146話 赤竜の力を見る黒幕幼女
火口内は白き極寒の世界へと変わっていった。魔法使いアイの最高魔法ブリザードの力である。本来は多少の雪程度では凍らない極熱の溶岩を魔法の威力を加えた氷の力で無理矢理温度を下げていく。
全ては凍りつき、さしもの赤竜もこの攻撃には怯むだろうと、吹雪により視界を通すのが難しい中で目を凝らす。
そうして、ちらりと氷の嵐の中に見えた敵の姿にため息をついちゃう。意識をゲーム筐体へと戻し、フヨフヨ浮く妖精へと一応確認する。
「あ〜、なんでつか、あれは? 竜鱗ってあんな効果がありまちた?」
「りゅ、竜鱗だからな。不自然じゃないと思うぜ。うん、なにしろ無敵の竜鱗だからな」
目を逸らしながら、竜鱗って凄いなと嘯く妖精である。たらりと汗を流しているが気のせいかな?
「空中に浮いて、バリアを張ってまつよ? 何枚かの鱗が赤竜を中心に浮いていて、障壁を生み出してまつよ? 竜って、あんな能力でちたっけ?」
モニターに映る赤竜をちっこい指で指しながら尋ねる。紅蓮の周りにシールドビットよろしく数枚の竜鱗が浮いて、半透明で赤色のバリアを張っているのだ。薄いガラスのようなその障壁は竜鱗を支点に形成されており、ブリザードの効果は阻まれて赤竜へとは届いていない模様。
「あれは竜術の一つ、Dフィールドだな。あらゆる攻撃ダメージを大幅に減少させるんだぜ。紅蓮のスキルが一つ判明したな。竜術レベル7なんだぜ。竜術は格闘や魔法を含む統合スキルにしてオリジナルの竜技、竜魔法が使える万能スキルだ」
「マコト……。竜術とかかっこいい名前を言っておけば、誤魔化せると思ったら間違いでつよ? おかしいでしょ! あたちの予想だと竜には魔法があまり効かないだけだと思っていたのに、これは予想外すぎまつ!」
ペチペチとコンソールを叩いて抗議をしちゃう幼女である。敵の強さが斜め方向すぎるのだ。幼女は泣いても良いよね?
どこのモビルなアーマー? トリントンを襲うモビルなアーマーかな? 幻獣ユニコーンが必要なんじゃないかな?
「竜なら当たり前の能力だよな。大型の機体にはフィールドをつけないとすぐやられるし。普通だよ、うん、ふぁんたじ〜的には常識だぜ」
「……言い切りまつね。まぁ、想像の斜め上の能力でつが、結果は変わらないみたいでつし、作戦どおりにいきまつか」
はぁ、とため息を吐いて諦める。マコトが設定した訳でもないしな。
それに……。作戦どおりにはなっているし。
火口内で轟々と吹きすさぶ吹雪、そして範囲外からガイたちが魔法の効果が消えるのを待っているのが見える。溶岩は凍りつき、熱気は消え去っていた。
「それじゃあ作戦開始でつ!」
モニターに映るガイたちへと、口元を曲げて渋い微笑みを浮かべて、浮べようとして幼女なのでご機嫌斜めなのと聞かれそうな感じの笑みになって、アイは作戦開始を告げるのであった。
紅蓮は目の前で吹きすさぶ吹雪を眺めて解析をしていた。
「魔法の威力……測定……ブリザードと判断。極めて強力。Dフィールドにより完全防御可能。ボディへのダメージは無し。先程のダメージは修復完了」
次々と現れる解析結果を映し出すモニターを見ながら呟く。紅蓮は熱吸収の能力を持つ。先程の戦いで受けた傷は既に跡形もなく修復済みだ。体力も魔力も溶岩に浸かっている限り、無限だともいえた。
だが、ワーニングとの表示がモニターに映り、訝しげに思う。なにか問題が発生したのであろうか?
