147話 月の光と黒幕幼女
紅蓮は己の増大した力に満足していた。紅蓮の従えていたファイアドレイク、紅亀、火炎樹は創造主から頂いた特殊眷属である。
特殊眷属は増えることも、リポップすることもない一度きりの魔物である。だが、だからこそ繁殖などにリソースを振っている他の魔物と違い、強力な特性にリソースを振っていたのだ。
その中の最後の特性。主を護る者、は自らの特性やスキル、そして自らのステータスを武装へと変化させて、死して尚、主を護る特性であった。
三匹の眷属は死したことにより、紅蓮の力を増大させたのである。まさか敵も眷属を倒すほど、紅蓮の力が増大していくとは予想だにしないだろう。
赤く光る、宝石を結晶化させたような輝きを持つ、如何なる金属も高温の爪にて断ち切るファイアドレイクのファイアクロー。
鏡のような鎧となり、金剛石の硬さと敵のエネルギー攻撃を反射させる紅亀のトータスアーマー。
ミサイルを産み出し、尽きない豪雨のようなミサイル攻撃が可能な火炎樹のミサイルポッド。
それらの武装の力と、流れ込む眷属のエネルギーにより増大した自らのステータスは敵を倒すのに苦戦はしないと予想していた。敵の戦闘力を解析したが、不思議にも急に激増する攻撃が可能なようだ。しかしそれでも、自分には敵わないとハッキリ理解したのである。
翼を広げ、魔力をジェット噴射の如く吐き出しながら、紅蓮は空を飛ぶインコへと接近して倒さんと空中を風を切りながら駆けて行った。
敵もかなりの速度で飛行している為、まずはミサイルによる攻撃をと、視界に映るインコをロックしようとした時であった。
「? 夜に入った? これは……」
摩訶不思議なことに、突如として空が暗闇に覆われたのだ。太陽の光が消えて、夜へと変わっていったのである。
戸惑う紅蓮は空を見て驚く。いつの間にか夜空へと空は変わり、星々が瞬いており、頭上に巨大な月が現れていた。そのあまりにも巨大な月は自分がちっぽけな存在だと感じさせてくる。
あまりにも巨大すぎて、地へと落ちてくるのではないかと、錯覚する程であった。
そして、太陽の光と違い、差し込む月光は優しい温もりを感じさせてくる。
「月? 本物ではない? しかし魔力の乱れが発生」
ノイズが走り、視界が乱れて自分の解析能力が阻害されていることに、さらに驚く。じ〜えむ様から頂いた能力が阻害されるとは思ってもいなかったのだ。
いったいなにが起こっているかのかと推測しようとする紅蓮だが、上空にここらへん一帯を覆うほどの黄金に輝く魔法陣が何重にも積層になって描かれていくのを見て、動きを止める。
複雑な幾何学模様にて描かれていく魔法陣から強力な魔力を感知して警戒を顕にする。
魔法陣は黄金の輝きにて周囲を照らしながら回転していき、紋様に雷光が走っていく。強大な力を宿す光が魔法陣から発生して、中心部分から柔らかな光の柱が地へと降り注ぐ。
そうして、光の柱が収まったあとには、なにかが浮いていた。
それはちっこいなにかであった。というか、幼女であった。ヒラヒラした幼女用の可愛いらしい着物の上に青銅の鎧を着込み、右手に銀色の騎士槍、左手に青銅のカイトシールド、腰には蒼き刀を下げて、背中には天使の翼を生やしている幼女であった。
幼女は身体を捻って、キリリとした表情で紅蓮を見つめて動き出す。
ちっこいおててを振りながら〜
銀の騎士槍を持つ右手を空に伸ばして〜
カイトシールドを持つ左手を水平に〜
右足を綺麗に踏み出すように〜
左足を支点にして〜
翼をバサリと広げて〜
顎をクイッとあげてハイポーズ。
「月光幼女アイ、ただいま見参でつ!」
魔法陣が、なぜか花火となって爆発して消えていく中で月光幼女アイは可愛く叫ぶのであった。
