15話 商人をする黒幕幼女
う〜んと、幼女はちっこい腕を組んで迷っていた。これは重要なことだと迷っていた。自分の部屋で迷っていた。
「ガイ、もう少し横にずらした方が良いと思いましぇんか?」
「へ〜い」
舌足らずな声でアイが指示をだすと、山賊みたいな格好のガイがやる気のなさそうな声で、えっちらおっちらと床に敷かれている大きな毛皮を少しずらす。
「いや、もう少し奥にした方が良いと思うぜ」
「へいへ〜い」
翅をパタパタと羽ばたかせて、マコトが言う。やる気のなさそうな声でガイは再び毛皮をずらすが
「う〜ん、しっくりとこないでつね」
「そうだな。最初の場所に戻すか?」
幼女と妖精の二人は敷いた場所が気に入らないのか、あーだこーだと話し合い、ガイは汗を拭い毛皮は意外と重いんで、早く終わらないかなぁと思っていた。
話し合いが終わり、やっぱり最初に置いた場所から始めるかと、朝令暮改が好きな政治家のようなことをしようとする鬼畜な二人と、それに右往左往する下っ端役人の山賊が再び毛皮を敷こうとしていたら、コンコンとドアが叩かれた。
「支部長! ケインの兄貴たちが帰ってきました! ですが、なんだか変な奴らもついてきています!」
「あん? そりゃ、変だな。よし、あっしが様子を見てきます!」
いい加減、毛皮をずらしては戻す不毛な仕事から抜け出したかった強制労働者ガイは勢いこんで、アイの指示を待たずに飛び出して行ってしまう。
「変な奴らでつか? おかしいでつね。なにかあったみたい」
「そうだな。なにか変なことをケインたちはやったのか?」
「知力10には期待をしていないから、マーサの護衛役だったはずでつが……とりあえず様子を見ますか」
やれやれと細っこい肩をすくめて、それを見た人が疲れたのかな、お昼寝する? と聞かれそうな幼女はパーカーとGパン姿で、てこてことガイの後をマコトと共に追いかけるのであった。
応接室という部屋は存在しておらず、まともな部屋は雨漏りが比較的少ないアイの部屋という酷い環境のボスの家。正直恥ずかしいことこの上ないが、すぐ側に上水道がある大きな家はここしかないので仕方ないとアイは諦めていた。
すぐに立派な屋敷へと建て替えると野望を持っている黒幕幼女は、前方でなにか騒ぎが起こっているのに首を傾げて不思議に思う。なにかトラブル? 敵が来たのかな?
「待ってくだせえ。あっしがまずはお相手しますので」
「申し訳ないけど、下っ端に用はありませんの。ボスに会わせてもらいますわ」
「あっしが怒られるんで、待ってくだせえ」
いつもの情けない声と聞き慣れない声。何者かがこちらへと来ている。しかも複数人。
「どうやらマーサたちはしくじりまちたね」
「あの毛皮。目立つ程の価値はないと言っていたぜ?」
二人は漏れ聞こえる会話から、商人との取引に問題が発生したと、すぐに理解した。見た目は幼女でも、中身は海千山千のウォーカー、元行商人のおっさんだったので。
ムーンウォークで、えっほえっほと自分の部屋へと戻り、敷いていたウォードボアの毛皮をゲーム筐体に押し込むアイ。その姿は親に見つからないように玩具を押入れに懸命に入れる幼女に見えていたりした。
急いで椅子を置いて準備をする。気配感知の最初の仕事が近づく商人に格好をつけるために、ボスの準備をするとは実に情けない使い方である。幼女だから仕方ないとは今回は言えないだろう。中身がおっさんだから、仕方ない。
「ゴスロリちぇ〜んじ!」
手を無駄に掲げて、変身ポーズをとる幼女。そしてその周りをくるくると舞うように回るマコト。既に変身は終えているが、二人でちゃっちゃっらっちゃら〜と口ずさみながら変身シーンを演じていた。さようなら歴戦の勇士、さようなら海千山千のおっさん。女神の加護の効果はバツグンだ!
