145話 月光と赤竜の戦い
火口の頂上に月光の面々は立ち、火口内の赤き竜を見る。溶岩の中に住む強大なる力を持つ幻獣の王を。
四人の勇士たちが、今まさに竜に挑まんと立っていた。
あらゆる武器を操り、多彩な魔法も使える予定の髭もじゃ小悪党の勇者ガイ。
無敵の防御力を持ち、どんな敵の攻撃も受け止めるつもりの老いてなお元気な聖なる騎士ギュンター。
一撃で敵を粉砕する強大な魔法の使い手、金色のロングヘアーを風にたなびかせて立つ、狐耳と尻尾を持つ美少女ランカ。
刀の閃きを見せるたびに、敵を次々と斬り裂いていく、刀の申し子、銀髪の狐人の美少女リン。
4人が火口脇に立ち、真下に鎮座する赤き竜を見る。英雄4人が今から邪悪なる竜に挑むつもりなのだろうとわかる。
英雄の中で、自信に満ちた表情を浮かべる勇者ガイが口火を切る。
「ねぇ、あっしと爺さんは銅装備なんですが。まともなのはリンだけなんですが。武器はランカもまともですが、他はゴミ装備ですぜ。縛りプレイ? 縛りプレイなんですかね?」
戦う前に、皆が覚悟を持っているか確認する勇者である。
なにしろギュンター爺さんは槍術はスキルレベルが低いのに、銀の槍がまともな武器、小悪党に至っては、全て銅装備であるからして。
これから竜退治のはずなんだが。
「新型を作る際に武具も作りたかったからね〜。まぁ、作戦どおりにいこうよ」
ちょっと失敗したよねと、珍しく反省をする魔法使いアイ。まさかこんな化け物と戦う予定ではなかったのだ。ゲームと違って、こちらのレベルアップを敵は待ってくれないらしい。
だけれども、その分女神様からの支援がある。負けるわけには行かないよな。どう考えても、この竜を放置することはできない。人類の危機というやつだ。いや、神器があるからバランスはとれているのかな? まぁ、見たこともない戦闘用神器を気にしても仕方ない。
「それじゃあ突撃〜」
のんびりとした口調で指示を出して、皆は火口内へと飛び込んでいく。不自然に足場があるので、そこに着地して戦うのだ。
アイだけが残り様子を見る。気楽な口調であったが、実際は緊張して、汗をかいていた。モニターを睨み、オーダーをすぐに出せるように身構える。
ガイたち3人が根っこらしきもので形成された広場に降り立つ。火口内は恐ろしい程の熱さであり、息を吸うだけでも苦しさを感じるほどの熱さが皆を襲う。火耐性がなければ、それだけでダメージを負っていただろう。
目の前に降り立った3人を睥睨しながら、火竜紅蓮はゆっくりと口を開く。
「よくぞ来た、英雄たちよ。歓迎しよう」
重々しい偉そうな声音で、紅蓮は首をもたげて声をかけてくる。
その姿はまさしく古き良きゲーム世界の西洋竜であった。太い四肢に、巨大な体躯、赤き金属のような輝きを見せる竜鱗。ぞろりと生えた剣よりも鋭そうな牙、睨まれれば常人ならば気を失うか、平伏するだろう力を持った黄金の瞳。コウモリのような翼、お腹に書いてある型式番号。
どれをとっても、竜であった。強敵なのは間違いない。
「ふぉぉぉぉ! 怪しげな型式番号が書いてある! 見てみて、お腹に書いてある!」
リンが狐耳をピコピコ動かして、興奮して皆を見てくるが、そっと目をそらすガイたち。
「あっしにはなにも見えませんね。なにか模様がそんな感じに見えるんじゃ?」
「そうだな。模様がなにか文字のように見えるのはよくあることだ。天井の染みが人間の顔に見えたりとか、雲が食べ物に見えたりとかな」
