後には、様々な知識が流れ込んで……こなかった。
ステータスボードに生産系統の作成物一覧が表示されただけであった。よくある知識が頭に流れ込んできて苦しむといったイベントはない模様。幼女に優しい仕様で助かっちゃった。作り方を考えると、知識が思い浮かぶので、頭に知識がないということではないらしいし。
「もうちょい感動的イベントをやって欲しかったぜ。盛り上がりに欠けるんだから、しょうがないなぁ」
常日頃、重要な情報を昼飯は何にする? といった軽い感じで伝えてくる妖精の意見がこれである。
「生産スキルですか……。たしかに良い選択だと思いますぞ」
「まぁ、沢山武技を手に入れても、ほとんどは使わないと思いやすしね」
「これからの戦いでも生産スキルって手に入りにくいと思うしね〜」
「厨二病スキルも生産スキルだと思う……次に手に入れたらよろしく」
皆が納得して頷く中で、侍少女だけが諦めが悪かった。まぁ、リンはともかくとして、皆の言うとおり。戦闘で高レベルの生産スキルが手に入るとは考えにくい。敵のパワーアップも目の当たりにしたしちょうど良いだろ。武技なんか沢山手に入れても、最強の武技しか使わないはずだしな。ネトゲーでもゴミな武技がどれほどあったことか……。
「続いて昇格のオーブを使いまつ。ポチッとな」
あっさりと次のアイテムを使用する。どうやら職業を昇格させるアイテムらしいけど?
ステータスボードに表示されたのはこんな感じだった。
しょくぎょうのしょうかくりすと
段ボール幼女
モヤシ幼女
黒幕幼女
「これ一択じゃないでつか? 選ばす気ないでつよね?」
「そうだな。段ボール幼女がいいんじゃね? 最強になれそうだぜ」
どうやらマコトと感性が合わないらしい。なぜに段ボール?
「はいはい、黒幕幼女を選択しまつ」
ポチッと押下すると、再び黄金の粒子が空中から現れて幼女を包み込む。粒子を全て吸収し終わると、アイはカッと見開く。
「これは……。ステータスが上がりまちたね!」
身体に今までにないエネルギーが漲ってきたことを感じたのだ。
「ステータスが倍増したな。それと特性幼女を覗くのは禁止でつ、性能は全監視特性、スキルの無効化、と幼女はお人形遊びが好き、性能は魂無し眷属の強化全ステータス+20、同系統能力の重複不可を手に入れたんだぜ」
な、なんとと愕然として身体を震わす。今まででここまで絶望を感じたことがあるだろうか? たまにしかない。手に入れた商品をもっと安く買えたと気づいた時ぐらいしかない。
長椅子からよろよろとよろめきながら立ち上がり、がくりと膝をつき嘆いちゃう。
「ステータス倍増なら使う前にステータスを上げておきまちたのに! ぐぐぅ〜、ノーカン、ノーカン! もう一度やり直しをさせてほちい〜!」
あんぎゃーと大泣きしちゃう幼女であった。よくゲームであるんだよ、こういうアイテム。レベルアップ系統のアイテムとかで。
やり直し、やり直しを求めまつと泣いちゃう幼女を、あらあら大変と周りが宥めてくるが、しばらく大泣きを続ける黒幕幼女であった。
ちなみにステータスはこんな感じ
アイ・月読
共人族
職業︰黒幕幼女
体力︰400
魔力︰600
ちから︰60
ぼうぎょ︰70
すばやさ︰100
特性
女神の加護、真理より優れるものはなし、浮遊、身軽、冬の精霊王と契約せし者、炎の鼓舞、幼女を覗くのは禁止でつ、幼女はお人形遊びが好き
スキル
共通語言語読解、超健康体、毒無効、病気無効、呪い無効、精神攻撃無効、寄生無効、作物の手、食糧倉庫、ゲーム筐体、念話
格闘技4、拳技2、剣術4、片手剣4、短剣術4、投擲術4
回復魔法4、火魔法5、水魔法4、支援魔法3
気配察知2、気配潜伏2、礼儀作法4、罠感知2、罠解除2、魔装2、空中機動2、魔法操作
錬金術7、魔獣工7、鍛冶7、魔法付与7
なんだか、苗字がつけられていたが、アイがそれに気づくのは泣き止んでからしばらくたった後であったとさ。
当初はルナティックであったのだが、ギャン泣きしたら変えてくれたのだ。これはちょっと酷いよねと。
ルナティックとは誰が狂気の幼女だと怒ったけど、中におっさんがいるから狂気な存在なのは間違いないので最初の苗字のほうが相応しかったかもしれないアイ・月読であった。