無駄に変身シーンを終えたアイが、慌てるように席につくと同時にノックの音がしてくる。
「何の用でつか?」
「へい、親分にお会いしたい方がいるっしゃるんでさ」
やっぱり商人らしい。だけど、気配では少女だ。周りの連中は護衛っぽい。なんと5人で来たらしい、このスラム街に。危険極まりないというのに。それだけ気になることがあるのだと、態度で表しているので油断できない。
「通せ、だぜ」
マコトが許可をすると、ぞろぞろと大勢入ってきた。困り顔でガイが俺の横に立つので、ニコリと笑って決意する。もう少しまともなキャラを作ろうと。
幼女の目が笑っていないことに気づいたガイが顔面蒼白になるが知らん。俺を必ず守る騎士系を作ろうっと。
ケインたちも壁際に立ち、相手の護衛も警戒したように少女の周りをかためるが、護衛がたいした力を持たないことに、経験からアイは見抜く。どうやらまだ貴族が出てくるレベルではないようだ。
「ようこそ、月光支部の支部長、アイと申しまつ。本日はどのような御用でしょーか」
アイの挨拶を受けて、僅かに動揺を表情に浮かべる少女。目線が部屋を見渡して、マコトを見て驚き、俺を見て戸惑っている様子がわかった。まだ年若いが商人なのだろうけど、経験が足りないな。幼女は経験豊富なのだ。何事も表情には出さない……最近は自信がないけど。
「フロンテ商会の革部門、部門長。商会主フロンテが娘シルです。月光の支部長アイ様にお会い出来て光栄ですわ」
カーテシーをして、最大限の礼を見せるシルに、ほほぅと感心する。なかなか商売のイロハは知っているみたい。
「申し訳ございません、アイ様。この方がどうしてもウォードウルフの毛皮の持ち主と会いたいと申されまして」
マーサが一歩前に出てきて、深く頭を下げて謝罪をしてくるが
「よい。マーサよ、なにか問題があったようでつから」
ちっこいおててをあげて、許してあげちゃう。寛大な支部長なのだ。このぐらいでは怒らないよ。予想外のことがあったみたいだしね。
マーサが下がるのを確認して、シルが口を開く。
「アイ様にお会いしたかったのは、ウォードウルフの毛皮の件ですわ。どうしても聞きたいことがありまして」
だろうな。しかしマーサが言うには銀貨3枚〜5枚程度で売れるとしか聞いていない。安いけど捨てるよりはマシかと、マーサに任せたんだけど……。変だった?
ちなみにウォードボアの毛皮は売るのを諦めた。傷のないウォードボアの毛皮は物凄い高価になるらしいので、目立つから断腸の思いで。悔しくて幼女は涙目になったのは秘密。
「なにか品質に問題が?」
「いえ、品質に問題はありませんの。ないどころか、ふわふわの毛に裏側はスベスベ、見たことがないほどの最高品質ですわ! 金貨1枚で毛皮1枚を買い取りますわ」
多少の興奮を表情に出して、シルは褒めてくるが、その言葉にアイは反対にげんなりしちゃう。
「あたち、またなにかやっちゃったでつか?」
小さく呟き、落ち込んじゃう。
これほど困った状況の、俺、またなにかやっちゃったというセリフはアイが読んだ小説のテンプレでも見たことがないだろう。
しかも次にシルがなにを言うのか、容易に想像できるので、マコトに念話を送り、話を作る。脚本家にならないかと、マコトが設定をすぐに作るアイへと言ってくるが、黒幕になりたいって言ってるでしょ。
「この毛皮の鞣し方を教えて貰えないでしょうか? 金貨100枚出しますわ」
やっぱりそうくるよなと、内心で舌打ちする。甘い、甘すぎるよ商人少女よ。スラム街に危険を犯してやって来て、金貨100枚ぼっちで見たことのない鞣し方をされた毛皮の鞣した技術が欲しい? 安く済ませるんなら、こちらを呼び出すくらいにしないと、欲しがっているのが丸わかりだぜ。