ウムウム、気のせいだよと現実逃避するおっさんと爺さんである。まさか竜の身体に型式番号なんて彫られているはずがない。
「むぅ、謎の組織が作った竜かもしれない」
不満そうに頬を膨らませて抗議する侍少女。考えすぎだよと、アイもモニター上でウンウンと頷く。
「我こそは偉大なるじ〜えむ様に創造されし、初めての竜。型式番号SAKUーX01紅蓮なり!」
翼を広げ名乗りをあげる紅蓮。その姿に皆は武器を構えて戦闘態勢をとる。
「紅蓮という赤竜ですな」
「うむ、相手にとって不足なし、紅蓮!」
「ふぉぉぉぉ! Xがつくとは試作品? リンは興奮する!」
ぴょんぴょんとジャンプをして、ますます興奮するリン。厨二病にはたまらない設定な模様。
型式番号はスルーしようよと、ガイとギュンターは半眼となっちゃう。誰が創造したかなんとなく理解しているので。人類のことを少しは考えて欲しいなぁとか思うけど、たぶんまったくこれっぽっちもこの世界の人類を気にはしていないだろうことがわかるので口にはしない。それにスノーが言うには既に設定は終わったらしいし。
せめて女神様がその設定を確認してくれれば、ベリーハードな世界には変貌しなかったとは思うけど。マコトの実況動画を見て、慌ててバージョンアップをしてくれているから、それで良しと言うことにしておこう。
なので、月光がとる方針はただ一つ。見てみぬふり、聞かないふり。以上。
「それじゃあ、名乗りも終わったことだし、戦闘開始といきやすか! 先手必勝、斧技トマホーク!」
ガイがこれ以上の会話は精神的に害にしかならないと、手に持つ斧を投擲する。回転しながら紅蓮へと向かう斧。迫る斧を紅蓮は躱すこともせずに、目を細めて眺めるのみ。
嫌な予感に襲われる月光の面々。その予感は当たり、トマホークはカンと金属のような音をたてて竜の身体に命中したものの、あっさりと弾かれてしまう。
「あっしのステータスは50、たたかうで75、魔法の銅の斧の攻撃力を合わせても85?。ちからは物理攻撃力のみを表すだけじゃないけど、やっぱり通常攻撃は効きやせんぜ!」
「これならどうであろう!」
銀の槍を構えて、次はギュンターが腕を振りかぶり、力を込めて投擲する。風を巻き起こし勢いよく紅蓮へと向かうが、やはり躱すこともせずに、余裕を見せてくる。
銀の槍とギュンターのちからを合わせると、ガイよりも遥かにその数値は高い。予想値にして140はあるはずなのに、同様にかすり傷もつけることができずに弾かれてしまう。
「刀技 三日月」
リンが余裕を見せる紅蓮へと遠距離攻撃の武技三日月を使用する。下からすくい上げるように刀を振るうと、三日月の光が紅蓮に飛んでいく。
そこで初めて紅蓮は動きを見せた。その巨体は鈍重そうに見えるのに、前脚を動かすと剣よりも斬れ味が良さそうな爪にて器用に迫る三日月を叩き落とす。
「紅蓮のぼうぎょは255。ギュンターは傷もつけられないと、リンの攻撃は通用する……。リンの期待値は285、防ぐということは通用する。推定420を超えるけど、そこまで竜鱗の防御力は高くない?」
アイは戦いの様子を見ながら、敵のステータスを予想する。竜鱗は馬鹿げた防御力は持っていなさそうだ。竜鱗の防御力は200は超えるとは思うけど……。たぶん合わせてぼうぎょは500ぐらいではなかろうか。
いや、十分ぼうぎょが高いけどね。ダメージソースはリンと俺だけかな。ちまちまとダメージを与えて倒すしかないだろう。オーダーで一撃の威力を高めても敵のぼうぎょを上回ることはできないだろうから。