ドーンドーンと魔法陣が花火となり、空を輝きで埋める。
ドーンドーンとアイは恥ずかしさで、顔を羞恥に変える。
「ねぇ、マコト? ちょっとどころではなく恥ずかしいんでつが? なぜか名乗りを上げるのに身体が勝手に動きまちたよ?」
中のおっさんにはキツイんですと、頬を赤くして尋ねるアイへ、肩の上に舞い降りたマコトが物凄い良い笑顔で親指をたててくる。
「決まったな! かっこいいぜ! さすがはあいつの加護を持つ者だな!」
さすがは女神様。いらんことをすることに、他者の追随を許さない。アイの信仰心が減りそうな素晴らしいシーンであった。ちょっとどころではなく大袈裟なエフェクトである。願いを叶える龍じゃないんだから、登場シーンを夜へと無理矢理変えないで欲しい今日この頃です。
「かいほうの力は正常に働いているようで、なによりでつけど……」
コマンドかいほうは、パーティーキャラの幼女パワー、略してYPが100%になった時に使えるコマンドだ。たぶん最初はチュートリアルで使えるようにサービスで皆の幼女パワーは100%になっていたけど、貯めるの大変そうなので使わなかったのだ。
その能力はというと、使ったキャラのステータス、スキル、武具、特性を全て受け継ぐ。これだけなら、同じ戦闘力を持つキャラが増えるだけである。
だが、この力は多重起動させると全く違った仕様となる。二人目、三人目とかいほうをしていくと、ステータスが二倍、三倍と変わっていくのである。引き継ぐステータスは加算ではなく、キャラの一番高いステータスを引き継いだ後に倍増していくので、全員をかいほうすれば、ステータスオール100、それを五倍なので、オール500のステータス持ちとなるのであった。
武具は融合されて統合される。ちなみにかいほうをしたキャラはいなくなるわけではないので、実際はコピーをすると言う方が正しい。
圧倒的な力を持つが、弱点はゲームにありがちな10ターン、いや、10分しか発動時間がないことと……。
「死んだらおしまいだから、気をつけるんだぜ! 社長は不死じゃないんだからな」
「わかってまつ。精々気をつけるとしまつよ」
もちろん幼女が戦うので、キャラ操作と違って殺られてもコンテニューできないところだった。恐ろしいデメリットであると言えよう。なにしろ幼女という世界の宝が死んじゃうかもしれないのだ。紳士たちは泣き叫ぶに違いない。
まぁ、命を賭けるのは慣れているし、生き延びることは得意である。細っこい肩をすくめながら、さて戦いますかと、月光幼女は槍を構えて紅蓮と対峙するのであった。
紅き竜は咆哮をして、翼から魔力を噴射させて、速度をさらにあげる。飛行機雲を後に残しながら接近してきて、背中に背負うミサイルポッドからミサイルを撃ち出してくる。
噴煙を吐きながら、30発程度のミサイルが鋭角に軌道を変えながら飛んできた。火炎樹の時と違い、ミサイルが大きい。もはや筍ではなく、普通のミサイルである。しかもホーミング付きっぽい。
「迎撃されないように軌道を変えながら飛んできまつか……。小癪でつね!」
アイは翼を展開させて、自身も黄金の粒子を噴き出して、高速で飛行を始める。風圧で可愛らしい顔が歪むかと思いきや、風圧など感じずに、ゲームのように飛べてしまう。
「幼女フィールドだなっ! 幼女は慣性の影響を受けることはないんだぜ! ぶっちゃけかいほうはゲーム仕様にアイを変えているんだ」
「なるほど、壁や木に高速でぶつかってもダメージは受けないと。便利で助かりまつ」