商人少女の経験の無さからくるのだろう。相手に会いに行くという礼をもって大事な取引相手と接するように教育されているのだろうけど。
「悪いでつが技術ではありましぇん。マコトの、いや、妖精の力でつよ」
ちっこいおててを振って、マコトへと視線を移すと
「そうだぜ! あたしの固有スキル妖精の粉だぜ! 1日に5回しか使えないけどな!」
マコトが念話で話した設定に乗ってくれて、胸をそらして威張る。
え? と予想外の返答にシルは戸惑い、顔を俯けて考え込む。
さて、ブラフだと気づくかな? 魔法のある世界だ。ウォードウルフの毛皮をこれからも売るためにも、いや、様々な毛皮を売るためにも、マコトの魔法の力とすれば都合が良い。
なにせ、妖精は騎士をも倒す種族らしいからね。信じるかな? 信じてくれれば楽なんだけど。なにしろ魔法を使う妖精は拉致するのが難しいらしいから。捕まえても魔法を使えない状態にすれば、固有スキルも使えなくなるから、所謂詰んでいる状態というやつだ。
幼女はシルがなんと答えるか窺っていた。おやつをくれる人かなと、窺う姿に見えていたかもしれない。
「左様でしたか……それでは我が商会にこれからも毛皮を卸して頂けますか? 妖精の鞣した毛皮なら金貨2枚で買い取りますわ」
一気に金額を倍にしてくるシル。今度は付加価値をつけることを思いついたらしい。見たことのない触り心地の良い毛皮。妖精が鞣したと言えば高くなるかもしれないと。
ふわぁと、アイはあくびをした。幼女はそろそろお話に飽きてきたよアピールをしまつ。シルは外見上はマコトの話を信じたみたいだしね。
金貨2枚、合わせて10枚にもなる金額。スラム街、いや、一般平民でも一月の平均収入を軽く超える金額を耳にして、金貨自体見たこともないスラム街の面々は喜びと驚きで目を輝かすが、アイはまったく気にしなかった。
喜ぶこともなく、興味を見せることもなく、幼女はお疲れですアピールをするおっさんである。
その様子にシルが警戒の表情となる。
「まだ足りないでしょうか? 私共のように伝手がないと高くは」
「いえ、その金額で良いでつよ。ガイ、受け取っておくよーに。これにてお話は終わりでつね。では、さよーなら」
バイバイと小さくおててを振り退室を促す。話を一方的に切られたシルは不満そうではあるが、大人しく帰って行った。きっと月光がなんなのか、アホでもない限り調べるだろう。
「ウォードボアの毛皮は隠しておられたんですね、安心しました」
「ふむ、あたちは、力を見せつけたい主人公みたいに毛皮をこれみよがしに置いておいたり、お肉をご馳走して驚かれたい趣味はないでつから。少なくとも第二陣が来るまでは」
マーサの言葉に、多少の苛立ちを見せちゃう幼女。まだ大商会に目をつけられたくなかったのです。やはり金を稼ぐのはリスクがあるね。
「ではどうするんで?」
ガイが不満そうなアイに気づいて、恐る恐る尋ねてくる。そんな態度だから、下っ端と思われるんだよ。
トントンと肘掛けに指を叩きながら、アイは考え込む。力が必要だ。まずは俺を守るための。
そして、ふと思い出したことを口にする。
「そういえば気になったことがありまつ。ガイ、マコト、浅い層にゴブリンの集落がたくさんあったことを覚えてまつか?」
「そういや、たしかに多かったな。あのゴブリンたちは」
「きっとあのゴブリンたちが浅い層での鹿やウサギを狩っているから、狩りが難しくて、ガイは奥まで行っちゃったんでつ。狩りを簡単にするために、ここで殲滅させておきましょー」
マコトとガイはそのセリフに言外の意味がこめられていることに気づく。
周りには話を変えたように思えただろうが、実際は違う。
そろそろ俺の護衛が必要だと、黒幕幼女は椅子に深く凭れ掛かる。力が必要なら手に入れてみせようと思いながら。