「グォォォォ」
今度はこちらの番だと、紅蓮が首を突き出し大きく口を開けて咆哮する。空気が震えて、ビリビリと身体が痺れるような物理的力も感じる。さすがは竜。凄い咆哮である。
「隙あり、適刀流 マグネット碁盤斬り」
リンはトンと地面を蹴ると、大口を開けた紅蓮へと一気に迫り、硬い防御力を持つ敵に有効な武技を振るう。僅かに目を見開き驚きを見せながらも、紅蓮は首を振りその攻撃を回避しようとするが、瞬速の剣閃は紅蓮の口を傷つける。
紅蓮も傷つけられるだけではない。片脚を持ち上げて、竜爪にてリンを斬り裂こうとする。一本でリンと同じ大きさの爪が、ゲームなどの鈍重な竜とは違い、突風を巻き起こしながら、瞬きをする間に迫りくる。
身体を伸ばし、ふわりと後ろ回転をして、襲い来る爪から身体を逃すリン。風圧で髪が煽られる中で、もう片方の足にて斜めに斬り裂こうと爪を繰り出す紅蓮。
だが、空中に浮くリンを斬り裂く前に、横合いから銀の槍が再び飛んできて、脚に命中してその軌道をずらす。
僅かに脚を傷つけられて、紅蓮は怒りを見せるかと思いきや、脚を引き下げて体勢を戻す。
そうしてプライドの高い竜らしからぬ、冷静な目で人間たちを見て言う。
「なるほど、汝らは普通の人間ではないな? 敵の精神を削り魂に衝撃を齎す我がドラゴンロアーを受けて平然と動く。魔法や修練で耐性をつけている訳ではないと見た」
鋭い推察にギュンターは顔を険しくして、降り立ったリンも驚きを示す。この竜はかなりの頭の良さを見せてきていた。
勇者はオーダーでの行動でもまったく役に立たないので、コソコソと姿を隠していたが、紅蓮は小悪党など放置していても構わないだろうと注視しなかった。さすがは特性をフルに使う勇者である。竜の目からも逃れる凄さを見せつけてくれる。
「汝らはこの世界の人類ではないな? 英雄などという生温い者ではない。もっと違うナニカだ。誰が汝らを寄越してきた?」
黄金の瞳を細めて、顔を顰めながら疑問を口にする紅蓮。鋭い考察から、何者か強力な黒幕がいると想像したのだ。
「そうか……。さすがは竜だと答えておこう。そして我らが何者でも変わらぬだろう? なぜならば、竜は英雄に打ち倒されるもの。死ぬ身であるそなたには関係のない話だ」
銀の槍を引き戻し、聖騎士が赤竜へと不敵な物言いにて答える。騎士然としたその風体も相まって、極めてかっこいい光景となっていた。なにかかっこいいセリフを私も言いたいと、懐からメモ帳を取り出してペラペラと捲るアホな侍少女がシリアス度を下げていたりもした。
だが、竜は鉄の意思にてアホな侍少女を視界から外して、口内からチラチラと炎を吐き出しながら告げてくる。
「英雄とは幾万の屍の上に立つ者よ! 汝らは屍となり後悔せよ」
紅蓮の口内に光り輝く灼熱の炎が集まり始める。その輝きに辺りは照らされて、眩しさにギュンターたちは目を細める。
そうして、紅蓮は前脚を踏ん張り、大きく口を開けて、ドラゴンブレスを吐く。燃え盛る炎のブレスがギュンターたちを焼き尽くさんと向かってくるが、怯むことなく皆はブレスを回避することもなく身構えるだけであった。
その余裕を見せる姿に紅蓮は奇妙だと疑問を心に浮かべる中で、上空から少女の声が響いてきた。
「ブリザード!」
強大な魔力が放出されて、吹きすさぶ吹雪が発生し、極寒の世界が紅蓮を覆い、極熱の死の世界を塗り替えていく。
あっという間に火口内は低温となり、溶岩は冷えていき、周囲は雪舞う白き世界へと変わっていくのであった。