ステータス500の速度についてくるマコトは本当にすばやさはいくつなんだろうと思いつつ、その仕様には安堵しちゃう。だってかなりの速度で飛んでいるのだ。未来では音速に入りそうな予感もするし。
景色がびゅんびゅんと通りすぎていく中で、旋回しながら銀の槍をミサイルへと向ける。
「フリーズビーム発射!」
槍の尖端には吸魔の宝石がよく見ると嵌められており、その宝石が輝いて銀の槍を魔力で覆う。槍は魔力の輝きを灯し、氷の光線を発射する。
ミサイル群へ一条の光線は命中して凍りつかせていく。ランダム回避にて複雑な軌道を描くミサイルであったが、光線は消えることなく、幼女は槍を動かして薙ぎ払っていく。
さしものミサイルも薙ぎ払う動きをするフリーズビームを回避することはできずに爆発していった。たった数秒の光線であるので、ほとんどのミサイルは迎撃されていったが、それでも残ったミサイルが接近してくる。
アイは接近してくる残りのミサイルの数を確認して、速度を落とさずに自分もミサイルへと近づく。
「キグルミビット!」
隣に追随するキグルミ妖精をちっこいおててで掴み取り、ていっとミサイルへと投げ飛ばす。
「じゅわっち!」
酷い扱いを受けても気にしないキグルミ妖精は両手を掲げてミサイルへと向かう。ミサイルがマコトへと命中して爆発するが蒼い水晶のような障壁が作られてビクともしない。
そのまま他のミサイルへとフラフラと飛んでいき、その全てを爆発させるのであった。
「よくやりまちた、マコト! 歳がバレるセリフでちたけど」
アイはマコトへと追いついて、一言多いかもしれない称賛の言葉をかける。
「なぁ、さっきキグルミって言わなかったか? そろそろ社長にはあたしの有り難さを」
「後で!」
プンスコと怒ってくる妖精をスルーして、盾を身構えて紅蓮へと視線を向けると、アイの周りを描くように紅蓮は飛行しながら口内に炎を溜めていた。
「ゴウッ!」
紅蓮は溜めた炎を幼女へと吹きかける。巨大な竜のブレスである。ちっこい体躯の幼女を包み込む程の灼熱に輝く全てを燃やし尽くさんとするブレスが向かってくる。
その炎のブレスは扇状に放たれており、高速機動が可能な幼女でも回避することは不可能であった。
まともに炎を受けて、その身体は真っ赤に燃える。撃破したかと、紅蓮が見つめる中で、アイは炎に包まれながらも、紅蓮へと炎翼を羽ばたかせて接近する。
「特性炎の身体! あたちに炎は通じまちぇんよ!」
舌足らずな物言いで叫んで、再度槍砲を紅蓮に向けてフリーズビームを撃つアイ。
「その攻撃は無効化可能」
極光の白きビームが紅蓮に迫るが、慌てはしない。エネルギー系統を弾き返す紅亀の鎧を身に着けているからだ。
紅蓮の胴体に命中するが、鏡のようなアーマーによりフリーズビームは弾き返される。再び自分の攻撃を受けるアイであったが、器用にもその身体を炎から氷へと切り替えて、リフレクトされたビームを受けきる。
お互いに遠距離攻撃は無効かと紅蓮が推測するが、胴体からピシリと嫌な音をたてていることに気づく。
胴体へと首をもたげて見て、瞠目をする。
「矢? いつの間に?」
鏡の鎧に氷を纏う矢が数本刺さっていたのだ。鎧にはヒビが広がっていき、砕け始めた欠片がパラパラと地へと落ちていっていた。
「仕込み弩でつよ。気づきませんでちた? この槍って矢も放てるんでつよね」
驚きで速度を緩めた紅蓮へと、銀の槍を見せつけながらアイが言う。その槍の尖端には穴が空いており、そこから矢は射出されたのである。フリーズビームの中に混ぜながらアイは矢を連射していたのだ。
「これで魔法が通用しまつね。さぁ、どんどん部位破壊をしていきまつよ」
月光幼女は槍を振りかざし、むふふと悪戯そうに笑いながら、巨大な竜と睨み合うのであった。