「熱吸収停止。エネルギー供給停止……?」
不可思議に思い、己が浸かっている溶岩を見下ろして納得する。溶岩はいつの間にか冷えて固まり、己の身体も拘束されるようになっていた。
Dフィールドは紅蓮を魔法の脅威から身を守ってくれたが、周囲から伝わる極低温は溶岩を冷え込ませていたのである。吹雪は落ち着き、消え去っていくのを見て、紅蓮は動くことを決める。
「ブレスにて溶岩を溶かすことを……!」
対応策を考える紅蓮であったが、尻尾付近に敵の反応を察知して振り向く。
そこにはいつの間にか人間たちが集まっていた。
自身へのダメージを与えることはできないと放置した髭もじゃの男を中心に3人が集まっていた。
「そろそろあっしの出番ですぜ!」
そう叫んで、髭もじゃの男は尻尾を掴んでくるのであった。
ガイはようやく出番がきやしたと張り切って竜の尻尾を掴む。ギュンターとリンも同じく尻尾を掴んでいた。
周囲の溶岩は凍りつき、氷の山がそこかしこにできて、既に燃えたぎるマグマはなく、足場に困ることはない。なので、めいっぱいに足を地面に踏み込ませて、額に青筋を作り叫ぶ。
「今こそ3人の力を合わせる時ですぜ〜っ! 3人の力を一つに!」
「仕方あるまい。気合いを入れるぞ」
「ん、ガイに合わせる」
あっしは主人公と口元をニヤけさせながら山賊は叫びながら尻尾を持ち上げる。聖騎士も侍少女も同様に力を合わせてくる。
「うぉぉぉぉ! 大氷山おろし〜!」
主人公にはなれなさそうな必殺技名であった。というか死んじゃうキャラかもしれなかった。
それはともかくとして、3人の高ステータスのちからは巨大な竜の体躯を持ち上げる。そうして身体を回転させて、紅蓮を振り回す。
「でやぁぁぁっ!」
ブンブンと振り回して、空高く紅蓮を放り投げ、勢い余ってゴロゴロと転がり壁へとぶつかる勇者ガイ。ギュンターたちは足を踏ん張り転がることはなかったので、オチ担当として頑張ったのだろう。
火口から投げられて、態勢を崩す紅蓮を魔法使いアイは待ち構えていた。
「こいっ、ゼーちゃん!」
腕を振り上げて狐耳をピコピコ動かして叫ぶと、空中に光の線が現れて魔法陣が描く。そうして白銀の羽毛に覆われた巨大な隼が召喚される。
「ピーッ」
隼らしい勇ましい鳴き声をあげて、翼を広げるゼーちゃんの背中へとアイは飛び移り、杖を構える。
「ダブルフリーズビームッ!」
「ピピッ」
了解したよと、ゼーちゃんは応えてくれて、紅蓮へとフリーズビームを解き放つ。アイも同じく杖に魔力を集中させてフリーズビームを撃ち出す。
二条の白き冷たき光線が紅蓮目掛けて飛んでいく。少し触れるだけでも凍りつく氷の光線はその軌道に氷の破片を作り出し、冷気を発生させながら紅蓮に近づく。
紅蓮は投げられた身体を回転させて、態勢を立て直すと、フィールド発生用の結晶竜鱗を展開させる。
他の竜鱗と違い、まるで宝石のような輝きを持つ結晶竜鱗。その力は周囲にフィールドを作り出して敵の攻撃を阻む。
氷の光線はさしもの紅蓮でも、弱点属性ということも相まってダメージを受けてしまう。だが、フィールドを発生させれば、完全に防げるだろうと、翼を広げホバリングをしながら、冷静な思考で考えるのだが
「必殺! フィールドブレイクッ」
直前に迫る二条の光線。一条はそのまま飛来してきたので、フィールドを発生させて防ぐ。氷のシャワーがフィールド外にかき氷のように、シャリシャリと撒き散らされるだけであったが、もう一条の光線は動きが違った。
アイがパチリと指を鳴らすと、光線は複数に分かれて、大きく曲がり、紅蓮の周りへと命中していく。
「これは……」
紅蓮は目を見開いて驚きを示す。常に冷静沈着な紅蓮は感情を動かすことなど、ほとんどない。しかしながら、目の前で行われた攻撃方法には驚きを示していた。
細く凝縮されたフリーズビームは正確に結晶竜鱗へと命中していくのだ。ビームによって凍りつき砕け散る結晶竜鱗。発生していたフィールドが結晶竜鱗が破壊されるたびに消えてゆく。
「こちらの弱点を解析していた?」
なぜたった一度しか見せていないDフィールドの弱点を相手が見抜いたのか疑問に思う。溶岩から追い出したのも同じである。熱吸収の能力がバレていたとしか考えられない。高性能な解析機を搭載しているのだろうか。
まさか幼女たちの世界ではよく見る力で弱点も知れ渡っているとは紅蓮も想像はできなかった。ゲーム脳な幼女たちの作戦勝ちである。紅蓮は泣いても良いだろう。
気をそらし隙を見せる紅蓮にゼーちゃんに乗ったアイが肉薄する。
「氷のデコイを使用! ゼーちゃん、アイスバードあたっーくっ!」
「ピピッ」
インコそっくりな氷のデコイを生み出して、ゼーちゃんが掴み取り紅蓮へと勢いよくぶつける。隙を見せていた紅蓮はその攻撃をまともに受けて吹き飛ぶ。
氷の鳥がひしゃげて砕け散り、紅蓮は竜鱗を凹ませて錐揉みをしながら山裾へと墜落していく。
杖を握りしめて、アイは追撃の魔法を解き放つ。フィールドが無くなった今、効果的なはずだ。
「全て凍りついてよ。ブリザード!」
紅蓮が墜落した山裾へとブリザードを解き放つ。極寒の世界へと熱帯地帯が変わっていき、氷雪の吹き荒ぶ地形へと変わっていく。紅蓮はブリザード吹き飛ぶ中に閉じ込められて、その姿は見えなくなる。
「やったか?」
コックピット内でいらんことを叫ぶ妖精。ペしりと叩き落として半眼になる。
「もはやツッコミもできないセリフでつよ! 敵なんでつか? もしかしてマコトは敵側のスパイ?」
「頬を引っ張るなよ〜。思わず叫んだんだぜ。悪かったよ〜」
うにゅーんと、マコトの頬を引っ張って抗議をする幼女であるが、ブリザードで覆われている山裾に、赤い3つの光玉が現れたので眉を潜めちゃう。
「なんでつか、あれ?」
とっても嫌な予感がします。物凄い嫌な予感が。アイの勘は当たるのだ。アニメやゲームでたくさん見てきたイベントだとも言う。
光玉は一つに集まっていき、爆発するように輝く。その光によってブリザードは消え去っていき、輝いた場所には予想どおり紅蓮がいた。
赤い鏡のような装甲を身に着けて、脚にはルビーでできたようなビームクローを装備して、背中にはミサイルポッドを装着していた。目にはバイザーをつけて、細長いスリットが赤く輝く。
「あれは死んだ眷属の魂を力に変えたオーキッドアーマー装備のフルアーマーファイアドラゴン、真紅蓮だぜ!」
「いらねーでつよ! そういう方向性のパワーアップは禁止! あんなん、ふぁんたじ〜とは言えないでつよ! どう考えてもふぁんたじ〜じゃないでつよね!」
酷すぎない? あんな敵と俺は戦うの? 嫌なんですけど。とっても嫌なんですけど。
むきぃと、幼女は手足をバタバタ暴れさせる。もう泣いちゃうから。え〜んと泣くからね?
「これがだ〜くふぁんたじ〜というものなんだぜ……。恐ろしい世界だよな」
あぁ、恐ろしいと、額にかいてもいない汗を拭うフリをして妖精が言うけど心底どうでも良い。
「グォォォォ!」
ビリビリと空気を震わせて紅蓮が咆哮する。ドラゴンロアーは俺たちには通じないが、それでも物理的圧迫感を受ける。
翼を広げて、ドラゴンは地面を蹴ると空中へと飛び上がってくる。こちらを倒す気満々な模様。
「フルアーマー……。ステータスも上がってまつよね……」
これではランカを操作しても勝てないだろうと悟る。そして、倒す方法は一つだとも。とっても危険で嫌なんだけども。
「それでも幼女は戦わないといけない時がありまつものね」
諦めと共に、未だに使ったことのない、コマンドかいほうへと、ちっこいおててを伸ばす。
「幼女パワーかいほうしまつ!」
「限界時間は10分なんだぜ!」
マコトの言葉に頷きながら、黒幕幼女はかいほうをポチリと押して、発生した光に包まれるのであった。